「常にカスタマーのことを念頭に置く」という理念を好み、Amazonのような成功例を辿ろうとするD2Cスタートアップは多い。だが限度を超えた振る舞いをするカスタマーが存在するのもまた事実だ。マスク着用を促され激昂する、人種差別的な言動をとるといったカスタマーの行為で実際に傷ついているのは、店員にほかならない。
D2Cブランドは一般的に、小売業界の旧来のやり方を避ける傾向にある。だが、そんなD2Cブランドが唯一無視できないのが「カスタマーは常に正しい」という考え方だ。
「常にカスタマーのことを念頭に置く」という理念を好み、Amazonのような成功例を辿ろうと試みるD2Cスタートアップは多い。だが限度を超えた振る舞いをするカスタマーが存在するのもまた事実だ。店でマスクをつけるように言われて激昂する、人種差別的な言動をとるといったカスタマーの行為で実際に傷ついているのは、店員にほかならない。
そこで小売コンサルタントは、敵対的な言動をとったり危険な状況を作り出したりするカスタマーの怒りや興奮を店員が和らげるためのトレーニングをD2Cスタートアップが実施すべきだとアドバイスしている。いくらD2Cスタートアップがダイバーシティ、インクルーシブ、透明性といった価値観を訴えたところで、実際に店員がその価値観にそぐわない体験をし、カスタマーがそれを知ってしまえば、ブランドの掲げる言葉など、ただの偽善だとみなされてしまうだろう。
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ウォルマートの元ダイバーシティストラテジストで、カブラル・コンサルティング(Cabral Consulting)を創業したアンバー・カブラル氏は「カスタマーは常に正しいというのは結構だ。だが安全ではない状況を作り出すカスタマーにそれは当てはまらない」と語る。
グロッシアーの店員が受けた災難
8月第4週、コスメのD2Cブランド、グロッシアー(Glossier)の店員からなるグループ「アウタ・ザ・グロス(Outta the Gloss)」は、同社の経営陣に向けたメッセージを公開した。同グループは、グロッシーが社内で「エディター(editors)」と呼んでいる店員の扱いとトレーニング方法を変えるよう要求している。同社はコロナウイルスのパンデミックを受けて今年一杯は店舗の営業再開を見送る方針となっており(営業自体はやがて再開予定)、8月7日には全店員をレイオフしている。
同社は米DIGIDAYの姉妹サイト、モダン・リテールからの質問に対し、以前のSNSへの投稿のなかから引用しつつ、「この極めて重要な時期にあって、小売社員がサポートされていないと感じる環境にせざるを得ないことを心よりお詫びし、ブランドとして掲げる価値観と、カスタマーに提供するサービスの質が当社の社員にまで行き届くようにするためのプロセスを示していく」と回答している。
グロッシアーの元店員は上記のメッセージのなかで、店内でカスタマーから人種差別的な行為を受けた店員がいたにもかかわらず、上司が適切に対応してくれなかったと述べている。具体的にはラテン系の店員に対し「不法入国者」と暴言を吐いたカスタマーが、複数回にわたって入店するのを見逃したと主張している。また、店内で「販売製品のうちもっとも暗い色の化粧品を顔に塗ってふざけていた」白人の十代の若者グループに対し、退店を促すこともしなかったと明かしている。
グロッシアーは、アウタ・ザ・グロスの要求を受けていくつかの改善を行う予定としている。同社では全社員に反人種差別のトレーニングを定期的に行う、店舗内にカスタマーに向けた「行動規範」を表示する、人事担当者を常駐させるといった取り組みを検討しているようだ。
カスタマーに向けた行動規範を表示
コンサル企業のコンドラト・リテール(Kondrat Retail)の創業者レベッカ・コンドラト氏は、自身の経験から、どの小売企業でも大なり小なりカスタマーの怒りや興奮を和らげる対処法のトレーニングを実施しているが、初めて店舗を出すD2Cスタートアップではこれが不十分なケースも少なくないと語る。
コンドラト氏はこれまでスターバックス(Starbucks)やApple、ワービー・パーカー(Warby Parker)の店舗管理も担当してきた。同氏は「カスタマーが怒っているときは、別の視点を提供する、何に対して起こっているかを分析するといったトレーニングは行われている」と語る。「不足しているのは、そういった対処でもカスタマーが落ち着かない場合、どうすべきか? という指針だ」。コンドラト氏は、グロッシアーがカスタマーに向けた行動規範を表示すると発表したことに対し、ほかのスタートアップも採用を検討すべきだと語る。
カブラル氏は、こういったトレーニングは定期的に行わないと、十分な効果を発揮できないと指摘する。反復して実施することで、全社員にメッセージが浸透し、新入社員にもすぐにトレーニングが完了するというメリットがある。さらに同氏は、それだけでなく1対1での対話やオンラインで社員とコミュニケーションをとるなかで、トレーニングで伝えたメッセージを改めて強調することが効果的だとしている。
「現実問題として対処が非常に難しく、うまく処理できない場合もある。そういったケースについても物怖じせずに向かっていけるかを確認することが重要だ」とカブラル氏は語る。
「自信を持って対処できるように」
だが、手に負えないカスタマーの対応を迫られた店員にとって、役立つようなトレーニングは限られている。コンドラド氏は、オンラインでの評価が非常に重視される小売業界にあって、店員はこういったカスタマーをなだめる程度の対応しか許されない場合が多く、経営陣の考えを変えるのも容易ではないだろうと指摘する。店員に度を超えた暴言を吐いているカスタマーの様子を撮影した動画がSNSで拡散することもあれば、イェルプ(Yelp)で「店員に不当な扱いを受けた」と嘘のレビューを書くカスタマーもいる。
そして店員にとっても、カスタマーと衝突するのは怖いものだ。最近も、店内でマスクの着用を求めた店員にカスタマーが暴力をふるったという例がある。店員が手に負えないカスタマーを恐れるのも当然だろう。
「トレーニングや教育、組織構造では最前線で働く店員の負担を完全に取り除くことはできない」と、カブラル氏は語る。「店員が自分の対応は正しいと自信を持って対処できるようにするためには、企業側にも店員のサポート手段を具体化し、明示しなければならない」。
[原文:By being too customer-obsessed, DTC startups are failing their retail employees]
ANNA HENSEL(翻訳:SI Japan、編集:長田真)