一部のD2C新興企業は、数年前と比べて、早期に戦略的買収企業に自社を売り渡している。
設立から5年のD2Cランジェリー新興企業であるカップ(Cuup)は7月、自社をフルビューティーブランズ(Full Beauty Brands)に非公開の金額で売却したことを公表した。フルビューティーブランズは、インティメイト(肌着)分野でほかに10ブランドを保有する持ち株会社で、最近ではエロクイ(Eloquii)をウォルマート(Walmart)から買い取った。
カップのニュースについてもっとも興味深いのは、D2C分野でほかにも同様の買収があったということだ。調理器具ブランドのグレートジョーンズ(Great Jones)は6月、キッチン用品分野の製造・配送業者であるマイヤー(Meyer)に非公開の金額で買収された。同月にはキャンドルの新興企業のアザーランド(Otherland)が、タイムズ(Thymes)やカプリブルー(Capri Blue)といったキャンドルやフレグランスのブランドを数ブランド保有しているキュリオブランズ(Curio Brands)に買収された。
この記事は、小売業界の最前線を伝えるメディア「モダンリテール[日本版]」の記事です。
一部のD2C新興企業は、数年前と比べて、早期に戦略的買収企業に自社を売り渡している。
設立から5年のD2Cランジェリー新興企業であるカップ(Cuup)は7月、自社をフルビューティーブランズ(Full Beauty Brands)に非公開の金額で売却したことを公表した。フルビューティーブランズは、インティメイト(肌着)分野でほかに10ブランドを保有する持ち株会社で、最近ではエロクイ(Eloquii)をウォルマート(Walmart)から買い取った。
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カップのニュースについてもっとも興味深いのは、D2C分野でほかにも同様の買収があったということだ。調理器具ブランドのグレートジョーンズ(Great Jones)は6月、キッチン用品分野の製造・配送業者であるマイヤー(Meyer)に非公開の金額で買収された。同月にはキャンドルの新興企業のアザーランド(Otherland)が、タイムズ(Thymes)やカプリブルー(Capri Blue)といったキャンドルやフレグランスのブランドを数ブランド保有しているキュリオブランズ(Curio Brands)に買収された。
大手コングロマリット企業への早期売却が増加
これらの発表にはいくつかの類似点がある。これらの新興企業はすべて創業から約5〜6年で、調達した資金は最大でもシリーズAまでで、数年間は大きな資金調達を発表していない。また、数社の卸売パートナーシップを除けば、売上のほとんどはD2Cウェブサイトによるものだ。これらのD2C新興企業はいずれも、その分野におけるブランドを運営した経験がある大手コングロマリット企業に自社を売却している。
各分野の創業者や投資家に、何がこのような買収を後押ししているのか質問したところ、ベンチャーキャピタル資金の枯渇、与信へのアクセスが困難になってきたこと、消費者ブランドを運営することがますます困難になっていることなど、よくある要因だった。多くの創業者は、今年もビジネスを売却することを回避しようとしているが、これらの買収は、初期段階から中期段階のD2Cブランドを待ち受けるであろう新しい現実を示唆している。すなわち、さらに多くのベンチャーキャピタル資金を調達して、売上をたとえば5000万ドル(約71億5000万円)や1億ドル(約143億円)に伸ばすより、自社の規模を拡大するために実績のある持株会社を利用しようとする創業者も存在するということだ。
「最大規模の戦略的買収企業なら、ブランドに1000万ドル(約14億3000万円)の予算を毎年投入するのはそれほど大変なことではないだろう」と、ザ・ヘッジホッグ・カンパニー(The Hedgehog Company)のCEOを務めるファン・ビー氏は語る。「しかし最近は、消費者ブランドにとって毎年1000万ドルを調達するのは非常に困難なことなのだ」。
ベンチャーキャピタル市場の混乱
グレートジョーンズの創業者でCEOを務めるシエラ・ティッシュガート氏は、2カ月前に自社の買収を発表して以来、多くの創業者、特に女性創業者から、売却を決意した理由や経緯について聞かれたと筆者に語った。同氏は、これらの会話において「これらの創業者やリーダーは自分の会社を心から大切に思い、長年にわたってあらゆる犠牲を払ってきており、手を挙げて助けを求めている」といった印象を強く受けたという。
ティッシュガート氏は、この時期にビジネスを売却することを決定したのは、ベンチャーキャピタル市場が厳しい状況にあり、今年は資金調達全体が減少していることが「大きな要因だった」ことを認めた。グレートジョーンズは過去5年間に約800万ドル(約11億4000万円)を調達し、最後のラウンドはSAFE(Simple Agreement for Future Equity、将来株式取得略式契約)として行われた。同氏はグレートジョーンズのCEOに留まり、マイヤーのエグゼクティブクリエイティブディレクターにも就任する。
