今後は働く時間帯に制限を設けず、個々人の作業スケジュールに合わせてプロジェクトに参加するアシンクロナス・ワーキングが普及しそうだ。業務上のやり取りにはマイクロソフトのチームズ、セールスフォース、などのツールを使うが、成果を上げるにはコミュニケーション・チャネルの数を増やすのに熱心になりすぎないことが肝要だ。
オフィス出社とリモートワークを組み合わせたハイブリッド勤務が求められるなか、その理想形の探求は、企業にとって険しい道のりだ。あらゆる状況に適用できる万能モデルはないし、短期間で成功する保証つきのガイドブックも存在しない。企業の経営幹部は最適な勤務形態を探るべく、さまざまな組み合わせを取り入れながら、今後何年も試行錯誤を続けなくてはならないだろう。
そうした試みに積極的なのがマイクロソフト(Microsoft)だ。同社は16万人の従業員全員を対象にハイブリッド勤務体制を適用し、有用な知見を蓄積しつつある。
マイクロソフトで英国のモダンワーク/セキュリティ事業グループのディレクターをつとめるニック・へダーマン氏は米DIGIDAYの取材に応じ、「ハイブリッド勤務を通じてマイクロソフトが学んだこと」について語った。以下に要旨をまとめる。
Advertisement
実験的施策の推進
企業が、社員と顧客双方のニーズに合ったハイブリッド労働環境を整えるには時間がかかる。忍耐強く取り組まないかぎり、今後数年間は苦労するだろう。ハイブリッドな働き方の最善策といっても、そう単純ではない。へダーマン氏によれば、そこで鍵となるのは社員の意欲だという。「ハイブリッド勤務モデルの推進には、実験的施策が欠かせない。企業は謙虚さを忘れずにのぞむべきだ。何が正しい方法かは誰にもわからないのだから」。
マイクロソフトは定常的に、さまざまな規模でハイブリッド勤務体制の実験を実施しており、うまくいかなかった施策は即座に取りやめ、成功した施策は規模を拡大して続けている。新型コロナウイルスのデルタ株による感染急増でオフィス勤務の再開が遅れているが、それでも社員の現場復帰を支える運用管理の課題は山積みだ。たとえば、輪番制や立候補制出勤を取り入れた結果、18カ月間も在宅勤務を続けた社員がいざ出社したとき、誰もいないオフィスで働くことになったとしたら、それは望ましい状況とはいえない。
「勤務時間の有効活用と、オフィス出社の最適なタイミングの判断が課題で、顧客からも問い合わせが多く来ている」とへダーマン氏は語る。この課題を解決するため、マイクロソフトでは、社員が利用するさまざまなITネットワークと、グラフデータベースであるマイクロソフト・グラフ(Microsoft Graph)に組み込まれた機械学習サービスの接続に向けて検討をはじめた。「たとえば、当社のオフィスビルで使用している社員証システムと、マイクロソフト・グラフの機能連携などを模索している」。そうした連携が可能になれば、理論的には、自分が協業したい同僚の出社傾向を予測できるという。「大規模な実験だが、成果が出ない可能性もある。それでも企業としては、ハイブリッド労働環境の整備を後押しすべく、積極的に新たな試みを実行に移していく必要がある」とへダーマン氏はつけ加えた。
ハイブリッド会議に司会進行役を
ハイブリッド勤務体制下でスタッフの大半がリモートで働くなか、協業を促しながら公平性を保つのは容易ではない。「どこでも働ける」慣行が定着し、企業の採用対象が地理的制約を超えて広がったいま、職場の多様性と包摂性は理論的には向上するはずだ。しかしその一方で、対面で働くスタッフを偏重しがちな近接性バイアスのリスクも生じる。それがもっとも顕著になるのが、ハイブリッド会議の場だ。へダーマン氏のアドバイスは、「出席者5名以上の会議を開催する場合は毎回、司会進行役を立てること」。進行役は出席者のうち誰でもよく、管理職でなくてもかまわないが、その主な役割は、Webカメラによる各人の映像を表示させ、全員が発言できる環境をつくることだ。また、会議前後や会議中に交わされる雑談も、出社組とリモート組の両方が聞けるよう配慮しなくてはならない。「全員が公平に参加できる会議の運営には、優秀な進行役が必要になる。私にいわせれば、全社員を対象に、進行役としての技術を学ぶ研修を実施するべきだ」と、へダーマン氏は強調した。
