米DIGIDAYは2021年4月、オンラインイベント「DIGIDAY GAMING ADVERTISING FORRUM」を開催。当日は、ブランド、ゲームプラットフォーム、アドテク企業を代表する業界関係者が多数登場し、ゲームやeスポーツ分野に新たに参入しようとする広告主へ、戦略や戦術のヒントを提供した。
現在のゲーム業界を巡る変化は、ビデオゲームで育った我々のような世代の認識を揺さぶるものだ。
2021年のゲーム業界には、Twitch(ツイッチ)やSteam(スチーム)などの大規模なプラットフォーム、年間数百万人のファンが参加するライブ配信やオンラインディスカッション、そして(通常時なら)数万人の観客を集めるeスポーツイベントなど、巨大かつ成長中のビジネスが多数存在している。こうしたゲーム業界の拡大は、マーケティングや広告のチャンスが増えることにつながるだろう。しかし、そこに挑戦するブランドはまだ少ない。
米DIGIDAYは2021年4月8日、オンラインイベント「DIGIDAY GAMING ADVERTISING FORRUM」を開催。当日は、ブランド、ゲームプラットフォーム、アドテク企業を代表する業界関係者やオピニオンリーダーが多数登場し、業界動向やトレンドに関する議論を通じて、ゲーム分野に新たに参入しようとする広告主へ、戦略や戦術のヒントを提供した。TwitchのEMEA(欧州/中東/アフリカ地域)担当セールスディレクターを務めるクリシャン・パテル氏によると、世界のゲーム市場は現在、1420億ドル(約15兆3875億円)規模にもおよび、2020年第4四半期にTwitchユーザーたちのゲームのライブ配信視聴時間は、延べ28億時間を超えたという。こうした数字は、ブランドがゲームを活用したマーケティング活動に参入するうえで大きな判断材料になることは間違いない。だが、一方で適切なアプローチを見つけ出すことも忘れてはならない。
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1. ゲームの持つソーシャル性
ゲームがブランドにとって大きなチャンスである理由のひとつは、それがソーシャルな体験であるという点だ。ゲームが会話のきっかけとなり、時間を共有し、最終的にはコミュニティの形成に寄与する。ゲームは多くの人々、特に若い世代の生活において重要な役割を占めているが、多くのブランドはそれを十分に理解できていない。
たとえばTwitchなどは、ゲームの枠を超え、さまざまな分野のクリエイターやファンが集い、コンテンツを体験し、議論するプラットフォームへと進化している。パテル氏によると、Twitchで目下顕著な成長を遂げているのは、スポーツと音楽だという。「音楽業界は参入障壁の高い分野だが、Twitchであればファンとつながることができると思う」とパテル氏は述べている。パテル氏は、ミュージシャンのSereda(セリーダ)の例を挙げる。Seredaは、作曲やレコーディングのプロセスを配信することで、Twitch上でファンを獲得。彼女のチャンネルは現在、月に約4500ドル(約48万8000円)の収益を上げているという。
アンハイザー・ブッシュ・インベブ(Anheuser-Busch InBev)で、バドライト(Bud Light)のスポーツマーケティングディレクター兼eスポーツ、およびゲーム責任者を務めるジョー・バーンズ氏は、eスポーツのファンベースは、ニッチな「マイクロコミュニティ」に細分化されていると語る。
ただ、ゲーム分野への参入を検討しているブランドは、その取り組み方についてもしっかり考える必要がある。「eスポーツ全体に通用する鉄則などない。『コール・オブ・デューティ(Call of Duty)』のファンはどうか? 『フォートナイト(Fortnite)』のプレイヤーはどうか? eスポーツの世界には、非常に多くのマイクロコミュニティが存在しており、昨今では従来のスポーツ関連のスポンサーシップにも似たアプローチが見られている。我々は、それぞれのマイクロコミュニティに対し、彼らの興味・関心に合わせた発信を行う必要がある」とバーンズ氏は述べた。
一方パテル氏は、そもそもゲームにあまり縁のないブランドである場合、ゲームに特化した戦略は「必ずしも必須ではない」とする。「ただ、Twitchのようなプラットフォームに広告費を投ずること自体が有益であり、またブランドはそうすべきだ」。また、ブランドがゲーム分野に参入する際の最初のアプローチについて、同氏は次のようにアドバイスする。「クリエイティブな要素を考慮し、若く熱心なオーディエンスをエンゲージするにはどうすれば良いかを考えることだ。そのサービス上で、多くのブランドエクイティと成果を生み出すための良いスタートが切れるような、クリエイティブで、破壊的で、革新的なアイデアとは何かを見つけ出すことだ」。
