コロナ禍がもたらした空前のECブームの背後で、D2Cブランドをターゲットにソフトウェアを販売するスタートアップが急増している。数年前であれば、D2Cを対象としたECプラットフォームといえばShopify、マジェント、ビッグコマースくらいだったが、今や多数のプラットフォームが雨後の筍のように登場している。
コロナ禍がもたらした空前のECブーム。その背後で、D2Cブランドをターゲットにソフトウェアを販売するスタートアップが急増している。このトレンドは、いまだ収まる気配を見せない。
たとえば美容ブランドのインキュベータ、アルファ(Arfa)もそのひとつだ。アルファの創業者であり、かつてグロッシアー(Glossier)の幹部も勤めていたライアン・マホニー氏およびヘンリー・デイビス氏は3月第4週に、同社をヘッドレスコマースプラットフォームのベンダー、コード(Chord)へとリブランディングすることを発表した。すでにデータ収集分析プラットフォームのヤグアラ(Yaguara)を買収し、ソフトウェア開発力を高めている。アルファが展開してきた美容ブランド、ハイキ(Hiki)とステイトオブ(State Of)のウェブサイトにも、自社開発のシステムが組み込まれている。「新ブランドの立ち上げよりも、ECスタートアップを対象にしたソフトウェア販売のほうが収益を上げやすい」というのがデイビス氏の考えだ。
数年前であれば、D2Cを対象としたECプラットフォームといえばShopify(ショッピファイ)、マジェント(Magento)、ビッグコマース(BigCommerce)くらいだった。しかし今や、ヘッドレスコマースプラットフォームが雨後の筍のように登場している。また、ShopifyでECサイトを構築したD2Cブランドにとって、レビュー関連のプラグインといえば数年前まではヨッポ(Yotpo)だったが、現在スタンプド・ドット・アイ・オー(Stamped.io)やジュニップ(Junip)といった競合サービスが次々にローンチされている。
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先鞭をつけたShopifyの成功
EC開発デザイン企業のネタリコ(Netalico)の創業者兼CTO、マーク・ウィリアム・ルイス氏は次のように語る。「3~4年前と比べて、ECプラットフォームの数は10倍くらいになった。ECエコシステム自体が非常に注目を集める今、さまざまなサービスを活用したいと考えるD2Cスタートアップが増えている」。
つまるところ、D2C業界の競争激化に目をつけたソフトウェアのスタートアップが次々に参入しているということだ。ECプラットフォームやメールサービスが増えるのは悪いことではない。だが、あまりにも急激に増え続けるSaaSスタートアップについて、それぞれの違いを把握するのは容易ではない。
ルイス氏は「ECスタートアップを対象にしたソフトウェア企業が増え続ける背景にはShopifyの成功がある」と話す。今やShopifyの時価総額は1287億ドル(14兆3000億円)で、キャスパー(Casper)やヒムズ(Hims)、パープル(Purple)といったD2Cを代表する上場企業ですら比べ物にならない大企業へと成長した。また、ソフトウェア販売の利益率はECをはるかに上回る。だからこそ、空前のD2Cブームを前に、商品を売るのではなく、D2Cスタートアップにソフトウェアを売ろうと考える企業が増えるのもうなずける。
とはいえ、言ってみれば「安牌」であるShopifyが存在する以上、新規参入した企業は「Shopifyではダメな理由」を持っていなければ勝負にならない。子供向けの家具を販売しているラロ(Lalo)の共同創業者、マイケル・ウィーダー氏も、「アドバイザ、デザイナー、エンジニア、投資家、創業者……誰もがShopifyこそが最適なソリューションだと考えている」と話す。「SMSキャンペーンの自動化プラットフォームといったサービスを検討するにあたって、まずShopifyに対応しているかを見る。サービスの導入後に実際に売上が伸びそうかを考えるのは、その次だ」。
ヘッドレスコマースの価値を見極める
ルイス氏は、導入や移行にあたって、ほかのCEOやエージェンシーに意見を求めることを勧めている。 「フロントエンドはよさそうでも、設定するのにやたらと時間がかかるケースも珍しくない」。
ウィーダー氏にとってShopifyの最大の魅力は、「導入コストがかからず、フルタイムのソフトウェアエンジニアによるメンテナンスも不要」という点にある。ルイス氏も「特にShopifyのようなプラットフォームを利用していれば、5000万ドル(約55億円)規模までは開発者を雇用しなくてもやっていける」と話す。
一方、コードといった新規参入サービスは、「毎日のように競合企業が誕生しているD2C業界で差別化を図るには、新しいECプロバイダーを使うべきだ」というアピールを続けている。 「いまやD2Cスタートアップは星の数ほど存在する。すでに存在する技術や仕様、アプリのコンテンツでは、埋もれてしまうだろう」とマホニー氏は語る。 コードの場合、ヘッドレス化によりフロントエンドとバックエンドの切り離しが可能だ。これにより、訪問者の国ごとにウェブサイトの表示を切り替えるといった工夫が容易になっている。
ヘッドレスコマースについては、「社内に十分な専門知識を持つ人材を確保しなければ、適切な維持は難しい。年間収益が1000万ドルから2000万ドル(約10億円から20億円)以上の規模でなければ、旨味は少ない」という指摘がある(本稿記者は以前、ヘッドレスコマースについて詳述したことがある)。
コードの場合、ターゲットとなるのは年間収益が2500万ドル(約27億円)以上のブランドだ。さらに「フルタイムでもフリーランスでも、エージェンシーからの配属でも良いが、専属の開発者が1人以上いること」を条件に挙げている。
今後求められる複雑な判断
実際、ソフトウェアスタートアップが急増したところで、ECブランド創業者たちのやることが大きく変わるわけではない。だが、B2Bの営業を受けることは確実に増えている。「インフルエンサー管理を行うソフトウェアスタートアップが毎日のように営業してくる」とウィーダー氏。
こうしたソフトウェアスタートアップ、とりわけヘッドレスコマースのプラットフォームが成功するかは、「立ち上げ当初から技術を使いたいとEC企業に思わせられるか」にかかっている。
いずれにせよ、初期のD2Cスタートアップでは「Shopifyの機能が必要か」というシンプルな問いかけだけで済んでいた。それゆえ今は、より複雑な判断が求められている。そのことに疑いの余地はない。
[原文:DTC Briefing: Software startups are glomming onto the DTC boom]
Anna Hensel(翻訳:SI Japan、編集:分島 翔平)