「 ブランドパーパス 」を(本当に)機能させるには?

本記事は、FICC会長を務める、荻野英希氏による寄稿コラムとなります。

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娘がまだ幼いころ、私は彼女の自発的な学びを促すために、絵本を読む代わりに毎晩彼女の質問にひとつ答えることを日課にしていました。「捨てられたゴミはどうなるの?」とか「世界一深い海はどこ?」といったことを娘は尋ねてきて、一緒にWikipediaやYouTubeで答えを探していたのです。7歳になったときに娘は、「生きていることに意味はあるの?」と聞いてきました。その頃、彼女は宇宙に関する本を読んでいて、宇宙全体から見る人間の存在はとても小さく、意味を持てるようなものではない、と主張しました。正直、この質問にはどう答えてよいかわかりませんでした。かといって、質問自体に意味がないとはねつけることもできません。その晩、私たちは満足する答えを見つけるまで検索を続け、ヴィクトール・フランクルの「人生の意味とは、人生に意味を与えることだ」という名言にたどり着いたのです。

幼い子供と同じように、私たちは誰もが生きることに意味を求め、自身が存在する目的を理解しようとします。存在目的(パーパス)があれば目標があり、目標を実現することで、私たちは存在意義を感じることができるからです。「ブランドパーパス」とうコンセプトが急速に世界的なマーケティングのトレンドになっているのも、これが理由かもしれません。消費者が意義を感じるブランドの活動を通じて、ビジネスの成長を約束するブランドパーパスは、実際に効果があるか否かにかかわらず、マーケティングという私たちの仕事に意義を感じさせてくれるものなのです。

このトレンドは、企業の責任と社会貢献の意識を高めました。しかし、同時に社会問題の解決を訴えて製品の販売を試みる、多くの無計画なパーパスキャンペーンも生み出しました。このような一時的なキャンペーンはビジネスにも、社会の役にも立たず、ブランドやマーケティング業界への不信を煽るだけです。ブランドパーパスは必ずしも社会問題の解決に関わるものではありません。啓発された自己利益という考えに基づき、すべてのブランドが持てる、ビジネスを通じて人の生活をより良いものにするという目的なのです。

ブランドパーパスはポジティブなトレンドであるはずです。しかし、このままではむしろ有害無益なものとなる可能性もあり、ほとんどのブランドはそのビジネスと社会的な意義の関係性を見い出せないままになるでしょう。これは、非常に残念なことだと思います。では、どうすればブランドパーパスを本当に機能させることができるでしょうか?

行動の変化

あらゆるマーケティング活動は、消費者の行動を変えることを目的とします。しかし、他者の行動をコントロールすることは不可能であり、影響を及ぼすことしかできません。そのため、マーケティングでは行動の自主的な変化を促すためにコミュニケーションを利用するのです。

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人の行動はすべて、なんらかの刺激への反応です。ただし、人間である以上、私たちは反応の仕方を選択することができます。人にはものごとがどうあるべきかという信念、すなわち自分の「価値観」に基づいて行動する能力が備わっています。そのため、行動の変化を促すマーケティングコミュニケーションにはふたつの役割が考えられます。ひとつは消費者の価値観に沿う行動の後押しをすること。もうひとつは消費者の価値観に反する行動を誘引することです。

パーセプションの変化

私たちが自分の価値観に従って行動するか否かは、自分自身と周囲の世界をどう見るかというパーセプション(認識)によって決定されます。たとえば、ひとりの行動では環境に大きな影響を及ぼさないと考えている人が、環境保護のために積極的な行動を取る可能性はほとんどありません。それどころか、環境保護のために自分の時間や利便性を犠牲にする人々の行動を愚かだと思うかもしれません。しかし、もちろん自分の行動に影響力があると考えるなら、違う思考と行動を取るはずです。

いかなる状況においても、人には自分の行動を選択する能力があります。その選択は周囲の人々に大きな影響を及ぼし、自身の幸せを左右します。能力と影響に対するパーセプションを変えることで、人の生活をより良くする、価値観に沿った行動に後押しすることができるはずです。では、どうすればこのようなパーセプションを変えることができるでしょうか?

