1980年代に中国で制定された「一国二制度」のもと、香港をはじめとする中国の一部地域では本土とは異なる法制度を維持している。だが、香港では今年夏に同制度が脅かされて以来、大規模な抗議活動が続いている。香港と中国本土の双方を重要な市場と位置づける高級ファッションブランドにとって、これは気が気でない状況だ。
1980年代に中国で制定された「一国二制度」のもと、香港をはじめとする中国の一部地域では本土とは異なる法制度を維持している。だが、香港では今年夏に同制度が脅かされて以来、大規模な抗議活動が収まる気配を見せていない。
香港と中国本土の双方を重要な市場と位置づける高級ファッションブランドにとって、これは気が気でない状況だ。本記事では香港と高級ファッションブランドの現状と、香港の状況が高級品市場におよぼしうる影響について分析する。
香港で何が起きている?
簡単に言えば、4月に中国政府が香港から中国本土へ犯罪者の引き渡しを認める法律を導入し、これが論争の的となった。体制に反対する人間を投獄し、言論を封殺する手段になりうると危惧されたのだ。当初は引き渡しに関する法律のみが焦点となっていたが、抗議活動が3カ月以上におよぶとともに、香港議会における普通選挙権をはじめとする民主的な自治を求める声が高まっていった。
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中国政府はこうした要求を飲む姿勢をまったく見せておらず、抗議している市民と政府のあいだで緊張が高まっている。
それが高級ファッションとどう関係している?
短期的な観点では答えは明確だ。中国本土と香港は、いまの高級品市場において最重要市場となっている。過去10年間で中国のカスタマーによる高級ファッションの需要は飛躍的に高まった。中国の高級品市場は、2011年に150億ドル(当時のレートで約1.2兆円)、2016年は160億ドル(同約1.8兆円)規模だったが、過去2年間で240億ドル(約2.6兆円)にまで成長し、いまや世界最大の高級品市場となっている。急速に成長する中国は世界中の他地域と比べ物にならないほど、魅力的な市場だ。ほかの高級品の需要が大きい市場と比べてすら、はるかに魅力的なのだ。
「米国の高級品市場は依然として大きいが、欧州やアジア、とりわけ中国ほどの伸びを見せていない」と、小売ソフトウェア企業のエンビスタ(enVista)で小売マーケティング担当バイスプレジデントを務めるデイビッド・ナウマン氏は語る。同氏は、中国が世界の高級品需要の3分の1を占めていると指摘した。
去年、高級ブランドが中国市場をターゲットとするための戦略変更をとった例は枚挙にいとまがない。ソーシャルアプリのWeChat(微信)を通じて中国のカスタマーをターゲティングし、Tモール(天猫)やアリババ(阿里巴巴)といった中国の大手ECプラットフォームにオンラインのフラッグシップ店をオープンするといった取り組みが相次いだ。
とりわけ香港は高級ブランドにとって最重要な都市となっている。なにしろ香港における高級品の売上は世界全体の5%から10%を占めているのだ。バルマン(Balmain)やオメガ(Omega)、ロンジン(Longines)といったブランドを有するスウォッチグループ(Swatch Group)は、香港の売上が総売上の14%を占めると報じられている。
現時点でどのような影響がある?
世界の高級品産業において中国と香港は中心的な存在である以上、同市場にマイナスの要素があれば何らかの影響が生じるのは必然だ。ここ数カ月でいくつかの店舗が一時的に閉められるといったケースが起きている。同時期は香港におけるゴールデンウィークで、消費が大きく伸びるにも関わらずだ。プラダ(Prada)とロクシタン(L’Occitane)、ティファニー(Tiffany & Co.)は香港が困難な状況にあると言及しており、同地域の政情不安が販売不振につながっているとしている。
街中で衝突が繰り返されることにより多くの店が閉められ、香港の高級品小売市場はここ数カ月で大きな落ち込みをみせている。サウスチャイナ・モーニング・ポスト(South China Morning Post)の報道によれば、9月にプラダはラッセルストリートの店舗のリースを更新しないことを決定し、家主は入居者を求めて次のテナントの家賃を44%引き下げているという。
ティファニーのCEO、アレッサンドロ・ボリオーロ氏は9月に行われた第2四半期の業績発表のなかで「香港では10店舗を展開しており、売上も米国、日本、中国本土についで4番目に高い。いままでなかったような困難に直面している」と語っている。「当然ながら、当社は同地域の政情不安について迅速かつ平和的な解決を望んでいる。一方で現状が当社の事業に悪影響を及ぼしていることについても認識しなければならない」。
これまで西洋のブランドが中国のオーディエンスをターゲティングするにあたって、香港は入り口としての役割を果たしてきた。だが、抗議活動により香港で観光の落ち込みが見られるなか、高級品の小売における同地域の評判にも傷がついている。
LVMHは第3四半期も中国での売上を伸ばしているが、同社は「香港の困難な状況下にもかかわらず」と記述している。ほかの大手高級ブランドのリシュモン(Richemont)やケリング(Kering)の業績発表はまだ行われておらず、LVMHの好調が例外なのかは定かではない。
今後に与える影響は?
即座に表れる影響と、長期的に及ぼす影響が考えられる。短期の影響として、今後も店舗が営業できないことによる直接的な売上減となる可能性がある。先月ティファニーは世界の売り上げの5%を占める香港の店舗を6日間閉めなければならなかった。また世界の売り上げの8%を香港の10店舗であげているバーバリー(Burberry)について、アナリストらは商品が捌けないことにより今年最大で1億2600万ドル(約137億円)の損失が発生すると分析している。
さらに抗議による長期の影響も考慮する必要がある。中国政府は検閲の厳しさにおいてその悪名が知れ渡っているため、ブランドは今回の抗議活動について距離を置いている。ティファニーは片目を覆ったモデルのツイートを投稿したが、中国の一部消費者がこれを抗議活動の支援ととらえたことで撤回に追い込まれている。香港のデモ隊の女性が警察との衝突で眼を怪我したことになぞらえていると考えられたためだ。
中国系以外のブランドが、中国の消費者の怒りを買って苦境に立たされることは少なくない。ドルチェ&ガッバーナ(Dolce & Gabbana)やベルサーチ(Versace)、コーチ(Coach)はいずれも何らかの失態によってすぐに謝罪と火消しに追われた経験がある。香港の抗議活動はいまの中国でもっとも気をつけねばならない問題だ。ブランドは誤った言動や、そう捉えられかねない言動をしないよう極めて慎重になっている。
小売コンサルティング企業ルーズ・スレッド(Loose Threads)の創業者兼主席アナリストであるリッチー・シーゲル氏は、「ファッション業界にとって最大の懸念が、今回の緊張関係で板挟みになることだ。中国や香港への商品の流れが乱れることはもちろん、企業が賛同していないものに賛同していると捉えられるのは避けたいだろうし、そもそも賛同すること自体を避けたいのではないか」と指摘する。「いずれかの側が特定のブランドを着用したり、相手がブランドを着用しているのを見た場合などに、こういったリスクが生じる。ほかにも商品の国内外への流通に関する懸念もあるだろうが、やはり最大の懸念はブランドがどちらかの側に加担していると捉えられ、それが企業やトップの思想だと思われることだろう」。
DANNY PARISI(原文 / 訳:SI Japan)
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