2020年も終わりに近づき、新型コロナウイルス感染症のパンデミックは、数四半期の混乱だけでは済まない危機であることが明白になった。しかし、パンデミック当初は広告支出のストップを決断した多くのマーケターたちも、現在は体制を立て直し、新しい生活スタイルに適応しようとしている。
2020年も終わりに近づき、新型コロナウイルス感染症のパンデミックは、数四半期の混乱だけでは済まない危機であることが明白になった。
しかし、パンデミック当初は広告支出のストップを決断した多くのマーケターたちも、現在は体制を立て直し、新しい生活スタイルに適応しようとしている。
米DIGIDAYは、全世界で広告支出がもっとも多い10社の決算発表を分析。調査会社、レクマ(RECMA)の2019年のデータを参照しつつ、各社が現在進行中の危機に合わせて、マーケティング戦略をどのように変化させているかを調査した。レクマのデータでは、テレビ、ラジオ、印刷物、屋外広告などの「従来型の支出」とデジタル、データ、コンテンツなどの「非従来型の支出」を合計し、「総合支出」を算出している。
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なお、2019年のランキングには、2018年と異なる企業も含まれている。ネスレ(Nestle)、エクスペディア(Expedia)、ゼネラルモーターズ(General Motors、以下GM)がトップ10に入り、グラクソ・スミスクライン(GlaxoSmithKline:2018年は7位)、マクドナルド(McDonald’s:同9位)、コムキャスト(Comcast:同10位)はランク外となっている。
1. P&G:「いまは積極的に支出するとき」
2019年の総合支出:122億ドル(約1兆2768億円)
直近の2四半期に引き続き、消費者が洗剤や衛生用品を買い置きしていることもあり、タイド(Tide)、ミスター・クリーン(Mr. Clean)、フェアリー(Fairy)などのブランドを展開するP&G(Procter & Gamble)はパンデミックの恩恵を受けている。既存事業売上高は前年比9%増の193億ドル(約2兆199億円)で、純利益は19%増加。通期の既存事業売上高の成長目標は2~4%に設定していたが、4~5%に上方修正された。
アドエイジ(AdAge)によれば、CFOのジョン・モーラー氏は記者会見で、直近の四半期はマーケティング支出を約1億ドル(約104億円)以上増やしたと述べている。それもあり、同社のメディア支出は、コロナ禍でも依然として高水準だ。しかしモーラー氏によると、同社はエージェンシー、制作などの広告関連経費は約2億ドル(約207億円)も削減しているという。その削減分は「コロナ禍に伴い、衛生、健康分野での消費が増えている」ため、その分野のマーケティングに再投資したという。
「いまは、積極的に広告に支出するときだ。二の足を踏んでいる場合ではない」と、モーラー氏はいう。ただし、支出の性質は変化している。CBO(chief brand officer:最高ブランド責任者)のマーク・プリチャード氏は、全米広告主協会(Association of National Advertisers:ANA)の年次会合ANAマスターズ・オブ・マーケティング・カンファレンス(ANA Masters of Marketing Conference)で登壇した際、テレビ広告購入に関する「時代遅れのアップフロント(広告枠の先行一括販売)システム」を見直すべきだと訴えた。2020年に入ってから、P&Gは多くの契約でテレビ局と直接交渉を行っている。
2. Amazon:ホリデーシーズンも需要が急増する見込み
2019年の総合支出:67億ドル(約7012億円)
巨大eコマース企業であるAmazonの収益は、2020年第3四半期も大幅に増加。これは、消費者が必需品から娯楽まで、ありとあらゆるものをAmazonで購入し続けているためだ。売上高(961億ドル[約10兆574億円]、37%増)、純利益(63億ドル[約6593億円]、200%増)ともにアナリストの予想を大きく上回った。