Twitchをはじめとしたプラットフォームと、その強力なコミュニティ形成ツールを活用して、独自のイベントを配信しているブランドもある。たとえばバーバリー(Burberry)は、2021年春夏のファッションショーをTwitchでライブ配信するという、ラグジュアリーブランドとして初の試みを実施。「我々はバーバリーに対し、オーディエンスが、ひとつのウィンドウで同時に複数の視点からショーを視聴したり、チャットでブランド側と交流できるような仕掛けを提案した。視聴体験のパーソナライズと、インタラクティブ性が重要だからだ」とパテル氏は述べている。
2. ゲーマーの多様化
ゲームを購入し、プレイし、視聴し、議論する人々は現在、かつてないほど多様化しており、オーディエンスは世界中に広がっている。「彼らの年齢、収入、性別はさまざまだ」と、アイアンソース(IronSource)のナショナルバイスプレジデントを務めるマイク・ショルチ氏は述べる。同氏によると、その多様ぶりは現実の米国社会を見ているようだという。
マーケターが、自社の経営陣にゲーム分野への参入計画を説明する際には、この多様性を説得材料とするべきだろう。BMWグループ(BMW Group)のeスポーツ責任者、ピア・ショーナー氏は、eスポーツがブランドにどれほどの価値をもたらすかについて、役員たちを説得したときの経験をそう語る。「ゲーム空間というのは、遊びの要素で溢れている一方、教養がありグローバルな物事への関心が高いコミュニティから構成されている」。
また、ペプシ(Pepsi)のゲーム、およびeスポーツ責任者ポール・マスカリ氏は、eスポーツファンの約70%は、特定のジャンルを頻繁に視聴する傾向があるという、興味深いデータを提示し、ジャンルごとに個別の戦略を立てることの重要性を強調した。また同氏は、パートナー選定も施策の成否を左右する、大きな要素だとしている。
一方、アクティビジョン・ブリザード・メディア(Activision Blizzard Media)のマーケットリサーチ責任者、ジャン・ボイコ氏は、ゲームに縁のないブランドであっても、必ずアクティブなユーザーをつけることができるだろうと話す。「リラックスしたマインドセットに目を向けているユーザーがいる一方で、エネルギーに溢れ、競争的なマインドセットを持っているユーザーもいる。そうした多様性を目にすることができるだろう」とボイコ氏は述べている。
3. 大規模なインフラの構築
ゲームに対するブランドの関心は急激に高まっているが、広告体験を最適化するためのインフラは、まだ発展途上にある。パブマティック(PubMatic)のモバイル担当グローバルバイスプレジデントを務めるジョー・リーゲ氏は、ゲーム内の動画広告フォーマットは「増加しつつある」としながらも、効果測定とビューアビリティ(可視性)の部分に関しては、さらなる改善が必要だと述べる。また、ブランドが安心してゲーム分野の広告枠を購入するには、キュレートされた広告マーケットプレイスが必要と同氏は強調する。
アドミックス(Admix)では、広告主のファーストパーティデータを活用した取り組みも進めている。CEOで共同創設者、サミュエル・ヒューバー氏によると、同社は広告主のファーストパーティデータと、オーディエンスのプレイ行動データを組み合わせて得たインサイトを応用し、高精度のターゲティングを実現しているという。「これは、ゲーム内で商品を販売するのに効果的な手段の一例だ」とヒューバー氏はいう。
またヒューバー氏は、ゲームにおける行動は、ほかの広告チャネルでは「ターゲティング不可能」なインサイトをもたらすとする。「そうしたインサイトをさらに表面化させ、我々が提供するDSP(デマンドサイドプラットフォーム)での利用を促進していきたい」と述べている。
では、ブランドセーフティについてはどうか。これは、プラットフォームが立ち向かうべき課題のひとつだろう。パテル氏によると、Twitchは広告主が安心して利用できるよう対策を講じているという。「現在Twitchでは、『好ましくないコンテンツを含まない』と我々が判断したチャンネルの在庫を、購入することができる」とパテル氏は述べている。
4. ゲームは結果をもたらす
ゲームの広告活用は、ブランドにとって魅力的な機会というだけでなく、もはや必要不可欠な要素になるかもしれない。パテル氏は、「Twitchのオーディエンスの39%は、従来のテレビではリーチできない」と述べる。つまりゲームには、ほかのメディアではリーチできない、特定のオーディエンスが存在するのだ。
