2018年4月27日、東京渋谷区のBOOK LAB TOKYOにて、 第1回 DIGIDAYが開催された。テーマは「CMO(チーフ・マーケティング・オフィサー)の役割」。 当日は、元資生堂ジャパンの音部大輔氏と、ドミノ・ピザ・ジャパンの富永朋信氏が登壇し、ふたりの考えるCMOのあるべき姿について議論を交わした。
2018年4月27日、東京渋谷区のBOOK LAB TOKYOにて、DIGIDAY[日本版]の有料サービスであるDIGIDAY+の会員限定イベント、DIGIDAY Salonがはじめて開催された。テーマは「CMO(チーフ・マーケティング・オフィサー)の役割」だ。
当日のサロンでは、資生堂ジャパンでCMLO(チーフ・マーケティング・ラーニング・オフィサー)を務め、現在はCMOのシェアリングサービスを展開するクー・マーケティング・カンパニーのCEO音部大輔氏と、ドミノ・ピザ ジャパンのCMOである富永朋信氏が登壇。CMOの役割だけでなく、人材育成論や経営との関わり方についても、深い議論が交わされた。
本記事では、当日のセッションの様子を書きおこし形式でお伝えする。ファシリテーターはDIGIDAY[日本版]の編集長、長田真が務めた。なお、一部読みやすさを重視して、編集を加えている。
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――おふたりはいままで、さまざまな企業でCMOをご経験されてきています。今日はそんなおふたりに、CMOの役割についてお伺いしていきたいと思います。このCMOという言葉、ここ数年、急速に注目されはじめたという感覚があります。これはなぜでしょうか?
富永:たとえば、企業の経営会議とかで役員が、「競合は何やってんだ?」とか「去年は何やったっけ?」って聞きますよね。人は他人がやっていることは気になるし、過去にやって結果が見えているものに甘んじてしまう。これは人間の性(さが)なんですね。これが良い性なのか悪い性なのかが問題なわけです。でも、経営はいかに差別化をして他社を出し抜くかが重要。みんな左脳ではわかっているのに、なかなか実践できない。CMOみたいな人がいると、そこで「いやいや、マーケティング的には〜」という提言ができるんじゃないかと。実際に効果的な施策って、社内で批判を受けるようなものに多かったりするんです。自社の優位性をもとに、ポジショニングを作って、施策に落とし込んでいくとか、そういうマーケティング的なアプローチに時代の要請があるんじゃないでしょうか。
――「舵取り」といういったところですかね?
富永:「冷や水かけ」ですかね。マーケターから見ると、「経営はマーケティングだ」っていうけれど、ファイナンスの人は、きっと「経営はファイナンスだ」っていいます。だから、私は「経営はマーケティングだ」みたいな偉そうなことはいわない。本当は思っていますが(笑)。僕らがやらなければならいのは、冷や水かけというか、みんなが同調効果に陥ってグループシンクしているんじゃないかとか、一番深い人間理解でもって、会社が差別化を図れるような方向にリードしていく、っていうことだと思います。

「CMOがやるべきことは『冷や水かけ』」と語る富永氏
――なるほど。「マーケティング」という言葉は、「セールス(営業)」や「ファイナンス(財務)」のように相当する日本語がない、ということもよくいわれています。そんななか、なぜいま注目が集まっているのか。音部さんはその辺どのようにお考えでしょう?
音部:CMOという言葉が、いま注目されはじめたかはわからないですが、私はマーケティングは市場創造だと思っていて、売り込むという意味ではなく、市場という意味でのマーケットという言葉に「ing」をつけた言葉だと思っています。だから市場創造をドライブする人間が、ひとりくらい役員として企業にいてもいいんじゃないかと思いますね。それこそ富永さんが話したような冷や水かけは非常に重要な役割。なぜ重要かというと、横並び、競合並び、過去の延長線上ではないところに会社の方向性をもっていこうとすると、結果的にそれが市場創造になってくると思うんですよね。もうひとつ重要なのは、マーケティングに投じているお金が、レベニューの2%しかないとかならCMOはいなくてもいいと思うんですが、これが10%だったら、そこに責任者がいた方がいいですよね。それと、ブランドマネジメント系の会社にCMOが多いのは、ブランドが持っている知的財産、つまりIP的な価値があるというのがわかってきたからで、そういう流れが背景にあると思います。
CMOの資質とは
――つまり、より責任感を持って冷や水かけをやっていかなければならない、ということになるのでしょうか。そうなると、嫌われてしまいそうな気もします。
富永:急に核心に切り込んできますね(笑)。
――そうですね(笑)。水かけをする一方で、CMOは新たな価値を想像していかなければならない、と思うのですが、そういった点も含めて、CMOの資質とはどんなものがあるでしょうか?
