ファッション業界で働く、ある黒人女性インターンの告白:「無給の労働に頼る企業が多すぎる」

ここ数週間、ファッション企業は社内のダイバーシティに関する実績を再評価しているが、多くの場合、その実績は星の数ほどではない。ファッション業界の白人至上主義には、特に上層部に課題があるが、それは企業の下層部からはじまっている。ダイバーシティを抑圧している要素のひとつが無給のインターンシップだ。

インターンシップの多くは無給で、パートタイムやフルタイムで無料で働くことができるのは、一部の人々(典型的には白人や富裕層)だけだ。経済政策研究所(Economic Policy Institute)によると、アメリカの白人家庭の財産中央値は、黒人家庭の12倍となっている。無給では働けない候補者を除くことで、ファッション企業たちはもはやインターン候補の段階でダイバーシティを抑圧している。インターンシップは、業界にコネクションがない多くの人にとって、価値ある入り口となる。NACE(国立大学と雇用主協会による団体)によると、有給インターンシップは65%の確率でフルタイムの仕事に結びついている。一方、無給インターンシップの場合は39%となっている

匿名を条件に本音を語ってもらうDIGIDAYの「告白」シリーズ。米DIGIDAYの姉妹メディアであるグロッシー(Glossy)は、昨年ファッション業界で3つのインターンシップを経験した若い黒人女性に取材を実施。無給のインターンシップが、ファッション業界のダイバーシティ問題にどのような影響を与えているか、そしてファッション業界で将来働くであろう、若い世代に与える影響がどのようなものかを語ってもらった。彼女は大学を最近卒業したばかりであり、ふたりの有名ファッション・スタイリストの下でのインターン、中規模ファッションブランドでのインターンを経験している。今後のコネクションに損害が出ないよう、彼女自身と、インターンをした場所の名前を伏せることを希望した。

──いまはどこかでインターンをしている?

インターンはしていたが、いまはコロナ禍が原因でしていない。昨年私はニューヨークに引っ越した。卒業に必要なクラスのいくつかは、オンラインで履修できるし、同時にインターンをすれば経験を積めると思ったからだ。しかし、ニューヨークで生活するのは高く付く。多くの企業が無償の労働に頼っているのは非常に残念だ。実際、インターンをした多くの場所では、少なくとも週3日の勤務を要求された。これは無料で働くには長時間だ。また、それだけでなく無言のプレッシャーも存在している。求められていること以上の頑張りを見せないと、全力を尽くしていないと思われ、そうなるとフルタイムの仕事を与えられる機会が減る、といった具合だ。

──具体的にはどのような経験をした?

勤務先によってさまざまだ。インターンをしたうちふたつの企業では、PRの仕事や写真撮影のためにデリバリーをピックアップしたり、物を届けるなどしていた。別の企業では、名前こそ違っても仕事の内容はメイド同然だった。自分が学ぶはずのスキルとは全く関係のないことをするよういわれ、学びや成長は全く感じられなかった。

これらはもちろん、すべて無給だった。ほんの少しの報酬もない。ある企業では、5、6人のインターンのためにちょっとした軽食が出たが、しっかり食事をしたければ自費だった。

一度、ベラ・ハディッドがモデルを務めた撮影の仕事があったが、嫌な予感がしたため行かなかった。実際、撮影は冬の屋外で、その日は寒かった。当時の上司は、私が極寒の中、無料で立ちっぱなしになるのが嫌だ、ということで職場に行かなかったことに困惑していた。こんな辛い仕事を無料でやらされていては、やる気を削がられてしまう。しかし断ると、自分が悪い人間に思われる。

──無給の仕事があることは、どんな人がファッション業界で働けるかに影響を与えている?

確実に影響を与えている。ファッション業界で仕事をするためには、すでにお金を持っている必要がある。ある日、ほかのアシスタントやインターンと遊びに行く話をしているなか、私は「お金がないから行けない」といわなければならなかった。彼らはそんなことは気にしない、もしくは気付いてすらいない様子だった。

大手ファッション雑誌でのエディターとスタイリスト相手のインターンでは、パートタイムで無給のインターンをしつつ、別のバイトもしながら家賃を支払っていた。最終的にはバイトは辞めたが、それをインターンの上司に伝えたとき、彼女は「素晴らしい!これで週5日インターンに来れるね」といった。しかし私は断らなければいけなかった。無給かつフルタイムで働くなんてできないからだ。

これにはもうひとつの要素がある。私がインターンをした多くの企業では私が唯一の黒人だった。また、私のほかにいたとしても数人だけで、あとは全員白人という具合だった。明らかな人種差別的発言や、行動が見られることはなかったが、居心地が悪くなるときはしばしばあった。たとえば、高価な時計をアッパーイーストサイド地区から、撮影目的でピックアップする必要があったとき、店員たちは、私がピックアップ担当だと信じていないことが明らかだった。私が撮影用の時計を受け取りに来たといっても信じなかったのだ。また、私の名前は特に白人に多い名前でもあるので、実際に私に会ったときに人々が驚いた様子を見せることがある。これらすべての要素が、白人かつ裕福でなければ、満足に働けないというファッション業界の文化に寄与している。

──そうした経験は、ファッション業界で働きたいという思いに影響はあった?

ファッション業界で働き続けたいとは思う。いまは非常に難しいが、状況が落ち着けばまた仕事に復帰できると思う。一度落ち着けば、またそこに戻るのが現在よりは簡単になるだろう。しかし、それでも無給で働き続けるのは難しい。昨年9月、ファッションウィークでの撮影に私を使ってくれた人物がいて、この撮影は有名雑誌に載ることになった。雑誌に自分の名前がクレジットとして載った時はとても素晴らしい気持ちだった。それでも何も報酬は得なかった。破らないといけない障害が沢山ありすぎる。

[原文:Confessions of a fashion intern: ‘So many companies rely on free labor’

DANNY PARISI(翻訳:塚本 紺、編集:Kan Murakami)