全世界的なパンデミックが契機とはいえ、eスポーツ業界のプレイヤーたちは、ついに長年の悲願であった「メディア」への方向転換を開始した。これは、ようやく訪れた好機であり、事を運ぶ者たちのあいだには並々ならぬ切迫感がある。
eスポーツ企業の明日の姿は、今日のエンターテインメント企業に近いものとなるだろう。
全世界的なパンデミックが契機とはいえ、eスポーツ業界のプレイヤーたちは、ついに長年の悲願であった「メディア」への方向転換を開始した。これは、ようやく訪れた好機であり、事を運ぶ者たちのあいだには並々ならぬ切迫感がある。
2021年に入ってからの数週間だけを見ても、eスポーツチームと世界的なライフスタイルブランドとの提携があり、大手タレントエージェンシーと人気ゲーマーとの契約があり、さらに両者のあいだでは、NFLもかくやという大規模な商品化権のライセンス契約が結ばれた。これらの快挙はゲームが主流文化のなかにかつてないほど深く切り込んだ証左と言えよう。当然のことながら、どの企業も利益の分け前を狙っている。
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過熱する企業間の人材獲得競争
「結局のところ、プロのゲーマーやインフルエンサーの作り出すコンテンツが、Viceやバッスル(Bustle)のコンテンツ配信と大差ないという意味において、ゲームの競技団体はデジタルメディア企業によく似ている」。そう語るのは、eスポーツ団体であるアンドボックス(Andbox)の共同創設者で、CPOを務めるロヒット・グプタ氏だ。「eスポーツはコンテンツビジネスだ。顧客の獲得と維持に関する点で、我々がイノベーションの手本とするのは彼らのような企業だ」。
もちろん、eスポーツ団体にとってeスポーツという競技は重要だ。しかし、いまやそれはTwitchで活躍するインフルエンサー、YouTube広告、スポーツ専門チャンネルのESPNへの番組提供など、収益の多様化を軸としたより広範な事業計画の一部となりつつある。そうであれば、たとえばフェイズ・クラン(Faze Clan)のように、eスポーツ団体が独自のメディア事業部門を持ち、さらに強化しようとするのは道理だろう。
そうして人材獲得競争に拍車がかかる。優秀な人材は、コンテンツや配信と異なり、eスポーツチームが完全にコントロールできる要素だ。周知の通り、eスポーツビジネスはタレントありきのビジネスなのだ。にもかかわらず、彼らのビジネスモデルがその重要性を十分に反映してきたとはお世辞にも言えない。だがいま、時代は変わりつつある。
強豪チームのTSMで事業運営を担当するバイスプレジデントのウォルター・ワン氏によると、「コンテンツ関連の契約案件が増えている」という。「いまブランドが求めているのは、eスポーツのチームそのものというより、この分野に特化したコンテンツクリエイターやストリーマーなのだ」。
このような理由から、昨年、TSMはプロのチェスプレイヤーとしては初となる、ヒカル・ナカムラ氏と契約を交わした。同氏は米国選手権を5度にわたって制覇した、米国在住のグランドマスターだ。近年、ストリーミングの世界ではチェス人気が高騰しており、ナカムラ氏のTwitterをフォローするファンは27万4000人を超える。同氏はTwitchでもチャンネルを開設している。TSMの狙いは、人気のeスポーツタイトルであるリーグ・オブ・レジェンド(League of Legends)であれ、古典的なボードゲームのチェッカーであれ、あらゆるゲーム愛好家をフォロワーとして獲得することだ。
いかに収益化を実現するか
マーケティングエージェンシーのストライブスポンサーシップ(Strive Sponsorship)を率いるマネジングディレクターのマルフ・ミンズ氏は、「eスポーツチームが抱える最大にして喫緊の課題は、『いかにして大きな収入を稼ぎ出すか』ということだ」と語る。同氏によると、特定の大会やリーグに長期間参加する権利を持つフランチャイズチームなら、大会賞金のほかにわずかながらリーグ収入の一部を獲得できるが、非フランチャイズチームに入るのは大会賞金のみだという。「現在、スポンサー契約はチームの収入の大部分を占めているが、それにしても、事業の持続可能性を担保できるレベルではない。どのチームも、収入源の多様化を図る必要に迫られている」。
フェイズ・クランは先ごろ、オリジナルコンテンツの制作を含め、コンテンツ関連の事業を統括するバイスプレジデントとしてNFL幹部のビル・マカラー氏を迎えた。入念に設計されたコンテンツを安定的に供給できれば、大型のヒット作品を出せる確率もそれだけ高くなる。結果的に、フェイズ・クランのチャンネルを継続的に視聴する固定的なファンも増えるだろう。そうしてエンゲージメントが伸びれば、eスポーツ団体側の価格決定力は強くなる。顧客獲得コストの抑制や、顧客単位の平均収入増などにも良い影響が期待できるだろう。つまり、価値があるのはブランド力だけではない。それはコンテンツの配信頻度や品質にも認められるものなのだ。
