合成材料に性能を与えるコーティング剤を液体シルクに置き換えたいと考えている企業のひとつが、イボルブド・バイ・ネイチャーだ。同社は、2019年に5100万ドル(約58億2500万円)の資金を調達した。少数株主として同社に出資した企業に、ラグジュアリー大手のシャネルがある。
この記事は、DIGIDAY[日本版]のバーティカルサイト、ビューティ、ファッション業界の未来を探るメディア「Glossy+」の記事です。
石油化学製品とは石油を原料とする素材のことで、ポリエステルやナイロン、アクリルなどの繊維に使用されるプラスチックに限らない。衣類のコーティングや染色、特定のテクスチャーや防水などの性能等にも使用されている。石油化学製品はファッション業界では広く採用されており、とくに素材に柔軟性や通気性が求められるアクティブウェアの分野で用いられることが多い。
しかし米国連邦取引委員会によると、米国のブランドは衣類に使用される素材が化学物質でコーティングされているかどうかを開示する必要はないとされている。現在、製造に使われる化石燃料に由来する有害化学物質は8万種類以上存在する。天然繊維は何千年も前から存在しているのに対し、ポリエステルやナイロンなどの化学物質は衣料品の製造に使用されるようになってから70年しか経っておらず、健康への長期的な影響はいまだ不明だ。とはいえ、これらの化学物質はホルモンバランスの乱れや皮膚の炎症との関連性が指摘されている。
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グリーンテクノロジーとしての液体シルクの可能性
合成材料に性能を与えるコーティング剤を液体シルクに置き換えたいと考えている企業のひとつが、イボルブド・バイ・ネイチャー(Evolved by Nature)だ。2013年に科学者のレベッカ・ラクチュール博士とグレゴリー・アルトマン博士が設立したイボルブド・バイ・ネイチャーは、2019年に5100万ドル(約58億2500万円)の資金を調達した。少数株主として同社に出資した企業に、ラグジュアリー大手のシャネルがある。シャネルは声明の中で次のように述べている。「この提携により、優れた独自の特性のある最先端の素材を生み出すというシャネルの念願に沿って、さまざまな生地の機能的・視覚的向上を探求することが可能になる。この投資は、グリーンテクノロジーへの投資という当社の戦略の一環である」。
天然素材であるシルクには生体適合性があるため、人間の組織を作るのに使用することができ、皮膚の表面に悪影響を与えることもない。同社が開発したアクティベイテッドシルク(Activated Silk)は繭に由来する天然素材で、素材を保護・強化するサステナブルな分子の製造に用いることができる。またシルクには分子配列のさまざまな部分が存在しており、豊かな生物多様性がある。そこにはファッションの衣料品生産に使用されるテフロンやポリウレタン等に似たものも含まれている。この素材が将来のファッション企業にとってさらに魅力的なのは、この種のシルクは石油化学製品よりも生産コストが低く、大規模で生産するよう設計されている点だ。
アクティベイテッドシルクは、アクティブウェアや革製品の製造に適用されることが期待されている。今年の2月、ランジェリーブランドのアドアミー(Adore Me)は、典型的な石油化学製品のコーティングの代わりにシルクのタンパク質を使用したアクティブウェアの新ブランド、ジェントルー(Gentrue)を発表した。「合成繊維にはほかの天然素材のような性能はないが、ブランドはその性能を必要としている。そこで生地製造の最終段階で、これらの仕上げ剤の使用が関わってくる」とアルトマン博士は言う。
天然素材とバイオテクノロジーで循環型経済の仕組みを変える
イボルブド・バイ・ネイチャーがデータサービス企業グランドビュー(Grandview)とフレア(Flair)の情報を活用して行った調査によると、皮革の仕上げに使用されるポリウレタンは全世界で年間15万トンにものぼる。「実際には、レザーはもっとも持続可能性のある副産物だと言える」とアルトマン博士は話す。「世代から世代へと受け継がれてきたレザーは、分解される合成繊維の代替品よりもはるかに優れている」。
昔ながらの皮革加工のプロセスには金がかかり、皮なめし業は生体適合物質のようなよりサステナブルな形態の化学物質を入手する方法を長いこと失ってしまっている。現代のレザーはセラックやプラスチックで処理されているため、寿命が短くなっているだけでなく、循環型経済に再導入できず、レザーの生分解性も損なわれている。アルトマン博士によると、世界で販売されている仕上げ剤の化学物質は約300億ドル(約3兆4300億円)で、その仕上げ剤の量の大部分については工場もブランドも把握していない。
イボルブド・バイ・ネイチャーは、天然繊維に統合できる独占的な素材を製造している最中だ。サークルメイド(CircleMade)は、再生繊維と活性化したシルク糸を使用して、従来の皮革加工やウール繊維の代わりに使用できる革製品用リサイクルレザー複合素材を作るというものだ。
アルトマン博士は、活性化したシルク糸をより多くの製品に統合することで、素材が循環型経済に入る仕組みを大きく変えることができると考えている。「天然素材とバイオテクノロジーを大規模に実施することで、突如として世界的に大規模な変化を起こし始めることが可能となるだろう」。
[原文:How Chanel-backed Evolved by Nature aims to reduce fashion’s reliance on petrochemicals]
ZOFIA ZWIEGLINSKA(翻訳:Maya Kishida、編集:山岸祐加子)