2015年秋の調査では、世界のブランドの42%が導入していると回答したDMP。その時点では、活用歴が1年未満のところがほとんどだったという。
数字だけを見ると、かなり急速に普及している印象だが、実際はまだ、導入に二の足を踏んでいる企業も多いだろう。なにしろ、数種類に渡る大量のデータを統合できるとはいうものの、その詳細を理解するには時間がかかる。また、システムの導入コストや、活用法に関する社内の議論も必要だ。
そこで今回は、DMPプラットフォーム「Cxense DMP」を提供するデータソリューションベンダー、シーセンスの日本法人代表である江川亮一氏と、株式会社ワコールのWebストア営業企画課長、大薮範子氏にご協力いただき、対談を実施。ベンダーおよびブランドの立場から、DMPをめぐる本音を語り合ってもらった。はたしてブランドがDMP導入を成功させるための秘訣はどこにあるのか?
かつては「魔法の箱」とまで表現されたDMP。さまざまなデータを統合し、ユーザー理解を深め、リードの拡大と精緻なターゲティングを可能にすると、大きな期待を抱かせた。
しかし、まだまだ完全に普及したとは言いがたい。事実、2015年9月にエクスチェンジワイヤー・リサーチとオラクルによって行われた調査では、DMPを導入している世界のブランド企業は、43%しかなかった。しかも、その時点では、DMP活用歴1年未満がほとんどで、いまだ成果の判断ができない状況にあったという。
また、同調査の「DMP実装の妨げになったものは何?」という質問に対するブランド側の回答を見ると、「実装に伴う費用:46%」「ROI(投資対効果)を判断できない:32%」「技術および経験の不足:29%」と続く。この結果だけでも、ブランドたちの新しい技術に対して、二の足を踏む様子が透けて見えてくる。
そこで本記事では、株式会社ワコール Webストア営業企画課長の大薮範子氏と、DMPプラットフォーム「Cxense DMP」を提供するデータソリューションベンダー シーセンス日本法人の代表である江川亮一氏の対談を実施し、ブランドおよびベンダーの立場から、DMPをめぐる本音を語り合ってもらった。
はたしてブランド企業がDMP導入を成功させるための秘訣は、どこにあるのか?
まず導入目的とROIが問題
開口一番、ワコールの大薮氏は「もともと成功を収めた通販会社の多くは顧客分析をしっかりやっていた。DMPをきちんと活用している企業はある」と語った。実際、すでに先進的なeコマース企業では、導入が進んでいる。
しかし、その反面、大薮氏は「ブランド企業にとって、DMPの導入は決して楽ではない」と問題提起。「新しいシステムを導入するにあたっては、コストの問題が大きい。インフラ設備の延長線上にあるものと考えれば対処できる方法もあるのかもしれないが、部門によってはROI(投資利益率)への結びつきを求められるので、評価の基準が厳しくなることがある」と指摘する。
「従来広告の費用対効果と比較して、新システム導入でさらに売り上げが増える、効果が出るといった具体的な判断材料の用意が必要だ」。
近年、多くの企業の広告は、マス向けから個人に向けたものへと移り変わりつつある。それを可能とするのがデータだ。デジタルの恩恵を最大限に享受するために、DMPを導入することは、未来への投資と考えられないだろうか。
構築に要する時間も問題
そして、資金面と並んで重要なコストとなるのが、導入に要する「時間」だ。「システム側が提示するスケジュールに合わせるのは難しいことが多い。構築完了までに何年何カ月もの年月を見積もられたら、でき上がる頃には世相が変わり、それを受けて経営計画もシフトしている可能性がある」と大薮氏。
続いて江川氏は「ブランド企業が迅速にPDCAを回そうとしているなか、ベンダー側が『見積もりに時間がかかる』とか『要件定義に1カ月かかる』というのはもう合わない」と、システムの導入・運用にかかる時間を最小化することが重要であると説明した。
導入において社内連携を調整するのは、たしかに手間がかかるものだろう。しかし、それを乗り越えることができれば、導入に関する技術的なことはベンダーに任せることができる。実際のデータ活用は現場の作業となるが、ベンダーの助言やアドバイスは大いに頼りにできるはずだ。
誤解を与えているDMP
一方、DMPと銘打っているソリューションも、実質は単にCRMのデータベースといった小規模なものから、大手ベンダーによるマーケティングオートメーションまで包括した大規模システムまでさまざまだ。当然ながら高機能なシステムは高価で大企業にしか導入できないようなものだったりもする。