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※パーセプションフロー・モデルの構成要素の一部

パーセプションフロー・モデルでは、「知覚刺激」がパーセプションを変える原因とされます。耳慣れない用語で、多くの人には理解しにくい概念かもしれませんが、効果的なマーケティングコミュニケーションの重要な要素です。知覚刺激の概念を理解するにはまず、記憶のメカニズムについて考える必要があります。

記憶とストーリー

人類は歴史を通じて、思想や価値観を他者の心に植え付けるためにストーリーを利用してきました。マーケティングの分野では、ストーリーは製品の特製、消費者にもたらされるベネフィットや、ブランドパーパスの説明にも使われます。しかし、最近の研究では、ストーリーは効果的な人間のコミュニケーションのための手段であるだけでなく、脳が経験を認識し、記憶を形成するための手段であるともいわれ、この考え方は「ナラティブ仮説」と呼ばれ、自動翻訳やバーチャルアシスタントの開発を可能にする計算言語学の研究にも採用されています。

問題の解決策に突然気付いたときに、私たちは「アハ体験」と呼ばれる感情的な反応を経験します。新しい気付きが引き金となり、脳内報酬系が強烈な快感を引き起こす化学物質を放出するのです。私たちの脳は、物事の関係性をそのような快感を得る機会として認識し、絶えず何かのパターンの認識を求めることになります。人がストーリーに注目してしまうのは、ストーリーが新たな気づきの経験を可能にする情報のパターンであるためです。

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ストーリー(正確には「ナラティブ」)は、一連の出来事を表し、その因果関係を示唆する情報の構造です。出来事の因果関係を発見したときに、その情報はストーリーの構造を持つ「エピソード記憶」として、私たちの長期記憶に格納されます。ストーリーの構造に至らない情報は、短期記憶とした処理され、忘れ去られます。同じようなエピソード記憶が蓄積されると、脳はそのパターンを認識し、一般的な法則や知識を抽出して、「意味記憶」と呼ばれる別の種類の長期記憶を形成します。これは私たちの習慣的な行動を決定するものです。

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知覚刺激とは、物事の因果関係を示唆することで、その理解を要求する情報のパターンです。新たな発見や気付きを引き起こし、その結果として消費者の認識と行動に影響を及ぼす長期記憶を形成します。示された情報の関係に自ら気づくことで、人はそれを自分自身の考えだと思い込み、パーセプションの変化が起きるのです。

この記憶のメカニズムを通じて、私たちは自律的に知識を獲得し、学習しています。しかし、あらゆるシステムと同様に、このメカニズムも完璧なものではなく、欠陥や脆弱性が含まれています。まず、脳はストーリーの真偽を区別することなく、報酬型を活性化させます。さらに、その快感はあまりに強力であり、生理的欲求の認識を含む認知活動の一部を無効化してしまいます。これらの欠陥により、人はストーリーに対してきわめて無防備になります。新たな気付きを体験したいがために無条件に注目をしてしまい、嘘や非現実的な結論を自ら信じ込んでしまうのです。

マーケティングにおける優れたストーリーは消費者の心を捉えて、注目をブランドのベネフィットに集中させ、製品やサービスの欠点が考慮される可能性を減らします。しかし、優れたストーリーは消費者に自身の価値観に反する行動を強く促すこともできるため、ブランドは十分にその責任を認識しなければなりません。

効果的なストーリー

ストーリーは私たちの認識と行動に影響を及ぼしますが、すべてのストーリーが強い影響力を有するわけではありません。遠い過去の出来事を長期間にわたって詳細に思い出すことができても、最近の出来事は思い出すことができないかもしれません。記憶の持続力は私たちが経験する感情の高ぶりの度合いによって決まるといわれており、その関係は逆U字の形のグラフで表すことができます。感情の高ぶりが弱い経験はもちろん忘れられますが、逆に感情の高ぶりが強すぎるトラウマ経験もまた忘れられます。これは精神に破壊的な影響をもたらす心的外傷を防ぐ「解離性認知症」と呼ばれる脳の自己防衛メカニズムだとされています。

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ストーリーは私たちに、そのようなトラウマ経験のリスクなしにさまざまな出来事を体験させてくれます。優れたストーリーのすべてに、その克服に悪戦苦闘する主人公の姿に誰もが共感できる問題が組み入れられているのはそのためです。ストーリーで描かれる問題が大きいほど、記憶の持続力が高まるのです。

ある専門家は、ストーリーは人が将来的な問題を回避し、解決法を学ぶためのバーチャル体験であると主張しています。ストーリーがより優れた行動を学習し、選択するための方法であるという考え方は、ナラティブ仮説を支持するもので、私たちの脳がこれほど強くストーリーを求めることも説明できます。

人は自分との関係を有する登場人物や状況に共感します。効果的なストーリーは、その共感を通じて私たちの理解と感情を高め、記憶の形成を助けます。さらに、日常的な出来事から記憶が頻繁に想起されるきっかけを作るのです。そのうえで、私たちはストーリーを通じて、社会のなかで適切に行動する方法を学ぶため、道徳性や社会規範の観点からも共感を求めます。道徳的葛藤(モラルジレンマ)や倫理的境界線の体験は感情の高ぶりを促す有効な手段です。しかし、道徳的にまったく受け入れられないストーリーには有用性がなく、共感されることはありません。

