[ DIGIDAY+ 限定記事 ]デジタルブランドが成長するにつれ、DTCはビジネスモデルというより立ち上げ戦略に近いものになろうとしている。かつてオンラインでの成長が無限に見える時代があった。しかし、ブランドが成熟するということは、ダイレクトメールやテレビCMに資金を投じ、当初は省略していた卸売業者と提携する必要があることを意味する。
[ DIGIDAY+ 限定記事 ]2015年、パープル(Purple)がキャンペーン立ち上げと同時に公開した風変わりなキックスターター(Kickstarter)のマーケティング動画は、ネット専業(direct-to-consumer:以下、DTC)ブランドらしい言葉をすべて盛り込んでいた。時代遅れのマットレス業界のショッピング体験を洗練されていないと切り捨て、及第点の商品を高額で売りつけるマットレスメーカーを公然と非難した。動画では潜在的な顧客に向けて、口ひげを生やしたナレーターが紫色の野球帽をかぶり、ブランドカラーである紫色の筒で玄関に届けられるパープルのマットレスは、オンラインで入手可能な、どのマットレスよりも優れていると納得させた。
この動画は8万2000回再生され、パープルは株式クラウドファンディングで200万ドル(約2.2億円)という控えめな金額を調達した。
パープルの創業物語は、DTCブランドによくある物語だ。しかし、パープルはこの4年間に、ふたつのDTCらしくない決断を下した。CEOのジョー・メジボー氏は、会社としての軌道が変わったと表現している。まず、パープルは2017年、グローバル・パートナー・アクイジション(Global Partner Acquisition)というシェル・カンパニー(企業買収等を目的とした実態のないペーパーカンパニー)に11億ドル(約1220億円)で会社を売却。正式なIPOのプロセスを経ることなく、創業わずか2年で一夜にして公開会社となった。
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そして2018年、マットレス・ファーム(Mattress Firm)でマットレスの販売を開始(マットレス・ファームはマットレス小売企業で、パープルのライバルであるキャスパー[Casper]率いるDTCマットレスブランドの圧力に負け、同年に破産を申請していた)。パープルは現在、米国内に500近くあるマットレス・ファームの店舗とメイシーズ(Macy’s)、ファニチャー・ロウ(Furniture Row)、ベッド・バス&ビヨンド(Bed Bath & Beyond)の一部店舗で商品を販売している。
デジタルブランドが成長するにつれ、DTCはビジネスモデルというより立ち上げ戦略に近いものになろうとしている。かつてオンラインでの成長が無限に見える時代があった。ECサイトを立ち上げ、Facebookにいくらか投資し、顧客データを収集すれば、さらに顧客を獲得できた。しかし、ブランドが成熟するということは、デジタルキャンペーンではなくダイレクトメールやテレビCMに資金を投じ、当初は省略していた卸売業者と提携する必要があることを意味する。ハリーズ(Harry’s)やキャスパーはターゲット(Target)で、オールバーズ(Allbirds)やエバーレーン(Everlane)はノードストローム(Nordstrom)で商品を販売している。Amazonも無関係ではない。マットレスブランドのタフト&ニードル(Tuft & Needle)は、Amazon限定商品として低価格のベッドを開発し、寝具ブランドのバフィー(Buffy)やインディービューティーブランド、プー・モア(Pour Moi)といったデジタルブランドも、すでにAmazonでの販売を開始しているか、出店を検討している。
ブランドの成熟はブランドの売却も意味する。調達した金額を回収するため、他社に身売り(たとえば、ダラー・シェイブ・クラブ[Dollar Shave Club]はユニリーバ[Unilever]へ、ベベル[Bevel]はP&Gへ、ボノボス[Bonobos]はウォルマート[Walmart]へ)するブランドも現れている。もうひとつの選択肢は、ベンチャーキャピタル(VC)からの資金調達を続けて評価額を上げ、黒字に転換するまで事業を拡大するという方法だ。株式公開を選択するブランドはほとんどない。
