テクノロジー分野では、ほとんどのスタートアップが、多額の資金を調達してすばやく規模を拡大し、大企業から買収されるか株式公開を果たすことを目指しているが、Amazonセラー買収企業にも同じような道が開かれはじめた。
キース・リッチマン氏が100万ドル(約1億円)のビジネスアイデアを思い付いたのは、ちょっとした体調不良がきっかけだった。
起業家で、フードデリバリーのグラブハブ(GrubHub)などの役員を務めるリッチマン氏は2018年、免疫力を高めるサプリメントをAmazonで購入しようと考えた。その際、この手の製品を手がけているビジネスに興味が湧いてきたため、Amazonのセラーにコンタクトを取りはじめたという。そんななか、あるAmazonセラーに出会った。この人物は、自らのビジネスを、Amazonセラーを専門に買収している大手企業に、売却したというのだ。リッチマン氏は、この話を聞いてますます興味を持った。
「これが私にとって導きとなった」と、リッチマン氏は話す。このとき同氏は、Amazonで売れている製品の販売権を買い取り、製品ページのデザインを一新し、新しいフルフィルメントインフラに投資して、販売を拡大するというアイデアを思い付いた。当時、このようなアイデアを試している企業は、エンパイア・フリッパーズ(Empire Flippers)など、比較的小規模な企業に限られていた。しかしリッチマン氏は、このビジネスが次の大きなトレンドになる可能性があると考えた。そして1年後、ビジネスパートナーのチャーリー・チャナラツォポン氏とともに、Amazonの小規模セラーをはじめて買収した。
Advertisement
ふたりが立ち上げた企業、ブーステッド・コマース(Boosted Commerce)は、創業以来8700万ドル(約90億7000万円)の資金を調達し、急成長するAmazonセラー買収企業(セラーロールアップ[囲い込み]企業とも呼ばれる)の仲間入りを果たした。この界隈では、2020年にヒーローズ(Heroes)、パーチ(Perch)、ヘイデイ(Heyday)、セラーX(SellerX)、レザー(Razor)といった企業が相次いで設立され、彼らが調達した資金は合わせて10億ドル(約1042億円)近くに上っている。なお、最大手のスラシオ(Thrasio)は、2018年にこの分野に参入して以来、セラーの買収にすでに4億ドル(約417億円)近い投資を行っている。
テクノロジー分野では、ほとんどのスタートアップが、多額の資金を調達してすばやく規模を拡大し、大企業から買収されるか、株式公開を果たすことを目指しているが、Amazonセラー買収企業にも同じような道が開かれはじめた。昨年夏には、電子機器製品を手がけるアンカー(Anker)が、Amazon専業のセラーとして、はじめて新規株式公開(IPO)を果たしている。また同じ時期、何百ものセラーが買収企業との取引を成立させた。その結果、オンライン小売の分野は新たな時代を迎え、ビジネスモデルの画一化が起こりはじめている。実際、最近ではAmazonで売られる製品の個性が、徐々に失われているという。というのも、市場に流れ込む資金が増える一方で、買収企業たちがAmazonのマーケットプレイスで標準的な成功モデルを構築、あるいは模倣するようになったからだ。
サードパーティセラーの成長
Amazonが、サードパーティセラー向けにマーケットプレイスを開設したのは、2000年11月のこと。その際、同社はこのeコマースプラットフォームを、顧客が購入できる「製品の選択肢」を広げ、さまざまな製品を買えるようにするためのシステムだと謳っていた。また、そこで想定されていたのはビジネスは、どちらかという小規模なビジネスであった。
そして今日、サードパーティセラーは、Amazonの全売上の半分以上を占めている。Amazonの2020年度第3四半期の売上961億ドル(約10兆153億円)のうち、204億ドル(約2兆1260億円)はサードパーティセラーによるものだった。ただし、マーケットプレイスのトップセラーに目を向けると、ビジネスの規模が小さいとは決していえない。有力なサードパーティベンダーの1社であるファーマパックス(Pharmapacks)は、2019年に2億5000万ドル(約260億5000万円)の売上を上げている。
