デジタルマーケティングにおけるプライバシーの懸念を受けて行われたiOS14のアップデートだが、D2Cブランドにとっては厳しい結果となっている。しかし、マーケターがこのアップデートへの対応に追われるなか、Appleはブランドの頭を悩ませかねない、さらなるアップデートを行おうとしている。
iOS14のアップデートでATT(App Tracking Transparency)が実装されて約2カ月。消費者向けD2Cスタートアップはその詳細な影響の把握に苦心している。
これについて、メディアマーケターやバイヤー4名に話を伺ったところ、状況は企業ごとに大きく異なるようだ。iOS14のアップデート以降、FacebookにおけるCPM(インプレッション単価)が上昇しているところもあるが、それがiOS14のアップデートのみに起因するものかどうかは不明だ。Snapchatで広告を展開している企業のなかにも、CPMの上昇を報告しているところがある。一方で、Facebookにおけるコンバージョンおよび購入関連データの正確性は低下している。これを受けて大半の企業は、Facebookの広告効果を判断するための補助的なデータを使うようになっているが、いまだ最適な組み合わせを導き出せていない。
デジタルマーケティングにおけるプライバシーの懸念を受けて行われたiOS14のアップデートだが、D2Cブランドにとっては厳しい結果となっている。これまで試行錯誤の果てにブランドが導き出してきた「Facebook広告購入の最適解」が通用しなくなっているのは明らかだ。マーケターがこのアップデートへの対応に追われるなか、Appleはブランドの頭を悩ませかねない、さらなるアップデートを行おうとしている。
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「AppleによるiOSのアップデートや、Facebookによるアルゴリズムの変更など、急激な変化が続き過ぎている。まるでいたちごっこだ」と述べるのが、調理器具ブランドのキャラウェイ(Caraway)で成長戦略責任者を務めるジョッシュ・ノップマン氏だ。「先週までできたことが、今週はできなくなっている」。
多くのD2Cスタートアップにとって、Facebook広告は生命線だ。彼らはFacebookに多くの広告費を投下している。だがiOS14のアップデートにより、iPhoneユーザーは異なるWebサイト間におけるユーザーの行動について、アプリによる追跡を防げるようになった。当然、Facebookを中心としたSNSアプリの広告への影響も大きい。ここからは、iOS14のアップデートに伴いD2Cブランドが直面している課題について、その概要を解説しよう。
CPMの増加
ノップマン氏によると、キャラウェイでは4月のiOS14のアップデート以降、「CPMのコストが50%ほど増加した」という。ブランドインキュベーターのウォンハウス・ベンチャーズ(Wonghaus Ventures)のマネージングパートナー、ジェイソン・ウォン氏は「なかには、FacebookのCPMが倍増したブランドすらある」と語っている。
アップデートが発表されて以来、ブランドが危惧していた事態が実際に起こっている。デジタル広告プラットフォームは、ユーザーがほかのWebサイトで閲覧した商品に基づいた広告を配信できなくなった。これまでブラウザのユーザー履歴を活用してきたFacebookなどのプラットフォームへの影響は、特に大きい。
また、CPMが上昇したのはFacebookだけではない。寝具のオンライン販売を行うブルックリネン(Brooklinen)で成長マーケティング担当シニアマネージャーを務めるジャスミン・レヨニア氏は、「SnapchatのCPMが、5月から6月にかけて43%増加した」と述べている。「今後はFacebook依存からの脱却を目指すブランドが増え、この数字はさらに増えるのではないか」と同氏は予測する。
ただし、CPM上昇の要因は単にiOSのアップデートに限らない。「iOS14の発表は、多くの地域で新型コロナウイルスに伴う規制が解除された時期と一致している。つまり、消費者支出に関するマクロ環境の変化も要因のひとつに数えることができるだろう」とレヨニア氏。「このふたつの大きな変化が、それぞれFacebookにおけるパフォーマンス低下にどのように影響しているのか? いま、優先して解明すべき課題だろう」。
異なるデータ収集方法の把握
