ファッションブランドや小売業者は、リアルな小売店舗に加えて物理的なオフィススペースの必要性についても新たに議論しているが、条件を満たしてくれるであろう場所が、ブルックリンのインダストリーシティ(Industry City)だ。いま、若いスタートアップから業界の老舗企業までがこのスペースに移るケースが増えている。
この記事は、DIGIDAY[日本版]のバーティカルサイト、ビューティ、ファッション業界の未来を探るメディア「Glossy+」の記事です。
ファッション関係者が続々とブルックリンに集まっている。
ファッションブランドや小売業者は、リアルな小売店舗に加えて物理的なオフィススペースの必要性についても新たに議論しているが、希望の条件をすべて満たしてくれるであろう場所が、ブルックリンにある広大な複合施設インダストリーシティ(Industry City)だ。クリエイティブでコラボレーティブな雰囲気、その施設内でも十分成長できるという将来性、オンサイトで利用できる多様なリソースといった点が評価され、若いスタートアップ企業から業界をリードする老舗企業までがこのスペースに移るケースが増えている。そのほかにもアクセスのよさや安全対策、柔軟な賃貸契約も人気の要因となっている。
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インダストリーシティのCEOアンドリュー・キンボール氏は「ここには気概と華やかな魅力の両方が備わっている」と話す。「気概という点に関しては、ここで(製品を)作って、搬送して、倉庫に入れることができる。外に向いている空間には華やかな魅力があり、ショールームや小売スペースとして、ブランドが顧客やクライアントを接待したり(製品を)見せたりすることができる」。
2013年から再開発中の複合商業施設
ベルヴェデーレ・キャピタル(Belvedere Capital)、ジェームズタウン(Jamestown)、アンジェロ・ゴードン・アンド・カンパニー(Angelo Gordon & Co.)が所有するインダストリーシティは、ブルックリンのサンセットパークにあり、35エーカー(約14万1600平方メートル)の敷地に、合わせて600万平方フィート(約55万7400平方メートル)のスペースとなる16棟の建物で構成されている。この場所は製造と流通の拠点として機能したあと、50年ほど使われていない状態だったが、2013年から再開発が行われている。オーナーはこの土地に4億5000万ドル(約515億8200万円)以上を投資し、300万平方フィート(約27万8700平方メートル)以上のスペースを575社に貸しており、合わせて8500人の地元労働者がそこで働いている。うち400社は従業員が10人以下で、2000平方フィート(約186平方メートル)以下のスペースに入居している。
この9年間で、60社以上のファッション企業がテナントとして入居しており、現在では施設の10%となる50万平方フィート(約4万6450平方メートル)以上の面積を占める。これらの企業はファッションのサプライチェーン全体を網羅するさまざまな用途でスペースを活用している。たとえば、ピーター・ドゥ(Peter Do)はデザインスタジオ、テイラード・インダストリーズ(Tailored Industries)は3Dニットの製造、ストーニー・クローバー・レーン(Stoney Clover Lane)は敷地内の2万5000平方フィート(約2300平方メートル)のスペースが手狭になり、現在は4万平方フィート(約3700平方メートル)の倉庫を運営している。創業5年のアクセサリーブランドのアシュヤ(Ashya)は、12のブランドのものづくりを買い物客に紹介しているメイカーズギルド(Makers Guild)内にリアル店舗を構えている。カップ(Cuup)、レフラー・ランドール(Loeffler Randall)、GAPなど、施設内にコンテンツ制作スタジオを持つブランドもある。そのほかのテナントには、モーダ・オペランディ(Moda Operandi)、ピアー・モス(Pyer Moss)、ラグ&ボーン(Rag & Bone)、ノアNYC(Noah NYC)などがある。
互いに助け合って人脈を築くことができる環境