実のところ、マイヤーがグレートジョーンズの少数投資家になったのは2020年のことだ。ティッシュガート氏は、ビジネスを収益化し続ける方法をめぐり、この数年間「さまざまな対話」を行ったと語っている。ビジネスを売却する決定打となったのは、マイヤーのような実績のある企業に買い取られることで、「安定性が得られるとともに、商品ロードマップを実現するのに必要なリソースが使えるようになる」のがわかったからだと述べた。
ベンチャーキャピタルが消費者向け新興企業を支援することにあまり興味を示さなくなったこと、パンデミックに起因するサプライチェーンの中断、原材料のコスト高騰など、さまざまな理由から、雇用や新商品開発に投資することが難しくなったとティッシュガート氏は語る。「無駄を極限まで減らした経営をしており、いつもリソースがどうなるのかわからないという曖昧な状態が多かった」という。
「誇りに思っているのは、バイラル化したフライパンパン以外にも素晴らしい商品があるということだ」とティッシュガート氏は語る。同氏は、グレートジョーンズが将来的に、電気製品などキッチン以外の分野にも進出したいと考えており、「マイヤーがいればこの目標を達成できるだろう」という。マイヤーは現在、16ブランドを傘下に抱えており、125以上の商品コレクションを、30カ国以上で販売している。
買収の条件は厳しく
ザ・ヘッジホッグ・カンパニーのビー氏は、D2CブランドのM&A市場には現在、いくつかの異なる力学が働いているという。同氏の企業が買収するのは、VC(ベンチャーキャピタル)の支援を受けており、ブランド資産の初期兆候が見られるものの、事業転換が必要な消費者ブランドだ。このようなブランドは通常、収益が1000万ドル(約14億3000万円)から2500万ドル(約35億8000万円)程度だ。
大手のコングロマリット企業は、実際に市場の格上げを志向しつつあり、過去に買収した消費者新興企業についても、その条件が厳しくなってきていると同氏は述べた。
同氏は、プロクター&ギャンブル(P&G)がデオドラントブランドのネイティブ(Native)を買収したことをひとつの例として挙げた。プロクター&ギャンブルは2017年、ネイティブが2500万ドル(約35億8000万円)から3000万ドル(約42億9000万円)の売上を出していたと報じられていた当時、ネイティブを1億ドル(約143億円)で買収した。「おそらくプロクター&ギャンブルは、自社がコングロマリットであり、その流通網によって、ネイティブの成長を助けられると説得したのだろう。これは強気市場の動きとして非常にわかりやすい事例だと思う」と同氏は述べた。
現在、この規模のコングロマリット企業が、売上高1億ドル(約143億円)以下のD2Cブランドの買収を検討するのは、稀なことだと同氏は述べた。
出口戦略を狙うも、売却には慎重な姿勢
一方、現在ではほかのタイプの買収として「ブランドが戦略的買収企業に接触し、『当社は価格の影響を受けにくい。しかし、現代のオーディエンスとデジタルな観点を御社にもたらすことができる』と売り込む」ケースが見られると、ビー氏は述べている。
ビー氏は、今年に入ってヘッジホッグ・カンパニーに売却を持ちかけるブランドの数は、「ごくわずかに増加しただけ」と述べているが、今年後半には、この流れが加速することを期待している。「このような変化には時間がかかるものだ。創業者には回復力があり、通常は6カ月、12カ月、18カ月引き延ばした期間は持ちこたえることができる」と、同氏は述べている。
これは筆者が、Shopify(ショッピファイ)の持ち株会社であるオープンストア(OpenStore)の消費者成長責任者を務めるアンドルー・シラード氏との会話でも聞かれた見解だ。シラード氏は、オープンストアが調査した起業家のうち、74%が出口戦略を検討しているものの、近いうちに売却を考えているのは7%にすぎなかったと述べている。
「実際問題として、自分の血と汗と涙を注ぎ込んだ何かを売却するというのは、非常に多くの感情を伴う決断だ」と、シラード氏は述べている。
そのため、こうした通常より早いエグジットは増加すると思われるものの、創業者は本当に今売却していいのかどうかを十分に検討するため、増加には時間を要するだろう。しかし、消費者向け新興企業の資金調達環境がこのまま厳しい状況で続いていくなら、資金調達に苦労し続ける環境から抜け出すことを望む創業者が増えていくことは想像に難くない。または、さらに状況が厳しくなれば、そのような選択を余儀なくされる可能性もある。
「リーダーとして、自分の会社を次の資金調達ラウンドまで存続させることばかり重視するのではなく、自分たちが作り上げて信じているものを存続させるためにはどうすればいいかということを考えはじめた」とティッシュガート氏は語った。
[原文:DTC Briefing: What’s driving the recent sales of young startups to strategic acquirers]
Anna Hensel(翻訳:ジェスコーポレーション、編集:戸田美子)
Image via Great Jones