ここ数カ月にわたり中国への反感を煽ってきたトランプ大統領だが、8月7日、米国企業に対して中国企業のバイトダンス(ByteDance:TicTokの運営企業)やテンセント(Tencent:WeChatの運営企業)との取引を規制する命令に署名した。この命令は具体性に欠けるため、ビジネスシーンでは混乱が生じている。
ここ数カ月にわたり中国政府や中国企業に対する反感を煽ってきたトランプ大統領だが、8月7日、米国企業に対して中国企業のバイトダンス(ByteDance:TicTokの運営企業)やテンセント(Tencent:WeChatの運営企業)との取引を規制する命令に署名した。この命令は具体性に欠けるため、ビジネスシーンでは混乱が生じている。
問題となっているのは「取引(transactions)」という表現だ。これは曖昧で幅広い解釈が可能となっており、さまざまな事業活動が当てはまりうる。テンセントは時価5000億ドル(約53兆円)を超える企業であり、JD.comやフォートナイト(Fortnite)を作ったエピック・ゲームズ(Epic Games)、UMG(ユニバーサル・ミュージック・グループ)など数十社の株式を所有している。だが同社のそれぞれの所有資産に対する具体的な禁止措置についてはいまだ説明されていない。一部ではテンセントの人気ゲーム「リーグ・オブ・レジェンド(League of Legends)」が遊べなくなるのではと心配する声も上がっていたが、これについてはロサンゼルス・タイムス(Los Angeles Times)が「今回の命令の焦点はWeChatであり、同ゲームへの影響はない」ことを確認している。
また、テンセントは5月に後払いサービスであるアフターペイ(Afterpay)の株式を5%取得している。3月以降、ファッションブランドのあいだで普及が進んでいるアフターペイだが、これへの影響も分からないままだ。
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米国内のWeChatユーザーは1900万人
WeChatは多機能アプリであり、「取引」もさまざまな形態が考えられる。マイケル・コース(Michael Kors)やラルフローレン(Ralph Lauren)をはじめ、何年も前からWeChatで販売しているブランドは多い。またWeChatの広告で米国内における中国系の消費者をターゲティングしているディオール(Dior)のように、広告と中国の消費者への情報伝達にWeChatを活用しているブランドもある。WeChat Payは米国内の多くの店で利用可能だ。たとえばフェンディ(Fendi)は米国内の全店舗でWeChat Payでの支払いを受け付けている。レベッカミンコフ(Rebecca Minkoff)、メイシーズ(Macy’s)、アメリカン・イーグル(American Eagle)、ラコステ(Lacoste)などの店舗についても同様だ。
一方、中国国内のWeChatユーザーへの影響は最小限にとどまると見られている。ブランドが中国で会社を登録したうえで、中国側でWeChatアカウントを運営する必要があるためだ。
ブランドにとって影響がもっとも大きいのは、中国国外で中国の消費者にどうやって商品を販売するかという点だろう。WeChatのデータによると、同アプリの米国内における中国人ユーザーは観光客や学生などを含め1900万人を超えているという。
デジタル・ラグジュアリー・グループ(Digital Luxury Group)の共同経営者で国際クライアント開発ディレクターを務めるアイリス・チャン氏は「もっとも影響を受けるのは観光客や海外在住の人間ではないか」と語る。「米国在住で、コミュニケーションのために中国のWeChatアカウントをそのまま毎日使っている中国人への影響はあるだろう。今は観光自体がほとんど行われていないが、観光客もWeChatで支払いをするので影響を受けると考えられる」。
中国人は高級品を自国外で購入する
昨年、世界の高級品市場の消費総額の3分の1以上を中国の消費者が占めていた。だが2月にベイン(Bain)が行った調査によると、そのうち中国本土での取引はたったの9%に過ぎなかったという。つまりパンデミック前、中国人は高級品のほとんどを観光や海外在住中に買っていたということになる。実際、中国人観光客は世界の高級品市場における最大の消費者層だ。中国国内では入手が容易ではないブランドや製品を買いに来る中国人客は、米国の高級ブランドにとって重要な小売戦略となっている。
中国人カスタマーの半分以上(61%)は、たとえ海外在住であっても支払いにWeChat Payやアリババ(Alibaba)のアリペイ(Alipay)を利用しており、中国国内のWeChatアカウントを利用する傾向がある(WeChatによれば毎日10億件以上の取引がアプリ上で行われているという)。新型コロナウイルスとの戦いが続く米国では中国人観光客が少ない。WeChatが禁止されれば、在米中国人も同アプリで取引ができなくなる。これにより高級ブランドのアメリカへの投資意欲が削がれるおそれはあるだろう。また現在、WeChat Payの最大のライバルとなっているのがアリペイで、現状はWeChat Payの利用者が倍以上多いとはいえ、今後はアリペイが支払いにおける主流となっていく可能性がある。
フォワードPMX(ForwardPMX)のAPAC担当バイスプレジデント、ヤンヤン・フロード氏は「現状を考えれば、ブランドにとってもWeChatと似た機能で消費者にリーチできるほかのプラットフォームを検討することは有益だろう」と語る。「たとえば支払いの観点でアリペイはかなり有力な選択肢になる。WeChat MomentsのかわりにWeibo(ウェイボ)を使うのも有効だ。また、米国ブランド各社は中国の消費者にリーチしようと試みているが、メディアやマーケティング分野ではこれまで注目されてきたスーパーアプリ以上に複雑で包括的なものが必要という点にも注目すべきだ」。
「いま、中国市場は唯一の明るい材料」
今回の規制によって、すでにあったトレンドがさらに加速する可能性がある。高級ブランドは、将来的に中国でビジネスを行う上での障害にならないように、中国での事業設立にさらに多くの投資を行うことになるだろう。LVMH、ケリング(Kering)、プラダ(Prada)、バーバリー(Burberry)などの高級ブランドの収益報告書では、世界中の地域で10%以上の収益減となっており、明るい材料となっているのは中国のみだ。
米政府の命令に対し、中国がどう対応するかという問題もある。
ガートナーL2(Gartner L2)のAPAC担当マネージングバイスプレジデントを務めるダニエル・ベイリー氏は「欧米企業の多くはすでに中国企業を設立しており、中国国内での中核事業に支障をきたすことはない。だが海外在住の中国人をターゲティングするのは難しくなるし、新興ブランドが中国の消費者にリーチして成長しようとするのも以前ほど迅速にはいかなくなるかもしれない」と語る。「中国がどう反応するかは興味深い。最新の業績発表を見ると、多くの欧米ブランドにとって中国市場は唯一の明るい材料だ。もし中国政府がなんらかの形で米国ブランドを中国の消費者から切り離したとしたら、その影響は非常に大きなものになるだろう」。
[原文: How a WeChat ban could impact luxury brands targeting Chinese consumers]
DANNY PARISI(翻訳:SI Japan、編集:長田真)