「イット」ガールのデニムブランド、スティル・ヒア(Still Here)は最近インダストリーシティに入居したファッションブランドで、1月中旬に1200平方フィート(約110平方メートル)のデザインスタジオ兼ショールーム兼オフィススペースを発表した。
「自分たちの予算から多くのものを得ていると実感したかった」と、スティル・ヒアの共同設立者でクリエイティブディレクターのソニア・モセリ氏はいう。「私たちがインダストリーシティにつぎ込んだどの資金も、ここのアメニティや全体的なカルチャーを通じて10倍になって返ってくる」。
創業3年となる同社は、2020年6月までの2年間はニューヨークのミッドタウンにあるオフィスで運営していた。その後、夏のあいだはニュージャージー州に移り、マンハッタンやダンボでスペースを探していたが、最終的にはインダストリーシティを選択した。
「フリーランスや大企業の経営者が毎朝ここに出社してがんばって働いていて、仕事をやるぞという気持ちにさせる空気がある」と彼女は言う。「特にCovid-19から脱しつつある私たちは、そんな雰囲気を心から求めていた」。
モセリ氏がすでに築いた貴重な人脈に、日本酒醸造所のブルックリン・クラ(Brooklyn Kura)の創業者がいる。ふたりは年2回のイベントを一緒に主催する予定だ。ほかにもモセリ氏は天然染料を作っている植物学者と染色デニムのコラボについて話し合っている。キッズウェアの会社ザ・コレクティブ・チャイルド(The Collective Child)の創業者サンドラ・マカレム氏は、ホールの向かいにスペースを構えていて、ブルーミングデールズ(Bloomingdale’s)でバイヤーを務めた経験から、モセリ氏に卸売パートナーシップについてのアドバイスをしてくれた。
さらにスティル・ヒアは、施設内のコワーキングスペースであるキャンプ・デイヴィッド(Camp David)のメンバーにもなっている。そこではハッピーアワーも行われていて、モセリ氏や彼女のチームも顔を出す。スティル・ヒアが定期的に活用しようとしている写真スタジオも併設されている。チーム育成のために、スティル・ヒアのチームは時々一緒にキャンプ・デイヴィッドでビールを飲むこともあるそうだ。キャンプ・デイヴィッドなど、インダストリー・シティに属する企業は、テナント仲間に割引サービスを提供している。
モセリ氏はインダストリーシティの企業について次のように語った。「私たちは皆、ただお互いに助け合いたいと思っている」。
ショールーム兼オフィスとしてスペースを活用
モセリ氏は、この春マンハッタンにオープンする初の小売店に向けて、スティル・ヒアのコミュニティを育てていきたいと考えている。その一環として、ブルックリン・クラと一緒に行うイベントやスティル・ヒアのショールームで開催するイベントなどで顧客をインダストリーシティに招いたり、ジーンズの試着に招待したりすることを検討している。ショッピファイ(Shopify)にある同ブランドのサイトでは、店舗での受け取りオプションを提供しており、買い物客をショールームへと誘導している。
2020年3月以降、スティル・ヒアのビジネスは「飛躍的に成長」しており、モセリ氏いわく、eコマースの売上はこれまではビジネスにおける些細な部分だったのが、全体の売上の30~40%に増加した。新本社には、eコマースの在庫だけではなく、製品サンプルも置かれている。フルフィルメントやカスタマーサービスもそこで行う。スペースには、デスクを備えた日常業務用のエリアと、市場のアポイントメントを受け付けるオープンなショールームエリアがある。
モセリ氏は、同社の生産に関してだけがデニムの中心地であるLAで行われている点を指摘し、「ここに(デニムの)洗濯場を作ることに投資してほしいとインダストリーシティを説得することについて話し合っている」と述べた。
スティル・ヒアの社員10人とフリーランサーがスケジュールをずらして勤務するため、オフィスで同時に働くのは4人以下だ。それでもモセリ氏は、このスペースが手狭になるには、1年半から2年かかると予想している。
自己責任のNYとは異なるコミュニティ主導の場所
