アルゴリズムで顧客の好みに合わせて商品を薦めるレコメンデーション・システムが進化を続けている。そんななか、オンラインのファッション販売サービスでは、バイヤーよりもデータが重要になりつつある。生身の人間の存在価値は、データを超えた領域にあるのか。パワーバランスの変化を追い、活路を探る。
顧客の好みに合わせてオススメの服やアクセサリーを配送する、スティッチフィックス(Stitch Fix)。同社では、レコメンデーション・アルゴリズムを管理するデータサイエンス部門は、商品企画部門から完全に独立している。
「非常に明確なルールがある。バイヤーはレコメンデーションに口を出さない、というものだ」と語ったのは、スティッチフィックス最高アルゴリズム責任者、エリック・コルソン氏。「バイヤーは、自分が仕入れた商品が売れるものだということを証明したがる。それが成功の指標だからだ。だから当然、レコメンデーション機能を開発するエンジニアに、自分が仕入れた商品をオススメに入れてもらいたがる。それでは駄目だ。商品を仕入れるのはバイヤー、誰にすすめるか決めるのは我々だ」。
このルールは、単にデータ部門の平和を守るためにあるのではない。スティッチフィックスが顧客に対して価値ある提案を行うには、これが不可欠なのだ。同社がオンラインで提供する登録制のスタイリングサービスは、月20ドル(約2250円)のスタイリング料を支払う顧客に対し、服や靴、アクセサリーといったファッションアイテムを梱包して配送するというもの。顧客は気に入った商品をキープし、残りは返送する。このビジネスモデルが成立するのは、顧客がサービスを利用し続けたくなるほど、送られてくるアイテムを気に入る場合だけだ。スティッチフィックスは顧客データを公開していないが、2015年以降黒字を計上しており、IPOを目前に控えた現在の評価額は30~40億ドル(約3400~4500億円)だ。同社によると、サービスをはじめて利用する顧客の80%が、90日以内に2回目の配送を注文するという。
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データドリブンへのシフト
従来のeコマース企業とは大きく異なるビジネスモデルだが、スティッチフィックスは、将来のオンラインショッピングのあり方の基盤を築きつつある。
データに基づくパーソナライゼーションの精度が向上し続けるなかで、バイヤーや商品企画担当者は、パワーバランスの変化への適応を迫られている。かつてはバイヤーが権限を持ち、ブランドとの契約交渉や顧客の反響を呼びそうなトレンドの発掘にあたった。だが、いまやデータアルゴリズムが小売業者の代わりにそうした判断をより迅速に下せるのだ。
「商品在庫とレコメンデーションをデータ部門が仕切ると、バイヤーと衝突する機会が生じる。商品選択やブランドボイス構築の担当者は、こうしたパーソナライゼーションを脅威と受け止める可能性がある」と語るのは、デビッド・グルーク氏。ジャストファブ(Just Fab)やレント・ザ・ランウェイ(Rent the Runway)などの小売顧客を抱えるパーソナライゼーションテクノロジー・プラットフォーム「セイルスルー(Sailthru)」で、データサイエンス担当責任者を務めている。
データを超える部分が肝
オーチャードマイル(Orchard Mile)、ネッタポルテ(Net-a-Porter)、ファーフェッチ(Farfetch)などのeコマースサイトは、商品の仕入れと販売に関して新たなバランスを確立しようとしている。データ部門こそが最高責任者であり、バイヤーとエディターは副官という位置付けだ。
オーチャードマイルのCEOジェニー・ベイク氏によると、同社の商品企画部門は、顧客のあいだで流行している商品やスタイルを、機械学習から得ているという。商品企画担当者やエディターはその情報をもとに、取り上げたいアイテムやブランドを流行に合わせてセレクトする。
「データを超える部分の選択に関しては、生身の人間に任せている」と、ベイク氏は言う。「データだけで決めることはできない。さもなければ周りの皆と同じになってしまう。両方とも必要だ。バイヤーも、データを考慮しなければならない」。
利益よりもパーソナライズ
以前はそれほどややこしくはなかった。従来、デパートなどの小売店では、バイヤーがブランドと協力して、新作コレクションからどの商品を選んで店頭に並べるかを決めていた。だがこの関係は顧客よりも自社の利益を優先するものであり、激化する競争のなかではうまくいかなくなってきた。