いま、このようなトレンドに乗ろうと、さまざま支援サービスが登場している。これまでも、Amazonマーケットプレイスに進出しているセラーの多くは、成功しているほかのセラーの買収に力を入れてきた。しかしここ最近見られているのは、いわばAmazonセラー版のベンチャーキャピタリストになろうとしている企業たちだ。
これまで、ビジネスを軌道に乗せようとするAmazonセラーは、貯金を注ぎ込んだり家族や友人からお金を借りたりするのがもっぱらで、融資を行う企業から資金を調達することはまれだった。セラーズファンディング(SellersFunding)のようなeコマース向け金融業者は数年前から存在するが、彼らが融資する金額は、これまで1万~50万ドル(約104万~5200万円)程度であるケースがほとんどだった。
確かに、Amazonセラーを対象とする投資ビジネスは、大きな可能性を秘めている。昨年11月には、Amazonセラー向け融資を手がけるヤードライン・キャピタル(Yardline Capital)が、スラシオの支援を得て設立され、1000万ドル(約10億4000万円)の資金を調達した。同じく新規参入組のアクルーミー(AccrueMe)は、Amazonセラーが返済できるまでのあいだ、一時的な利益分配金(5~25%)を支払うことを条件とした、融資プランを提供している。創設者らによると、いまのところ同社の融資件数は30件に満たないが、Amazonセラーへの融資に備えてさらに1億ドル(約104億2200万円)の資金を調達したという。この資金は、すべてニューヨーク市に本拠を置くヘッジファンドから得たものだが、アクルーミーは具体的な社名の公表は拒否している。
なお、Amazonセラー向けの融資を提供してきた既存の企業は、すばやく利益を上げることを求める傾向が強いが、アクールミーはそのビジネスが持つ潜在性にフォーカスする。「すでにビジネスがうまくいっていて、資金がもっとあればさらに利益を増やせると考えている企業のために、当社は存在している」と、共同創設者のエリック・コッチ氏は語った。
買収企業のビジネスモデル
買収企業がセラーに提示する契約内容は、大抵どこも同じだ。彼らは、小規模なサードパーティセラーが、Amazonで販売している人気製品の販売権を得る見返りとして、買収金を支払う。通常、その金額は100万ドル(約1億422万円)前後だ。その後、買収企業は販売権を得た製品を、自社の巨大なポートフォリオに組み込んで、真のヒット製品を生み出そうとする。
リッチマン氏のブーステッド・コマースでは、スタッフがAmazonマーケットプレイスを調査し、同社のポートフォリオに追加できる可能性がある製品を探し出す。そして、独自のスコアカードシステムを利用して、製品の将来性を判断している。基準となるのは、評価、レビュー数、セラーの事業年数、および全体的な販売動向だ。
ただ、買収企業のアプローチは、各社によって異なっている。スラシオは、食品のような腐りやすい商品は扱わないようにしていると、米DIGIDAYの姉妹メディアであるモダンリテール(Modern Retail)の取材で語っていた。これに対し、ブーステッド・コマースのリッチマン氏は、食品を販売する企業との取引を増やしたいと述べている。
また、ほとんどの買収企業はAmazonセラーとの取引に集中しているが、リッチマン氏によれば、ブーステッド・コマースでは、ショッピファイ(Shopify)やエッツィー(Etsy)など、ほかのプラットフォームでもセラーとの取引を真剣に検討しているという。「当社はショッピファイでビジネスをしている多くの企業に目を向けており、一部の企業にはすでにオファーを出している」と、リッチマン氏は語った。
これに対し、アクールミーが融資先として目を向けているのは、Amazonで半年以上ビジネスを続けて利益を上げ、法人登記をしている企業で、かつ「成長の見込みがある」ところだと、共同創設者のドン・ヘニッヒ氏は説明する。具体的には、同社がターゲットにしているのは総売上が1万~50万ドル(約104万~5200万円)のAmazonセラーだが、「最適な相手は(総売上が)2万~3万ドル(約208万~312万円)の企業だ」と、ヘニッヒ氏はいう。