「オーディエンスの心をつかみ取るのに何が必要なのか、いまも模索を続けている。我々の目標は、独自のチャネルで独自のコンテンツを配信し、知的財産(IP)を創造することだ」と、フェイズクランのリー・トリンクCEOは述べている。「世界中で通用し、何度も繰り返し販売できるIPフォーマットのライブラリを構築したい」。
理論上は完璧に理に適っている。ゲーム人気の高まりを背景に、多くのeスポーツ団体がこぞってユーザーの注目を収益化しようと模索している。しかし現実はそれほど単純な話ではない。eスポーツに価値があるのは明らかだが、巷で言われるほどの価値なのかと言えば、決してそうではない。
模索が続く成長のモデル
それどころか、どのeスポーツ団体も知らぬ間にある悪循環に陥る危険をはらんでいる。それは、時価総額が高騰する一方、収益が伸び悩んで損失を出し、成長のための資金調達が困難になるという悪循環だ。この縛りから抜け出すのは容易ではない。というのも、ゲームの開発会社が開発実績という名の権利を盾に事実上リーグを支配しており、成長への道がことごとく塞がれてしまうのだ。確かに、eスポーツチームはゲームの知名度アップには貢献するが、ゲームパブリッシャーの収益に好ましい影響を与えるわけではない。彼らの側に現状を変えるべきインセンティブはまったくないのだ。
「この領域でおこなわれている投資は過剰だ。唯一本物と言える機会は、賞金収入のほかに、コミュニティの収益化を実現する統合モデルだろう」。ゲーミングエンターテインメント持株会社のサブネイション(Subnation)で、チーフマネジングディレクターを務めるダグ・スコット氏はそう語る。
そして、その実現は安上がりには済まない。コンテンツを構成する要因は単一ではなく、IPからエクスペリエンスに至るまで、すべて相互に関連しているうえに不確定でもある。さらに、ひとくちにeスポーツ団体と言っても、その有りようは千差万別だ。たとえば、フェイズクランは自分たちのeスポーツチームをゲーマー向けライフスタイルブランドの一部と位置づけている。一方、ファナティック(Fnatic)では、ゲームのパフォーマンスを基軸としたメディア事業の構築をめざしており、チームこそがその要と考えている。このような微妙な違いをすべて理解するのは容易でない。エキサイティングでダイナミックなゲーム同様、「レベル上げ」の方法も多様なのだ。
フェイズクランでは、エンターテインメント企業への転換を加速させるために、年内に組織改編を断行するという。一方、ファナティックは精力的に採用活動を展開している。同社が募集している33の求人案件のうち、半分以上(18件)がエンターテインメント企業としての成長に必要な幹部クラスの人材で、社内スタジオでの制作業務を統括する人材や、アパレル製品の制作や販売を担当する管理職者などを含む。
優れたビジネスモデルの構築
成功の秘訣はバランスだ。まず、eスポーツ団体は強権的に物事を進めるわけにはいかない。高慢な態度は、チームを育ててくれたファンを遠ざけてしまう。他方、eスポーツチームは自分たちでコントロールできる収入源を見いだし、自分たちの支配の及ばない放映権やブランドパートナーシップなどへの依存度を下げる必要がある。
たとえば、ファナティックの場合、スポーツ科学の専門家を集めてハイパフォーマンスユニットを創設し、競技能力の向上を科学的な観点から支援している。同時に、商業的な契約案件の仲介にも力を入れる。ゲーミングハードウェアやeスポーツ用品などの製品販売を通じて、広範なオーディエンスにコンテンツを届けることが目的だ。このビジネスモデルは、コンテンツの販売で稼ごうというものではない。むしろ、コンテンツとオーディエンスを拡張することにより、製品販売やパートナーシップ契約による収益化を成功させることが狙いという。
ファナティックの広報担当者の言葉を借りるなら、彼らのeスポーツに対するアプローチは、「ViceとMTVの邂逅というより、ナイキ(Nike)がエアロバイクブランドのペロトン(Peloton)を通じてフィットネスアパレルブランドのジムシャーク(GymShark)と手を結ぶようなアプローチ」だという。「競争が激化すると、薄利化を招き、誰もがエンターテインメントに走る。だがそこには、エンターテインメント企業には流行り廃りがつきものという危険がある」。
eスポーツチームが軒並みディズニー化しているというわけではない。問題はそこではない。むしろ、彼らはよりバランスの取れたビジネスモデルを構築しようと試みているのだ。
G2 Esportsのカルロス・ロドリゲスCEOは、先月の記者会見でこう述べている。「長期的には、G2ブランドは、もっとエンターテインメント寄りのオファーを受けるようになるだろう。我々が契約するプロプレイヤーたちも、ゲームの競技面から遠ざかり、ポッドキャストなどコンテンツ関係の仕事に関心を向けるのではないか。結局のところ、我々のビジネスで重要なのは、人々の注目なのだから」。
SEB JOSEPH(翻訳:英じゅんこ、編集:分島 翔平)