社員たちの「燃え尽き症候群」に直面するエージェンシー:「水面下で煮えたぎる危機だ」

ニューヨークのハドソンヤードに位置するヴィナーメディア(VaynerMedia)のオフィスのなかには、エージェンシーの社員たちがリラックスできるよう、たくさんの大人向けのぬり絵や岩塩ランプ、椅子が置かれた瞑想部屋がある。

少なくともひとりの社員にとって、そこはパニックのような発作が起きたときや、泣きたくなるようなときの安全な避難場所として使われるようになった。彼女や周りの社員にとって、いわば「クライクローゼット(泣き部屋)」になったのだ。

その社員が語るには、それは仕事中にやりきれなくなってくると起こるという。「仕事場にいると、私の疾患は悪化してしまう。仕事の出来が著しく悪かったという気持ちから、仕事場で何も達成できなかったという事実を突きつけられてしまうからだ」。

この社員だけではない。エージェンシーの社員たちは、極度に疲弊していていることや、心の健康状態の不安を語っている。なかには、これはエージェンシー業界の本質そのものと関わりがあるというものもいる。非常に忙しく過酷で、クライアントの気まぐれに依存していて、そして昨今は、一時解雇やそのほかの不確実なことだらけの状態だ。

「燃え尽き世代」の人々

DIGIDAY+ が行った調査では、エージェンシー専門家の32%が心の健康状態に不安があるという。これはエージェンシーの種類や、メディアなのかクリエイティブなのかどうかには関係なく、メディアやクリエイティブエージェンシー全体に及んでいる。そしてこれは、国家統計の結果とも合致している。メンタルヘルスアメリカ(Mental Health America)の調査によると、アメリカの労働者の約35%が、生活に悪影響を及ぼすようなストレスを仕事場で感じているという。「燃え尽き症候群」は大きな問題だ。最近の記事での分析によると、雑用疲れやストレス、そして「常に仕事をしていなければ」という発想が、ミレニアル世代が「燃え尽き世代(burnout generation)」といわれる一因になっているという。

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米DIGIDAYが2019年初頭に行なった、エージェンシーのプロフェッショナル446人へのアンケートによると、心の健康と彼らの1週間の勤務時間には相関関係がある。週に50〜59時間働いている人のうち、40%が心の健康状態に不安を持っていたが、週に40〜49時間働いている人では27%だった。

マディー・マーニー氏は、8年間のメディアやクリエイティブエージェンシーでの勤務を経て、2018年にフリーランスとなった。フリーランスになる前は、しばしば週に80時間の労働を強いられていた。疲弊を感じていたのも、フリーランスになった大きな理由のひとつだった。

「予定を立てる、ということなどまったくできなかった。ディナーやハッピーアワーに行けなくなるような何かが日中に起こるかどうかなど、予想することもできない」と、彼女は語る。「夜7時半にオフィスを出て、家に帰って結局すぐに仕事に戻る、なんてこともあった」。

「過労の連鎖」がつきもの

設立してまだ9カ月のアタランタに拠点を置くフリーランス組織、ウィー・アー・ロージー(We Are Rosie)の創設者、ステファニー・ナディ・オルソン氏によると、この組織では1100人のフリーランサーのうちのおよそ900名のメンバーが、エージェンシーの世界を去ってここへ来たという。過労や安月給、または肉体的な疲弊がその原因だ。彼女によると、なかには、劇的な変化を起こしてきっぱり決別しない限りはこの悪循環から抜け出せないと感じ、国を離れて別の国でフリーランス業を営むものもいたという。

「A型の完璧主義者や、または単に失敗者だと思われたくない人にとって、これは心理学上のトラウマとなりかねない」と、オルソン氏は語る。「彼らは、この世界で成功するためには、不健康で精神的に疲れ切らなければならないと感じている。すべてのエージェンシーがモラル上破綻しているとは言わないが、多くがそうだ」。

