11月第1週、ポルトガルのリスボンでドイツの大手自動車メーカーBMWはVRヘッドセットを装着したままBMW M2を運転できるシステムを発表した。実際には貸し切りの駐車場を走り回っているのだが、あたかも近未来的な都市空間を駆け巡っているような体験ができる。
運転時に目の前の道路から目を離してはならないのは世の常識だ。だが、BMWはドライビング体験を拡張するVRヘッドセットを装着したままで実際に走行中の車のハンドルを握る方法を編み出した。
11月第1週、ポルトガルのリスボンでドイツの大手自動車メーカーBMWはVRヘッドセットを装着したままBMW M2を運転できるシステムを発表した。実際には貸し切りの駐車場を走り回っているのだが、あたかも近未来的な都市空間を駆け巡っているような体験ができる。このBMWの///M Mixed Reality プロジェクトでは、一般的なVRシステムのように立ったり、座ったり、歩き回ったりするのではなく、現実世界で実際に運転ができる。アクセルもブレーキもハンドルも、すべて本物だ。
フロントガラスの先に目を向けることなくスポーツカーを運転するのは危険なように思えるが、これは通常の公道向けに設計されたものではない。BMWのテストコースで設計されたこのクルマは、ほかの車両がない場所であれば世界中のどこでもソフトウェアがその場に合わせてバーチャルコースを再現し、走ることができる(助手席にはBMW社員が同乗して前方を確認し、必要あれば補助ブレーキを踏んでくれる)。
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ある意味、このコンセプトはBMW Mが数年前に創り出した仮想都市「M Town」にインスピレーションを得たものだ。今回のVR体験のアイデアの生みの親であるアレックス・クットナー氏によると、M Townが実在の場所であればぜひ行きたい、というファンの声を聞いて実際に創ることにしたという。
「M Townというのはひとつのマインドセットだ」とクットナーはいう。「すべてが可能な街だ。そこで思い付いた。私たちはモノを売っているだけではない。感情や体験を売っているのだ。この2つの側面をひとつにした複合現実は、将来的な素晴らしい『何か』に向かうほんの第一歩にすぎない」。
「この上なく常識破りな体験」
約2年前に複合現実プロジェクトの開発が始まった当初、BMWの念頭にあったのはスポーツモデルのM5だったが、その後対象は翌春発売予定のM2に切り替えられた。同社幹部の話では、将来的にはドライバーのトレーニング、サーキットコースのプログラミング、同時開催できるグローバルなレース競技の開発での使用が考えられているという。
BMW MのCEOフランク・ヴァン・ミール氏はこのアイデアについて「最初からビジネス的な採算を考えることなく、新しいことを探求できる余地を与える 」と米DIGIDAYに語った。それは同時に、テクノロジー面での開発を進めることによって「答えを得る」ことにもつながるそうだ。
「おもしろいのは、答えが手に入ったところで問われるのが、この答えはどのような問いに対する答えなのか、ということだ」とヴァン・ミール氏は話した。「本当にたくさんのアイデアがある。最終的な答えはまだ見つかっていないが、すべてのアイデアに取り組んでいるところだ」。
今回のVR体験は(少なくとも現時点では)一般向けのものではないが、BMWはゲーマーとコンテンツクリエイターを何名か送り込み、仮想世界に入った状態で駐車場を走り回ってもらっている。その一人が、ミュンヘンに飛び、BMWのティーザー動画に出演したTwitchのストリーマー、ケイリーだ。車がサッカーをするビデオゲーム、ロケットリーグ(Rocket League)のeスポーツチーム「G2」のメンバーであるケイリーは、これまでVRでプレイしたことはあるが「ここまでクレイジーなものは経験がない」と語った。その魅力はほかのゲームでも、おもしろさと競争の両面で発揮できるのではないかという。
「この上なく常識破りな体験だった」とケイリーは述べた。「私はロケットリーグでプレイしていて、それこそ何時間もつぎ込んでいる。だが、ミュンヘンでの体験は本当に言葉にできないものだった」。
車そのものがコントローラーに
米DIGIDAYも、今回のワールドプレミアが行われたリスボン郊外の駐車場でデモを体験させてもらった。人によっては乗り物酔いのようになったり、現実感が薄れてしまったりするかもしれないデジタルな遅延は多少あったものの、BMWのコースのなかで行った操作はすべて実際に運転している感覚に非常に近いものだった。
仮想のメトロポリスを巡る最初のラップでは、ゆっくり走ってコインを集めながら、途中の障害をかわしていった。2周目、3周目のラップでは、もっと速く走るようにとタイムチャレンジが出現し、実際のレースさながらのスリルだった。加速、急カーブ走行、ブレーキとも本物の感触だ。ただ、仮想世界なので一時的に現実を忘れることができ、ラップを重ねるごとに加速と急カーブに自信をつけていった。
