人は長らくロボットに仕事を奪われることを恐れてきたが、グローバルなAI市場の急拡大はむしろAI分野の強力なリーダーという新たなポジションを生み出した。さまざまな企業で出現しつつある最高AI責任者(CAIO)という役職だ。すでにCTOに代わってCAIOを設置する企業も出現している。
人は長らくロボットに仕事を奪われることを恐れてきたが、グローバルなAI市場の急拡大はむしろAI分野の強力なリーダーという新たなポジションを生み出した。さまざまな企業で出現しつつある最高AI責任者(CAIO)という役職だ。
現在CAIOが見られるのは、すでにAIやテクノロジーの分野で事業を展開する企業であることが多い。2019年にCAIOの任命を発表した小売ブランドのリーバイス(Levi’s)は例外といえる。全体的にCAIOを置いている企業の数は非常に少なく、実際インディード(Indeed)からは拡大の様子を正確にまとめられるだけのデータが集められないという話を聞いている。だが、他の分野にAIの採用が広がるにつれ、ちょうど2011年頃に最高モバイル責任者が登場し始めたときと同じように、最高AI責任者の数も勢いを増していくだろう、というのが専門家の意見だ。
ChatGPTの初期バージョンに携わったオープンAI(OpenAI)の元社員で、現在はジェネレーティブAIを活用するAI創薬企業のアブサイ(Absci)で最高AI責任者を務めるジョシュア・マイヤー氏は「AI分野でシード段階の取り組みがあるのなら、CAIOを置いたほうがいいだろう」と話す。
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最高AI責任者が企業組織の中で将来的にどのような意味を持つのか、現職者たちに話を聞いた。
CTOとCAIOの違い
最高AI責任者とは具体的には何をするのか。最高テクノロジー責任者や最高データ責任者とはどう違うのだろうか。
AIスタートアップ企業のデータイク(Dataiku)など、CTOがAI関連の活動を統括する企業もある。これには「話し合いの場にAIの観点を持ち込む」から「AIを念頭に新製品を開発する」まで、あらゆる活動が含まれる。データイクのCEO、フローリアン・ドゥエトー氏は、経営幹部にAIの観点を強く持つ人物を加えたい企業にとって最高AI責任者を置くことは道理にかなっているという。特にそのような観点が現幹部内にない場合はなおさらだ。
「AIはどの業界においても新しいものだが、なかには本当に何も知らないという業界もある」とドゥエトー氏は話す。「そのような場合は特に、AIの世界の独特のスキルや経験を持った人に助けてもらうことは道理にかなっていると思う」。
マイヤー氏は、業界によってCAIOの役割は異なるだろうと述べた。「数年前はこのような役職はなかった。今日ほどAIがビジネスに対して影響を及ぼさなかったからだ」。
マイヤー氏は、CAIOを他のCから始まる役職とは別に設けるべき最も重要な理由のひとつが、AIに関しては細かい点が大きな意味を持つためだと強調する。
CTOを廃止してCAIOを設置する例も
そのことをまさに実証しているのが、音声データを対象とするビジネスインテリジェンス企業のサウンダー(Sounder)で、同社は2022年11月に組織を変更し、CTOの役職を廃止してCAIOを新設している。
「CTOを18カ月間務めたところで、会社の方向転換に合わせて私を最高AI責任者という役職に移そうという意識的な決定があった」とマーカン・トプカラ氏は語る。「会社のAI事業の拡大を狙った、意図的な変更だった。AIはかなり集中して取り組まなければならないが、CTOは技術面のあらゆる部分について責任を負う立場で、AIだけに専念することはできない。私たちはAIに100%集中したかった」。
現在トプカラ氏はサウンダーのAI製品に専念し、どうすればスケーラブルで費用対効果の高い、正確なAIが構築できるかに取り組んでいる。加えて、AI人材の採用と維持も担当する。
同様に、マイヤー氏もこの1月にグローバルAI担当バイスプレジデントから最高AI責任者という新しい役職に昇進したばかりだ。バーチャルアシスタントを提供するインタラクションズ(Interactions)のシュリニ・バンガロール氏も、1月にAI研究担当バイスプレジデントから最高AI責任者に昇進した。特にAI分野の経験がなくてもAIに何ができるのかを誰にでもわかるようにしたChatGPTとバード(Bard)の影響もあり、2022年末以降、AIを巡る話題は爆発的に増えている。
