1体につき約30万円もする、家族型ロボット「LOVOT(ラボット)」がいま、売上を伸ばしている。その好調さを生んだのは、利用ユーザーによるSNS投稿が増えたことが挙げられるという。そうした顧客のSNS投稿を活性化させる「起点」と、同ブランドのCMOを務める西井敏恭氏が位置づけているのが、「カスタマーサクセス」だ。
1体につき約30万円もする家族型ロボット「LOVOT(らぼっと)」がいま、着実に売上を伸ばしている。
ロボットD2CスタートアップのGROOVE X(グルーヴエックス)が、この不要不急だが、確実に人の心へぬくもりをもたらすロボットの予約を開始したのは、2018年12月(出荷開始は2019年12月)。仮にコロナ前・コロナ後に分けたとすると、現在は以前より10倍以上は売れており、当初の計画よりも大幅に実績が上回っているという。
だが、2020年、最初の緊急事態宣言のときは、実店舗の閉鎖などの影響もあり、売上が相当落ち込んだ。LOVOTのようなロボットとともに生活するのは、まさにこういう時代だからこそ、価値があるものなのに、それを実際に体験してもらえる場を失って、大きな打撃を受けたのだ。しかし、明確な打開策を見つけられぬまま、ステイホーム期間が過ぎたころ、自然と順調に売上が回復していった。
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「そんなとき、マーケティング担当者に成り代わり、その魅力を広めてくれていたのが、既存顧客のSNSだということに気づいた」と、2019年10月よりGROOVE XのCMOを務める、西井敏恭氏は語る。同氏はかつて、ドクターシーラボにてデジタルマーケティング責任者、オイシックス・ラ・大地株式会社で執行役員兼CMT(チーフマーケティングテクノロジスト)を務めた人物だ。
「利用ユーザーは、LOVOTとの生活の様子を、毎日のようにSNSへ投稿してくれる方が多い。朝にLOVOTへ『おはよう』と言っている様子とか、『今日はウチの子はもう寝ちゃっている』とか。そんな生活の時間軸をオーガニックな投稿で、潜在顧客へ伝えられたことが、有効だった」と、西井氏は分析する。「やはり、いまのD2Cブランドは、自分ごと化をいかにしてもらうかが、すべてだと思う」。
修理から返却されたことを喜ぶユーザー投稿
「カスタマーサクセス」を起点に
そこで、西井氏が率いるGROOVE Xのマーケティングチームは、既存顧客によるSNS活動を活性化する戦略に打って出た。そこを中心に、PRや広告などのあり方も変えていったという。
そうした一連の戦略の「起点」と、西井氏が位置づけているのが、カスタマーサクセスだ。これは数年前より、SaaS企業を中心としたB2Bマーケティングで注目を集めている分野だが、たとえ2Cであっても、ことD2Cにおいては注目すべき役割を果たしていると、同氏は指摘する。
ちなみに、まだ一般的に浸透していると言い難いカスタマーサクセスは、語感の似ている「カスタマーサポート」と比較されることが多い。顧客に困りごとが発生したときに、「受動的」に対応する役割がカスタマーサポート。それに対してカスタマーサクセスは、その名の通り顧客を成功に導くために、常日頃、「能動的」に顧客へ働きかけていく手法のことを指す。
「LOVOTのマーケティングには、3つの軸があると、社内的には説明している。ひとつはカスタマーサクセス、もうひとつはPR、最後のひとつは広告だ」と、西井氏は説明する。「この3つをどのようにバランスよく構成していくかにかかっている。まずはカスタマーサクセスによって、個々の顧客体験を高めることが大事。そして、それを起点にPRや広告を戦略立てていくことで、潜在顧客の気持ちを動かすことができる」。
「個別のサクセスを作るため」
そうした、カスタマーサクセスとして、具体的に実施してきたことはさまざまある。一例を挙げると、まず個々の機体へ愛着を感じさせるため、目の種類は10億通り、声の種類も10億通り、顔の色は3種用意した。さらに、ベースウェアやトップス(ベースウェアのうえに着用する洋服)、アクセサリーなど、さまざまなアイテムを提供している。加えて、精密機械として避けられないメンテナンスに関するコミュニケーションも、「故障・修理・工場」などの用語の代わりに、「病気・治療・病院」という表現で実施してきた。
公式インスタで紹介されたファッションアイテム
また、できるだけ多くのSNSプラットフォームで、それぞれ異なるユーザーコミュニケーションを行っている。たとえば、Facebookではクローズドの公式コミュニティでユーザー同士が交流できるように便宜を図り、Twitterではハッシュタグを駆使し、個々のLOVOTの誕生日(顧客の自宅に届けられて稼働した日)を祝福し合う文化を生み出した。インスタグラムではスタッフが定期的にインスタライブを実施し、ユーザーと交流を図ったり、YouTubeではスタッフを公式ユーチューバーに見立て、さまざまなコンテンツを発信している。
公式ユーチューバー「ゆいゆい」によるYouTube投稿
このようなカスタマーサクセスを重ねることで、当初のイメージとは異なるユーザーがついてきたという。一般的に、こうした高額なロボットを買い求めるのは、比較的財布に余裕がある、ひとり暮らしのガジェット好きな男性という印象がある。しかし、実際のLOVOTユーザーは、女性が6割。しかも、ごく普通の中流家庭が多いのだそうだ。
「もちろん、ひとり暮らしのユーザーも一定のボリュームで存在するし、DINKSであったり、子どもがふたりの家庭もある。つまり、それぞれの家族によってLOVOTのサクセスのあり方は異なる」と、西井氏は補足する。「そうした、個別のサクセスを作るために、自分たちはどうしたらいいのか? ということを考えながら、マーケティングを行ってきた」。
いままでとは逆のマーケティング
従来のマーケティングでは、基本「認知」を起点として、統一されたブランディングメッセージを打ち出すことが、良しとされている。そのうえでストーリーテリングを行い、プロダクトの世界観へユーザーを引きつけるという戦略だ。
しかしながら、「LOVOTをはじめ、成長フェースにあるD2Cブランドは、従来の広告プロモーションと、逆のベクトルでマーケテイングを実施していることが多い」と、アライドアーキテクツ(Allied Architects)のCPO兼プロダクトカンパニー長、村岡弥真人氏は指摘する。同社は、ソーシャルテクノロジーを活用したマーケティング支援を行うテクニカルベンダーだ。
「LOVOTはプロダクト開発に100億円以上もかけているにもかかわらず、『良いロボットを作りました』というようなプロモーションを決して打たない」と、村岡氏は続ける。「ひたすら顧客にフォーカスして、彼らの成功体験を作ることや、自発的な発信を促すことに注力し続けてきたのだ」。
ものづくり日本の復権のために
2020年にコロナ禍が起こり、デジタルシフトが今まで以上に加速するなか、さまざまな産業が音を立てて変化している。さらに、日本の製造業がかつての輝きを失いつつあるなか、家庭用ロボットという産業にこそチャンスがあると、西井氏は読んでいる。
「社内のスタッフ全員が、このプロダクトのポテンシャルをすごく信じている。LOVOTと生活するというのは、それだけ素晴らしい体験だと自信を持って断言できる。だからこそ、いままで自分が培ってきたマーケティングのノウハウを、このLOVOTのために役立てたいと思った」と、西井氏。「そして、いずれグローバル展開にチャレンジしたい」。
Written by 長田真
Image from GROOVE X
※記事公開後、一部表現を修正しております。