いまやデジタル広告への支出は、テレビ広告と同じくらいの規模に成長している。その一方で、さまざまなデジタル広告の課題についても、世界中で問題視されてきた。Yahoo! JAPANの井上大輔氏、元日本ロレアルの長瀬次英氏、IASの山口武氏が、デジタル広告をいかに健全化すべきか? について語りあった。
いまやデジタル広告への支出は、テレビ広告と同じくらいの規模に成長している。もうすでにデジタル広告は、企業による広告・宣伝活動のメインストリームといっても過言ではないだろう。だがその一方で、アドフラウド(不正広告)、ブランドセーフティ(適切な配信面)、ビューアビリティ(視認性)など、さまざまなデジタル広告の課題が、世界中で問題視されているのも事実だ。
これらについては、もちろん日本でも取り沙汰されることはある。しかし、海外と比較すると、やや温度感に差があるというのが現状のようだ。その理由はどこにあるのか。また、どのようにデジタル広告の健全化を実現すべきなのか。業界関係者はすべからく、真面目に検討すべきときが来ている。
そんななか、Yahoo! JAPAN マーケティングソリューションズ統括本部 マーケティング本部長の井上大輔氏がモデレーターとなって、外資系企業での取り組み経験も豊富な、元・日本ロレアル株式会社デジタル戦略統括責任者/CDO(現・株式会社LDH JAPANチーフ・デジタル・オフィサー兼執行役員)の長瀬次英氏、Integral Ad Science Japan株式会社(以下、IAS)エバンジェリストの山口武氏が、「デジタル広告をいかに健全化すべきか」について語り合った。

鼎談中の井上氏(左)、長瀬氏(中央)、山口氏(右)
国内マーケターの関心
「デジタル広告の不正問題については、諸外国のマーケターの方が意識が高いし進んでいるイメージがある」と、Yahoo! JAPANの井上氏は、まず課題を設定。これに対して、長瀬、山口両氏ともに肌感覚ではあるが、と前置きしながらも「この問題に関心を寄せている日本のマーケターは1割程度ではないか」と実感を述べた。
一方で、WFA(World Federation of Advertisers:世界広告主連盟)が2018年に発表した、「グローバル・メディア・チャーター(Global Media Charter)」(※1)によると、サスティナブルなデジタル広告へ向けた8大原則のうち、最初の3つに提示されているのはアドフラウド、ブランドセーフティ、ビューアビリティに関するものである。つまり、これらが世界規模の課題であることは明白なのだ。
「WFAは、加盟社の広告予算を合計すると、全世界のマーケティングコミュニケーション費の90%を占める団体だ」と、IASの山口氏は捕捉する。「そんなWFAが、『グローバル・メディア・チャーター』という文書を通して、アドフラウド、ブランドセーフティ、ビューアビリティに関する課題は見逃さないと宣言しているのだから、国内と海外ではデジタル広告の不正問題に対する意識に開きがあることは確かだ」。
欧米マーケターの考え方
当然ながら、デジタルマーケティングの先進国であるアメリカでは、これらについての問題意識は非常に高い。山口氏によると、「おそらく、アメリカのマーケターの9割は、理解をしつつ、興味を持ちつつ、対策をやっているかどうかは別として、何をやらなくてはいけないかはわかっている」という。彼らの意識が高い理由のひとつとして、同氏は「日本と違い、広告効果を計る指標にCPCを使うことがほとんどない」からだと語る。
ただ、アメリカではクリックやコンバージョンが重要視されていない、ということではない。むしろクリックの質には徹底的にこだわる。たとえば5%クリックがあったとしたら、そのうちBOTではなく、実際の人間のクリックは何%だったのか、というところまで、深掘りして確認するのだ。「本来のターゲットからのコンバージョンを見なければいけないという意識がある」と、山口氏は語る。「だからこそ、アドフラウドにも厳しい視線を向けるのだと思う」。
ヨーロッパもアメリカと同様に、インプレッションやクリックの質には、強くこだわる傾向があるようだ。長瀬氏は、前職の日本ロレアルでの経験として、2012~2013年頃にはすでに、広告がユーザーに実際に表示された領域(ビューアブルインプレッション)ベースで計測されていたと振り返る。
「ヨーロッパの全体的な傾向として、コンテンツへのこだわりが非常に強く、どう影響力を発揮したのか、どう見られたのかを理解したいという感覚が強い」と、長瀬氏は付け加える。「それが日本との大きな違いだと思う」。
Yahoo! JAPANの取り組み
とはいえ、この世界的な課題に対して、日本企業も手をこまねいているわけではない。大手ポータルサイト、広告会社、アドベリフィケーションベンダーを中心に、デジタル広告の品質向上のための活動が進みつつある。
Yahoo! JAPANはその先頭に立ち、これまで広告品質の向上という課題に対して真正面から取り組んできた。直近の取り組みとしては、2018年10月25日には新しいガイドラインを改定、2019年5月9日には独自の広告品質基準である「広告品質のダイヤモンド」を発表。業界の盟主として、広告の健全化をリードしていく強い意志を、あらためて内外に示している。(※2)
「広告の品質は、大きく3つの側面から判断される必要があると考えている。それらを担保するために、弊社では6つの対策項目を定義した」と、井上氏は「広告品質のダイヤモンド」について説明。「広告の品質とは本来、多角的に判断されるべきもののはず。しかし、その理解が日本ではなかなか進まない印象もある」。