富永:これはCMOに限った話ではないと思うんですが、人間理解ですね。マーケターによって定義はさまざまだと思うんですが、こんなことをやったら消費者がどう反応するかを考える際、人間がどう物事を認知し、反応し、バイアスがあるのかを理解してアイデアを設計しなければならない。これは人間理解がベースになります。だから学生から、「マーケターになりたい」という相談を受ける際には、いきなりマーケティングの本を読むのはおすすめしません。マーケティングは、経済学や行動経済学、社会学といった学問がバーティカルに存在するうえに、ホリゾンタルにスキミングしたようなものだから、いきなり上部だけなぞるのではなく、その基礎となっている学問から学ぶ、つまりは人間理解のための学問を学ぶことからはじめなければいけないんです。
それがマーケティングのファンダメンタル(基礎的事項)な部分としてあって、そのうえでCMOの資質みたいなものがある。それは嫌われない力。4年くらい前のワールドマーケティングサミット(World Marketing Summit)で、フィリップ・コトラー教授が「CMOは自分の時間の半分以上を顧客に使ってはいけない」という話をしていたんですね。それが意味するのは、CMOは自分の時間を社内向けにも使わなければならないということなんです。私はそれにすごく同感で、社内の人間を説得するには、いかに嫌われないかが大事。なのでCMOの資質は、消費者に向けた施策のための人間理解と、社内を説得するために嫌われないようにすることですね。
――ひと言でいうと、リーダーシップという言葉が思い浮かぶのですが?
富永:薄っぺらいなあ(笑)。そこは人間理解と嫌われない力でいい思います。
――なるほど(笑)。そこは厳密に違うわけですね。
富永:リーダーシップももちろん大事ですが、リーダーシップにもいろいろあるじゃないですか。サーバントリーダシップ(リーダーはまず相手に奉仕し、その後相手を導くものである、という考え方)とか、いろいろ派生系がある。いまの話をリーダーシップといってしまうと、フォーカスが効いている話が広がってしまう気がしました。すみません(笑)。
――いえいえ(笑)。音部さんはいかがでしょう?
音部:私は、人間理解が上手であることと、好奇心が非常に重要だと思います。森羅万象とまではいわないけど、さまざまなことに何かしらの興味を持つと。なぜなら、実は身の周りのいろんなことがマーケティングに関係している。たとえば、大学の勉強。文学部は文学を通じて何をやっているかというと、人間理解なんですよね。ほかのほぼすべての学部もそれぞれ人間理解を探求してて、マーケティングに関係している。こうした人間理解のエッセンシャルな部分に対する好奇心はマーケターとして非常に重要です。確かにリーダーシップも重要で、リーダークラスになったらビジョンを提示しなければならない。マーケティング部門はできてから間がないこともあり、周囲に対して部門としてビジョンを提示して理解をしてもらわなければならないので。
――自分で存在価値を高めていかなければならない、ということですね。それではここで、ちょっと気持ち悪い質問をしたいと思います(笑)。CMOとして、お互いのすごいと思うところを教えていただけますか?
