パンデミックの最中は上場するブランドがほとんどなかったという閑散とした時期を経て、現在のファッション業界はIPOフィーバーに沸いているようだ。ビルケンシュトック(Birkenstock)は10月11日にIPOを実施、ヴオ […]
パンデミックの最中は上場するブランドがほとんどなかったという閑散とした時期を経て、現在のファッション業界はIPOフィーバーに沸いているようだ。ビルケンシュトック(Birkenstock)は10月11日にIPOを実施、ヴオリ(Vuori)、スキムス(Skims)、シーイン(Shein)、ゴールデングース(Golden Goose)といったブランドも近々上場すると噂されている。ランバン(Lanvin)がIPOを果たしたのは2022年12月で、ファッション企業ゼニア(Zegna)が上場した1年後である。
だが、IPOが可能にする資本調達が魅力的であるほど、そこには欠点もある。ここ数カ月で行われた数多くのIPOの結果、すぐに株価が下落するなど、非上場ブランドであれば対処する必要のない問題が発生している。
上場初日に株価が急速に下落
その典型的な例がビルケンシュトックだ。好調な売上高、長い歴史、アナリストや投資家からの信頼があったにもかかわらず、CEOのオリバー・ライヒェルト氏が上場の鐘を鳴らした後、株価は急速に下落した。取引初日の終わりまでに、ビルケンシュトックの株価は12%下落している。同社は取引開始時には86億ドル(約1.3兆円)、取引終了時には75億ドル(約1.1兆)と評価されていた。
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プレス声明の中でライヒェルト氏は、同社は依然として長期的な成長を重視していると述べた。
「1774年からの伝統がある我が社は、長期的で持続可能な成長に重点を置く企業であり、これは株主基盤にも反映されている。ビルケンシュトックでは目的が流行遅れになることはないと信じており、我が社のビジネスはつねにこの哲学に基づくものとなるだろう」。
株式市場は全般的に上下に大きく振れやすい傾向に
取引初日に下落を経験したブランドはビルケンシュトックだけではない。2023年9月に上場したインスタカート(Instacart)や2021年4月に上場したデリバルー(Deliveroo)も同様だった。法律事務所トンプソン・コバーン(Thompson Coburn)のパートナーで企業および証券プラクティスの共同チェアを務めるデビッド・カウフマン氏によると、この現象にはいくつかの理由があるという。
「金利の上昇により、企業の借入コストが上昇し、収益性に影響を及ぼす一方で、株式やIPOは利回りの高い債券よりも魅力的な投資対象ではなくなっている」とカウフマン氏は指摘した。「相対的に高い金利、高インフレ、(政府機関)閉鎖の脅威、ウクライナ戦争など、経済システムに対する数々の衝撃のせいで市場は乱高下した。市場は不確実性や混乱を嫌い、パフォーマンスの低下につながる」。
こうした要因は企業のIPO初日だけに影響するのではない。投資家が経済的・地政学的な逆風を乗り越えようとしているため、株式市場は全般的にこの1年間上下に大きく振れやすい傾向にある。
企業のバリュエーションも株価が初日に下落する要因に
カウフマン氏が指摘するもう一つの大きな要因は、バリュエーションだ。カウフマン氏によれば、企業は大幅に割高な株価で頻繁に株式公開市場に参入している。企業のバリュエーションは、資本構造と将来の収益の可能性の分析に基づいており、つまり企業は投資家への信頼を高めるために、より高い評価を示したいと考えている。だが、投資家がその会社の株式に同じ価値を見出さなければ、過大評価は逆効果になりかねない。
株価の初日の下落は上場企業に下降基調をもたらし、株価下落を経験した上場ブランドの多くがその後も苦戦している。
プライベートエクイティ投資会社リンクト(Linqto)のプレジデント、ジョー・エンドーゾ氏は、「現在の世界経済の不確実性を考慮すると、IPO市場は予測不可能な兆候を示しており、多くの人が慎重にアプローチする要因となっている」と述べた。
