IBMが開発したワトソン(Watson)は認知技術であり、スーパーコンピューターによって動作するAI(人工知能)だ。これを銀行では、より良い顧客体験の提供および運用の効率化を図るために、またプログラムされたデジタル「職員」として利用している。以下で、その事例を紹介しよう。
銀行は人工知能に対して、興奮と恐怖感を同時に抱いている。それがビジネスを行ううえで、おそらくもっとも革新的な技術であるにもかかわらず、IBMが開発したワトソン(Watson)に対する彼らの反応は、比較的静かだった。
ワトソンとは認知技術であり、スーパーコンピューターによって動作するAI(人工知能)が、データをもとに結論を出したり、SNS上の書き込みやデジタル写真など、体系化されていないデータの読み取りを可能にする自然な言語理解を行う。そして、莫大なデータポイントを瞬時に隈なくリサーチできるサーチエンジン機能でもある。
これは長期的な目線では、銀行にとって非常に大きな希望となる。彼らは莫大な量の顧客データをもっており、それらのデータを常に研究し、より良い顧客体験の提供および運用の効率化を図るために使用している。
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「ワトソンは、銀行の営業マンが適したサービスを適した顧客に、適したタイミングで販売することを保証できるツールだ」と、プロペル・ベンジャーズ(Propel Ventures)のパートナー、ライアン・ギルバート氏は語る。「ウェルズ・ファーゴ(Wells Fargo:アメリカの大手金融機関)がワトソンをもっていたら、おそらく8つもの金融商品の販売に踏み切ってはいなかっただろう」。なぜなら、ワトソンであれば、従業員をそのようなルールに従わせることはないからだ。
短期的な目線では、こうした類の進化を電子的な銀行取引向けのチャットボットや顧客との会話ができるようにプログラムされたデジタル「職員」といった形で見続けることになるだろう。以下で、銀行でワトソンがどのように活用されてきたのか、その事例を紹介する。
企業コンプライアンス
2016年11月、IBMは戦略やリスクマネジメント、規制遵守のコンサルティング会社として非常に大きな影響力をもつプロモントリー・ファイナンシャルグループ(Promontory Financial Group)を買収した。IBMは買収するにあたり、銀行のコンプライアンス問題への対応策をワトソンに学習させるために、専門家や元調整役(レギュレーター)、金融サービスの元重役を雇用した。そして、その最終的な目的は、銀行から収集したすべてのデータを精査・分類することで金融リスクのモデリングや監視、インサイダーの脅威、そしてマネーロンダリング対策やKYC(Know Your Customer)のルールの周辺で起こる大きなニーズに対応し、致命的な問題を発見し、解決策を作り出せる能力をもった人工知能を作り上げることだ。
これはワトソンが銀行取引に参入する第一歩となると、ギルバート氏は語る。トランプ政権がウワサ通りドッド・フランク(金融規制に関するアメリカ合衆国の連邦法律)を白紙に戻すかどうかは確かではないが、金融危機後は再建のための予算が整備されている。いずれにしても、規制対応と新たに生まれたいわゆる「レグテック(regtech:regulatory technology)」業界の重要性を損なうことはないだろう。
「政府が本当にこれまでに制定された主な規制を緩和する方向へ向かうならば、コンプライアンスに関わる業界に非常に大きな影響を与えることになるだろう。弁護士の争奪戦が起こり、コンプライアンス関連企業の職員にとっては悪夢となる」と、ギルバート氏は語る。「AIのシステムでデータを集めて、すべて解決する、これ以上良い策があるだろうか?」。
気持ちを理解するボット
スコットッランドロイヤル銀行(Royal Bank of Scotland, RBS)は、ほとんどリアルタイムに顧客の質問に対応できるルーボ(Luvo)というチャットボットを開発中だ。ルーボはIBMのワトソンの会話技術を使っており、これはクラウドベースの認識ツール、つまり情報やニーズの変化に応じて学習するコンピューティングシステムである。2016年12月、銀行の顧客の10%にwebのチャットを通じてこのサービスが適用され、2017年3月現在もまだ実験が続いている。ルーボが簡単な顧客の質問に対応することで、ロイヤル銀行のアドバイザーたちは、より複雑な問い合わせの対応に専念できる。現在、ルーボは自身のもつ能力の範囲で顧客に対応しており、複雑な問い合わせはアドバイザーに渡される。
ロイヤル銀行は、将来的にワトソンのアルケミー・ランゲージ(Alchemy Language)の能力を採用する予定だが、これはルーボが顧客の感情(喜び、悲しみや不満)や声色の変化を理解するうえで役立つであろう。
例としては、顧客が再発行したいカードが紛失したカードなのか、盗まれたカードなのかの違いを感じ取ることができることになるだろう。単に銀行のカードが見つからないという問題に対しては、ルーボは即座に情報を提供できるが、後者の場合はより感情的な体験となるため、おそらくルーボはこの顧客の対応は、人間の相談役に引き渡すという形だ。
軍からの離別をアドバイス
現役の、および以前に軍隊に従事していたメンバーが多数を占めるUSSA(United Services Automobile Association:Wiki)の顧客は、通常の市民生活に戻るためのアドバイスを銀行のwebサイトを通じてワトソンに求めることができる。
ワトソンエンゲージメントアドバイザー(Watson Engagement Advisor)は、職探しや住宅の購入、また補償の給付など、軍からの離別に関連した質問に対応する。たとえば「復員軍人給付の予約は可能か?」や「9.11以降の復員軍人援護法を最大限に活用するには?」といった質問だ。こうしたメンバーからの質問に答えるためには、ワトソンはUSAAのビジネスデータを隈なくチェックできる必要がある。
資産管理をアドバイス
オーストラリアの銀行大手のANZグループは、おそらく銀行業でワトソンを活用しているもっとも目立ったクライアントであろう。この銀行は資産管理の業務にワトソンエンゲージメントアドバイザーを採用している。相談役や製品の専門家、法務/コンプライアンス、そしてカスタマーサービス部門のANZの職員は、最新の契約条件を含む文書や銀行の商品に関わるデータをスーパーコンピューターに与えている。
この技術は、顧客を支援する職員がより深い洞察力とそのスピードを得る手助けとなることを目的としているが、それだけでなく、USAAと同様に「アスクワトソン(Ask Watson)」の機能を採用して、商品の購入の決断へと導いたり、問題のトラブルシュートができるように顧客へとフィードバックを戻している。
個人向けの銀行取引に対応
シティグループ(Citigroup)は、金融サービスにITを取り入れるために長いあいだIBMと提携している。ワトソンを導入したのはほんの数年前だが、その目的は顧客ニーズの分析や接客の向上、そしてクライアントの膨大な金融/経済関連のデータ処理を行う手段を進化させることにある。
シティグループによると、ワトソンのコンテンツ分析と学習能力が、銀行サービスと直感的なブランチ体験、そして個人向けの銀行取引を提供する助けになっているとのことだ。
Tanaya Macheel(原文 / 訳:Conyac)
Image from Dan Farber