2019年まで、一部の起業家や投資家は業界に対し、消費者向けスタートアップは、ベンチャーキャピタルから資金を調達したところで期待通りのイグジットができない可能性の方が高い、と見ていた。しかしコロナ禍により、消費の場が店舗からオンラインへと移ると、そうした見方は大きく覆った。
2019年まで、一部の起業家や投資家は業界に対して、D2Cスタートアップはベンチャーキャピタルから資金を調達したところで期待通りのイグジットができない可能性の方が高い、と警鐘を鳴らしていた。しかし2020年にコロナ禍が到来し、消費の場は驚くべき速度で店舗からオンラインへと移った。それまで大半の小売業界のアナリストは、こうした移行が本格化するまであと数年はかかると見ていたが、予測は大きく覆った。
その結果として、まったく異なるふたつの潮流が生じている。ひとつは、D2Cスタートアップがベンチャーキャピタルからの資金調達を必要としなくなっている点。もうひとつは、一方でいまほどD2Cスタートアップにとって、ベンチャーキャピタルからの資金調達を行うのに絶好のタイミングはないということ。オンライン消費が増えたことで、投資家たちは、D2Cスタートアップの前に、再び大きなチャンスが開けていると考えるようになったのだ。
スタートアップたちが、ベンチャーキャピタルからの資金調達を控える背景には、「スタートアップははやい段階で、ベンチャーキャピタルから資金調達を受けるべきではない」という風潮が強まっていることも挙げられるだろう。米DIGIDAYの姉妹サイトのモダンリテール(Modern Reatil)が最近取り上げたように、創業から1〜2年のスタートアップのあいだでは、「黒字化と、健全なユニットエコノミクスの確立を目指す」という考えがより強まっている。後期ステージに入ったスタートアップにとって、コロナ禍で業界が急速に成長を遂げた2020年は、資金調達を行う絶好の機会だった。しかし、あまりに高い評価を受けすぎると、後々それに見合う結果を出すのが難しいというリスクを負うことにもなる。
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そのためスタートアップ創業者たちのあいだでは、ベンチャーキャピタルを簡単に確保できる資金源と見なして飛びつくのではなく、より慎重に選択を行う傾向が強まっている。
変化する資金調達の常識
小売企業向けのオンラインマーケットプレイスを提供するスタートアップ、ブレティン(Bulletin)の共同創業者、アリ・クリーグマン氏は、2021年1月第2週のテッククランチ(TechCrunch)の記事で、「2020年はオンライン販売が過去にないほど好調だった一方、初期段階のD2Cスタートアップのあいだで、ベンチャーキャピタルから資金調達を行おうとするところが減った」と指摘している。
同氏は、モダンリテールの電話インタビューに対し、「何人かの創業者と話をしたが、たとえば健康や美容業界では、この数年間ベンチャーキャピタルから資金をまったく受けることなく大きな成功を収め、爆発的に成長した企業がある」と述べている。「こうした企業は初期段階から黒字化を実現できていたが、同時に収益性を高める努力も怠らなかった。ベンチャーキャピタルからの資金調達が成長を後押しするという、ある種常識のような感覚は、必ずしも真実ではないのだ」。
調査企業のeマーケター(eMarketer)によれば、2020年、米国におけるオンライン売上額は前年比で34.2%増加。2019年の14.6%と比べて大きな成長を達成している。また、D2Cスタートアップのなかには、前年比で収益が2倍、3倍となるところもあると見られている。実は2020年を迎えるまで、D2Cスタートアップはまもなく行き詰まるだろうという声が強まっていた。とりわけ、マットレスを販売するD2Cスタートアップのキャスパー(Casper)が2020年はじめに行ったIPOが、期待外れな結果に終わっていることも、こうした懸念を強める形となっていたのだ。同社は非上場の時点で11億ドル(約1140億円)と評価されていたものの、上場の結果、その額は3億3779万ドル(約350億円)にまで低下した。
しかし、コロナ禍によるオンライン販売のブームを迎え、業界に広がるそうした懸念は瞬く間に吹き飛んだ。
破壊的イノベーターであれば別
では、ブレティンの場合はどうか。当初は、小売企業向けにレンタル店舗スペース事業を展開していた同社だが、2019年にはブランドと小売企業の卸売注文を仲介する、オンラインマーケットプレイスに事業を一本化するため、実店舗スペースを閉鎖している。同社はベンチャーキャピタルから資金調達を受けているが、これは「ソフトウェアをはじめテクノロジー企業の方が、コストがかからずスケーラブルな活動ができるのが明らかなため」だという。
さらに同氏は、次のように付け加える。「私がこれまで見聞きしたところでは、たとえばオーツミルクを提供するオートリ―(Oatly)のように、業界で覇権を確立するような真の破壊的イノベーターであれば、ベンチャーキャピタルからの資金調達はメリットがある」。
資金調達は「パートナーを得る」こと
ただ、ベンチャーキャピタルからの資金調達を検討しているD2Cスタートアップが、まったくいないというわけではない。フレグランスとキャンドルを販売するスタートアップ、アイル・ドゥ・ネイチャー(Isle de Nature)の創業者、ベロニカ・アームストロング氏は、今年もシードラウンドでの資金調達を検討している。
同社は2018年に創業し、同年9月から製品販売を開始した。アームストロング氏は、以前グリーティングカードを制作販売するラブポップ(Lovepop)など、ベンチャーキャピタルから資金調達を受けたeコマース企業2社に勤めた経歴を持つ。同氏は、ベンチャーキャピタルを活用することで、創業者の存在が希薄化するという点については認識している。それでも、同氏がこの資金調達に関心を持っているのは、「業界を理解しており、我々の長期的なビジョンを分かってくれるパートナー」を必要としているためだという。
「オルタナティブな形での資金調達も良いが、それでは流通に関する専門知識や常識を教えてもらえるなどの、プラスアルファな側面は期待できない」とアームストロング氏は語る。ただ、アイル・ドゥ・ネイチャーは、立ち上げ時点から収益化できるビジネスモデルを構築できているため、事業の拡大にベンチャーキャピタルの資金は必須ではないという。「いま、eコマース業界は爆発的に成長しており、私もキャリアでもっとも楽しみな時間を過ごしている」。
教訓から学んだ創業者たち
また、ハイブリッドエージェンシーであり投資企業のブリッシュ(Bullish)で、経営パートナーを務めるマイク・ドゥーダ氏は最近、パンデミック以前からD2Cスタートアップに注目してきた投資家の一部が方針を転換していると語る。こうした投資家たちは、たとえばチャウナウ(ChowNow)のように、eコマースブームを加速させるソフトウェアスタートアップに注目しているという。
同氏は、ベンチャーキャピタルの資金が流入し続けると、「分野によっては、評価額が異常に吊り上った入札競争につながるリスクがある」と指摘する。ただ、「一方で、調達すべき金額や条件について詳しい、賢明な起業家が増えていることも確かだ」と語る。コロナ禍以前、ベンチャーキャピタルは、D2Cスタートアップに積極的に投資していたが、パンデミックによりブレーキがかかった。この出来事が、創業者にとって資金調達に対する教訓となったのだ。「現在の好調ぶりが永遠に続くわけではない」。D2Cスタートアップ創業者の多くが、そう考えている。
ドゥーダ氏は次のように述べる。「2年くらいの準備期間が必要だ。この先、何が起こるのか誰にも分からないのだから」。
[原文:Despite hungry VCs, DTC brands are rethinking their fundraising approach]
ANNA HENSEL(翻訳:SI Japan、編集:村上莞)
Illustrated by IVY LIU