エンドーゾ氏は、9月に上場したアームホールディングス(Arm Holdings)、インスタカート、クラヴィヨ(Klaviyo)の3社を例に挙げた。インスタカートとアームホールディングスはいずれも初値を下回って取引されている。オディティ(Oddity)、セイバーズ・バリュー・ビレッジ(Savers Value Village)、ケンビュー(Kenvue)、カバ・グループ(CAVA Group)を含む今年の4大消費者向けIPOのうち、カバを除くすべての企業は公募価格を下回る価格で取引されているという。
IPO前に自社評価額を下げる企業も
このような状況を避けるために、株式公開前にわざわざ自社の評価額を下げようとするブランドもある。株式公開の初日を過小評価された株式でスタートして株価を上昇させることは、すぐに下落する過大評価された株式よりも肯定的な基調を打ち出す。また投資家は、すぐに下落するのではなく、前向きに成長するストーリーを伝えるメディアのナラティブからの影響を受けやすい。
シーインは1月に自社のバリュエーションを1000億ドル(約15兆円)から640億ドル(約9.6兆円)に引き下げた。2022年10月、ランバンも同じことを行っており、12月のIPO前に自社のバリュエーションを12億5000万ドル(約1870.7億円)から10億ドル(約1496.6億円)に引き下げている。
当時、ベンチャーキャピタル会社ウマナ・ハウス・オブ・ファンズ(Umana House of Funds)のバ・ミヌッツィ氏やジョビ(Jobi)のライアン・ネルソン氏など複数の投資家が、ランバンの動きは株式公開前に期待値を維持する方法であると称賛した。だが、それでも初日の下落を防ぐには十分ではなかった。ランバンが上場した12月、同社の株価は初日に25%下落した。ランバンの株価はその後も変動しているが、現在はその初日の下落よりもさらに低い水準で取引されている。
それでも株式公開にはプラスの面がある
ここ数年間に上場したファッションブランドの多くは、上場初日を過ぎてもプラスの成長軌道を維持するのに苦労している。たとえば、2021年に上場したザ・リアルリアル(The RealReal)やオールバーズ(Allbirds)は、当初の評価額をはるかに下回る水準で取引されている。
とはいえ、株式公開のプレッシャーや危険性にもかかわらず、当然ながらプラスの面も存在する。特にゼニアのようなラグジュアリー分野の一部のファッションブランドでは、株式を公開し、時間の経過とともに株価を上昇させることができたという例もある。上場したジュエリー会社パンドラ(Pandora)のCMO、メアリー・カルメン・ガスコ=ビュイソン氏は、キャリアのほとんどをプロクター・アンド・ギャンブル(Procter & Gamble)のような大手上場企業で過ごしてきた。パンドラの年間売上高は約36億ドル(約5387.6億円)で、2010年に株式を公開している。同氏によると、株式公開の主なメリットは単純にブランドが利用できる資本のプールが拡大することだという。
「どんなビジネスにも課題はある。だが、上場企業として利用できるリソースは絶対に不可欠だ」。
上場企業の成功を左右するのは取引初日だけではない、とエンドーゾ氏は言う。ビルケンシュトックには、株式公開が正しい動きであったことを示す機会が多くあり、それは今後数四半期で完全に明らかになることだろう。
「ビルケンシュトックのIPOが成功すれば、消費者向けアパレル市場や、株式公開の準備が整っている強力で有機的な顧客を抱える企業に対する投資家の信頼を高めることができるだろう」とエンドーゾ氏は述べた。「ビルケンシュトックのIPOは、2023年のIPOカレンダーに予定されている唯一の主要企業の上場だ。過去30日間の市場のボラティリティの急上昇により、IPOの価格設定はますます困難になっているが、他の潜在的な発行体が市場を試すチャンスはまだわずかに残っている」。
[原文:Fashion Briefing: The fashion IPO market is heating up, but challenges to going public remain]
DANNY PARISI(翻訳:Maya Kishida 編集:山岸祐加子)