パーソナライズ化がファッション小売業者の主戦場となるなか、消費者の求めるものを提供できるか、そのプロセスを再考し スマートファッション を推し進める企業が現れた。AI搭載アグリゲーターサイトのサイキ(Psykhe)は消費者の購買行動やフィードバック、スタイルベースのクイズなどに基づき厳選された商品を提供する。
パーソナライゼーションがファッション小売業者の主戦場となるなか、いかに消費者の求めるものを提供できるか、そのプロセスを再考する新たな企業が現れた。
「もう自分の服を嫌いにならない」サイキが提案する心理学に基づいた購買アプローチ
4月にベータ版がリリースされたAI搭載のファッションアグリゲーターサイト、サイキ(Psykhe)は、消費者の購買行動、フィードバック、スタイルベースのクイズといった多くの要素に基づきキュレーションされた商品をユーザー向けに提供する。その核となるのは、1980年代に脚光を浴びた研究者による性格診断テスト「ビッグ・ファイブ」の25問を要約したものだ。
「このフレームワークは(ファッションの)パーソナライゼーションに適っている」と、サイキの創設者でCEOのアナベル・マルドナド氏は述べた。マルドナド氏はファッションメディアとPR業界に11年勤務する以前は、心理学と神経科学を学んでいた。「人は理屈抜きで洋服に惹かれるし、本能的に強い感情を抱く。何かを見てすぐに『それは私だ』といえる。でもこれまで(クイズを活用し)『水玉模様は好き?』『なぜ?』いう質問以上のことを行ってファッションを正当に評価する人はひとりもいなかった」
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性格や気分にあったスタイルを提案
マルドナド氏は自分の交友関係をみて性格とスタイルの好みに関連性があるという考えを裏付けるパターンに気づいたと話す。「神経症的傾向の可能性が高い友人は皆、リック・オウエンス(Rick Owens)のような、頭からつま先まで黒で統一した指向性の強いスタイルを好んでいた」。
サイキのウェブベースのプラットフォームには、「気分で買う」というフィルターが備わっているため、ユーザーは、ハッピー、自信あり、ロマンチックといった、そのときの気分でおすすめを微調整することができる。さらにユーザーは自分の名前を付けたリストに好みのスタイルを保存したり、気に入らないスタイルをザッピングしてアルゴリズムを学習させることもできる。ユーザーの予算や地域の気候といった要因も考慮される。
サイキは、ネッタポルテ(Net-a-Porter)、マッチズファッション(MatchesFashion)、マイテレサ(MyTheresa)などの小売パートナーとのアフィリエイトモデルで運営されている。「もう自分の服を嫌いにならない」というキャッチフレーズのインスタグラム広告を使い、大々的に宣伝を行っている。
マルドナド氏によれば、すでに3つの注目すべき顧客層が現れているという。すなわちボッテガ・ヴェネタ(Bottega Veneta)やロエベ(Loewe)などのブランドに引き寄せられるファッショニスタ、ロロ・ピアーナ(Loro Piana)を買うコンサバ、ストリートウェアを求めるZ世代の顧客である。
パンデミック後の思考に適したツール
同社の次のステップは、このテクノロジーの特許を取得することと、このテクノロジーを美的嗜好に基づいてほかの業界の小売業者に提供するB2B部門を構築することだ。最近、ニューヨークを拠点とするバイヤーが責任者に起用され、家具、インテリア、美容業界を優先的に担当することとなった。マルドナド氏は「私たちは自分たちのことを、ファッションB2Cプラットフォームを最初の製品とするテクノロジー企業だと考えている」と述べた。
さらにサイキは成長に特化した資金調達ラウンドを「近く」確保する予定だ。その最初のサポーターとなったのはカルメン・ブスケッツ氏で、彼女はネッタポルテや、リスト(Lyst)、ファーフェッチ(Farfetch)など、テクノロジーに焦点を当てたファッション企業に投資を行っている。さらにサイキは9月、メダラックス・グループ(MadaLuxe Group)の投資部門SLSジャーニー(SLS Journey)が主導する170万ドルのシードラウンドを受け取っている。
サイキはパンデミック後の消費者の思考に合っているとマルドナド氏は語る。「人々はより思慮深くなり、私たちの使命や活動の目的を吸収し、つながる準備ができている。パンデミックが起こる前でさえ近藤麻理恵のブームが起き、ときめきを感じるものを優先するという考え方があった。ワードローブにも同じことが当てはまるし、これはそれをナビゲートするためのツールなのだ」。
Gen-Z効果:アプローチを近代化するファストファッションブランド
D2Cファッションブランドのサイダー(Cider)のeコマースサイトに現在掲載されているのは、7ドル(約780円)で販売されているニットトップスと、18ドル(約2000円)で販売されているワンピースだ。だが共同創設者のフェンコ・リン氏は、同社を典型的なファストファッションブランドとみなさないでほしいと話す。
「従来のファストファッションの環境では、手頃な価格、幅広い選択肢、限られた生産という要素は両立しなかった。しかし私たちはプレオーダーのモデルを使っているので、不可能を可能にすることができる」。
Z世代によるZ世代のためのブランド
2020年10月にローンチしたサイダーは、Z世代の消費者向けの「コミュニティファースト、ソーシャル(メディア)ファースト」のブランドを目指しているとリン氏はいう。現在、同ブランドの60〜70%の顧客がこの層に含まれている。