この場所には成長の余地がたくさんある、そう証言するのはアシュヤの創業者アシュリー・シモーヌ氏とモヤ・アニース氏だ。ふたりは、新進の才能を支援する2019年度CFDAエレイン・ゴールド・ローンチ・パッド(CFDA Elaine Gold Launch Pad)プログラムの受賞者に選ばれた際、キャンプ・デイヴィッドから1年分のメンバーシップを授与され、そこに店を構えることになった。
アシュヤではそのスペースを活用して、製品発表会やサンプルセール、ホリデーイベント、バイヤーのアポイントメントなどのイベントを主催した。来場者数に関していえば、どれも成功だったとアニース氏は振り返る。それは自分たちの店を売り込んでくれたインダストリーシティのすべての小売業者のおかげだと彼女は考えている。イベントの多くでは、施設内のレストランがケータリングを担当した。
その後アシュヤのチームメンバーの5人は、インダストリーシティの4階にあるスタジオスペースで1年間活動し、そしてメイカーズギルドの体験型小売スペースに移転しないかと誘われた。
「ビジネスのその段階では、店を開くことについてはあまり考えていなかった」とシモーヌ氏は話す。「でも、こんな手頃な価格で出店できるなんて、チャンスとしかいえない」。
ちょうどアシュヤは卸売りのパートナーを「整理する」ことを選び、直販に専念しようとしていたのでタイミングもよかったとアニース氏は話す。現在残っている同ブランドのパートナーは、ノードストローム(Nordstrom)、サックス(Saks)、ショップボップ(Shopbop)などだ。また、インダストリーシティが店舗の内装費用を管理・負担し、シモーヌ氏とアニース氏にクリエイティブ面での管理を任せてくれたこともブランドにとって有利に働いた。
「ここはニューヨークという感じがしない」とシモーヌ氏は言う。「ニューヨークは自己責任でやらなくてはいけない競争の激しい場所という感じがとてもする。それにくらべて、ここはもっとコミュニティ主導の場所だ」。
シモーヌ氏は、生産に携わる多くのテナントが進んでプロジェクトをサポートし推薦してくれるとコメントした。アシュヤは、1月中旬に発表したマイケル・コース(Michael Kors)とのコラボ商品の最新キャンペーンのほとんどをインダストリーシティ内で撮影している。
「ここでできることに、ほとんど限界はない」とシモーヌ氏は言う。しかしモセリ氏と同じく「メーカーがインダストリーシティに移転してきてくれたらすばらしい」と指摘した。アシュヤでは現在、マンハッタンとロサンゼルスで製造している。
リモートワークへの反動で高まる需要
より広いスペースに移転したテナントに、ピーター・ドゥとウエスト・エルム(West Elm)などがある。後者は2013年にインダストリーシティのスペースを倉庫として使用したのち、そのスペースにデザインと写真のスタジオを移転した。2021年3月には敷地内に店舗をオープン、同社のオープニング・ウィークエンドの売上高を記録している。このほかにも、デザイン・ウィズイン・リーチ(Design Within Reach)やABCカーペット(ABC Carpet)など、ホーム関連企業が施設内に入居している。
キンボール氏によると、パンデミックのあいだ、スペースに対するインバウンドの関心はかつてないほど高まっている。過去1年半で、インダストリーシティは200のテナントに約90万平方フィート(約8万3600平方メートル)のスペースを貸し出している。同時期に退去したテナントの数は20だ。
「我々はテナントと協力して返済期間を延長し、PPP(給与保護プログラム)ローンを利用できるようにした」とキンボール氏は述べた。「テナントベースをできるだけ減らさないように維持し、テナントがなんとかやっていけるように協力しようと、かなり気を配っている」。
需要の高さについては、リモートワークへシフトする風潮が広がっていることへの「反動」があるのではないかと彼は考えている。「人々は家から出る準備ができている。コミュニティに戻って、できるだけ多くの人たちと一緒に過ごしたいと思っている」。
パンデミック中の柔軟な賃貸契約や安全対策で地元民に人気