ただし、CFOのブライアン・オルサフスキー氏は、ホリデーシーズンの売上は1000億ドル(約10兆4億円)の大台をたやすく突破する見込みだが、需要に対応するのが「精いっぱい」で、第4四半期の利益に悪影響が出るのは必至だと警告している。また、10月に開催された2日間のセールイベント、プライムデー(Prime Day)では、サードパーティセラーの売上が2019年より60%増加したとAmazonは報告している。
なお、第3四半期のマーケティング支出は14%増の54億ドル(約5651億円)だった。消費者の需要が急増し、マーケティングの必要性があまりなかった第2四半期は、マーケティング支出がわずかに減少したが、11月に入り、2020年のクリスマス広告「ショー・マスト・ゴー・オン(show must go on)」を公開。この広告では、パンデミックの影響で公演が中止になったバレリーナを起用している。
Amazon自身の広告事業に関しては、主に広告収入から成る「そのほかの売上」が51%増の54億ドル(約5651億円)を記録。第2四半期の前半には広告予算の縮小が見られたが、いまは増加に転じていると、オルサフスキー氏は説明する。さらに、Webトラフィックも増加した。「このトラフィックを広告主にとって価値あるものに変え、人々に商品やブランドをもっと知ってもらおうと努力している」。
3. ロレアル:再び成長軌道に
2019年の総合支出:67億ドル(約7012億円)
ロレアル(L’Oral)は、小売店や空港免税店、サロンが休業を余儀なくされたことから、2020年前半は「供給の危機」に直面したが、2020年第3四半期は売上が回復した。売上は前年から1.6%増加し、70億ユーロ(約8669億円)に到達。同社はその要因として、中国とブラジルでの「素晴らしい業績」、サロンの再開、eコマース事業の加速を挙げている。
CEOのジャン=ポール・アゴン氏は、2020年前半にいくつかのマーケティング活動を凍結したが、第3四半期に「バック・トゥ・ビューティー(back to beauty)」計画を推し進め、「当初計画していたマーケティング活動はすべて実行し、事業推進とメディア投資を強化した」と述べている。
CDO(chief digital officer:最高デジタル責任者)のルボミラ・ロシェ氏は、9月の投資家向け説明会で、事業の原動力の50%がデジタルで、大きな成長力になっている語った。
2020年の売上は、パンデミックの影響で厳しい数カ月を過ごしたにも関わらず、前年を上回る見通しだという。
4. ユニリーバ:支出を増やし、「デジタルハブ」を強化
2019年の総合支出:63億ドル(約6593億円)
ダヴ(Dove)や、ヘルマンズ(Hellmann’s)のマヨネーズなどで知られるユニリーバ(Unilever)は2020年第3四半期、潜在売上成長率4.4%を記録。これは、アナリストの予想値で1.3%を上回った。P&Gと同様、消費者が衛生用品や洗剤を買い置きし続けている欧米市場から恩恵を受けたが、ロックダウンの緩和がはじまった新興市場でも5.3%の回復を見せた。
同社CEOのアラン・ジョープ氏は決算報告で、第3四半期はマーケティング支出を増やしたが、第4四半期はさらに増やす計画だと述べた。
ジョープ氏によれば、従来のマーケティング支出だけでなく、特にデジタルマーケティングに関連した人材や「未来を見据えたスキル」への投資も実施するという。具体的には、「コンテンツを重視し、ターゲットを絞ったデータに基づくキャンペーン」を担当する、新しいデジタルハブの人材採用を強化しているとジョープ氏は述べる。
さらに、多くの市場が年初より安定してきたため、「ブランドキャンペーンを支えるためのマーケティング」にも、多額の投資を行う予定だ。
5. フォルクスワーゲン:「デジタル能力」の強化
2019年の総合支出:45億ドル(約4710億円)
売上世界一の自動車メーカーのフォルクスワーゲン(Volkswagen)は、2020年第3四半期を黒字で終え、販売台数は260万台を記録した。これは、最大の市場である中国と西欧の売上が回復しはじめたことが影響している。通期の売上高は5分の1以上落ち込んでいるが、第3四半期の税引前利益は、36億ユーロ(約4458億円)を計上した。
