プライバシー関連の規制強化を受けて、広告業界中がマーケティング問題に直面するなか、広告売買に関わる誰もがいま、最小の変化で最大の結果を生む方法を模索している。では、CMOたちはこの新たなプライバシー規制に、トラッキング禁止の動きにどう対処しているのか? この問題の優先順位は、彼らの中でどれほど高いのだろうか。
プライバシー関連の規制強化を受けて、広告業界中がマーケティング問題に直面するなか、広告売買に関わる誰もがいま、最小の変化で最大の結果を生む方法を模索している。
この「広告食物連鎖」の頂点にいるのが、財布の紐を握り権力の座についている経営幹部、つまりCMOだ。だがそんな彼らもまた、自社製品やサービスのマーケティングに費やす何千万、いや何億ドルもの大金に見合うだけの結果を出せという、かつてないほど大きなプレッシャーを直属のCEOやCFOから受けている。
では、CMOたちはこの新たなプライバシー規制に、そしてAppleおよびGoogleによる最近のトラッキング禁止の動きにどう対処しているのか? この問題の優先順位は、彼らのなかでどれほど高いのだろう? CMOらに取材を試みたところ、興味深いことに、大半は匿名以外でのコメントを拒んだうえ、そもそも依頼に対して連絡を返さない者さえいた。
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ただ、話を聞けたマーケティング幹部らの言葉から察するに、CMOたちはこのデジタルアイデンティティ問題が自社の未来に多大な影響を及ぼすことは承知しているが、解決法については皆目見当もつかないというのが実情のようだ。ただ少なくとも、変わりゆく環境に順応するべく、フレキシブルでいる必要性を感じているのは間違いない。
「CFOの怒りはなんとしても避けたい」
「クライアントは慌ててはいない」とIPG傘下のメディアエージェンシー、UMのグローバルCEOアイリーン・キアナン氏は言う。「とどのつまり、近年のマーケティングは流動性と敏捷性の勝負だ。市場の、消費者の、あるいは競合他社の行動の変化であろうが、規制およびテクノロジーの変化であろうが、素早い対応が求められることに変わりはない」。
ソリューション企業やマーケティングリーダーを顧客に抱え、さまざまな問題に取り組む業界の非営利団体、MMAグローバル(MMA Global)でCEOを務めるグレッグ・スチュアート氏は、この消費者プライバシー問題を以前からマッピングしている。同氏が先頃、トップレベルのマーケターが半数以上を占めるMMAの役員会に聞き取り調査を行なったところ、識別子問題の優先順位は2位だった。マーケティング効果よりは下だが(効果測定において識別子が重要であることは言うまでもない)、データやマーケティング組織といった問題よりは上だった。
「役員会との会話を踏まえると、私が思うに、プライバシー問題に関するマーケター最大の懸念は、リスクマネジメントとリスクアセスメント、そして責任問題の回避だろう」と、スチュアート氏は言う。同氏もまた、前職はCars.comのCMOだった。規制を遵守しなかった場合に課せられるであろう多額(と思われる)の罰金はCFOの怒りを買いかねず、したがってそれだけは何としても避けたい、という彼らの気持を考えれば、現行の規制、法律の確実な遵守の優先順位がCMOのなかで非常に高いのは間違いないと、氏は指摘する。
では、エージェンシーは模索するクライアントにどの程度協力しているのだろう? 「かなり密に協力している――ただし、我々が探しているのは解決策(ソリューション)であり、回避策ではない。クライアントやそのCMOとともに、この変更が各々にとって意味するものは何なのか、彼らが具体的に理解できるよう努めている」とUMのキアナン氏は言う。「ファーストパーティの能力強化を意味するところもあれば、メディア、データ・パートナーシップの確立や、市場における代替ソリューションの確保、確実性の欠如の補い方に関するシナリオ立案を意味するところもある」。
コンテクスチュアルへの回帰の可能性
この問題はマーケティングの枠に留まらないと、キアナン氏も言う。「CMOは各々のチームのなかで、職能上の枠を越えたさまざまな専門知識を活用している。たとえば我々の場合、データサイエンティストと連携すると同時に、企業法務およびプライバシーチームと日常的にやり取りする機会がますます増えている」。
この数カ月、大手ブランド勢は次々にアイデンティティ問題という障害を回避するべく、顧客から直にファーストパーティデータを確保していきたい旨の発言している。だがそれと同時に、エージェンシーおよびブランドのあいだで、これはそもそも、今まさに禁止されようとしている個人情報に依存するロウアーファネル戦術を考え直せ、という警鐘なのではないか、との議論も起きている。
「そろそろコンテクスト重視に戻るべきなんじゃないか」と、あるマーケティング幹部は3月、米DIGIDAYのMedia Buying Summitで匿名を条件に語った。「その昔、コンテクスチュアルバイイングは(メディアバイの)王道であり、その後パーチェスベースのターゲティングが主流となり、我々はサードパーティのパーチェスベースターゲティングベンダーを利用したわけで、彼らはCookieに依存していた。そろそろ、もっとエクイティベースの広告を打つべく、コンテクスチュアルに戻る時期なんだと思う」。
「諸々の変更がマーケティングに変化と革新を生むのは間違いない」と、キアナン氏は断言する。「マーケティングがビジネスに結果を生み、同時にその責任を負えるようにする一方、法と個人の権利を尊ぶ、実利的で、商業目的で広く利用可能な、ユーザー特定ソリューションが必ず出てくる」。
なにを追い求めるのか?
MMAのスチュアート氏は一方、プライバシー問題の単なる回避策としてのコンテクスチュアル広告では、巨大なリターンが生じることはないと見ている。だが、今ある各種ツールを利用すれば、かなり堅実かつ頑強な形でキャンペーンを実行できるはずだとも付け加える。突き詰めて言えば、マーケターはアトリビューション目標とオーケストレーション目標のいずれを追い求めるのか、二者択一の話になるという。後者はターゲットを絞った形で広告を提示する能力のことであり、これはまさしく、AppleとGoogleがいま禁じようとしている手法にほかならない。
「これはメディア投資やアドレサブルメディア、アトリビューションだけの問題ではなく、人々のデータおよびプライバシーに対する気持ちの変化の問題でもある」と、キアナン氏は指摘する。「進化し続ける環境のなかで、データドリブンマーケティングの美と実用性のバランスを維持すること。それがCEOである私の、そしてクライアントのビジネスを時代遅れにさせないよう努める我々エージェンシーの役目だ」。
MICHAEL BÜRGI(翻訳:SI Japan、編集:分島 翔平)