「この状況を受けて、先見的な企業のあいだで最高AI責任者の任命が見られるようになっている」とマイヤー氏は述べた。「こうしたモデルを構築したことのある、実際の経験を持った人に役員になってもらい、生成されるデータに関する方向性を指揮してほしいと考えているのだ」。
最高AI責任者は何をする人か
マイヤー氏の日常は、さまざまな部門との横断的な共同作業だ。技術面に深く関わり、日々データサイエンティストたちに会って結果を精査し、どのようなモデルのトレーニングを行うのかを検討する。同時に、戦略的なイニシアティブにも取り組み、オポチュニティの明確化やチームのシナジー効果が期待できる適切な分野の策定も行う。
「どのような方向のモデリングに取り組んでいくのかをとても慎重に考える、ということだ」とマイヤー氏は話す。「ときにはコードをのぞいてコードレビューも行っている。研究グループを指揮する場合と同じだ」。
だが当然のことながら、CAIOに託された任務と責任は企業や業界によって異なる。たとえば、ビジネスインテリジェンスを提供するアンスクランブル(Unscrambl)のCAIOを務めるアナンド・ランガナタン氏は、日々AIの最新イノベーションについて学び、研究論文を読み、自ら会社の社内プロジェクトのための開発を行う。ランガナタン氏は史上初の最高AI責任者かもしれない。就任したのはもう8年近く前のことだ。
「当社では、AIアルゴリズムを特に見ることのできる人が必要だと考え、この役職の必要性を(早くから)認識していた」とランガナタン氏は語る。
バンガロール氏は、会社がAIの最前線にあり、AIによってオポチュニティやビジネス価値を生み出せるように支援する役割を果たしているという。AIに関する社内教育にも関わっている。
「AIはスイスアーミーナイフのようなものだ」とバンガロール氏は話す。「誰でも使えるものだが、かといってコルク栓抜きをドライバーの代わりに使用することはできない。何をどこで使用すべきか、どのような制限があるのか、適切な用途は何かを知っている必要がある。私はこのようなことをすべて担当している」。
他の業界でもCAIOの設置が検討される?
マイヤー氏は、テクノロジー分野以外でも最高AI責任者の設置に関心を示し始めるのではないかと考える。
「このような役職では戦略的であることと、トレーニング対象のモデルや構築するデータセットについて正しい賭けができることが重要だ」とマイヤー氏はいう。「だが本当に正しい判断を行うには、豊富で詳細な技術的理解を持っていることが重要」。
たとえば、ホームデポ(Home Depot)がAI参入を検討しているとしよう。最高AI責任者がいれば、ウェブサイト上にAIを活用したショッピングアシスタントを用意するなどの新サービスの立ち上げに役立つだろう。これはサービス開発またはテクノロジーを担当する部門の守備範囲ではあるが、最高AI責任者がいればチャットボットからのデータを活用し、時間をかけてチャットボットをかしこくしていく方法がわかるだろう。AIの表も裏も知り尽くしているような最高AI責任者がいれば、期待される成果物ができることを保証する助けになる。
「最高AI責任者はAI担当者とのコミュニケーションやAI部門の統括だけでなく、他の部門とも密に連携する」とマイヤー氏は話す。「もし会社がAIに賭けるのであれば、そのために使用するデータは絶対に必要だ」。
ランガナタン氏も同じ意見だ。数年後には、従来型の企業の一部もAI関連の役職を置くようになると考えているという。だがいったん増えたあと、先細っていくのは避けられないだろう。
将来的には影を潜めるのでは
「モバイルプログラミングが登場したときのことを覚えている」とトプカラ氏は語る。「最初はニッチ的なものだったが、やがて誰もがモバイルを使わなければならない時代になって、それは全員が学ぶものになり、誰にとっても当たり前のものとなって、その取り組みを指揮する人は要らなくなった」。
最高AI責任者の役割も、将来的には影を潜めていくのではないかと考えているそうだ。トプカラ氏は次のように述べている。「いつか、誰もがAIを理解していなくてはならないときがやってくる」。
[原文:The rise of the chief AI officer]
Cloey Callahan(翻訳:SI Japan、編集:分島翔平)