完全 キャッシュレス 店舗は、新たな「差別」?:小売業者が直面する倫理問題

コンビニエンスストア、レストラン、実店舗の小売店が利便性を競ってキャッスレス化を進めるなか、主に権利擁護団体や政治家などを中心に、倫理面からの反発が広がっている。

最近ではブルーボトルコーヒーが完全なキャッシュレス化を発表し、アトランタのメルセデス・ベンツ・スタジアムが、完全なキャッシュレス化のテストをはじめると発表した(日本でも楽天が1月10日に「スマートスタジアム構想」を発表している)。

しかし、2月、フィラデルフィアの市議会では、一部の例外を除き、ほとんどの店に現金の受け取りを求める法案が通過した

フィラデルフィアだけではない。ニューヨーク市、ニュージャージー、サンフランシスコ、ワシントンD.C.などでも、キャッシュレスストアの禁止を議員たちが検討し、クレジットカードを使えない「アンダーバンクト(Unbanked)」にあたる人々やコミュニティへの差別だとの声を上げている。

マサチューセッツに至っては、キャッスレス店舗が完全に違法だ。もっとも、これは最近の流れではなく、1978年からのことだ。

「差別だ」とする政治家の声

こうした米国屈指の大都市でキャッシュレス店舗に対抗する法律が取り上げられているとなると、小売業者はもはや反発を無視しているわけにはいかない。現金を受けつけない小売業者は差別だとする政治家の声はますます高まっている。ただ、成り行きを見守る小売業者には、厳密なキャッシュレス店舗は少数であり、禁止はすべての小売業者に適用するべきではないという声もある。

金融や経済の不公正問題を研究する政策グループ、センター・オブ・レスポンシブル・レンディング(Center of Responsible Lending:責任ある貸付センター[以下、CRL])で連邦担当のディレクターを務めるスコット・アストラーダ氏は、「キャッシュレス化の利便性は経済的公正と引き換えであることを小売業者は無視してはならない」と語る

「現金払いという選択肢は、買い物をする機会を(すべての)個人に開くものなのであり、軽視してはならないと考える」と、アストラーダ氏は話す。

アン/アンダーバンクト世帯

米連邦預金保険公社(FDIC)の2017年の調査では、米国の4分の1近くの世帯が、預金保険に加盟している金融機関の当座口座や貯蓄口座が利用できない「アンバンクト世帯」、または、当座口座または貯蓄口座は利用できるが支払いのためにペイデイローンのような非加盟の金融サービスに依存している「アンダーバンクト世帯」にあたることがわかった。およそ3200万世帯という計算になる。

黒人、ヒスパニック、低収入、低学歴の世帯ほど、アンバンクトである可能性が高くなる。現金の支払いを拒否している小売業者は、こうした層の人々が買いにくくしていることになる。

キャッシュレスの動きはまだ一部。業界には、アンダーバンクトの顧客があまりいない業者がある。

DTCブランドたちの動向

小売業者では、ボノボス(Bonobos)、エバーレーン(Everlane)、インドチノ(Indochino)、リフォーメーション(Reformation)、キャスパー(Casper)などが店舗でキャッシュレス決済システムを採用している。レストランチェーンのスイートグリーン(Sweetgreen)やドス・トロス(Dos Toros)も、現金の受け取りを停止している。キャッシュレス化でいちばん引き合いに出される主張は利便性で、精算の迅速化だ。また、レストランの場合、現金を扱うと強盗に狙われる可能性が高くなる可能性がある。スイートグリーンは、幹部によると、キャッシュレス化前は年に数件、強盗に入られていたという。

インドチノは、オムニチャネル担当VPのマイケル・マッキンタイア氏が、「デジタルネイティブなブランドであり、ショールームは実質的にオンラインプラットフォームの延長なので、当然のことだった」と、メールで語った。

およそ400ドルからの男性向け注文スーツを販売するインドチノは、41あるショールームのすべてでキャッシュレス決済システムを採用している。「当社ではスタイルガイドたちが、まず顧客のオンラインプロフィールをiPadで作成する。そして、このプラットフォームを通じて、(型紙製作のための)採寸のプロフィールを追加し、顧客が選択した生地とカスタマイズのオプションから注文を作成し、オンラインで支払いを受け取る」と、マッキンタイア氏はいう。

