Amazon の脅威、リテール業界は どう迎え撃つべきか?:激化する競争の行く末

本記事は、米国で数多くのベンチャー企業の提携支援経験を持つ、Blueshift Global Partners(ブルーシフト・グローバル・パートナーズ)社代表の渡辺千賀氏による寄稿です。

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パリのミュゼ・デ・アール・エ・メティエ(Musee des Arts et Metiers)は、知名度は低いがなかなか滋味のある博物館である。直訳すると「工芸博物館」となるようだが、工芸というよりむしろ科学技術。フーコーの振り子、パスツールの実験室、自由の女神製造現場の縮小模型など、フランスが誇る過去の科学技術が所狭しと展示されており、「おお、なるほど、フランスも昔はテクノロジー大国だったんだ」ということが実感できる。

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その工芸博物館には19世紀のミシンも展示されている。工業生産に耐えうるレベルのミシンを世界ではじめて開発したのがフランス人の仕立て屋、シモニアだったからだ。1830年の特許取得と同時に世界初の洋服縫製工場も作られたが、仕事がなくなることを恐れた他の仕立て屋たちに工場ごとミシンは破壊され、シモネアは失意のうちに一生を終えることになった、という説明がミシンの脇に添えられていた。

しかし、仕立て屋たちがいかにミシンを破壊しようとも、世界でミシンの普及が止まることはなかった。手縫いで紳士もののシャツを作るには14時間半かかるが、ミシンがあれば1時間でできる。大量生産で洋服が安価になったことで、それまで2着しか服を持たなかった庶民が複数の服を持つようになり、洋服の市場は大きく拡大した。

工業化と同じIT化

さて、ミシンの開発から200年近くたったいま、リテールの世界を震撼させているのは、IT技術による業界変革の波である。そしてIT技術革新の震源地である米国で、大手リテール企業はどのようにIT化の波を受け止めているのか。

それがよくわかるのが毎年ラスベガスで行われる「ショップトーク(Shoptalk)」だ。ショップトークは2015年、リテールとテクノロジーの接点にフォーカスしてはじまった展示会で、一貫して「IT化による変革の波に乗り遅れない」というリテール業界の当事者意識が強く感じられるイベントだが、「そのために具体的に解決すべき問題」は年々変わってきている。

2015年当初の問題意識は、「モバイルペイメント」であった。その数年前に、AppleやGoogleといったIT事業者が、スマートフォン上のアプリによる非接触型のペイメントサービスを開始していたからだ。この2社にペイメントを握られてしまうことを恐れたリテール事業者は、MCXというコンソーシアムを組んで参加企業全社共通で利用できる店頭モバイルペイメントシステムを開発していた。このコンソーシアムは、総売上で100兆円を越す62社が集まる壮大なものだった。

呪われた枠組み

米国は、国中どんな街に行っても大規模なチェーン店がほとんどだ。その大多数が参加するコンソーシアムとなれば、さすがのApple・Googleも付け入る隙がなかろう、とリテール業界側は思ったに違いない。しかし、ソフトウェア開発では「伝統企業のコンソーシアム」的なものが思惑通りうまくいくことは極めて稀。むしろ呪われた枠組みという感じが強い。

原因としては、「モバイルペイメント」という、ソフトウェア開発のなかでも割合華やかな領域に優秀なエンジニアを集めるのは、ホットなIT企業にとっても難しく、「伝統企業のコンソーシアム」がそれを実行するのは至難の技だ、という人材面の問題も大きい(その辺りは、前回の記事「エンジニアという『特殊能力者』、今後どう扱うべきか?:全産業で問われる難しい問題」参照)。

そして、MCXコンソーシアムも見事に途中から足並みが乱れ、抜け駆けで自社のモバイルペイメントシステムを作ったり、Apple Payを受け入れる企業も登場、コンソーシアムは部分的なベータテストまでたどり着いたところで頓挫、瓦解した。

ショップトークの2015〜16年は、このコンソーシアムの興隆と瓦解が観察できた回だった。

Amazonへの恐怖心

そして業界が「AppleやGoogleに、モバイルのペイメントを取られてしまうかもしれない」ということに気を取られているうちに、2017年にはAmazonの脅威が目の前に迫る。eコマースでのAmazonのひとり勝ちが明確化、生鮮食料品の即日配達や、音声入力のEcho(エコー)発売、Amazon Books(ブックス)など実店舗の事業も含めた多方面での新たな施策が矢継ぎ早に発表されはじめたからだ。

リテールにとっての「Amazonの脅威」は、「ペイメントというレイヤーを握られる」という抽象的な脅威と違い、「売り上げを奪われる」という生存を賭けたものだ。実際、2017年のショップトークでは、大手リテールが何社も「デジタル化のために大々的な組織改革を行った」という点に言及した。「真面目に本気で改革中」ということを言葉でなく態度で示したことになる。

Amazonに対する恐怖心は当然のもので、アメリカのリアル書店というビジネスモデルはAmazonによりほぼ壊滅した。そして、「オンライン本屋(強すぎて)怖い」と世の中が思っていたら、まったく異業種のクラウド事業に進出、ここでもトップの地位を獲得する。さらに自社の物流で培ったノウハウでリテール事業者の販売インフラも提供、こちらも成功した。いまや、生鮮食料品、88インチ有機ELテレビ、ウラン鉱、さらには家の掃除といったサービスまで、Amazonにはなんでもある。「Amazonにない商品は世の中に存在しない商品」とまで思う消費者もたくさんいる。

今年のショップトーク

年会費を払うと送料が無料になるプライム会員も世界で1億人を越した。「プライム会員かどうかで社会階層が二分される」というディストピアを半分冗談で語る人もいるが、半分冗談ということは半分本気であるとも言える。

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1998:「本はいかがですか?」
2017:「売りたいもんは、なんだって売るぜ、ク○ッタレ」
form ME.ME

そうした「Amazonの脅威」にリテールはどう対抗するのか。対抗できるのか。

実店舗ならではの店員によるパーソナルなサービスを実現するために顧客データを有機的に統合する、返品・廃棄まで含めて物流を世界レベルで最適化する、実店舗内での物理的な顧客の動きをAIを使って解析するなど、具体的なソリューションが数々登場したのが今年のショップトークだったが、まだその道のりは長い。

リテール企業の生存術

GoogleとAppleの介入を回避しようとしたMCXコンソーシアムは、「ミシンを叩き壊して自分たちの仕事を守ろうとした仕立て屋」に比べると、技術を潰す代わりに取り入れようとした点で、一歩も二歩も進化した試みであった。しかし、それも失敗に終わり、リテール企業はそれぞれに自分の力で生き残る方法に取り組んでいる。

歴史的に見ても、革新的な技術が誕生した時に、既存事業者が力を保つのはとても困難だ。今後さらに激化するAmazonとの競争のなかでリテール産業はどこに向かって行くのか。来年以降も、リテール産業を定点観測できるショップトークは興味深い場になりそうだ。

DIGIDAY[日本版]では、ショップトーク2018詳細読みやすいホワイトペーパー形式でまとめている(4800円[税込]〜。10月1日までの【期間限定】販売 / DIGIDAY+会員は無料)。ぜひともそちらも合わせて確認してもらいたい。

Written by Chika Watanabe; Blueshift Global Partners