人々が自宅のソファに座ったまま買い物をすることに慣れた今、多くの小売業者が家のようなイメージの店舗をオープンしている。英高級ファッション小売店ブラウンズのチェアマン、ホーリー・ロジャーズ氏は、ロンドンのブルックストリートに旗艦店を移した際、これまでの評判を壊さないよう意図したという。
人々が自宅のソファに座ったまま買い物をすることに慣れた今、多くの小売業者が家のような感覚で買い物ができる店舗が増えてきた。
家のように落ち着くショップが人気
6月14日から16日に開催された「Glossy’s Fashion & Luxury Summit Worldwide」で、英国の高級ファッション小売店ブラウンズ(Browns)のチェアマンであるホーリー・ロジャーズ氏は、4月にロンドンのサウスモルトンストリートからブルックストリートに旗艦店を移転した際、これまでの評判を壊さないよう意図したと発言した。同氏は、「ブラウンズに来ると、家に帰ってきたみたいだとよくいわれる」という。もとの旗艦店は5棟並んだタウンハウスにあったが、移転後も同じ雰囲気を保ったまま、レストラン「ネイティブアットブラウンズ(Native at Browns)」と、ブランドが貸し切ることができる「イマーシブルーム(Immersive Room)」、タロットカード・リーディングやネイル・サービスといった店内での体験をローテーションで提供する「レジデンシーズ(Residencies)」などを設置している。
ボアラム・ヒルに店舗を構える15年の歴史を誇るブランド、ザ・ブルックリン・サーカス(The Brooklyn Circus)の創立者ウィジー・セオドア氏は、6月初めにGlossyの取材に対し、会社の物理的な面での「究極の目標」は、彼が「BKcマンション(BKc Mansion)」と呼ぶものだと述べた。「そのマンションには実際の店舗や食事体験ができる場所、小さなAirbnbのような宿泊できる場所にギャラリーが含まれている」。
Advertisement
ファッションECサイトのマッチズファッション(MatchesFashion)は、パンデミック前に同じような発想を取り入れている。同社は2018年9月、ロンドンのメイフェア地区にある5階建てのタウンハウスにファイブ・カルロス・プレイス(5 Carlos Place)という実店舗をオープンした。オープン当時は本のサイン会からファッションクリエイターとのくつろいだトークイベントなど、店内イベントやライブ配信のイベントを20ほど主催する計画だった。カフェフロアはレストランに貸し出し、別のフロアはポッドキャストのスタジオへと改装した。
パンデミック後に求められる魅力ある店舗とは
アットホームな雰囲気の店舗は、実店舗でのショッピングを再開したい人の違和感を和らげるかもしれない。しかし、居心地のよさを提供することと、わざわざ足を運ぶ価値のある店だと確約することをうまく両立させるのは、小売業者には難しい課題となりそうだ。
マッチズファッションのチーフ・ブランド・オフィサーであるジェス・クリスティ氏によると、ファイブ・カルロス・プレイスの来店者数は、イングランドが2度目のロックダウンに入るのに先立って店舗を再開した2020年7月〜10月と比べると、90%増加している。しかし海外の顧客がまだ戻ってきていないため、パンデミック前のレベルに戻るには程遠い状況だ。ファイブ・カルロス・プレイスは、観光客でにぎわうメイフェアの中心地にあり、通常は海外からの買い物客が同社のビジネスの85%を占める。しかし売り上げは、「非常に好調」だとクリスティ氏は言う。「店を訪れる人たちは、かなり真剣に買い物をしている」。
ファイブ・カルロス・プレイスでマッチズファッションがどのように小売の大きな復活の舞台をつくっているのか、クリスティ氏は次のように説明した。
在庫を増やす
「ハウスのマーチャンダイジングの方法を大きく変更した。以前よりもかなりたくさんの商品を抱えている。なぜなら『お客様が実際に時間をかけてここまで来てくださるなら、インスピレーションに満ちた非常に魅力のある場所にしなくては』と思ったからだ。多くの新しさと同時に、既存のデザイナーと新しいデザイナーが混在するマッチズらしさも表現したかった。それからいろいろな物語も取り入れたいと考えた。危機や不況から抜け出すとき、人は祝福したい気持ちになる。だからこそファイブ・カルロス・プレイスは、来た人がくつろげて楽しい気分になれるような場所であるべきだ。
先日もマルニ(Marni)と一緒に『マルニマーケット(Marni Market)』という大きなプロジェクトを行ったばかり。商品はすべて高級なホームウェアやバッグ、アクセサリーなどだった。付加価値のある体験や、顧客に来てもらえるより多くの理由を私たちは提供している」。
スペースを有効活用する