リン氏によれば、サイダーの運用はほとんどがデータを基に行われる。例えばサイダーが生み出しているスタイルについては、スタッフのデータサイエンティストが情報を提供している。TikTokに重点を置いてウェブやソーシャルプラットフォームをスキャンし、どのトレンドが話題になっているのかを確認しているのだ。さらに、制作前段階にあるスタイルに対するフォロワーからのフィードバックも参考にしている。
「我々のマーチャンダイジング戦略は、自分たちのコミュニティの助けを借りて、人気のあるものをさらに人気のあるものにすること」とリン氏はいう。サイダーでは、売れ行きのよいスタイルの別の色のリクエストを募ることも多い。
こうしたフィードバックは、インスタグラムのDMや、ディスコード(Discord)のインスタントメッセージ、電子メールで行われている。サイダーのインスタグラムのフォロワーは100万人以上、TikTokは62万5000人以上だ。
「サイダーは若者が若者のために運営する会社だ。顧客とのコミュニケーションにおいて、常に我々に共鳴する生身の人の声が届けられている」。
若い顧客とよい関係を築くことは、彼らの価値観も反映している。リン氏はサイダーを「環境に配慮している」といい、「スタイルをローンチした際には少量の在庫しか生産しない」としている。
その後、予約注文に基づいて必要な分を生産する「アジャイル生産モード」を同社では採用している。生産は中国で行われ、予約注文は顧客に届くまでに「数週間」かかることもよくあることだ。
ブランドの顔はあくまでも顧客
これまでサイダーはインスタグラム広告とインフルエンサー(ギフト製品を介する)に大きく依存して認知度を高めてきた。TikTokではハッシュタグ「#shopcider」の再生回数が3400万回、「#cidergang」は1500万回となっている。ブランドのマーケティングでは主にユーザーが作成したコンテンツに重きを置いている。「(私たちの投稿には)モデルの写真や洗練されたコンテンツはそれほど多くない。顧客がブランドの顔であり、Z世代は何を着ろと人からいわれたくない」とリン氏は話した。
サイダーは5月下旬、Facebook、Airbnb、アファーム(Affirm)に投資しているベンチャーキャピタルのアンドリーセン・ホロウィッツ氏から2200万ドル(約17億円)の資金提供を受けた。
今後の計画として、データに基づいた顧客アンケートの実施、データを活用したより効率的なサプライチェーンの構築、そして将来的にウィメンズのアパレル以外へのカテゴリーへの拡大などを目指している。
「スマートブランド」とリン氏は好んで呼ぶが、最終的にはスピード感のあるブランドにしたいという。「再入荷のモデルを改善することで、リアルタイムに補充を予測できるようにして、(予約した)顧客がタイムラグを感じないようにする予定だ」。
NYファッションテックラボ・デモデー:ファッション小売は3Dになる
ニューヨークファッションテックラボ(New York Fashion Tech Lab)は6月23日、毎年恒例のデモデーをバーチャルで開催し、6人の女性創業者が、報道関係者や業界関係者に向けて自社のリテールテックソリューションを紹介した。ライブストリームショッピングの促進や包括的な製品ページ、購入後の着こなしやスタイルを長続きさせるガイダンスなどが焦点となった。これらの創業者たちは、応募者の中から、NYFTL、ファッションおよびリテールパートナー、アドバイザー、共同設立者でプロデューサーのスプリングボード・エンタープライズ(Springboard Enterprises)によって選ばれた。選出の際、第一に考慮されたのは彼女たちの企業が業界を発展させる可能性があるという点だ。それぞれが12週間のプログラムに参加し、小売業のトップエグゼクティブによるメンターシップやそうした企業とのコラボレーションの機会を得た。
ファッション小売業における3D技術への期待
注目すべきは、今年の代表6社のうち3社が3Dテクノロジーを中心としていたことだ。その中には、買い物客がアップロードした3D画像に基づいて正確なサイズのリコメンドを可能にするゼスト(Xesto)や、ブランドの3Dデザインファイルを3D画像に変換してウェブサイトの製品ページに掲載するSaaSプラットフォームのヴンタナ(Vntana)も含まれている。
3社目の3Dローブ(3D Robe)は、製品のフォトリアリスティック・レンダリング(写実的な3D画像に変換すること)を容易にすることで、サンプルによる無駄を省き、製品の市場投入までの時間を短縮することに特化した企業だ。このデジタルアセットは、同社のNFTマーケットプレイスであるニューノ(Neuno)を介してアートとしても販売できる。3Dローブは、スナップチャット(Snapchat)などのプラットフォームと提携しており、購入者はプラットフォームのフィルターを介して自分のデジタルスタイルを着用することができる。
タペストリー(Tapestry)のデジタル担当副社長ローシャン・ヴァーマ氏は「我が社はサステナブルな取り組みをサポートし、革新的なマーケティングコンテンツを顧客に提供するために3Dローブと提携する機会を模索してきた」と話す。
3Dローブの共同設立者ナタリー・ジョンソン氏は、今後数カ月以内に5つのラグジュアリーブランドが同社と共同でローンチされる予定だと述べている。
[原文:Fashion Briefing: Did the pandemic spur an era of smarter fashion?]
JILL MANOFF(翻訳:Maya Kishida、編集:戸田美子)