独立系メディアバイヤーのデイビッド・ヘルマン氏は「クライアントにとって最大の問題となっているのが、広告キャンペーンについてFacebookから受け取るパフォーマンスデータの信頼性が低下していることだ」と指摘する。「データが手に入りにくくなるのは仕方がないが、正直、想像以上にひどい。Facebookがブランドに提出するピクセル関連データ(広告を見たオーディエンスによるカートへの商品追加や購入といった行動データ)が半減していると思われるケースすらある」。この件について、Facebookの広報担当に尋ねたところ、「iOS14のアップデート前からヘルプセンターで警告している。iOS14により追跡をオプトアウトするユーザーが増えると予想されるため、広告のパーソナライズとパフォーマンスレポートは、アプリおよびWebにおけるコンバージョンのみを対象にする旨を事前に通知している」としている。
つまり、広告のパフォーマンスを把握するため、ブランドはほかのデータソースを組み合わせる必要があるということだ。実際、Googleアナリティクスを利用する企業が増えている。ノップマン氏の場合は、複数の指標を組み合わせてメトリクスを作り、顧客獲得コストについて、各マーケティングチャネルからではなく、全体から把握しようと務めているという。これにより、指標全体の数値が上がった際、Facebook以外の顧客獲得コストが増加していなければ、それは「Facebookのコストが上昇している」と判断できるというわけだ。
業界ではもうひとつ、大きな戦略転換が進んでいる。独自に顧客データを収集しようと動くブランドが増えていることだ。自社で収集したデータをもとに、Facebookでリターゲティングを行おうとする企業が登場している。ウォン氏も、SMSやメールによるマーケティングや、見込み客を狙ったショッパブルなクイズを作るなどしてデータ収集に努めているという。
迫り来るiOS15
ブランドがいまだにiOS14への対応に追われているなか、さらなる問題が登場する可能性がある。7月に入ってベータ版が発表されたiOS15だ。正式版のリリースは数カ月後になるだろうが、このアップデートで盛り込まれるとされているのが「メールプライバシー保護」機能だ。この機能はオプトイン方式だが、ユーザーはメールを開く際に自分のIPアドレスを隠すことができる。当然ながら、ブランドはユーザーの所在地を把握しにくくなる。ノップマン氏は、iOS15へのアップデートによる障害のひとつとして、たとえばニュースレターが目的通りに送信されない可能性を挙げる。カリフォルニア州在住の顧客向けにメールを送りたくても、アップデートが行われればそれも難しくなる。
「iOS14以降、どうすればビジネスを成長させることができるかは、各社にとって大きな課題だ」とヘルマン氏は話す。「解決策があると確信しているが、多くの企業にとって難しい状況が続くなか、さらなる痛手になるのは間違いない」。
セレブとのコラボに期待するブランドも
アンディー(Andie)は、ローンチから4年の水着ブランドで、現在、同社で初となるセレブとのコラボレーションキャンペーンを展開している。アンディーはまず、6月にオーストラリア系アメリカ人女優のクレア・ホルトと共同で限定版コレクションを発表。さらに7月に入ってからは、デミ・ムーア(同氏はアンディーへの投資も行っている)の娘たちと提携して、人気商品の新しい広告キャンペーンを展開している。
CEOのメラニー・トラビス氏は「成長していくなかで、ブランドの知名度向上の手法を多様化させていくことが重要だ」と述べている。
クレア・ホルト、デミ・ムーアとコラボレーションを立て続けに行った理由は、「2種類のオーディエンス層をターゲットにしたキャンペーンを実施し、結果を比較したいため」だとトラビス氏は話す。ドラマシリーズ、『ヴァンパイア・ダイアリーズ(The Vampire Diaries)』に出演し、68万人のインスタグラムフォロワーを抱えるクレア・ホルトには、若いファンが多い。そのため、アンディーは彼女とのコラボレーションを展開した際はペイドメディアを使わず、オーガニックなソーシャルメディアの投稿やプレスを活用した。一方、トップクラスのセレブであるデミ・ムーアに関しては、ペイドメディアの比率を高くしたという。
「結果が非常に楽しみだ。秋には、両方のキャンペーンについて十分なデータが得られるだろう。何がうまくいくのか、何がうまくいかないのかを確認できる。今後もセレブと提携していくなかで、ここで得られたデータを活用していく予定だ」。
[原文:DTC Briefing: Startups contend with ‘whack-a-mole’ iOS14 fallout]
ANNA HENSEL(翻訳:SI Japan、編集:村上莞)
Illustration by IVY LIU