またゲームやeスポーツは、新しいゲームや製品のリリース、キャンペーンの開始に合わせてではなく、1年を通してブランドに売り上げを伸ばす機会をもたらす。ペプシコのマスカリ氏は、「我々のアクティベーションは、もはやクォーターに限定されたものではない」として、同社とアクティビジョンの『コール・オブ・デューティ』シリーズとの継続的な関係について語る。「我々は、オーディエンスにメッセージング送り続け、年間を通して付加価値を提供するよう努めている」。
ゲームやeスポーツ界のスターは、従来のスポーツ界のスターやセレブリティと同様に、インフルエンサーとしての役目を果たすことができる可能性がある。実際マスカリ氏によると、ドクター・ディスリスペクトのようなゲーマーは、1回のライブ配信に2万~3万人のファンを集めるという。というのも同氏によると、「ゲーマーとフォロワーのあいだには、親密な関係性がある」からだ。ブランドたちは、こうした点を理解する必要があるだろう。
「フォロワーたちは、ゲーマーたちを従来のスターやセレブとしてだけでなく、友人のように見ている。またゲーマーが何を好み、どんなブランドが好きかも知っているのだ。たとえば、ドクター・ディスリスペクトが毎日きまって『ゲームフューエル(Game Fuel:マウンテンデュー・アンプゲームフューエル[Mountain Dew Amp Game Fuel]のこと)』を飲んでいるのを見れば、ファロワーたちは、彼が本当にそのブランドを支持しているだろうと感じるだろう」。
5. 用語解説
キュレートされたマーケットプレイス
アプリ内動画やゲームの広告活用を検討しているブランドにとって、ぬぐいきれない不安要素が、プログラマティック・バイイングに付きものの「予測不可能性」だ。広告はどこに表示され、誰が見るのか。また、どのようなコンテンツと一緒に表示されるのか、その関連性は望ましいものか。また、その効果も気になるところだ。キュレートされたマーケットプレイスの台頭は、ブランドの目標やKPIに合わせて、在庫やターゲットオーディエンスをフィルタリングするツールを提供することで、そうしたブランドの不安を和らげようとしている。
6. 出席者のコメント集
「Twitchはゲームを超えた存在であり、さまざまな関心事を持つ幅広いオーディエンスに対し、サービスを提供している。実際、ゲーム以外のコンテンツは、過去3年のあいだに4倍増えている」。
――TwitchのEMEA担当セールスディレクター、クリシャン・パテル氏
- ゲームは、何よりもソーシャルな体験であり、ブランドはゲームがもたらす機会を活用する準備をすべきだ。まずは、Twitchのようなプラットフォームが、総合的なソーシャルハブへ進化している事実を、理解するところからスタートするのが良い。Twitchを特徴付ける、3つのコアコンポーネントが、ライブ配信、インタラクティブ性、そしてコミュニティは、単に娯楽としてのゲームを提供するだけでなく、ソーシャルキャピタルの醸成にも貢献する。
「ゲームをプレイするだけでなく、人のプレイを見たり、好きなeスポーツリーグを追いかけたり、好きなポッドキャストを聴いたりと、ゲームコンテンツを体験する方法は多様化している」。
――アクティビジョン・ブリザード・メディアのマーケットリサーチ担当責任者ジャン・ボイコ氏
- 20年前のゲームは、それをプレイする以外には楽しむ方法がなかったが、いまは状況が異なる。人々が、ゲームに接する方法の多様さは、今後ますます進化・多様化していくだろう。ボイコ氏は、特にAR(拡張現実)やVR(仮想現実)のテクノロジーが高度化し、応用が進むことで、ゲームの新たな機能や役割が生まれるだろうと述べている。
「我々は、BMWの言葉を話す必要はない。BMWeスポーツ、あるいはeスポーツの言語を話すべきだ」。
――BMWグループのeスポーツ担当責任者ピア・ショーナー氏
- 伝統的なブランドやゲームに縁のないブランド全般が取るべき適切なアプローチは、ゲームやeスポーツの世界に自然な形で入り込む方法を見つけることだ。ショーナー氏によると、BMWはeスポーツチームのスポンサーになったことで、eスポーツの世界に慣れ親しみ、若いオーディエンスについて学ぶ機会を得たという。また、BMWはチームのチャンネルを通じて、オーディエンスとのコミュニケーションを図っているが、会話の主体はあくまでもファンというスタンスを取っている。「このキャンペーンは、BMWをスマートな方法でコミュニティに引き入れるのに役立った」とショーナー氏は述べている。
7. 知っておきたい統計データ
- Twitchのパテル氏によると、Twitchの利用者数は「常時」250万人にも上る。
IAIN SHAW(翻訳:高橋朋子/ガリレオ、編集:村上莞)
ILLUSTRATION BY IVY LIU