富永:僕、言葉が好きなんですね。言葉で世界を規律できると思っていて、言葉=世界くらいの信念を持っています。マーケティングでも物事をしっかり言語化して、ロジックに落とし込むことを心がけている。動画についても、動画は尺があるから言語的な伝え方ができるという点で、すごくいいと思ったりするんです。それも遡っていくと、言語があって物語があって文脈があるなかで、人が認知変容したり態度変容したりするんです。なんでこんなことを言うかというと、僕自身そこに自信があるから。でも、音部さんには負けます。仲良くなって1年くらいしか経ってないですが、こんなに緻密でロジカルで説明力に長けている人は見たことがない。だから音部さんの部下は幸せだと思いますね。自信があるところで負けてるんで、なんか嫌な気もしてしまいますが(笑)。
音部:富永さんのすごいところは、圧倒的に着眼点。もちろんさっきももおっしゃってましたけど、マーケターは概念を管理する仕事だから、言葉は非常に重要な道具。ただ、それ以上に、これは富永さんの話法かもしれないですが、それが脳の構造なのかもしれませんけど、嫌われますよねっていう言葉に対して、嫌われない力っていう切り返しができるんですよね。キャッチーなところを掴まえて、瞬時にロジックを構築できるのはすごいな、と思います。
CMOの育成は可能か
――ありがとうございます。では、ここで改めてCMOを育てるために必要なことをひと言お願いできますでしょうか。
音部:まだ、こういう風に成長させればCMOになるという、定型のパスはないと思うんですよね。我々の強さっていうのは、広い意味でほぼ知識なんですよ、本を読むことなど、人の知識をもらうことや自分で経験することも含め、知識がほぼ強さなんです。だから、ジョブローテーションするのは不利なんじゃないかと。マーケティング5年やってますというCMOと、20年やってるCMOだったら当然後者の方が強い。もちろんほかのことも知らなければならないし、クロストレーニングという考え方もありますが、3年ごとにジョブローテンションさせるのは、競合に対して有利な戦い方ではないと思います。
富永:CMOは、語らないといけないし、CMOは博打を打たなければいけない。あと、CMOは損切りできないといけない。この3つは、普通の仕事ではなかなか経験できないことなんですよね。なので、CMOを育てる方法があるのか、ないのかということが実はこの命題のコアなのかなと思いました。人の損きり力や、リスクテイキング力を高めるなんてやったことない。そもそもできるかもわからない。だから、CMOは育てられないんじゃないですかね? 才能みたいなこともあるかもしれない。もし才能がないなら、博打をやってみるとか、行動経済学を勉強するということになるのではないかと思います。
――では育てられないとした場合、見つける必要があるということでしょうか?
富永:そうですね。ただ、マーケティングを理解したうえで、語れなければいけなかったり損切りできなければならなかったりするので、相当難しいと思います。
音部:ちょっと援護します(笑)。どの程度の人材を作るか、という話だと思います。メジャーリーガー級のグローバルな人材を作るのは相当しんどいと思います。彼らには才能もあるのは事実だから。ただ、世の中そんな人ばかりではない。でも、メジャーリーグではなく高校野球ぐらいのマーケターなら育成は可能じゃないかと。そのレベルのマーケットもまあまあたくさんあると思いますし。

「ある程度のレベルのCMOなら、育成可能だ」と語る、音部氏
富永:なるほど、そういう話であれば、さっき話した損きり力もリスクテイク力もいらない。もしかしたら育成も量産も可能かもしれませんね。
――なるほど。では、おふたりともグローバルなブランドにいらしたと思うのですが、やはりグローバルなCMOはすごい人たちなのでしょうか?
富永:富永:足立さん(足立 光氏:日本マクドナルドCMO)を考えてみたらすごいですよね。それぞれのアイデアを考えるのも立派ですが、ちゃんとバイイン(buy-in)をとって実行していって、数字を作っている。彼の施策や仕事を見ると、必ずしも全部大当たりという訳ではないけれど、状況に応じてちゃんと修正行動している。私がさっき話たことをしっかりやられている。足立さんのようなCMOを量産するのは不可能ですね。
音部:量産されたCMOでも、ああいうのが正面にいるときに、それに気付いてダメージコントロールに重点を置くっていう戦い方はあると思うんですよね。勝てないまでも、ボロ負けしないCMOの作り方みたいなものはあるんじゃないかなあ。
富永:そこは深いところでして、マーケティングをやっていると売り上げが悪いときも当然あります。そんななか、いかにネガティブをニュートラルに変えられるかが重要。その点でも、ダメージコントロールは大事なことですよね。
――単純に育成する以外にも、企業によってさまざまなやり方があるかもしれませんよね。それこそシェアリングサービスを使うとか(笑)。その辺りはいかがでしょうか?
