パンデミックからの回復途上の段階でありながら、エルメス(Hermès)のバッグの売れ行きは好調であると報じられている。不安定で不確実な経済状況のなかで、価値が高まり続けているハンドバッグに投資するのは安全な賭けだというわけだ。さらに、中古で購入した場合のリセールバリューの上昇も、他ブランドをしのぐ。
オークションハウス「クリスティーズ・ニューヨーク(Christies New York)」は9日、ハンドバッグのオークションとしては最高額となる360万ドル(約3.9億円)以上を5月26日~6月9日のオンラインイベントで売り上げたことを発表した。売上を牽引したのはエルメスのマットブルーのバーキン20・フォーブル(Hermès Birkin20 Faubourg)で、落札予想価格の倍以上の金額(20万ドル[約2200万円])で落札。ほかにもバーキン35・ヒマラヤ(13万7500ドル[約1520万円])やバーキン35・カーゴ(6万2500ドル[約690万円])などが落札されたという。昨年11月には、エルメスのヒマラヤシリーズのバーキン(38万8738ドル[約4300万円])とケリー(43万7330ドル[約4850万円])が、それぞれハンドバッグ単品としては最高落札額を更新している。
パンデミックからの回復途上の段階でありながら、エルメスのバッグの売れ行きは好調であると報じられており、このことを考慮するとクリスティーズでの売上も当然のことといえよう。不安定で不確実な経済状況のなかで、価値が高まり続けているハンドバッグに投資するのは安全な賭けだというわけだ。さらに、中古で購入した場合のリセールバリューの上昇も、他ブランドをしのぐ。
「投資バッグといえばバーキン」
「パンデミック期間中にエルメス・バーキンの需要が減ることはなかった」と語るのは、ハンドバッグリセール会社ファションファイル(Fashionphile)の創業者であり、社長兼CCOのサラ・デービス氏だ。同社では2020年のハンドバッグ全体の売上高が前年比10%増だったが、同期間のバーキンの売上高は16%増であった。バーキンの価格も16%上昇している。さらに2021年の売上高は182%増で、現時点ですでに昨年分を越えている。「ミーム銘柄(ネットの情報で急激な価格変動が起きる銘柄)やNFT(非代替性トークン)、不動産、ドージコイン(Dogecoin)、その他の仮想通貨への投資が増えていると聞いたことがあるが、バーキンにつぎ込む資産家が増えているように見受けられる」。
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この件についてはエルメスも、今年の第1四半期の収益が前年同期比44%増であったことを公表しているが、コメントの求めには応じなかった。
ファションファイルのデービス氏によると、新品同様の状態ではない中古のバーキンでも、価値は高くなるのだという。同社は現在バーキンを、商品の状態に応じて小売価格の5割引きで販売しており、最低価格は6000ドル(烏薬66万円)だ。
「この投資には乱高下がない」と同氏。「バーキンを『投資バッグ(investment bags)』と呼んできた我々にとって、このトレンドは目新しいものではない。投資バッグといえばバーキンに行き着くのだ」。
6月9日の午後2時に話した際にデービス氏は、希少なバーキン・ヒマラヤを22万5000ドル(約2490万円)でファッションファイルに掲載したと言っていた。だがその日の夕方に同氏に確認したところ、すでに売れていた。
「ほとんどが早いもの勝ち状態」
ほかのリセールプラットフォームでも、同様の事例が報告されている。セリエ・ナイツブリッジ(Sellier Knightsbridge)はロンドンに本拠地を置く、立ち上げから18カ月のプラットフォームで、中古バーキンの販売において英国随一の規模を誇るという。このプラットフォームでは2020年に210万ドル(約2.3億円)の売上があったが、今年は700万ドル(約7.5億円)を達成する見込みだという。このうち20~25%を占めるのは、米国の顧客である。
「(我々がリリースする)ほとんどの商品が、早い者勝ちの状態にある」と語るのはセリエ・ナイツブリッジの共同設立者、ハヌシュカ・トニ氏だ。特に顕著なのがエルメスとシャネル(Chanel)のバッグで、毎週あるいは隔週のペースで厳選商品を30~40点出品しており、セルスルー率は90%だという。「あるエルメスのバッグは、わずか数秒で落札された。その5分以内には15人が購入しようとしており、数百人が商品ページを閲覧中だった。『もっとお金を払えば、まだ入手は可能か』と電話してくる人もいた」。
この事業を立ち上げてすぐに成功した理由は「とびきり最高な」商品のキュレーションにあると、トニ氏は考えている。持ち込まれる中古品のうち、同社が実際に販売するのはわずか2割だ。また同社では各ブランド専門の鑑定士を置いており、商品の目利きを「広く浅い知識しか持たない」人に任せることはない。その理由として、競合他社が偽物を販売してしまった事例を同氏は挙げた。セリエ・ナイツブリッジでエルメスを担当しているのは、ババベビ(Bababebi)というエルメス専門の鑑定サービス会社を立ち上げたディミティ・ジャイルズ氏だ。「彼女は世界的権威で、エルメスも真贋の鑑定において彼女に判断を委ねている」とトニ氏。ジャイルズ氏との提携は、価値ある投資だという。