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ストーリーの効果を高めるもうひとつの要素は、変化です。変化は私たちに物事の関係性を認識させ、心のなかに具体的なイメージを描きます。変化は私たちに強い印象を与え、想起しやすく、持続力のある記憶を形成します。関係の変化は、時間(複数の事象間の絶対的ないし相対的な時間的関係)、因果関係(複数の事象間の条件と結果)、位置(対象物と事象の絶対的ないし相対的な空間的関係)、作用(対象物どうしの行動と反応)の四種類に分類することができます。マーケターはコミュニケーションにこれらの変化を用いることで、消費者の心にイメージを描き、強い印象与えることができます。

購買行動の促進

どんなに効果的ストーリーでブランドパーパスを伝えても、それだけでビジネスが成長することはありません。ブランドパーパスはブランド選択や価格正当化に寄与するとされていますが、これは自分の価値観に基づいて購入する消費者に限定されます。ブランドが高品質の製品やサービスを競争力のある価格で提供し、消費者にとって価値あるベネフィットを伝え、積極的にセールスプロモーションを実施しなければならないことに変わりはありません。

消費者の購買行動を駆り立てて、持続的なビジネス成長を達成するには、ブランドコミュニケーションと一貫するセールスプロモーションが必要です。両方に活用できるストーリーやアイデアを見つけ出すことは現代の多くのマーケターが抱える課題ではないでしょうか。

大規模な行動の変化を促すには、ブランドは社会規範として受け入れられつつあり、ティッピングポイントに近い価値観に着目すべきです。そのような価値観は、大半の人が同意できるトピックの下に隠されています。例えば、地球温暖化に対する真剣な取り組みが必要であることには、ほぼすべての人が同意できることでしょう。しかし、そのために自らの時間、金銭、利便性を犠牲にし、積極的な行動にコミットする人はごくわずかです。私たちは地球温暖化を問題視していても、本音ではひとりの人間の行動では何も変わらないと信じているのかもしれません。大義にコミットする少数の価値観を推進することで、ブランドは大衆にポジティブな行動の変化を促すことができます。さらに、購入や消費がこれらの価値観に沿うものであれば、購買行動につながるのです。

プロモーションは、消費者が求めるユニークで、新しい体験の提供を通じてその効果を発揮します。しかし、その役割は消費者の購買意欲を直接刺激することだけではありません。営業組織や小売企業のやる気をかき立てて、販売を促進するシナジー効果を起こすこともプロモーションの重要な役割です。プロモーションの直接的な効果だけでなく、商品の露出や消費者接点を増やすことがトライアルとリピート購入の増加につながるのです。

ブランドの誠実性

パーセプションフロー・モデルやストーリーテリングなど、マーケティングコミュニケーションの技術的な知識は間違いなく有益です。状況によっては成功に欠かせない要素でもあります。しかし、どのようなコミュニケーションもその主張に即した行動、すなわち誠実性が根底になければ相手との信頼関係は築けず、欺瞞として受け取られます。誠実性こそが、ブランドと消費者との関係を含む、すべての信頼関係の原点であり、人間のコミュニケーションの基盤なのです。そのため、ブランドパーパスはブランドが過去の行動から一貫してそれを体現していない限り、消費者に受け入れられることはありません。現代の消費者は不誠実なコミュニケーションを簡単に見破ります。

消費者に意義のある行動を促し、購買行動駆り立てるブランドは、ブランドパーパスを主張するだけでなく、その価値観に即した行動を徹底する必要があります。これはブランドの組織だけでなく、組織内の個人にも当てはまります。組織の誠実性は個人の行動の総和です。ブランド組織と個人の両方に深く根ざしていないなら、ブランドパーパスはどこかの時点で必ず嘘になるのです。

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私はこれまで、職業人生の大半をマーケティングコミュニケーションにおける技術的な知識の開発に費やしてきました。しかし、どのようなコミュニケーションの技術やノウハウがあったとしても、その根底に意義と誠実性がなければいずれ無益なものになるはずです。しばらくは一歩退いて、自分自身の意義の追求と誠実性の開発に集中し、それがビジネスに及ぼす影響を観察したいと思います。人がコントロールできる唯一のものが自身の行動であれば、意義あることの達成もまた、自分の行動からはじめなければならないのだと思います。

Written by 荻野英希
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