それでも、2020年のグローバルの売上高は、20%程度の減少が見込まれ、さらに多くの国が再びロックダウンする可能性を考えると、依然として先行きは不透明だ。
CFOのフランク・ウィッター氏は「我々はこの困難な状況で(中略)eモビリティー(e-Mobility)の拡大、デジタル能力の強化、将来の巨額投資に必要な財務的余力の確保など、戦略実行の大幅な前進に成功した」と述べている。
なお、同社は現在のところ、2020年は営業黒字を達成する見込みだ。しかし、営業利益は前年を大幅に下回り、利益率はライバルのフォード(Ford)、フィアット・クライスラー(Fiat Chrysler)などの競合他社より低くなる見通しだという。
6. ルノー・日産自動車・三菱自動車:電気自動車への注力と米国における日産のイメージアップ
2019年の総合支出:44億ドル(約4605億円)
ルノー(Renault)は2020年第3四半期、売上が8.2%減少した。しかしこれは、前四半期の35%減に比べると大幅な改善だ。というのも、コスト削減計画の効果が出ていることに加え、ヨーロッパで市場シェアが拡大したのだ。その要因は、電動ハッチバック、ゾエ(ZOE)の売上急増がある。なお、来年の1月には、新CEOのルカ・デ・メオ氏が、次なる戦略計画を発表する予定だという。
日産(Nissan)は7月、過去最大の営業損失(2021年3月31までで44億8000万ドル[約4689億円])を予想していたが、現在、見通しは少し明るくなっている。CEOの内田誠氏はオートモーティブ・ニュース(Automotive News)のインタビューで、自動車の世界的な需要に言及し、「過去3カ月で数字はかなり改善したと思う」と述べた。今後数カ月の主な焦点は、米国市場だ。「業務を見直し、もう一度ブランドイメージを確立する必要がある」。11月に昇進し、米国法人のCMOに就任したアリソン・ウィザースプーン氏がこの任務を率いるという。
また、三菱(Mitsubishi)も2020年度は赤字になる見通しだ。同社はアライアンスのほかの企業同様、業務を効率化し電気自動車(EV)に注力しており、2030年にはグローバルの売上の半分を電気自動車にするという目標を掲げている(現在は7%)。なお、2022年までの中期計画では、コスト削減と電気自動車をはじめとした、環境対応車の開発を中心に注力するしている。
7. コカ・コーラ:「マスターブランド」厳選戦略
2019年の総合支出:43億ドル(約4500億円)
ロックダウンの影響で、レストラン、バーといった自宅以外の場所での飲料販売が打撃を受けたコカ・コーラ(Coca-Cola)だが、2020年第3四半期は、第2四半期より改善。第2四半期は28%の売上急落を経験したが、第3四半期の売上は9%減の86億ドル(約9000億円)だった。
現在同社は、事業の大幅な効率化を進めており、430ある「マスターブランド」を200まで削減することを目指しているという。現在終了が確認されているのは、ココナッツウォーターのジーコ(ZICO)や、タブ(Tab)などだ。なお、2020年第3四半期のマーケティング支出は、前年比30%減だったが、支出を劇的に削減した2020年前半に比べると増加している。
現在もマーケティングの効率化を進める同社だが、CEOのジェームズ・クインシー氏は決算報告で、「これはトップダウンの経費削減ではなく」、むしろ効果を高め、削減した分を必要なブランドに再投資する手段であると、強調している。たとえば前述の通り、第3四半期で同社はコーク(Coke)のマーケティングを強化。結果的に、シェア拡大に成功したという。なおクインシー氏によれば、コカ・コーラは第4四半期と2021年も、コークのマーケティング投資を増やす計画だという。
8. ネスレ:「信頼あるブランド」に注力
2019年の総合支出:42億ドル(約4396億円)
スイスの食品企業ネスレ(Nestlé)は、コロナ危機の到来後、消費者がマギー(MAGGI)のヌードルや、ディジョルノ(DiGiorno)の冷凍ピザといった「信頼あるブランド」を求めるようになり、売上を押し上げてくれたと分析。10月には、通期の売上成長予想を前年比2~3%増から3%増に上方修正している。