「広告の品質とは本来、多角的に判断されるべき」と語る井上氏
オーナーシップの有無
それに対して「日本では、アドベリフィケーションを対処・対策という意味で捉えている企業が多いからではないだろうか」と山口氏は所感を述べる。たとえば、株主総会でブランドセーフティに関して質問されたとか、Web広告の出稿先に関して、ユーザーからクレームが殺到したなど、問題が発生するから対処したという事例をよく聞くという。さらに同氏は、続けて次のように指摘する。
「こうした広告品質への意識の違いの背景には、マーケターの施策に関するアカウンタビリティー(説明責任)の有無が関わっている。外資系企業の場合、どんな大企業でもインハウスで実施するなど、担当者自身の手で施策を回すこともあるので、説明責任がしっかり求められる」。
長瀬氏も「やはりオーナーシップの違いが大きい。日本企業の場合は、インハウスでなく、外部に丸投げということも少なくない」と指摘しつつ、「日本もかつてはマーケターが広告出稿のすべてを把握し、結果をすべて検証していた」と振り返る。だが現在は、とりあえず消費者に「見られた」という数字さえあればいいという風潮になってしまったと嘆く。山口氏もそれに同意しつつ、いまは「見た」ですらなく、クリックが多く、安く仕入れることができたといった数字だけが評価のポイントになっていると、現状に疑義を呈した。
広告品質とKPI設定
この「安く仕入れる」という志向が、アドフラウド、ブランドセーフティ、ビューアビリティに対する、日本と欧米におけるマーケターの意識の違いにつながっていると、山口氏は指摘する。
「たとえば、デマンドサイド(広告主側)のいい分として、広告の健全化への対応はサプライサイド、すなわちメディアやプラットフォームが責任をもってやるべきだという意見がある。その結果、作り上げられた質のいいインプレッションは当然単価が高くなる。ところが、デマンドサイドは、単価が高くなることに難色を示すことが多い。それはつまり、広告予算全体を『本質的に見ていない』ということでもある」。
本質的に見るとは、マーケティングの目的を見据えたうえで、その目的を達成するリターンは何かということを突き詰めて考えることだ。しかしながら、これができていない企業は多い。たとえば、ブランディング効果を重視するのであれば、KPIがCPCということはあり得ないし、リーチを気にするのならビューアビリティまで目配りしなければ意味がない。
「実は、広告品質に関する意識の問題は、マーケティングのKPI設定の問題とつながっている」と、山口氏は語る。

「広告品質への意識は、KPI設定の問題とつながる」と、山口氏
マーケティングにおけるKPI設定
どれだけ現場の人間が頑張ったとしても、単価の問題に収束してしまえば、まったく意味はない。そうならないために、KPIをどのように設定し、上の人間を説得するか。長瀬氏は「KPIをブレイクダウン(細分化)することが重要」だという。
「どの会社にも必ずビジョンがあるはず。そのビジョンに対して数値目標が作られるわけだが、その目標に対して、どういった形でコントリビュート(貢献)できるかを考えるのが、KPIのブレイクダウンだ。これができないと、売り上げというKPIだけですべてを判断することにもなりかねない」。
また長瀬氏は、マーケターが取るべきアクションとして、ターゲットのクラリフィケーション(明確化)を挙げる。ターゲットを具体的に深掘りすることで、バイヤーは意図的にメディアを選定するようになるため、アドフラウドやブランドセーフティの問題は、ほぼなくなるという。
現状の可視化が意識向上の鍵
いまや、デジタル広告でもブランディングを実施するのは当たり前となり、日本企業もブランドに対する保護意識は非常に高くなっている。この意識をさらに高めるためにも、ブランドの重要性をマーケター自身がしっかり理解し、さらに、幅広いステークホルダーにもその重要性を納得してもらうことが必要だ。
山口氏はその方法として「データを用いた広告効果の証明」を挙げた。一方長瀬氏は、「すべての広告効果を一元化してタイムリーに見られる、ダッシュボードの導入が必要なのでは」と提案した。
「トラディショナル広告では、ティッシュ配りと電柱広告とテレビCMでは効果も価格もまったく違うと認識されているが、デジタルではまだすべてが一緒くたで、CPMやCPCで評価されている」と、山口氏。「デジタルにおいても、単価は高いけど、でも、質が良いのなら価値がある、という理解が進めば、デジタル広告の健全化に取り組むメディアやプラットフォームが報われて、よい循環が生まれていくはずだ」。
一方、長瀬氏は、ダッシュボードを活用することで、デジタル広告施策のポジティブな効果だけでなく、ネガティブな効果も実感することができると強調する。
「自分たちの状況がわからない限り、危機意識も持つことはできない」と、長瀬氏。「つまり、ブランドセーフティの意識を持つには、常に最新の状況を認識することが重要。デジタル広告の健全化といった意識を育てるためには、そういった情報の整理からはじめるといいのではないか」。

「状況がわからないと、危機意識も持てない」と指摘する長瀬氏
マーケターが意識すべきこと
最後に井上氏は、広告業務に携わる個人個人が広告品質に関する意識を高めるために、明日からすぐにできることとして、毎日1~2記事、海外のマーケティングニュースを読むことを提案し、鼎談を締めくくった。
「人に伝えるには、自分自身がその重要性や危機感を持たなければいけない。きちんと読み込まなくても、毎日目を通していれば話題のニュースに気付くはず。面白い記事があれば要約してチームメンバーや経営層に送るということを繰り返すことで、自分自身とチームの意識が高まってくると思う」。
※1 公益社団法人日本アドバタイザーズ協会『WFA Global Media Charter』日本語版
※2 Yahoo! JAPAN「広告品質のダイヤモンドの取り組み」
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Written by 内藤貴志
Photo by 渡部幸和