本記事は、WPPグループ最大のデジタルエージェンシーVML日本法人の代表および、株式会社FICCの代表取締役を兼務する荻野英希氏、動画メディアスタートアップのSpotwright代表を務める明石岳人氏の共同執筆による寄稿 […]
本記事は、WPPグループ最大のデジタルエージェンシーVML日本法人の代表および、株式会社FICCの代表取締役を兼務する荻野英希氏、動画メディアスタートアップのSpotwright代表を務める明石岳人氏の共同執筆による寄稿コラムとなります。
デジタルの語源は、数を数える「指」を意味するラテン語の「digitus」にあります。しかし、マーケティングにおいてデジタルという言葉は、単に「数字に基づく」ということよりもはるかに広範な意味を持ちます。デジタルデバイスからリーチするあらゆるメディア、eコマースのような新たなマーケティングミックスの要素、日常生活のあらゆる場面で登場するツールやアプリケーションなどもこれに含まれます。現在、デジタルという言葉がもつ意味は、「マーケティング投資に対するリターンを向上するためのデジタル技術の活用」であるとも言え、まさに広告主の多くが苦戦を強いられている分野でもあります。
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マーケティングは、テクノロジーからもっとも大きな影響を受けている業界のひとつです。テレビが最大のメディアの座をスマートフォンに明け渡し、いまやミレニアル世代はデジタルメディアの消費にもっとも多くの時間を費やしています。しかも、その30%以上はリアルタイムでテレビを視聴することすらありません。また、こうしたデジタルメディアへのシフトは、消費者をも変えつつあります。もはや情報はマスに向けた画一的なものではなく、個々の関心により細分化され、多種多様なライフスタイルを生み出しています。無数の情報チャネルと生活者ニーズによって断片化された市場において、テレビを中心としたマスマーケティングはそのリーチと精度の限界に達しているのです。
広告代理店やメディアはこのような変化に全力で抵抗をしてきました。そうした企業にとってこれまで、テレビを中心としたマスマーケティングが多くの利益をもたらすものであったです。しかし、テクノロジーの力学に深く根ざしたマーケティングにコミュニケーションのデジタルシフトを回避することはできません。進む方向はただひとつ。前進あるのみです。
多くの広告主はデジタルによるマーケティング課題の解決に漠然とした期待を抱いています。しかし、その大半は具体的な戦略を見出せず、従来のマーケティング活動に対する後付け的な対応に留まっているのです。デジタルによる成果を望むならば、マーケターはまずテクノロジーがマーケティング戦略に及ぼす影響を理解し、戦略を根本から見直さなければなりません。そうした覚悟とアプローチがなければ、デジタルの潜在力を真に活用することはできず、マーケティングパフォーマンスの低下を止めることはできないでしょう。
ケビン・ケリーが著書『〈インターネット〉の次に来るもの―未来を決める12の法則』で表現するように、現在テクノロジーを推し進める力にはさまざまなものがありますが、私はそのなかでも3つの力がマーケティング戦略に多大な影響を及ぼしていると考えています。アクセスを可能にするアドレサブル(Addressable)、トラッキングを可能にするインタラクティブ(Interactive)、そしてシェアを可能にするシェアラブル(Shareable)。これらのデジタルの特性は、マーケターのターゲティングや測定、リーチ、そしてクリエイティブに対する考え方をも変えるものなのです。
アドレサブル:個を特定し、アクセスする能力
マーケティング戦略の本質はターゲティングです。マーケターは投資対効果を最大化するために、共通するニーズが特定でき、かつ十分なリターンを確保できる規模のターゲットを適切に選択しなければなりません。市場全体をひとつのオーディエンスとして捉えるマスマーケティングにおいて、リーチと正確性とのあいだのトレードオフは、常にマーケターを悩ますジレンマです。