なお、2020年第3四半期に関しては、売上成長率4.9%を記録。その要因として同社は、消費者がビタミン剤や栄養補助食品、栄養飲料を買い置きしている影響で、ヘルスケア事業の売上が増加したことを挙げている。
また10月、同社は健康的な食事を宅配するスタートアップ、フレッシュリー(Freshly)への出資率を引き上げ、同社の所有権を獲得。ポートフォリオを多様化し、eコマースの需要増加に対応することが狙いだという。
さらにネスレは、2025年までにすべてのパッケージをリサイクルまたはリユース可能にするという目標を掲げ、サステナビリティの推進にも取り組んでいる。
9. エクスペディア:痛みを伴う削減
2019年の総合支出:42億ドル(約4396億円)
エクスペディア・グループ(Expedia Group)の会長、バリー・ディラー氏は4月、通常は年間約50億ドル(約5187億)を広告に投じたが、「おそらく今年は10億ドル(約1000億円)も使わない」と予告した。ロックダウンが実施され、消費者が航空機を警戒し始めたことで、旅行セクター全体が打撃を受けたためだ。現在、広告支出の大部分がGoogleをはじめとするデジタルパフォーマンスチャンネルに投じられている。
CEOのピーター・カーン氏は7月、「2020年第2四半期は、旅行業界の現代の歴史で、最悪の四半期だったと思う」と述べた。なお、同氏は5~6月には予約が改善し始めたと補足しているが、世界各地で再びロックダウンが実施されているため、前途多難であることは変わりはない。
また、エクスペディアは2020年2月に、全世界の従業員の約12%を解雇している。スキフト(Skift)の10月の記事によれば、現在同社は事業の合理化を継続中で、5億ドル(約520億円)以上のコスト削減を目指しているという。そのため、傘下のトラベル・パートナーズ・グループ(Travel Partners Group)で、さらなるレイオフの準備を進めているという。
なお、第2四半期における同社の販売、マーケティング支出は大幅に削減され、83%減の2億8300万ドル(約296億円)だった。
そんななかエクスペディアは、ブランディンググループと、パフォーマンスマーケティンググループを統合。カーン氏は第2四半期の決算報告で、「ブランドごとのポートフォリオにさまざまなグループを統合して最適化すれば、大きなチャンスがあると確信している」と説明した。なお、第3四半期の決算報告は11月4日に行われた。
10. GM:「パンデミックに誘発された自動車需要」に応える
2019年の総合支出:39億ドル(約4082億円)
GMの2020年第3四半期の決算報告は、11月5日に行われた。ロイター(reuters)は、米国内でのピックアップトラックやスポーツ用多目的車(SUV)の需要と中国販売が回復したことが寄与し、利益が市場予想を上回ったと報じている。
チーフエコノミストのエレイン・バックバーグ氏は、パンデミックをきっかけに、自動車の需要が高まったと述べている。マッキンゼー・アンド・カンパニー(McKinsey & Company)とイプソス(Ipsos)の調査は、多くの消費者が自家用車を「安全な空間」と見なしていること、都市から郊外に引っ越し、車の購入を検討する人が増えたことを示唆している。こうした需要を押し上げたのは、米国では自動車ローンの金利が非常に低いことや、休暇や外食などの娯楽費が減り、貯蓄が増加したことなどが挙げられるという。
GM傘下の高級車ブランド、キャデラック(Cadillac)のCMOを務めるメリッサ・グレイディ氏はDIGIDAYのインタビューで、パンデミック中は「2週間ごとに」広告のクリエイティブを変えていたと話している。キャデラックは9月、女優のレジーナ・キングを起用したエスカレード(Escalade)のブランドキャンペーン「ネバー・ストップ・アライビング(Never Stop Arriving)」を開始した。
LARA O’REILLY(翻訳:米井香織/ガリレオ、編集:村上莞)