富永:これを言ってしまうと身も蓋もないのですが、会社によってカルチャーや、マーケティングへの理解度は違いますよね。私が厳しめなことをいっているのは、会社はマーケティングへの理解が薄いという前提で話をしてます。でも実際は、すべての会社が当てはまる訳ではないし、ジュニアなマーケターが起点となって積極的に発言や行動しているところも知ってますし、見ています。だからやっぱり、会社ごとのカルチャーやマーケティングへの思いによって、処方箋を書いていくしかないのかな。
それぞれの転機
――では次の質問に進みたいと思います。これがあったから、いまの自分があるというような、おふたりのマーケター人生における転機があれば教えてください。
富永:3つあります。すべてコカ・コーラにいたときの話です。1つ目は、ベンディングマシーンのサービスを作っていたときの話です。ブランドをどう作ろうかと考えようとしたとき、電通が作ったハニカムモデル(ブランドを7つの要素に分けて定義して考える)というフレームワークに当てはめて考えてみたんですが、何かしっくりこなかったんです。世に出ているフレームワークでも、機能しない場合があるんですよね。このとき、だから自分で考えなきゃ駄目なんだ、ということに気付きました。
2つ目は、コカ・コーラを買うのって100円のコインとペットボトルを交換することですよね。それは純粋に商品の価値だけじゃなくて、チャネル固有の価値も提供することになる。ベンディングマシーンなら、誰とも喋らなくてもいい、コンビニならコーラを買うだけでなく、ほかの商品をザッピングしたりできる。こんな感じで、交換にはチャネル固有の価値があるんですね。で、コカ・コーラのブランドマネージャーでは、そこをコントロールできないことに気付いたんです。結構ショックだったんですが、これがきっかけでリテールの方に舵を切ったんです。
3つ目、これはマーケターとしてというよりは、人間としてという感じなんですが、当時携帯とベンディングマシーンを連携するサービスをやっていたので、ドコモさんとどっぷり仕事をしていたんです。そのとき一緒に仕事をしていた同社の方が、僕のいうことをなかなか聞いてくれなかった。もう何言っても駄目。そんな状況に疲れて、意気消沈していたときに、当時の上司だった佐藤真さんが声をかけてくれたんですね。
佐藤さんにそのことを愚痴ったら、「それは大変ですね。ところで富永さん、その方の靴はお舐めになったんですか?」って言われたんです。これは先の2つの気づきより、はるかに大きなインパクトでした。私は、自分なりに考え抜いたことを正攻法でぶつけているのに理解してもらえない。それは相手が悪いんだ。と思っていたんです。でも、ドコモさんの方からしたらそんなこと関係なくて、彼らの視点に立った話が聞きたかったんですよね。それを佐藤さんは指摘してくれたんです。いまでこそ私はゆるいキャラで通ってますが、当時はもっとロジカルに理詰めをするような、少し嫌なスタイルだったんです。
――尖っていたと?
富永:そう、尖っていた。でも、このことがあって以来、スタイルを変えたんです。
音部:私は、P&Gいたときに最初のブランドマネージャーになる直前に携わった商品が「アリエール」だったんです。そのときシェアが半分になっていて、そこにアサインされたんです。当時はもう時間もなかったので、製品も変えられなかったので、R&Dに訴求可能な商品のベネフィットをリストアップしてもらったんです。そのなかのひとつに、「除菌ができる」があった。そこで、除菌のベネフィットのコンセプトを書いて、8人×4回分のフォーカスインタビューを実施したんです。実際に欲しいと言ってくれた人は8人のうち1人だけでした。いままでそんな機能なしでもよかったわけだし、それだけ聞かれても欲しくはならないですよね。
でも、1平方㎝あたりの黴菌が1万個付いているのと8万個付いている下着、どちらがいいですか? と聞くと、1万個と答える人が多いんです。ここには、なにか人間の本質的な部分を示唆しているはずで、これをうまくテコにすれば、市場創造ができると思ったんです。それで実際うまくいった。
このことから得た気づきは、消費者がいらないと言ったものを無理やり売るのではなく、消費者に、心底この製品をいいものだな、と思ってもらう必要があるということ。そして、その際の商品に対する評価軸は、アプローチの仕方によっては変えることができるということです。
あと、私は富永さんの「靴はお舐めになりましたか?」的な経験はないのですが、個人的にガンダムが好きで、同作品に登場するランバ・ラルというキャラクターが私のリーダーシップの原点になっています。彼は、多少リスクを冒してでも戦功を立てて出世を試みる。彼は自分の名をはせるためにではなく、それでチームが報われるというロジックを持っているんです。自分がブランドマネージャーになったときに、小学生の頃見ていたランバ・ラルの姿が蘇ったんですよね。実績の出し方で、部下の部下の栄達が変わってくるというのを、改めて認識した瞬間はひとつの転機だったと思います。
成長とはすなわち知識の蓄積
――ありがとうございます。少し駆け足になってしまいますが、次にどのようにご自身をトレーニングしているか、という点をお伺いしたいと思います。
音部:あまり偉そうなことはいえませんが、スタティックなものだけじゃなくて経験も含めて、成長とはすなわち知識の蓄積だと思っているので、しっかり勉強はするようにはしてますね。
――音部さんは軽いところから重いところまで、すごく知識が幅広いと思うのですが、効率的に知識を吸収するためのタイムマネジメントはどうしているのでしょうか?