全体として見れば、こうした買収企業はみな、シリコンバレー風のエコシステムをAmazon上で構築しているといえる。実際、ヘニッヒ氏はアクールミーの投資について、「スラシオに売却するためにやっておくべきステップだ」と語っていた。
変化するマーケットプレイス
こうした支援ビジネスの成長は、消費者にも大きな影響をもたらす可能性がある。
というのも、手頃な製品を見つけたセラー買収企業やベンチャーキャピタルが最適化のために行う取り組みは、製品ページの作り直し、製品写真の撮り直し、キーワードの追加など、どこも似たりよったりだ。「Amazonマーケットプレイスが、このように他社を模倣したマスマーケット製品だらけになるのではないかと心配している」と語るのは、Amazonセラーをクライアントに持つエージェンシーのボブスレッド・マーケティング(Bobsled Marketing)を創業したキリ・マスターズ氏だ。
彼らのような買収企業が一般的になれば、Amazonの製品が次々と最適化された結果、多様性や創造性が失われる可能性がある。「実際、アロマディフューザーを検索したときに表示される最初の10件の製品は、どれもまったく同じように見える」と、マスターズ氏はいう。「このような状況から、どうやってイノベーションが生まれるのだろうか。今後は、SEO業者がお互いに模倣を繰り返すだけになるだろう」。
この状況が進めば、Amazonマーケットプレイスは消費者にとって、画一的な製品しか存在しない場所になる。Amazonのアルゴリズムによって上位にランクインした製品では、さらにその傾向が強まるだろう。
また、こうした製品を販売するAmazonセラーの画一化がますます進む可能性もある。ジャングル・スカウト(Jungle Scout)によれば、Amazonでのビジネスを本業としている企業の割合は、いまのところセラー全体の37%に過ぎない。だが、法学部の学生時代に自転車用ラックを販売してAmazonで売上トップを獲得し、のちにその製品をドイツのAmazonセラー買収企業に売却した、クリストファー・ピーラー氏は「自分のように、趣味をきっかけにAmazonで製品を販売する人に対する扉は、閉じられつつある」と考えているという。
また、ピーラー氏は「素人がAmazonでビジネスをはじめ、すぐに成長できる時代は終わったようだ」と述べる。大量の資金がAmazonセラーの市場に流れ込むなか、セラーに求められる販売ノウハウは急速にプロ化しており、豊富な資金力を背景にしない限り、好奇心でビジネスをはじめた企業がベストセラー製品を生み出すことはますます難しくなるというのだ。「私たちのような若者は、Amazonでのビジネスを本格的にやろうとは考えていない。しかし最近では、サイドビジネスとしてもうまくいくとは思えない」と、ピーラー氏は述べている。
しかし、Amazonセラーに目を向けている買収企業やベンチャーキャピタルは、異なる見解を述べている。「これまでのAmazonビジネスは、販売規模をどれだけ拡大できるかが第一とされており、利益は二の次になっていた」と、アクールミーのヘニッヒ氏はいう。しかし、同社のような企業はセラーに対し、成長に合わせて実際に利益を上げられるような提案を行っていると、ヘニッヒ氏は説明する。「我々は、セラーがより多くの利益を得られるように支援できる。これが業界で起こっている大きな変化だ」。
とはいえ、Amazonのエコシステムに対するベンチャーキャピタルの投資が膨らめば、ビジネスモデルが不明なスタートアップに数百万ドルの資金が注ぎ込まれるという、シリコンバレーに似た状況が再現される恐れがある。だがアクールミーは、Amazonのミニシリコンバレーのほうが、はるかに実力主義になるはずだと考えている。前出のコッチ氏も以下のように述べる。「いまは、彼らに報酬や見返りを与えて、成長軌道に乗せている段階だ。これから先は、優秀な企業だけが勝ち残っていくだろう」。
[原文:How Amazon sellers are getting Silicon Valley-ified]
MICHAEL WATERS(翻訳:佐藤 卓/ガリレオ、編集:村上莞)