そうしたなか、シーセンスの江川氏は、「目的がないままに導入して失敗する事例もあり、『DMPは使えない』と言われてしまうこともあるのが残念だ」とコメント。そもそも、日本の一般的な企業は、縦割り構造が多く、部署をまたいだ連携が少ないこともあり、総合的に見て「DMPが使えない」という誤解を生む原因になっている。
ここ数年、急速にデジタルマーケティングは一般化してきた。ただそれは、バナーをデジタルのなかで掲載する、キャンペーンサイトを作るという一過性の施策とは、本来大きく異なる。DMPでデータマネジメントを行いながら、顧客視点に立ち、より長期的な施策を実施しながらマーケティング資産を蓄積していくというものなのだ。
広告の無駄打ちを解消
ここで「これまでブランドは、Webで不必要な人にまで広告を展開していたかもしれない」と、大薮氏は振り返る。「DMPによって適切なターゲティング、パーソナライズされた情報提供ができるなら、顧客にとってもブランドにとっても良いことだ」。
たしかに、DMPを利用することで費用対効果が高まれば、クーポンやディスカウントで単に勧誘するより、本筋のサービスの質を高めるといった考え方への転換にもつながる。それを踏まえて大薮氏は、「本当はリアル店舗にもこうした考え方があって良いと思う」と、マーケティング全体のあり方に影響を与える可能性をも示唆した。
遅かれ早かれ、どんな企業も今後、データを活用したマーケティングを行うようになる。そのときに求められるのは、旧来の縦割り構造の垣根を超え、製造から販売まで一気通貫して、ユーザー視点に立ち、さまざまな施策をデータ活用しながら実践できる人材だ。
DMP活用のあるべき姿
DMP活用のあるべき姿とは、Webのオーディエンスデータだけでなく、売上データや顧客の属性など、各部門が蓄積したあらゆるデータを全社的に俯瞰しながら施策を打てる環境にある。しかし「縦割りの企業組織内で細分化された予算編成や、システム部門のマーケティングへの理解不足などが障害となって、本来は全社的に進めるべきDMPへの取り組みが各プロジェクトごとに議論されている」と、江川氏は語る。
いまやひとつのブランドが、コーポレートサイト、ブランドサイト、eコマースといった複数のWebサイトを保有する時代だ。大薮氏も「顧客とのタッチングポイントもオフラインはもとより、オンラインだけを見ても、検索エンジン、各種自社サイト、電子メールと多岐にわたるようになった。そのため、それらから得た情報も、バラバラのままでは真価を発揮できずに埋もれていくばかりだ」と、指摘する。
リアル行動ターゲティング、オムニチャネルなど、日々新しい手法が開発されるデジタルマーケティング。それらを効果的に運用していくには、各チャネルを統合したデータがどうしても必要になる。
導入すべきメリット
「組織内の各部門に散らばってしまったデータをDMPに統合することで、ブランド認知やユーザーにとって最適なコンテンツの提供へと役立てることができる」と江川氏。デジタルマーケティングに注力する上で、企業体質を大きく変革してでもDMPを導入すべきメリットが十二分にあることを力説した。
顧客データを統合・分析できるDMPの導入は、オーディエンスの興味や属性に合わせたコンテンツやキャンペーンの配信を可能にするなど、ブランドにとってのメリットが大きいのは明らかだ。
DMPは、データの蓄積が進むほど、顧客の趣味・嗜好に合わせた商品のレコメンデーションや、すでに購入した商品をレコメンドしないように最適化するなど、ターゲティング精度の向上が期待できる「使えば使うほど成長するマーケティングエンジンの中核」と考えられる。
「おもてなし」のツール
たとえば、以下の動画の「Cxense DMP」。オーディエンスデータをファーストパーティデータやサードパーティデータと結合し、ひとりひとりのユーザープロファイルを作成することが可能だ。それによって、ユーザーにとって関連性の高い、パーソナライズされたコンテンツやキャンペーンをリアルタイムに提供することができる。これはまさにオンラインにおける「おもてなし」といえるだろう。
DMPによって顧客理解が深まれば、さらなる詳細なレベルでの「おもてなし」が進む。
江川氏の言を借りるなら「DMPは、ネット上での行動を『見える化』できるツール。たとえばリアル店舗では、はじめてのお客さんにはブランドの紹介やさまざまな商品説明をするが、常連客に対してはそのお客様の好みの商品や興味のある商品の最新トレンドを紹介している。それと同じことをオンライン上で可能にすることがDMPを活用するメリットのひとつ」となる。