音部:もっといい方法はあると思うのですが、本を読むにも人の話を聞くのも、いくつかフレームを持っていると吸着が早いような気はします。私、戦略の本を1冊書いているのですが、その本は、「目的と資源で戦略は定義できる」という内容なんですね。この目的と資源が重要なコンポーネントだというフレームで、人の話を聞いたり本を読んでいると、果たしてこの人は目的の話をしているのか、資源の話をしているのか、あるいは資源の使い方の話をしているのかっていう分類ができるので、理解が早いし知識として残りやすい。そうすると、普通に本を読むよりは効率がいいのかなと思います。
富永:僕も普段トレーニングなんてしないですが、特に若い人におすすめしているのは、意図を考えること。世の中に存在しているありとあらゆることの意図を考えること。この広告は何のために作られたんだろうとか、そういう意図を考えることですね。それをすると人間理解ができるようになると思いますね。
――先ほど音部さんから、着眼点が素晴らしいというお話があったと思うのですが、そこに関するトレーニングは何かされていますか?
富永:そこでいうと、誰と話をしていても、揚げ足を救うために常にタイミングを狙いながら人の話を聞くことですかね(笑)。
――それは愛情ということですかね(笑)。
富永:いろんな愛情がありますからね。愛情なんじゃないでしょうか(笑)。
――それでは、最後にCMOの役割とは何か、本当に難しいことだとは思うのですが、まとめとしてひと言お願いできますでしょうか。
富永:今日の対話のなかでも出ていることですが、消費者だけでなく社内も含めて、人間のことを理解して、ありとあらゆるコミュニケーションの質とか効率を改善していくことがCMOができることの最大値だと思うんです。ひと言でいうと「人間マスター」といったところでしょうか。
音部:個人としては、組織において総合力では一番強いマーケターであるべきだと思います。とはいえ、自分で戦うということは少ないと思うので、その組織のマーケターが安定的に強くなれるような採用や仕組み、ブランディングのオペレーション設計が役割になるかと。マーケターが120%の力を発揮できるような仕組みを作ることができたらいいと思ってます。
P&GというCMO量産マシーン
――ありがとうございました。それでは、パネルディスカッションの時間が残りわずかとなっているので、ここでQ&Aに移りたいと思います。ご質問がある方はいらっしゃいますか?
聴講者1:貴重なお話ありがとうございました。いま話題になっているマーケターの方のなかには、P&G出身者が多くいると思います。P&Gのような企業なら、優秀なマーケターを量産できると思うのですが、いかがでしょうか?
富永:P&Gは育成の仕組みはもちろんなのですが、そもそもの採用をしっかりしているのも大きいと思います。先ほどお話した、リスクテイク力とか損切り力といった、マーケターの素養がしっかりある人を採用する仕組みがあると思うんですね。素養がある人材を採用しているうえに、しっかり育成もしていると。そう考えると、P&Gという企業は、CMOを量産するマシーンといえるかもしれません。音部さん、その辺はいかがでしょう?
音部:実際リクルーティングのとき、時代によって違うとは思いますが、私が入ったときには、単語こそ違えど損切り力を問う質問項目が盛り込まれていましたね。リスクテイキングっていう。どれくらいのレベルのリスクをとったか、リスクをとったときに、どれくらいダメージコントロールを意識したか、というような確認項目が入ってました。
聴講者1:では、次に来るのはP&GのようなCMOを量産するマシーンを量産できるか、ということだと思うのですがいかがでしょうか?