トニ氏によると、セリエ・ナイツブリッジの販売や支払いのスピードに魅了され、新規の売り手が豪州やドバイなどから「毎日のように」集まってくる。銀行振り込みにて受け取れる金額の割合は、高額商品になるほど高くなる。エルメスのバッグの場合、売り手が7割引の金額を受け取るのが一般的だ。
パンデミックがブームの引き金に
特にパンデミックが始まった頃には、「手元の現金を増やしたい」と考える売り手たちから注目されたとデービス氏は振り返る。同社が見積もりを依頼された商品のなかでも、1万ドル(約110万円)以上の商品については、2020年の第1四半期から第3四半期の間に111%増加している。
バーキンは、その出所に関係なく取引されている。中古品販売プラットフォーム「リアルリアル(The RealReal)」が1月に発表した2021ラグジュアリー・コンサインメント・レポート(2021 Luxury Consignment Report)によると、同社が2020年に販売したバーキン25は、2019年と比べて13%多かった。5月半ばにはCNNの取材に応じ、エルメスの再販価格は今年も上昇しており、前年比で28%増であったことや、バーキンの再販価格は平均で4000ドル(約44万円)上昇したことをコメントしている。
リテール分析会社のエディテッド(Edited)が8日に公開したインサイトによると、昨今ラグジュアリー商品の中古品販売市場が活況なのは、主要サイトのセルスルー率の高さが牽引している。たとえば、フランスの中古品販売プラットフォーム「ヴェスティエール・コレクティブ(Vestiaire Collective)」の現在の在庫は、掲載からまだ3カ月以内のものが大多数だ。1年以上掲載されている商品は、わずか4%だという。
全体的なデジタル化の加速と、トレンドの商品がパンデミック期に不足したことが、引き金となったのは疑いようがない。たとえば、エルメスは世界中に300を超える店舗を構えているが、同社のECサイトでバーキンを販売してない。シャネルもバッグをオンラインで販売していない。そのためパンデミックで店舗が休業しているあいだ、エルメスやシャネルを入手しようとしたら、中古品の購入が唯一の選択肢だったのだ。
元値がそもそも上昇している
デジタルネイティブの企業は、この点で有利だ。たとえばプリヴェ・ポーター(Privé Porter)とセリエ・ナイツブリッジは、売上の大部分がインスタグラムを介している。「エルメスの中古ハンドバッグを扱う最大の販売会社」と称するプリヴェ・ポーターは昨年11月、マイアミのブリッケル・シティ・センター(ショッピングスポット)に実店舗をオープンし、250万ドル(約2.7億円)相当のバーキンとケリーを取り揃えている。これまでで最高販売額を記録した昨年3月と4月はそれぞれ、パンデミック前の月の2倍にあたる300万ドル(約3.3億円)を売り上げている。
しかしパンデミック発生以前からバーキンは「入手が非常に困難だった」と語るトニ氏は、エルメスを「世界でもっとも排他的なブランド」と呼ぶ。バーキン・ヒマラヤのように限られた数量しか流通していないものについては「購入できる人をブランド側がどのように選んでいるか、諸説が入り乱れている」とデービス氏は言う。
価格の上昇も、再販価格の上昇に寄与している。エディテッドが4月に公開したところによると、市場に出回る高級ハンドバッグの平均価格は2019年には1500~2000ドル(約16万〜22万円)だったが、今年は2000~2500ドル(約22万〜27万円)に上昇している。5000ドル(約55万円)以上のバッグは全体の約5%を占める。グッチ(Gucci)、シャネル、ルイ・ヴィトン(Louis Vuitton)などのブランドは2020年、パンデミックによって増加したコストを相殺するため、ハンドバッグの価格を引き上げている。だがさまざまな要因によって、ラグジュアリー市場全体は2020年に初めて縮小した。
「価格が上昇しているので、人々は中古品の購入に価値を見出すようになった」とトニ氏。「シャネルが最近のランウェイで発表したジャケットの価格は6万ドル(約660万円)。たとえ新品を買える財力があったとしても、おそらく二の足を踏むだろう」。
より良いものを、より手頃な値段で
セリエ・ナイツブリッジを立ち上げてから18カ月のあいだに50~60点注文し、合計11万5000ドル(約1270万円)を費やした顧客もいるとトニ氏は言う。「彼らならばこの金額を、エルメスやルイ・ヴィトン(の新品購入)で使うこともできたはず」。
「経済情勢に関わらず、人々の嗜好は低価格帯には移っていない」とデービス氏。「シャネルの顧客が突然ケイト・スペード(Kate Spade)を購入し始めることはない。シャネル欲を満たすため、より手ごろな手段を探し出すだけだ」。
2020年4月1日~5月31日の期間に、ファッションファイルの新規ユーザーからの純収益は前年比で104%増え、新規ユーザーとの取引量も85%増加した。同時期には、販促セール以外での売上最高記録を2回更新している。
[原文:Fashion Briefing: How the pandemic drove the year of the Birkin]
JILL MANOFF(翻訳:田崎亮子/編集:長田真)