給料と心の健康にも関連性がある。そして、新人の社員が心の健康の問題を報告するケースも多い。今回の調査対象者のなかで、年収が5万ドル(約550万円)以下の人の41%が、心の健康状態に不安があると答えているが、年収10万ドル(約1110万円)以上の層では28%にとどまっている。

アドエージェンシーは、人と関わる仕事だ。大口の客は仕事量も多くなり、厳しく、ときには不条理な締め切りもしばしばだ。取引をはじめたばかりの相手の場合は特に、マージンは圧縮され、報酬も低いことが多い。転職率も高い。エージェンシーのなかには、仕事がうまくいく道筋にはこうした「過労の連鎖」がつきものになってしまっているところもある。あるソーシャルメディア関連のエージェンシーのバイスプレジデントによると、彼らのエージェンシーは雇用者に週に60から70時間もの労働をさせる。そして、彼らがより良い機会を求めて会社を去ると、すべての同じプロセスをまたいちから繰り返すのだという。

「語られることのない緊急案件」

疲弊や心の健康の問題への対応は、いまでもエージェンシーでは声を上げて語られるような類のものではない。創造性や成功に導くことに取り憑かれているような文化に身を置いてしまうと、問題があることを認めるのは困難になる。

カルチャー関連のコンサルタント企業、ライオネス(Lioness)の創設者であり、また別のコンサルタント企業のDDGで人材戦略部門のマネージングディレクターを務めるステファニー・レドレナー氏は、ハバス(Havas)などのアドエージェンシーや、メットライフ(MetLife)やIBMなどの企業との仕事を通じて、彼らの仕事文化や戦略を構築し、人材を維持している。彼女はこの問題を「静かなる伝染病」と表現している。「これは語られることのない、緊急性の高い問題だ」と彼女は語る。「人は、それについて語ることが恥ずかしいのだ」。また、この問題はすでに、人材の雇用と確保に四苦八苦している業界の痛手になっている。

心の健康状態に問題を抱えている人にとって、この業界の厳しさはその症状を悪化させる要因になりえる。クリエイティブショップのレディー・セット・ロケット(Ready Set Rocket)のオーナーであるアーロン・ハービー氏によると、彼は10歳の頃から強迫性神経障害を患っていたが、ストレスの多い彼の仕事環境や長時間労働により症状が悪化しているという。午前中はCEO相手にクリエイティブキャンペーンの売り込みをするが、夜までには深酒をしたりドラッグに手を出したりして自分を傷つけていた。ある日、自分のノドに肉切り包丁を押しあてて、鏡を凝視している自分に気づいたという。

「これは水面下で煮えたぎっている危機だ」とハービー氏。自殺未遂行為を行なってからは、治療を受けながら自身で非営利機関のメイド・オブ・ミリオンズ(Made of Millions)を立ち上げ、心の病気を抱える人の手助けを行なってきた。「圧力鍋に人を詰め込んだら、噴きこぼれてしまうだろう」。

ひとつだけ確かなこと

エージェンシーで起きているこの問題を解決するのは容易ではない。エージェンシーの4Aでマネージャー向けホストトレーニングのワークショップなどを行う運営組織では、健康について書かれた記事を配布したり、仕事がうまくいっている人向けに適格性認定を提供したりしている。だが、彼らの手に負えないことが多すぎるのが現状だ。

エージェンシーは休憩室を設置してきた。エージェンシーのプロフェッショナルのなかには、運営組織が労働時間を管理したり、残業に対しては給料外での保障を行うべきだと語るものもいる。「労働時間の管理は、我々の業界では非常に難しい。これはクライアントに動かされているためだ」と、4Aで人材・エンゲージメント・インクルージョン部門でEVPを務めるサイモン・フェンウィック氏は語る。

ひとつだけ確かなのは、瞑想部屋や卓球台がこの問題解決の助けになるということはない、ということだ。

Ilyse Liffreing(原文 / 訳:Conyac
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