「株式を公開するには、本物のビジネスに成長する必要があった。当初はすべての企業が資金の少ないスタートアップだが、いずれ成熟期に達し、現金、投資、資源、成長、規模をどのように扱い、どのような戦略を構築するかを考えなければならない」と、メジボー氏は話す。「(オフラインの)小売に関しては、我々はひとつの家にさまざまなブランドと同居している。その効果は同じで、顧客が目の前にいる。いまでも多くの人がマットレスを買いに出掛けている」。
2018年、パープルの売り上げは3億ドル(約330億円)に達した。メジボー氏は卸売パートナー経由の売り上げを明かしていないが、事業の大部分が直販であることは変わっていないと述べている。
さまざまな選択肢を検討し、投資家の利益とビジネスの寿命をてんびんにかけるブランドが増えているいま、起業家の傲慢さに大きく依存する現代のブランド構築が興味深い転機を迎えている。小売業界は破綻しており、自分たちなら直すことができると、起業家たちは考えてきた。しかし、新しいタイプのデジタルブランドは伝統的な小売企業に火を放つのではなく、小売企業やコングロマリットと提携し、その燃料になろうとしている。
デジタルエージェンシーとVCを兼ねるブリッシュ(Bullish)のマネージングパートナー、マイケル・ドゥダ氏は「いま目の前で起きていることは、たとえるならばダーウィンの進化論だ。小売企業が苦しめば苦しむほど、DTCブランドの価値が上がる」と話す。ブリッシュはキャスパーやワービー・パーカー(Warby Parker)に出資している。「ただし、DTCはひとつの手段にすぎず、顧客が何を必要としているか、何を求めているかを基準に、企業はゼロからビジネスを構築できる。それが大成功を収めれば、彼らはもはやDTC企業ではない」。
専業の終わり
グレイツ(Greats)の創業者ライアン・バベンジン氏はノードストロームでスニーカーを売りはじめたとき、ノードストロームが在庫を抱えて販売する典型的な卸売契約を結んだ。バベンジン氏によれば、卸売りを検討していなかったわけではないが、DTCからはじめたことで、顧客基盤とサプライチェーンを構築でき、足元を固めた状態で卸売契約を締結できたという。バベンジン氏はまた、高級靴ブランドと並んで販売されることで、グレイツの売りである品質がさらに厳しく問われ、ノードストロームでの販売が直販の売り上げを促進していると述べている。2018年、ノードストロームでの取り扱いも8店舗から40店舗に増えた。
卸売りを開始したほかのDTCブランドも同様の道を歩んでおり、DTCブランドの位置づけがあいまいになっている。クイップ(Quip)、ハリーズ、フラミンゴ(Flamingo)、ネイティブ・デオドラント(Native Deodorant)、キャスパー、オールズ+アルプス(Oars + Alps)、バーク(Bark)などはターゲットで、より多くのデジタルブランドを扱うというターゲットの意図に合う商品を販売している。ネイティブ・デオドラントのマーケティング担当バイスプレジデント、メン・リー氏によれば、ターゲットのチームは「ブランドを優先」しているため、店舗の棚に競合ブランドがひしめき合い、閉め出される心配はないと感じられるという。ネイティブ・デオドラントのECサイトでは、定期的に商品が届くサブスクリプションモデルを用意している。
「ターゲットは我々と戦略、目的を共有したうえで、自然由来のデオドラントの品ぞろえを拡大したがっていた。そのため、我々は彼らの空間で成長できる分野だと感じることができた」と、リー氏は話す。「次に、インストアマーチャンダイジング、ディスプレイスペース、マーケティングビークルなど、我々がターゲットから得られるサポートについて話し合った。その結果、商品発売を成功に導くための手助けを得られるとわかった」。