アドレサブル、またはデータに基づき個人(または世帯)を特定し、アクセスする能力により、マーケターは相互に重複しない複数のセグメントを同時にターゲットとできるようになります。より効率的なターゲティングが可能になるだけではなく、複数のターゲットを積み上げることで、リーチと正確性を両立することができるのです。アドレサブルという特性を活用すれば、マーケターは複数のセグメントのニーズに、同時に対処することが可能になるのです。数年以内にはテレビCMの一部もアドレサブルになり、このような考え方が当たり前に求められるようになります。これは日本市場において大変大きなインパクトを持ち、多くの企業がデジタルのあり方について根本的な考えの見直しを迫られる要因となるでしょう。
インタラクティブ:反応をトラッキングする能力
「インタラクティブ」という言葉は、反応を収集し、記録するという意味をもちます。どの時代のマーケターも、計測を通じたパフォーマンスの改善を行ってきました。しかし、デジタルを活用すればより大規模に、リアルタイムで、非常に精緻にこれを行うことができるのです。また自動化を可能にすることで、作業負荷とリードタイムの大幅な低減が実現できます。インタラクティブの特性はダイレクトマーケティングの考えに基づき、デジタルに限定されるものではありません。しかし、デジタルであるからこそ、複雑な多変量テストや、リアルタイムのフィードバックを実現することができ、正確かつ迅速なマーケティングコミュニケーションの軌道修正が可能になるのです。
デジタルの出現以前には、 マーケターは高額なテレビCMのクリエイティブをプレテストと呼ばれる手法での精査を強いられていました。クリエイティブは一般に公開される前に、複数の指標に対して厳しくテストされ、多くの修正や妥協がつきものでした。優れたアイディアがこうしたプレテストの段階を勝ち残ることはほとんどなく、公開にこぎつけるものはさらに少ないというのがマーケターの常識です。このように、ある特定のオプションが複数の変更のサイクルを経るリニアなプロセスでは、必ずしも改善につながるわけではなく、十分なスピードを得ることもできません。
デジタルで、テスト対象となるアイデアの数を限定する要因は制作能力とコストです。良いテストとは、各オプションのパフォーマンスが良好であることではなく、むしろパフォーマンスにおける大きな違いが記録されるものを指します。高速でパフォーマンスを改善するためには、豊富な選択肢からパフォーマンスの低いアイデアを排除することが不可欠です。マーケターは、一本の優れたクリエイティブを作ることから、制作予算内で最大数のクリエイティブを作成することへとシフトしなければなりません。
シェアラブル:生活者を介して情報を拡散する能力
生活者はもはや、単なるオーディエンスではありません。現代の広告主のブランドメッセージを広める、最大かつもっとも影響力のあるメディアなのです。生活者が、コミュニケーションのもっとも重要なチャネルである現代の市場において、ブランドはマーケティングコミュニケーションを単に伝えるためのものではなく、生活者を介して共有されるものへと作り変えなければなりません。
自身のタイムラインに目を向けさえすれば、生活者に対するコミュニケーションのあり方を再考せざるを得ないことがわかります。共有されるものはコンテンツだけであり、広告ではないのです。テレビCMや、プレロールのような動画広告というフォーマットは過去の遺物です。生活者がそれらを自ら見たがることはなく、若い世代であればあるほどわかりやすい広告には免疫があります。成功する広告とは、実際には優れたコンテンツであり、それがたまたま広告であるというものなのです。
現在のスマートフォンは動画コンテンツで溢れており、純粋な広告が入り込む隙はありません。単にタレントが製品特徴を話す15秒の動画が、友達が共有した面白い動画に勝つことができるでしょうか? マーケターは、競合他社より優れた広告キャンペーンを製作するということから、誰にとっても楽しめるコンテンツを恒常的に創り続けるこへとシフトしなければなりません。
テクノロジーの流れを止めることは不可能です。マーケターとして、私たちはアドレサビリティとインタラクティブ性の向上、そしてよりシェアラブルなコンテンツを追い求め続けることでしょう。いま私たちが行うべきことは、むやみに最新トレンドを追いかけるのではなく、不可避な未来に向けて確実性の高い計画を立案することではないでしょうか。もはや生活者とブランドのあいだには埋めきれないほどのデジタル・デバイドが生まれ始めています。デジタルに対する根本からのアプローチと、マーケティング戦略を再考する最後の猶予が、まさにいま、このときなのです。
Written by 荻野英希、明石岳人