インダストリーシティは、5エーカー(約2万200平方メートル)の中庭でイベントを主催するなど、テナント同士をつなぐ役割を積極的に果たしている。パンデミックへの懸念に対応するため、ヒーターや換気のよいテントを設置するなど、屋外の空間を快適かつ安全に保つために100万ドル(約1億1500万円)を投資した。無秩序に広がるインダストリーシティの施設は「高層ビルを横にしたような形」なので、キンボール氏いわく、働く人や買い物客がエレベーターに乗るかどうかを心配しなくて済むのもメリットだ。さらに、ブルックリンに住む多くの人々が自転車や徒歩で簡単にアクセスできるため、地下鉄に乗らなくても済む。キンボール氏によると、インダストリーシティのテナント企業の60%がブルックリン在住者だという。
スティル・ヒアの場合、まだ開発途上の若い会社ということもあり、リモートワークという選択肢はなかったとモセリ氏は言う。だが新米ママでもある彼女は、インダストリーシティが自宅から近く、15分から30分で通勤できることをかなりありがたいと感じている。彼女と彼女の夫でスティル・ヒアの共同創業者のモーリス・モセリ氏はともに生まれも育ちもブルックリンで、いまもそこで暮らしている。
キンボール氏によると、より小さな企業は通常インダストリーシティと3年契約を結び、5000平方フィート(約465平方メートル)以上のスペースをリースする企業は5年から10年の契約を結ぶという。しかしパンデミックの最中には、インダストリーシティは半年の賃貸契約を希望するテナントも承諾した。一方、緊急に倉庫スペースを必要とするテナントには、契約書に1万平方フィート(約930平方メートル)ものスペースを追加した。
インダストリーシティには毎週末平均3万人が訪れ、買い物を楽しみ、40軒あるレストランで食事をしたり、イベントに参加したりしている。たとえば、6月にはエアロポステール(Aéropostale)がインダストリーシティのテイクオーバーイベントを主催し、綿菓子アーティスト、芝生のハーフパイプの設置、デニムバーなどのアクティビティを提供した。キンボール氏いわく、週末の「エネルギー」が高層階のテナントを引き寄せるので、イベントの開催はインダストリーシティのリース戦略の重要な部分となっている。
今後さらにコミュニティに対して開かれた施設に
キンボール氏はインダストリーシティの前は、ブルックリン・ネイビー・ヤード(Brooklyn Navy Yard)の社長兼CEOを8年間務めた。この施設は政府の補助を受けており、ファッション企業に対してインダストリーシティと同じような特典を多数提供している。ラファイエット148(Lafayette 148)は2018年に本社とショールームをソーホーからそこに移転した。そうすることで家賃を3分の2に削減して出店への投資に回すことができた。
キンボール氏はこのふたつの施設を比較して、セキュリティゲートによって「より広いコミュニティからは封鎖されている」ブルックリン・ネイビー・ヤードに対し、インダストリーシティは「より多孔性のキャンパス」だと呼ぶ。
キンボール氏の推定では、インダストリーシティは75%が建設中で、地下鉄に近いビルは90%が埋まっている。テナント数は5年以内に1000に近づくだろうという。短期的な目標については、「過去1年にやってきたことと同じか、それ以上のことを次の1年できれば、非常にうれしい」と語った。
ファッションブランドがさらに入居するであろうことは間違いない。口コミによるファッションブランドの誘致もこれまでうまくいっているし、さらにオンサイトの企画も増えて認知度も高まっている。インダストリーシティで撮影を行ったテナント以外のブランドに、マーク・ジェイコブス(Marc Jacobs)やヴォーグ(Vogue)がある。また、ニューヨーク・ファッション・ウィークの公式カレンダーにインダストリーシティが掲載されても驚くにあたらない。
アシュヤがこの施設に入居した経緯や、CFDAの寵児であるピーター・ドゥの存在を考慮し、インダストリーシティがアメリカファッションデザイナー協議会(CFDA)と提携していることについて尋ねると、キンボール氏は「我々はいくつかのものを手がけていて、将来的にはCFDAともっと一緒に何かやりたいと考えている」と返答した。
また彼は次のようにも述べている。「すばらしいイベントスペースもあるし、以前はここでブルックリンファッションウィークを開催していた。今後は、ファッションやランウェイショーなに関してもいろいろやりたいと思っている。我々の建物は特にそれにぴったりだからだ」。
JILL MANOFF(翻訳:Maya Kishida 編集:山岸祐加子)