富永:P&GがこれだけCMOを多く輩出しているのは、マーケティングを本気で信じて、コミットしているということだと思うんですね。そういった、P&GのDNAがあるうえに、採用や育成といったところの仕組みが作られている。そういう立て付けだと思うんですね。だから、量産できるかどうかを問う前に、まずはマーケティングを信じて、マーケティングにコミットすることが大事なのではないかと思います。
音部:おっしゃる通りだと思います。加えていうなら、ブランドを大事にするということですね。「去年は何をやったか」とか、「競合は何やってるんだっけ」みたいな施策に拘るのではなく、人がブランドを作っているというところに覚悟を持つべき。いろんな企業が人こそ財産といいますが、実際にビジネスとトレーニングを分けている企業は少ない。でも、そもそもトレーニングもせずに戦えるわけがないんです。だからマーケティングにコミットするというのと同じくらい、人材育成に覚悟を決めるということも大切だと思います。

フロアからも質問が飛び交う
聴講者2:ふたりのお話をお聞きしていて、CEOやCOOがいるなかで、CMOの厳密な役割って何でしょうか?
音部:CMOの仕事とCEOやCOOの仕事には、被っている部分もあると思います。ただ、1年間の業績評価的にいうと、CEOやCOOはその期の売り上げや業績が大きいと思います。一方CMOはというと、もちろん売り上げやシェアも評価軸のなかには入ってきますが、市場やブランドを作る、という点で、もうちょっとロングタームで覚悟を持つべきでしょうね。
富永:僕のいる会社には、CEOがいてCMOである私、加えて実店舗を束ね執行役員がいます。彼は、それぞれのお店でどれだけ労働時間を使うか、どういった接客するかといったところを指導して決めている。それって僕からしてみると、もっとも有力なタッチポイントである実店舗の担当に、自分以外の役員がいるという状況になる。
マーケティングの責任者なのに、一番有力なメディアをしっかりコントロールできないので、しっかりインフルエンスしなきゃいけないなあと思うんですけど、CEOからすると最大のタッチポイントであり、一方で最大のコストセンターである店舗を最適化するという視点があるから、僕以外に店舗の長を置いたりする。そんな感じで、CEOがそこにいないと、実店舗に予算がどんどん投下されるみたいな状況になってしまうので、CMOとCEOは似ているように見えますけど、両方がいてバランスが取れている部分があると思いますね。
聴講者3:博打に関する話があったと思うのですが、博打を成功させるためにはどうすればいいのでしょうか。
富永:マーケティング部門とそれ以外の人から見えている景色は違っていて、マーケティング部門の人は緻密に戦略を練って、博打なのか、筋がいい施策なのか理解している。ただ、外の人間から見るとそうじゃない。だから、マーケティング部門の人は、施策立案をする際にアセスメントやスクリーニングをしっかり実施して、確からしさを担保したうえで、これは博打ではないんですよと、周りを説得しなければならないんです。
音部:ネスレ日本に高岡さん(現ネスレ日本CEO、高岡浩三氏)っていうすごいCEOがいらっしゃるんですが、どうやったらイノベーションをそんな連続で当てられるんですか?って聞いたら、「事前に実験してるんですよ」って即答されました。だから、100発100中ではなく、しっかりリスクヘッジをしながら実験としてやっている。いきなり全部をぶち込むんではなく、リカバリーできる範囲で実験を繰り返すことが大切なんです。
DIGIDAY SalonのFacebookページでは、フル動画を公開中。気になる方はこちらまで。
▼音部大輔
クー・マーケティング・カンパニー 代表取締役
P&Gジャパン、マーケティング本部に17年間在籍。ブランドマネジャー、マーケティングディレクターとしてアリエールなどのブランドを担当し、市場創造やシェアの回復を実現。のちにUS本社チームでイノベーションの知識開発をマーケティングとして主導。帰国後、ダノンジャパン、ユニリーバ・ジャパン、日産自動車、資生堂など多様な文化背景、製品分野で、複数ブランド群を成長させるブランドマネジメント、組織構築、人材育成を指揮。博士(経営学 神戸大学)。
▼富永朋信
株式会社ドミノ・ピザ ジャパン 執行役員 CMO
コダック、日本コカ・コーラ、ソラーレホテルズアンドリゾーツ、西友などでマーケティング関連の職務を歴任。CMOは3社目。日本コカ・コーラではiModeでコカ・コーラが買える自販機システム「Cmode」の立ち上げを担当。それをきっかけに、「購買=ブランド選択+チャネル選択」という式の解を模索し続けている。西友では同社のイメージを一変させるキャンペーンを連発。座右の銘はたくさんあるが、今のお気に入りは「過ぎたハンサム休むに似たり」「渾身のアイデアは全てを解決する」。
Written by Kan Murakami