「タウンハウスの5つのフロアにすべてを配置しているので、カフェの一部のスペースを除くと、(現在は)比較的普通に営業できている。プライベートなアポイントメントも受け付けていて、友人と一緒に来店する人やカップルで買い物をする人も増えている。うちにはプライベート・ショッピング・スイートがあるので、より社交的に買い物ができるし、ほかの店のようなスペースに関する制約がない。食べ物や飲み物を持ち込むことができ、誰もが心地よく店内で過ごすことができる」。
運営はよりゆっくりとしたペースで
「最大のアップデートは、ある特定のことをスローダウンしたこと。オープン当初は、かなりたくさんのプログラムを行っていた。当時はそれがとてもエキサイティングだったし、正しいことだと思っていた。それは、新しい空間と新しいコンセプトを立ち上げ、数々の自社ブランドを連携させるダイナミックな方法だった。でも今は、誰もがもっとじっくり買い物や交流をしたいと思っているので、あらゆることにもう少し時間をかけるようにしている。
イベントについても、”パーティ・パーティ”という感じではなく、よりこじんまりとした親密なものにしようと話している。それからインスタレーションでは、もう少し長く関わりたいと思ってもらえるにはどうしたらいいかを考えている」。
オンラインショッパーへのニーズに応える
「物理的な環境ではすべての在庫を手に入れることは決してできないので、いつも本当に必要とされるのは優れたデジタルサービスの機能性だ。私たちは(ニューヨークとロンドンで)90分で配達するシステムを導入しており、自宅に商品を届けることもできるし、あるいは、より多くの商品を試着できるように店舗に届けることも可能だ。どのように買い物をしたいかを顧客自身が決めることができるよう、いつもできるだけ対応するよう準備している。オンラインは常に重要で、今後も成長していくだろう。
しかしまたラグジュアリーファッションを購入する顧客は、その商品がどのように作られているのか、商品にまつわるストーリーや製造、品質にも興味を持っている。オンラインではかなりの情報を見ることができるが、これらの服や生地を実際に手にとって目にすることでとても刺激を受ける。人々が失っているのはそうした要素だ」。
常にインスピレーションを与え続ける
「ハウスで私たちが行っていることは、ソーシャル(メディア)向けにもかなり多くのコンテンツにした。(店がクローズしていたときは)私たちは基本的に店舗を放送スペースとして活用していた。たとえば、オンラインコミュニティ「オール・ザ・プリティ・バーズ(All the Pretty Birds)」の(インフルエンサー)タミュ・マクファーソン氏と一緒に、楽しいバーチャル・スタイリング・セッションを行ったりしている。屋根裏部屋では、高級ジュエリーや投資すべきジュエリーについてのセッションも行った。
またVogueの卒業生であるルシンダ・チャンバース氏とは、ホームウェアについてのコンテンツを制作している。顧客のためにこうした世界をつくり出すことはとてもすばらしいことだった。最初は、背景に自分たちの家を見せるのが楽しかったけれど、ファイブ・カルロス・プレイスではたくさんの服を実際に見ることができる。そのほうがより刺激的だ」。
IGライブショッピングを利用してホームカテゴリーに参入
タニヤ・テイラー氏は6月12日、ハンプトンズの自宅からインスタグラムでライブショッピングを行い、自分の名前を冠したブランドの新しいホームコレクションアイテムを紹介した。この18分間の配信は、70人が参加したハンプトンズでのコレクション発表パーティに先立ち行われた。また、TanyaTaylor.comでのコレクション発売の4日前にも行われた。
ブランドの創始者でクリエイティブ・ディレクターでもあるテイラー氏は次のように述べている。「私たちはいつも自分たちのサイトで新しいカテゴリーの商品を顧客に直接販売した。でも(発売前に)顧客と直接話ができるというのは、付加価値のあるメリットだ」。
この配信には5000人以上の視聴者が集まり、ナプキン、プレースマット、ピローなど、2種類のプリントの予約分が完売した。売り上げの75%は、初めてタニヤ・テイラーで買い物をした顧客によるものだった。
テーブルウエアへの反響大
タニヤ・テイラー・ホームのアイデアが同ブランドのインスタグラムのフォロワーから生まれたことを考えれば、これはプレローンチにふさわしかったともいえる。1月にテイラー氏自身が彼女の母親が暮らすバルバドスの家の画像を投稿したところ、そこに写っていた同ブランドのシグニチャープリントを使ったヘッドボードやカーテン、ランプシェードなどについて、多くのフォロワーがオーダーできるかDMで問い合わせてきたのだ。ブランドには16万人のフォロワーがいるが、そのうち6000人以上がこの投稿にコメントを残している。
「この3か月間で(インスタグラムのライブショッピングは)美容分野では盛り上がっているが、ファッション分野で使っている人は多くない」とテイラー氏は言う。「どんな形で進めたかというと、わたしたちが(そのイベントを)宣伝し、人々が配信を見る、そしてわたしが商品の間を歩いている間に視聴者が画面をダブルクリックすれば商品を購入することができる、という流れだ。インスタグラムに相談したら、バックエンドのロジスティックについてはすべてサポートしてくれた。(買い物客は)インスタグラムでチェックアウトするが、それはすべて当社のウェブサイトで利用しているShopifyを通じて行っている」