モノグリッド(Monogrid)のクリエイティブ・テック・ディレクターで同社の共同創業者でもあるデビッド・ハートノ氏は、車そのものをコントローラーにしてしまうという発想がBMWのゲームに対する関心をよく表していると話す。2022年10月も、BMWはエアコンソール(AirConsole)と新しくパートナーシップを結び、駐車中に車載ディスプレイでゲームできるようにすると発表したばかりだ。こうしたVR体験が「テクノロジーの先駆者、最先端車両としてのイメージ強化を促進する」とハートノ氏は付け加える。
「これは複合現実の傑作だ」と話すのは、米国西海岸に拠点を置く独立系エージェンシーのSCSでイノベーション担当シニアディレクターを務めるショーン・マクフェドラン氏だ。今でも金を出してラグジュアリーカーをサーキットで走らせる人たちがいるが、BMWのこのプロジェクトは、そこからの「クールなステップアップ」だという。だがそれだけにはとどまらず、BMWの能力を消費者にわかりやすく示すのにも役立つ。
「BMWは複合現実とインダストリー4.0にかなり注力しているが、それを消費者に周知することは難しい」とマクフェドラン氏は話した。「消費者は、車両をより良くするためのさまざまな取り組みをあまり気にかけないものだ。以前だったら風洞実験の様子を見せていただろうが、今ではこのようにして車両の先進性を示している」。
VRを推進する自動車メーカー各社
ここ数年のあいだ、数多くのカーブランドが拡張現実(AR)や仮想現実を試しつつある。ラグジュアリーEVのスタートアップ企業であるルーシッド(Lucid)は2021年、ニューヨークのショールームでVRを使用し、バーチャルな車内空間に座ってさまざまなデザインが実際にどのようになるのかを体験できるようにした。2022年に入ると、アウディ(Audi)とポルシェ(Porsche)が、スタートアップ企業ホロライド(Holoride)との新たな提携を通して車載VRエンターテインメントシステムの提供を開始すると発表した。VRを使用した車両設計や、修理などのほかの用途についても、カーブランド各社での試行が進む。
ガートナー(Gartner)のCIOリサーチグループのVPアナリスト、マイク・ラムジー氏は、多くの自動車メーカーが技術の進歩に後れを取らないように方策を探るなか、BMWが積極的にリスクを引き受けていると語る(BMWはマルチメディアシステムの取り組みではパイオニア的存在であり、Alexaの搭載も早かったそうだ)。だが同氏は、VRに関しては真にビジネス的な見返りを求めているというよりはブランド構築の手段なのではないか、と考えている。
「どの自動車メーカーも投資はしているが、そのビジネス的な価値については誰もまだわかっていない」とラムジー氏は話す。「ARもVRも、すべてのテクノロジーについていえることだ。性能重視を指向する企業としては、自社ブランドを物理的な移動を超えたものとして拡大するための方法として見るだろう」。
BMWのVR体験の開発に協力したエピックゲームズ(Epic Games)のHMI&自動車UE事業担当ディレクターのハイコ・ウェンツェル氏は、BMWの独自性がリアルタイムのセンサーを使用して実際の反応を得られるところにあると話す。VRでテストして感触を見ることができるのは、実際の製品を設計する際に大きな強みとなるそうだ。
「これは製造業と自動車産業のどの部分にも当てはめることができる」とウェンツェル氏は語る。「設計時にどのような感じになるのか、自動的にリアルタイムのフィードバックが返ってくる。人が自動車を設計するときや、将来的なモビリティの姿を理解するには、そのようなリアルタイムの反応が必要だ」。
開発となると、企業としては開発の理由やどのように開発を収益につなげるのかをすぐに見つけたがるものだが、ヴァン・ミール氏はすべての問いに対する答えがなくても、低予算で開始してよいと話す。BMWがこのプロジェクトに投じた金額は明かされなかったが、同氏は「何百万ユーロにも上る」わけではないと述べた。また、必要なのが複合現実のための機材と車載コンピュータだけだったため、予算が「かなり引き締まったものになっている」とも付け加えた。
「冷静に見るとまだ完成していないのではないか、という意見もあるかもしれない。しかし、かなりの創造性と、まだ不明確ではあるがかなりのポテンシャルがそこにはあると思う」とヴァン・ミール氏は述べる。「とんでもない金額が必要なのであれば、もちろんすぐにでも決断を下さなければならないかもしれないが、そうでないのであれば、まずはやってみたらいいと思う」。
Marty Swant(翻訳:SI Japan、編集:黒田千聖)