最近のeスポーツ界のトレンドはメディアビジネスだ。大手ゲームメーカーのエレクトロニック・アーツも例外ではない。同社幹部のトッド・シトリン氏は「多くの人々にeスポーツを見て、楽しんでもらえるエンターテインメントを模索する。そういう意味で、私たちはメディア企業だ」と自負する。その戦略とはどのようなものなのか。
最近のeスポーツ界では、誰も彼もがメディアビジネスだ。ゲーム開発を手がけるエレクトロニック・アーツ(Electronic Arts:以下EA)のような企業も例外ではない。
しかし、EAのような企業が正しい位置にぴたりと着地を決めるのは、口で言うほど容易ではない。同社で競技ゲームとエンターテインメント事業を統括するトッド・シトリン氏は、メディアビジネスへの参入についてこう説明している。「もっと多くの人々にeスポーツを見て、楽しんでもらいたい。その契機を作るのに、最適のエンターテインメントを模索する。そういう意味で、私たちはメディア企業だ」。
こう考えるのは、EAのシトリン氏だけではない。消費者にとっても、あるいは放送局や広告主にとっても、パンデミックは新たな発想を得る機会となった。コロナ禍によって、伝統的なスポーツの試合が軒並み中止されるなか、eスポーツの果たす役割はさらに大きくなるだろう。
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「独自言語」のゲームコンテンツ
理論的には、EAの戦略は完全に理に適っている。ここ数年、ゲームの文化的影響力は著しく増大しており、同社はこの影響力を最大限に活用しようと考えた。なにしろ、「FIFA」シリーズや「マッデンNFL(Madden NFL)」シリーズ、「ザ・シムズ(The Sims)」「エーペックスレジェンズ(Apex Legends)」など、同社はユーザーの支持が厚い数多くのコンテンツを保有している。だがその実現は、頭で考えるよりはるかに厄介だ。
重要なのはバランスだ。独りよがりではうまくいかない。結局のところ、ゲームはそれ自体が独自の言語であり、誰もがこの言語を話せるわけではない。ゲームとメインカルチャーの溝を埋め、より広範なマーケットにEAのブランドを浸透させるには、どのようなエンターテインメントコンテンツが必要なのか。EAはこの問いに答えを出さなければならない。
そこで制作されたのが、視聴者参加型のゲーム番組「FIFAフェイスオフ(FIFA Face Off)」だった。YouTubeで配信された二部構成のシリーズ番組は、先週完結した。eスポーツのプロプレイヤーと有名人がチームを組んで対戦するという番組で、FIFAシリーズのプロゲーマーやインフルエンサーたちのほか、テレビドラマシリーズ「テッド・ラッソ:破天荒コーチがゆく(Ted Lasso)」でサッカーコーチを演じたジェイソン・サダイキス、コメディアンで作家のトレヴァー・ノア、ミュージシャンのベッキー・Gらが出演した。
番組の各回では、有名人とFIFAシリーズのプロプレイヤー、そして第三のメンバーがチームを組んで、同じく3人1組の対戦相手と総額2万5000ドル(約273万円)の賞金をめぐって競い合う。第三のメンバーはコミュニティから選ばれた一般人プレイヤーで、賞金はこの人の懐に入る仕組みだ。対戦のいくつかはフリーキックなどのスキルチャレンジで、残りは標準的な試合形式。スキルチャレンジの内容は、配信中に視聴者の投票で決められる。
メインストリームカルチャーといかにつなぐか
「娯楽番組でよく使われる手法や構成をゲームに取り入れ、オーディエンスを拡大することが狙いだった」と、シトリン氏は話す。「一般の視聴者には、通常のeスポーツの試合を長々と見せるより、3、4分のスキルゲームをやるほうがある意味消化しやすいと考えた」。
賞金の争奪戦だけに焦点を当てたわけではない。チームメンバー以外の選手が登場するミニゲームや視聴者による投票なども織り交ぜながら、自宅で観戦する人々が積極的に関与できるように工夫した。eスポーツ観戦の常連ではない人々にも、興味を持ってもらうことが目的だった。実は、エレクトロニック・アーツはeスポーツ大会の開催直前にこの番組を配信している。その告知も含め、テレビを見るだけのカジュアルな視聴者から、熱心なeスポーツファンが出てくるかもしれないという期待があった。
当然のことながら、EAはパンデミックを契機にコンテンツの提供を拡大したいと考えている。昨年夏に配信した「ザ・シムズ・スパークト(The Sims Spark’d)」という全4話のシリーズ番組もその取り組みの一環で、人気シミュレーションゲームであるザ・シムズのトップインフルエンサーたちがゲーム内のリアリティショーに参加した。開発会社によると、テレビネットワークのターナー・ブロードキャスティング・システムズで今年放送したほかのeリーグ番組と比べて、女性視聴者の比率が二番目に高かったという。
「ゲームとメインストリームカルチャーの間のギャップを埋めるようなコンテンツを作ることができれば、視聴者層を拡大し、自社のブランドをより広範な市場に普及させることができる」。そう語るのは、ゲームエンターテインメントの持株会社サブネイション(Subnation)で、業務執行取締役を務めるダグ・スコット氏だ。「『フォートナイト(Fortnite)』『コール・オブ・デューティ(Call of Duty)』、『マッデン(Madden)』などの人気タイトル、または現在話題の最新タイトルに関連したコンテンツをどんなに作っても、それだけではいずれ頭打ちだ。何か傑出したものを生み出すには、ファッション、テクノロジー、音楽など、ゲームコミュニティに隣接するサブカルチャーに目を向けて、それらを総合的なコンテンツ戦略に統合する必要がある」。
高まるゲームコンテンツへの関心
それにしても、まずはシトリン氏言うところのカジュアルな視聴者について、もっとよく理解することが先決だ。
シトリン氏は次のように述べている。「エンターテインメント性の強い番組は、一般的なeスポーツ中継よりも、視聴率が高くなる傾向がある。だが、この包括的なオーディエンスの内訳を完全に把握しているわけではない。戦略は奏功しているが、それを裏付けるデータはほんのひと握りというのが現状だ」。
現時点で、EAのエンターテインメント番組を商品化するのは時期尚早かもしれない。だが、放送局を中心に、すでに多くの関心が寄せられており、その方向に舵を切るのはそう遠いことではなさそうだ。
シトリン氏によると、「伝統的な放送局ほど、eスポーツのコンテンツにエンターテインメント性を求める」という。「放送局にとっては、プロプレイヤーが出演するeスポーツイベントよりも、娯楽性の強いコンテンツのほうが理解しやすい。ターナー・ブロードキャスティング・システムズが私たちと手を組んだのも、EAのコンテンツが新しい視聴者を呼び込むのに間口が広いと見たからだ」。
[原文:Game developer Electronic Arts produces shows to expand reach ‘as a media business’]
SEB JOSEPH(翻訳:英じゅんこ、編集:分島 翔平)