ターゲットやノードストロームは、老舗小売企業が在庫に彩りを添え、客足を伸ばすため、魅力的なデジタルブランドを実店舗に誘導する基準を打ち立てようとしている。小売店が斬新で面白い商品を必要としているように、デジタルブランドは手ごろな料金で効率的に顧客を獲得できる新しい販路を必要としている。FacebookやGoogleのオンラインチャンネルは高額で飽和しているためだ。たとえば、マットレスブランド、サツバ・マットレス(Saatva Mattress)のCMOジョー・マキャンブリー氏によれば、競争の激しいマットレスカテゴリーでは、「最高のマットレス」などの人気検索語は、1クリック当たりのコスト(CPC)が15ドル(約1675円)に達しているという。卸売パートナー契約がより緊密な事業提携につながることもある。2017年、ターゲットはキャスパーを買収する寸前までいった。結局、失敗に終わったが、2年後、キャスパーはさらなる資金調達を進めている。
「小売業界では、あまりに巨額の資金が動いているため、老舗企業は混乱状態で、新しいブランドが勝利すると断言できるほど単純ではない」と、ドゥダ氏は話す。「彼らは互いに作用し合っている。300億ドル(約3.3兆円)規模のDTCブランドがいくつも生まれることはないだろう。もしかしたらひとつも生まれないかもしれない。しかし、それが間違っているわけではない。重要なのは直販ではなく、価値あるブランドになることだ。P&Gのような進化を続けている大企業にとって、DTCはひとつの経営手段であり、DTCブランドを買収した方が手っ取り早い」。
副次的な影響
DTC時代は小売業界にとって、老舗を含む業界全体を強固にするものだ。もちろん、絶望的な企業もある。シアーズ(Sears)、ペイレス(Payless)、ジンボリー(Gymboree)は破産を申請した。しかし、生き残り、さらに進化する老舗小売企業は、デジタルブランドの力と人気を認め、それらを生かす方法を示す存在になるだろう。
世界規模のウォルマートやターゲットだけの戦略ではない。フット・ロッカー(Foot Locker)は、デジタル小売企業を中心に出資を続けており、互いを評価し合っている。2月末、子供服ブランドのロケッツ・オブ・オーサム(Rockets of Awesome)に1250万ドル(約13億円)を出資すると発表したとき、フット・ロッカーの一部店舗にロケッツ・オブ・オーサムの売り場をつくるという発表も行われた。ロケッツ・オブ・オーサムのCEOレイチェル・ブルーメンソール氏は、店頭販売の売り上げがもたらされるだけでなく、小売店ネットワークの運営や実在庫の管理についてフット・ロッカーから学ぶことができると述べている。
不動産に関するアドバイスを行うケース・プロパティ・サービシーズ(Case Property Services)のマネージングパートナー、シュロモ・チョップ氏は「素晴らしい商品と企業は無関係で、オンラインでの顧客獲得は持続可能ではない」と話す。「だからこそ、メイシーズやターゲットは不要だと言っていたDTCブランドがそうした企業に成長の機会を見いだしているのだ。一方、小売店は失った客足をオンラインで埋め合わせようとは考えていない。彼らはただ新たな資産を必要としている」。
オンラインでは無数のDTCブランドが立ち上げられており、老舗小売企業はそれらのブランドを成長や革新の原動力と捉えている。大企業は社内で革新を起こすことに苦労している。一方、デジタルブランドは顧客基盤の構築、形式主義と無縁なカテゴリーの創出、退屈なビジネスに独創的なアイデアをもたらすことに取り組んでいる。もちろん、すべてのデジタルブランドが大企業の歯車になるわけではない。しかし、小売企業はデジタルブランドに資金を与え、投資家の大きな期待から解き放つことで、利益を得たいと考えている。
「VCは長い間、投資を回収できなくても、熱狂から得られる利益に満足してきた。しかし現在、彼らは採算性を求めはじめている。そのため、ブランドは選択肢を比較検討している」と、ドゥダ氏は話す。「もし10万人の顧客がいて、大きな利益を生み出すことに苦労していたら、別の小売企業が助けてくれる。DTCブランドは老舗ブランドを盛り上げることができるため、DTCの考え方を採用する企業が増えている。『純粋なDTC』かどうかなど誰が気にするのだろう? 最終的には、どうすれば顧客のニーズに応え、売り上げや利益を増やすことができるかがすべてだ」。
Hilary Milnes (原文 / 訳:ガリレオ)