データマーケティングの経験がある大薮氏も、これには「誰にも均等押し付け的なキャンペーンではなくて、個々のユーザーの気持ちに沿った『適度におもてなし』されたコンテンツを提供できるのでは?」と共感した。
「Cxense DMP」では、個々のユーザープロファイルを蓄積し、そのなかから利用価値の高いオーディエンスセグメントを作成することができる。特定の商品を買う傾向にあるユーザーのセグメントであったり、会員になる可能性が高いセグメント、また、特定のトピックを読んでいるユーザーといったセグメントを把握し、施策を打つことが可能だ。
データという財産を育てるべき
シーセンス江川氏の持論は「DMPはあくまで『箱』で、これを使うブランド企業にとっての財産は、そこに入れるデータである」というもの。そのため、顧客のブランド企業に対しては「自分たちのビジネスの知見を蓄積し、そしてビジネスの主導権を他人に取られないために、データは必ず自分自身でもつことが重要である」とアドバイスしている。
そのうえで、製品検討、購入、そしてユーザー登録からサポートセンターへの問い合わせ、Web上のFAQの参照などから得られるユーザーエクスペリエンス全体のデータが、部門を超越して統合されていくことで、よりバリューの高い財産としてのデータが育っていくと訴える。
これについてはブランド企業側の立場から大薮氏も「レコメンドや広告系のデータをつなげていくとマーケティング戦略の視野が広がっていく。それを我々も社内で啓発していかなければ」と語り、「サードパーティーなどの外部サービスを利用する場合、そうしたデータの蓄積が利用終了とともになくなることにも注意が必要」と続けた。
「Cxense DMP」の優位性
そして江川氏は、自社の「Cxense DMP」の優位性について「誰でも使えて簡単に施策が打てる、ユーザーフレンドリーなDMPツールだ」と前置きし、もっとも重要な要素をふたつ挙げた。
ひとつは「あらゆるデータを簡単にDMPに取り込めること」。すなわちゼロからデータベースを構築するのではなく、これまでに蓄積したデータを放り込めば簡単に構築完了できるということだ。つまり導入後すぐに商品レコメンドやキャンペーンでリアルタイムにすぐ活用可能となる。
もうひとつは、どういった層にどれだけ広告を打てばより効果的かを、簡単に比較できることだ。江川氏はこれについて「集客も大事だが、上客や興味を持ってくれる層からアプローチしていく。これはブランド企業の会員データを連携していなければできないことだ」と語る。
DMP導入を成功させる秘訣
「まずはやれることから小さく始め、徐々にデータを大きく育てていくのがおすすめである」と江川氏。運用を続けるにつれ、できることが増えていく。それこそがDMPの真価を発揮するための秘訣といえるだろう。
現状、ブランド企業のマーケティングは、「刈り取り」ばかりに目を向けているところが多い。だが、それは単純に短期的な売上を求める施策に落ちることにも繋がるはずだ。DMPを導入すれば、全社的に水平思考でユーザーの姿を捉えることが可能になる。そうして、エンゲージを高めることで、長期的なブランド繁栄を築くことができるのだろう。
費用対効果については、今後拡大することは間違えないデジタル分野への投資として。導入期間については、しっかりとプロジェクト化して、ベンダーとの協力体制を構築することで。利用目的としては、いま求められている全社的マーケティングのバックボーンとして、DMP導入を検討することが成功の近道といえる。
大薮範子 / おおやぶのりこ
株式会社ワコール 通信販売事業部ウェブストア営業部所属。同志社大学文学部卒業後ワコールに入社。商品MD担当を経て新規事業開発、事業企画業務に携わる。2000年よりインターネット戦略、eCRM、Webマーケティング業務を担当。2014年よりeコマースを担当。
江川亮一 / えがわりょういち
シーセンス株式会社 代表取締役社長。日本オラクル株式会社、日本IBMなどを経験した後、2010年、オンライン・メディア企業向けに収益の最大化・ユーザエクスペリエンス向上ソリューションをクラウドで提供するシーセンスの立ち上げに参画し、現職に就任する。
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