マッキンタイア氏によると、インドチノのショールームは、小切手を受け取るクラーナ(Klarna)による分割払いを受けつけているという。国際的なものについては、アリペイ(支付宝)のようなピアツーピア決済のオプションやACH送金を考慮している。

全米小売業協会の主張

小売業者の米国最大の業界団体である全米小売業協会(The National Retail Federation:以下、NRF)はというと、決済をどう受け入れるのかは小売業者が選べるようにするべきだとの主張であり、キャッシュレス店舗を禁止する法律の通過は望んでいない。

しかし、NRFは一方で、キャッシュレス店舗の流行を軽視しようとしているところがある。

「クレジット払いは手数料が(相変わらず)高すぎる」と、NRF広報担当のクレイグ・シャーマン氏はいう。「購入額の2~3%が手数料だ。というと多くないようだが、業界全体だと1年で800億ドルになる(中略)。(キャッシュレスは)いまのところ限定的で、小売業者が業界全体でキャッシュレス化という流れがあるというわけではない。大手デパートやチェーンのディスカウントストアでは行われていない」と語る。

現金払いに対する需要

しかし、少なくとも現金払いをする消費者の数は減少している。小売業とホスピタリティー産業のコンサルティング企業であるIHLの2018年の調査では、小売購入全体のうち現金支払いは現在、30%であることが明らかになった。

消費者アドバイザリー企業のルーズ・スレッズ(Loose Threads)の創業者でリードアナリストのリッチー・シーゲル氏によると、ルーズ・スレッズの顧客のデジタルファースト企業が最初の実店舗を立ち上げる場合は、現金も受け取るPOSよりも「クレジットカードのみを扱うショッピファイ(Shopify)のPOSをはじめるほうがはるかに簡単」なことが多いという。美容品やアクセサリーなど、必須ではない商品を販売する小売業者の場合、現金の取り扱いをはじめるニーズも需要もまだないと、シーゲル氏は語る。

「食品はとりわけ懸念され議論される分野だが、その他の消費者カテゴリーでは、(現金の受け取りは)そこまでのニーズはないと思う」とシーゲル氏。「女性向けライフスタイルのグープ(Goop)に行って現金を扱っていなかったからということで、グープを(ことさら)エリート主義だと考える人は多くないと思う。グープはもともとエリート主義だと思われている」と語った。

法律の例外と打開策

フィラデルフィアの法律か示唆することがあるとすれば、キャッシュレス店舗の禁止を検討している都市の多くは例外を設ける可能性が高いということだ。駐車場や、コストコのような会員制の店舗は、プログラムから除外されている。Amazonは、会員プログラムのプライムがあることから、法律の文言上、レジ係がいないAmazon Goの次世代店舗を引き続きフィラデルフィアに開店できるはずだと、フィラデルフィアの市議会メンバーは発言している。しかし、Amazonは、Amazonの弁護士によると、店に入るのにAmazonプライムが必要なわけではないことから、法律の文言は十分ではないと懸念しているという。

CRLのアストラーダ氏は、「フィラデルフィアの法律は、日用品について現金に依存していたり現金が使われたりしているコミュニティには保護を設け、企業には合理的な配慮をすることが可能だということだと思う」と語った。

まだ数は少ないが、クレジットカードを使えない顧客が料金を払えるように手を打つ施設が出てきている。たとえば、メルセデス・ベンツ・スタジアムは、現金を投入してプリペイドのデビットカードが受け取れるATMを設けることになっている。このカードを使って、食べ物や飲み物を購入できるわけだ。

「人口の4分の1を無視できない」

キャッシュレス化への反発をまだ心配していない小売業者も、フィラデルフィアの後に続く都市が増えれば、スクエア(Square)やショッピファイのPOSシステム以外の支払い方法を検討することが必要になるかもしれない。

「支払いの利便性ということなら――人口のほぼ4分の1を無視することはできない」と、アストラーダ氏は語る。「キャッシュレス経済への動きによって、実はこの問題が大きくなっていると、私は考えている」。

Anna Hensel (原文 / 訳:ガリレオ)