イベント開催までの2日間と開催当日の朝には、インスタグラムのストーリーズにカウントダウンのステッカーを投稿した。フォロワーがスワイプアップするとサインアップのページが表示され、アイテムと価格を確認することができる。
インスタグラムのライブセッションでは、ハンモック、ソファ、椅子2脚、テイラー氏による絵画など、大型の一点物がすべてオークション形式で販売される予定だった。テイラー氏もイベント前日に、「入札のDMを送ることができる」と発言していた。しかし、テーブルウエアへの反響が非常に大きかったため、今回はテーブルウエアを中心にイベントを行うことにし、その他のアイテムについては後日「別の機会」を設けることにしたとブランドの広報担当者は話した。
コレクションの正式な発売日である6月16日には、ブランドのホームページや専用メールでプロモーションを行った。また、それに先駆け、「家について詳しいPRコンサルタント」のローレン・ボジセヴィック氏とともに記者発表の場を確保した。
ファッションブランドがインテリア分野に参入
パンデミックの影響で、より多くの消費者が自宅を聖域とみなすようになり、家に手をかけるようになったため、インテリア関連の売上が増加している。それに伴い、ファッションブランドがホーム関連商品の分野に参入したり、ホーム用品を拡充するケースが増加している。2020年3月以降、そうしたブランドにはノーマカマリ(Norma Kamali)、ジェニーケイン(Jenni Kayne)、ジョハンナオーティズ(Johanna Ortiz)、ギャップ(Gap)などがある。4月にはクリスチャン・シリアーノ(Christian Siriano)がインテリアデザイン会社の設立を発表した。
タニヤ・テイラーは5月に初めてインスタグラムのライブショッピングを行い、スイムウェアのカテゴリーをスタートした。そのときは30着のスイムウェアを販売した。その際にわかった注目すべき点は、イベントの最中にすべての商品がすぐに購入できるため、最初の15分でほとんどの売り上げが発生するということだ。さらに、スイムウェアを購入する顧客は、イベント終了後に投稿されたライブの動画を視聴し、商品に関する詳細な情報を確認していた。スイムウェアイベントではモデルを起用したがホームイベントではそうしなかったのは、「慌ただしくならないようにするため」とテイラー氏は話した。
無理をしないことが好調の秘訣
成長モードに入っているタニヤ・テイラーは、昨年だけでもスイムウェア、キッズウェアのミニ(Mini)、パジャマをローンチしたが、すべて「無理をしないやり方で」とテイラー氏は話す。たとえば、ミニは母親と子どものドレスひとつを4種類のプリントで展開している。パンデミックの影響で発売までのスケジュールに少しゆとりが生まれたとテイラー氏は言う。「私たちが生産するすべての製品には乗り越えるべきハードルがあった」とも指摘している。
パンデミック以前、同ブランドはタニヤ・テイラーのライフスタイルを全面的にデビューさせるべく、複数のポップアップをオープンする予定だったが、今は「この時期に私たちのために尽力してくれた(小売)パートナーとともに、ショップ・イン・ショップを計画している」とテイラー氏は述べた。これらのショップはブランドの実店舗展開のためのテストマーケットとして活用する。
これまでのところ、同ブランドはすべてのカテゴリーにおいて製造管理を行い、すべてD2Cで行ってきた。その後メゾネット(Maisonette)が同ブランドのキッズウェアを販売し、現在はバーグドルフ・グッドマン(Bergdorf Goodman)とショップボップ(Shopbop)がスイムウェアを販売している。
「ホームについては、ライセンスや小売店とのパートナーシップ(を検討する)前に、自分たちのテーブルのデザインや夢のプールハウスはどんなものになるだろうという考えにもとづいて、いくつかのビジュアルを試行錯誤しながら築き上げるためにある程度時間をかけたかった。そこで決めたことが、このコレクションのイメージの核となった」。
タニヤ・テイラーは個人経営のブランドだ。パンデミックの間も「非常に質素」で居続けたことが、現在の勢いを生んだとテイラー氏は語っている。
「この3カ月間、販売はかなり好調だった」と話すテイラー氏は、リゾートシーズンに向けた最近のアポイントメントのうち、25%を直接会って行ったという。「去年とくらべると、いま私たちが経験していることや話している内容は、まるで昼と夜ほどの差がある」。
原題 [Fashion Briefing: As the world opens up, retailers are updating stores to feel more like home]
JILL MANOFF(翻訳:Maya Kishida、編集:戸田美子)