「従来型のバイヤーは契約の際に、特に仕入れ値や販促費を気にする。それらはすべて店舗の収益制にかかっている」と元バイヤーのアナリスト、ジェーン・ハリ氏は語った。「利益こそが最優先事項であり、それがビジネスを動かしていた。だがいまは、何よりもまず消費者を中心に考えなければならない」
たとえばスティッチフィックスは、ブランドではなく消費者と取引するという考えから仕入れモデルを築いた。
同社のコルソン氏は、「どの商品を誰に届けるかは機械が決める。判断基準は顧客の関心、それだけだ」と語る。「我々が得る利益やブランドとの関係には、一切左右されない」
パーソナル・スタイリスト
パーソナライズされたeコマースを突き詰めると、商品を半年前に大量に買い付けておくことはなくなり、1対1の顧客関係に近づいていく。
ユークス・ネッタポルテ(Yoox Net-a-Porter:以下、YNAP)は、パーソナル・スタイリスト部門の業務をサポートするAIの開発に投資してきた。同部門のスタイリストたちは、同社の売上への貢献度が大きい「超重要顧客」と直接つながっている。WhatsAppなどのプラットフォームでこうした優良顧客とチャットしながら信頼関係を築き、それぞれの好みに合わせた新商品を紹介する。優良顧客との関係強化のため、YNAPは、AIアシスタントおよびバーチャル・レコメンデーションをリリースした。これは人間のパーソナル・スタイリストに替わるものではなく、むしろその仕事をやりやすくするためのもので、顧客の現在位置、その場所の天候、直近の予定、購入履歴などのデータを可視化する。
「高度にパーソナライズされた利用体験を最重要顧客に味わってもらうことこそが、現在の必勝戦略だ。その仕事を担うのは、バイヤーではなくパーソナル・スタイリストだ」と、パーソナライゼーションプラットフォーム「キュービット(Qubit)」で営業担当責任者を務めるニック・スミス氏は語った。
一方でバイヤーは当惑しながら、一般受けするだけではなく個人の好みにも合う商品を探し求めている。
「この世には2種類のバイヤーがいる。自分の視点を持っているバイヤーと、持っていないバイヤーだ。自分の視点を持てば、データのせいで仕事を失うことはない」と、高級ブランドを扱う小売店のある関係者は語った。「ほかの点では、バイヤーの仕事は特別なものではなくなってしまった。パーソナル・スタイリストがいれば、新しいバイヤーになる」。
「引き返せないところまで来た」
ただ、実状はそれほど簡単ではない。パーソナル・スタイリストがバイヤーに取って代わることができない理由がひとつある。小売企業はサイトの新規訪問者や、数回しか訪問したことのない人については十分なデータを持っていないため、1対1の関係を築くことができないのだ。
オーチャードマイルは、高度にパーソナライズされたeコマース体験を提供する「マイマイル(My Mile)」の開発に取り組んでいる。このシステムでは、顧客はサイズや好みの色について、ボックスにチェックを入れてフィルターをかける必要がなくなる。しかしこうしたサービスには、顧客をあまりにも早くカテゴライズしてしまうリスクがある。
「顧客は特定のタイプの買い物客としてカテゴライズされると、すぐに気づく。早すぎると、顧客を失うことになる」とベイク氏は語った。
セイルスルーのグルーク氏は、いずれバイヤーや商品企画担当者が顧客を2種類に分けて捉えるようになると見ている。頻繁利用客と、そうでない顧客だ。顧客が同じ小売サイトで買い物をすればするほど、アルゴリズムとAIにサポートされた人間のパーソナル・スタイリストは、顧客の好みをより深く知ることができる。だがそうでない顧客に対しては、バイヤーはまだ、個人よりもむしろブランドの意に沿った商品を仕入れる必要がある。少なくとも、いまのところは。
一方でスティッチフィックスは、顧客が本当に気に入る商品はアルゴリズムで予測可能だと確信しており、在庫から商品を選んで買うチャンスを顧客に与えていない。そんな同社でさえ、自社ブランドのデザインにはアルゴリズムのほかに人間を関与させている。
コルソン氏は言う。「我々は引き返せないところまで来た。自らに手錠をかけたも同然だ。だがそれで人間のデザイナーやバイヤーと機械学習、コンピューター管理、商品在庫アルゴリズムの連携を究めることが必要となった。ゆくゆくは誰もが、こうした連携システムを利用して買い物をするようになるだろう」。
Hilary Milnes(原文 / 訳:ガリレオ)