進行役はまた、オンライン会議システムのチャットボックスにも注意を向けて、手を挙げている出席者の有無を確認し、各人のビデオ映像から表情や身振りなどを読み取る。また、他者の発言中に顔をしかめている出席者がいたら、機をのがさず指名して、意見を述べるよう促すといった役割を果たす。「人というのはいったん行動を変えても、ふとしたはずみに以前の状態に戻ってしまうことがある。技術の問題というより、変化を受け入れる姿勢の問題だ」とへダーマン氏はいう。「重要なのは社員の行動と文化だ。必要なスキルを身につけ、自信をもって会議に参加できるようになればいい。会議を成功裏に進める手法がちゃんとあるのだから」。
ロールモデルとなれ
ハイブリッド勤務の定着を図ろうとするなら、経営者は模範を示して組織を率いていく必要がある。「もし、企業社会が全面的にハイブリッド勤務を受け入れれば、ヘンリー・フォードがその昔、『土曜休日』を導入したとき以来、最大の変革になる」とへダーマン氏はいう。「そうした変革は偶然にまかせるのでなく、企業が戦略として打ち出し、経営者がトップダウンで指示して実行すべきものだ。ハイブリッド勤務は、人事部に権限移譲して導入しようなどと考えてはいけない。中途半端な計画にもとづいてはじめて、夏が過ぎたら自然消滅するようでもいけない。組織のリーダーである会長やCEOは、実現に向けた会話を主導し、謙虚な態度で変革の道を歩んでいくべきだ。なぜなら、リーダーたちはおそらく間違いをおかすだろうし、何が正しい方法かは誰にもわからない。それでも、企業のトップはよけいなプライドを捨て、率先して新しい行動様式のロールモデルにならなくてはいけない」。
ハイブリッド勤務体制を真の成功に導くには、経営陣からチームマネージャー、平社員にいたるまで、組織が一丸となって事に当たる必要がある。コンサルティング企業のフレックス+ストラテジー・グループ(Flex+ Strategy Group)のCEO、カリ・ヨースト氏は次のように述べている。「管理職にとっては、チーム内の調整スキルが重要になる。社員個々人には、自分のなすべき仕事について意識を高め、いつ、どこで、どんな方法であれば実力が最大限に発揮できるかを主体的に考える姿勢が求められる。企業は新たな組織運営方法を、人事部の協力を得て実践していく。人事部は、業績管理・評価制度を明確にし、業務遂行に必要なスキルとツールを社員に提供する役割を担う。しかし、日々の業務のなかでハイブリッド勤務体制を機能させるには、全社に共有された実施計画のビジョンについて経営幹部が意識を統一し、率先垂範で進めていかなくてはならない」。
アシンクロナス・ワーキングでオープンな文化を醸成
今後は働く時間帯に制限を設けず、個々人の作業スケジュールに合わせてプロジェクトに参加するアシンクロナス・ワーキングが普及しそうだ。業務上のやり取りにはマイクロソフトのチームズ(Teams)、セールスフォース(Salesforce)、Googleのドキュメント(Docs)などのツールを使うが、成果を上げるにはコミュニケーション・チャネルの数を増やすのに熱心になりすぎないことが肝要だ。ヘダーマン氏は、チャネル数を7つ以下にとどめたほうがいいと助言しているが、これらのチャネルを通じて柔軟な働き方が可能になる。「リーダーは皆、アシンクロナス・ワーキングの導入を考える必要がある。まずは、事業の基礎となるプロセスをあつかう、総合チャネルをひとつ設定する。加えて、製品や人、チーム内のコミュニケーションについて語るチャネルも設定する」。
このような環境での仕事の進め方について、ヘダーマン氏はマイクロソフト社内の具体例をあげて説明している。製品発売に向けて準備する際、計画案をワード文書で作成し、製品チャネルに投稿する。主要なタスクの大半はチーム作業を必要とするため、参加して欲しいメンバーの情報を追加すると、文書へのインプットを促すアラートがメンバーに送信される。「多くのメンバーの貢献により、文書の内容が充実したものになっていく」とへダーマン氏。アラートを受け取るのが一部のメンバーのみの場合も、作業の進捗は同じチャネルに登録している者なら誰でも見ることができる。「この製品チャネルは、登録者数が20名ほど。オープンに語り合える文化を醸成する役割を果たしている。もはや、『知識は力なり』ではなく、『知識は共有と助け合い』だといっていい。さまざまな人々の視点が加われば、より豊かな知見を生み出せる」。
このハイブリッド労働環境においては、非同期型(アシンクロナス)業務と同期型(シンクロナス)業務を最適な配分にすることが成功の鍵となる。対面で行われる会議の重要性は今後も変わりはない。ただし、会議でのやりとりを録音し、あとで確認するという非同期型参加も増えていきそうだ。こうした働き方のバランスをどう取るかは、スタッフ個人の判断にゆだねられるだろう。
JESSICA DAVIES(翻訳:SI Japan、編集:村上莞)