アンハイザーブッシュがテレビ番組の制作に乗り出した。同社によると、これは消費者とのつながり方を進化させる取り組みの一環だ。いまや消費者は金を払ってでも広告をスキップしており、ブランド側はどうすれば邪魔者扱いされない存在になれるのか模索を続けている。アンハイザーブッシュのテレビ番組もその答えのひとつかもしれない。
アンハイザーブッシュ(Anheuser-Busch)がテレビ番組の制作に乗り出した。
大手ビールメーカーのアンハイザーブッシュが、制作会社のパネイフィルムズ(Panay Films)と共同で、「ノット・ア・スポーツ・ショー(Now A Sports Show)」というトーク番組を制作した。俳優でコメディアンのリル・レル・ハウリーが司会を務め、スノーボードのショーン・ホワイト、WNBAのチネイ・オグウミケ、NBAのポール・ピアースら、有名アスリートをゲストに迎えて話を聞く。3月25日から、無料のストリーミングプラットフォーム、フィクト(Ficto)で週1回配信されている。
広告でもブランデッドコンテンツでもない
アンハイザーブッシュのデジタル事業を統括するバイスプレジデントのスペンサー・ゴードン氏は、テレビ番組の制作について、消費者とのつながり方を進化させる取り組みの一環だと説明している。
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「いまや消費者は金を払ってでも広告をスキップする」とゴードン氏は語る。「わざわざ広告ブロッカーをインストールしたり、サブスクリプションサービスに登録したり、あらゆる手立てを講じてブランドとのインタラクションを避けようとする。こういう壁を突破して、意味ある情報を届けるのは容易でない。我々は常に模索している。『どうすれば消費者に邪魔者扱いされず、楽しんでもらえる存在になれるのか。どうすれば消費者が求める物語の一部、コンテンツの一部として見てもらえるのか』と」。
この番組で同社がめざすのは、消費者が普通に見るほかのテレビ番組同様に、特別なにか働きかけをしなくても自然と見たくなるようなコンテンツを作ることだという。インタビューの舞台はバーだ。アンハイザーブッシュの各種ブランドが並び、出演者はビールを片手に語り合う。直接的な宣伝は一切やらない。ゴードン氏によると、番組では特定の銘柄にフォーカスせず、同社が扱う多様なブランドを取り上げるという。
「広告でもなく、ブランデッドコンテンツでもなく、文字通り、『テレビ番組を見る』感覚だ」とゴードン氏は述べており、複数シーズンにまたがる長期番組にしたいという。「我々の存在は撮影用のスタジオとして、たまたまそこにあるだけだ」。
「ノット・ア・スポーツ・ショー」は、アンハイザーブッシュとパネイフィルムズの共同出資で制作された。著作権も共同で所有する。フィクトは両社からライセンスを受けて番組を配信する。ゴードン氏によると、番組のプロモーションは商品の宣伝ではなく、予告編の配信など通常の番宣と同じ手法を用いるという。番宣には配信を担当するフィクトも協力する。
番組の制作費について、ゴードン氏は具体的な金額を開示しなかったが、その出所は特定ブランドの予算ではなく、全ブランドを網羅するポートフォリオ予算だという。調査会社のカンター(Kantar)によると、アンハイザーブッシュの2020年のメディア支出は、2019年の4億4300万ドル(約490億円)より少ない3億5900万ドル(約397億円)だった。ただし、カンターはSNS予算を調査対象としてないため、この数字にソーシャルメディア関連の支出は含まれていない。
「かつての成功体験への回帰」
ブランドコンサルタントでメタフォース(Metaforce)の共同設立者であるアレン・アダムソン氏は、アンハイザーブッシュのテレビ制作について、「ちょっとタイムスリップしたような感じ」と評し、1950年代から1960年代のP&Gに言及した。当時、P&Gはソープオペラ(日本でいう「昼ドラ」)の草分けともいえる「ザ・ガイディング・ライト(The Guiding Light)」や「アズ・ザ・ワールド・ターンズ(As THE World Turns)」などのスポンサーを務め、同社の製品である石鹸のホワイトナフサソープや食器用洗剤のジョイなどの販促活動を展開した。
「かつての成功体験への回帰だ。いまどきの消費者はコマーシャルによる番組の中断を忌避する傾向にある。消費者とつながるためには、もっと巧妙なやり方でブランドをコンテンツに織り込むしかない」。
この手法自体は新しいものではないが、P&Gがソープオペラを通じて製品を宣伝していた時代に比べると、現在の市場ははるかに断片的だ。「コンテンツはいくらでもある。だが最大の課題は、誰もが見たくなるような、魅力的なコンテンツを作れるか否かだ」とアダムソン氏は話す。「万人にとって必見のテレビ番組が作れるかと問われれば、非常に難しいと答えるしかない。そして一般的に、マーケターはこの方面に強くない」。
アンハイザーブッシュのトーク番組が、視聴者を引っ張れるか否かはまだ分からない。一方で、アンハイザーブッシュのゴードン氏の話によると、この番組制作は同社の長期的な戦略転換の一環だという。
「我々はひとつの転換点を迎えており、ブランドとしての活動を見直さざるをえない」と、ゴードン氏は述べている。「視聴者に向かって一方的に語るのではなく、彼らと語り合い、彼らにとって意味ある存在になることが必要だ」。
[原文:‘How do we change from being the interruption’: Why Anheuser-Busch is creating a TV show]
KRISTINA MONLLOS(翻訳:英じゅんこ、編集:分島 翔平)