この記事は、小売業界の最前線を伝えるメディア「モダンリテール[日本版]」の記事です。 何カ月も話題になっていたビルケンシュトック(Birkenstock)のIPO(新規公開株)は、最初の一歩でつまずいた。 ドイツのサンダ […]
この記事は、小売業界の最前線を伝えるメディア「モダンリテール[日本版]」の記事です。
何カ月も話題になっていたビルケンシュトック(Birkenstock)のIPO(新規公開株)は、最初の一歩でつまずいた。
ドイツのサンダルメーカーであるビルケンシュトックの公開株式市場への上場は、今年のもっとも期待されたIPOのひとつだった。しかし、10月11日水曜日に取引がはじまったときの株価の始値は41ドル(約6150円)で、ビルケンシュトック自身が設定した価格より5ドル(約750円)も低かった。株価は低迷しつづけ、その日の終値は13%近くも低下した。全体として、ブルームバーグ(Bloomberg)のデータによると、10億ドル(約1500億円)を超える評価額の企業としては、この2年近くで最悪の上場だった。
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ビルケンシュトックは、2021年にワービーパーカー(Warby Parker)、オールバーズ(Allbirds)、フィグス(Figs)のIPOが立て続けに行われて以来、初めて上場を果たした大手消費者ブランドのひとつだった。ビルケンシュトックのファンは、特に最近の成長を考えれば、同ブランドがニューヨーク証券取引所(New York Stock Exchange)で成功するかどうかに対して楽観的だった。今年前半に提出されたF-1によれば、2020年度から2022年度のあいだに収益は70%も増加した。2023年3月31日までの6カ月の収益は6億4417万3000ユーロ(6億9162万ドル、約1040億円)で、1年前の5億4255万8000ユーロ(5億8252万ドル、約874億円)より増加した。
しかし最終的に、これはビルケンシュトックの株価を支えるには不十分だった。10月11日の取引の終了時点で評価額は約77億ドル(約1兆1600億円)で、目標の評価額の86億ドル(約1兆2900億円)を10億ドル(約1500億円)近くも下回った。
アナリストや専門家によれば、ビルケンシュトックの業績不振は、いくつかの原因が考えられる。企業への過大評価、まだ回復途中の市場に投資することへのためらい、フットウェア部門への信頼の欠如などだ。これらの要因が重なれば、ほかのブランドも、同様の経済状況において、今後数カ月にIPOをめざすことに慎重になる可能性がある。
市場の誤算
ビルケンシュトックの株式公開に関する最大の問題点のひとつは株価の設定方法だと、グローバルデータリテール(GlobalData Retail)でマネージングディレクターを務めるニール・サンダース氏は米モダンリテールに語った。ビルケンシュトックはIPOを中程度の価格に設定したものの、「評価額についての倍率が高く、投資家がこのビジネスに対する信頼を信頼していなかったということだろう」と、同氏は述べている。ビルケンシュトックは当初、2022年度の収益の6倍以上の評価額を求めていた。
2021年当時、高い評価額で株式を公開した企業は、それほど反発を受けなかったと、サンダース氏は語る。人々はそれらのブランド、特にD2Cブランドの株を購入することに熱意を持っており、高い倍率の価格を喜んで支払ったと、同氏は説明する。ワービーパーカーの初期評価額は45億ドル(約6750億円)で、2020年度の収益である3億9370万ドル(約591億円)の11倍を超えていた。オールバーズの初期評価額は22億ドル(約3300億円)で、2020年度の収益である2億1930万ドル(約329億円)の10倍を超えていた。
今日の人々はこのような高い倍率に対して、当時ほど、特に一部の専門家が景気後退の可能性を警告しているため、寛容ではないと、サンダース氏は語る。「市場は当時と異なる。ビルケンシュトックはその点を証明したと思う」と、同氏は述べている。
フットウェアへの需要が低調
ビルケンシュトックのIPOに影響するほかの要因として、フットウェアへの需要が低調なことが考えられると、モーニングスター(Morningstar)の消費者株式調査担当のシニア株式アナリストを務めるデイビッド・スワーツ氏は指摘している。ブランドは何カ月にもわたり、ガソリンや食品に使うお金を確保するため自由裁量の購入を切り詰めているような顧客を引き付けることに苦労していた。また、フットウェア小売企業は高水準の在庫をコントロールするのに苦戦しており、2023年の業績は、ロックダウンのあとで買い物客が店舗に列を作った2021年と比べると、多くの場合悪化している。
たとえばオンランニング(On Running)やホカ(Hoka)など、売上が急増したフットウェア企業がある一方で、浮き沈みの激しかった企業もある。ほかの業者にとっては起伏がある年だった。ナイキ(Nike)は、最近の決算が好調であったにもかかわらず、今年の年頭に比べると17%下落した。アディダス(Adidas)は昨過去1年半で何度も業績予想を下方修正し、フットロッカー(Foot Locker)は8月に売上低迷について警告を発した。
「私が調べている企業のほとんどは現在株価が低下している。ビルケンシュトックだけではない。フットウェアやアパレル業界の多くの企業は現在の株価が低調だ。これが原因のひとつだと思われる」と、スワーツ氏は述べている。
株式公開についての評価
今後数カ月に株式の公開を計画しているファッション企業はごくわずかだが、それでも今後公開予定の大手業者はスキムズ(Skims)やシーイン(Shein)、そして恐らくリフォーメーション(Reformation)など、いくつかのビッグネームにその可能性がある。これらのブランドが株式の販売を開始する頃には市場の状況が改善している可能性はあるものの、ビルケンシュトックの株式の実例は警告的な話になるかもしれないと、複数の関係者が述べている。
サンダース氏は、ビルケンシュトックの実績を見て、「多くの企業はIPOの発売を延期するだろう」と語る。「ビルケンシュトックはある種のシンボルで、IPOについて市場が回復したかどうかのテストだった。そしてテストの結果、市場は回復していないことが示されたと思う。極端に高い評価額でIPOを行うことはもうできない」と、同氏は述べている。
消費者の傾向と一致した、収益性のある企業として、ビルケンシュトックは「多くの基準を満たしており、もし堅実な企業が十分に良好な株価を達成できないなら、利益を上げていないD2C企業など、ほかの企業にはほとんど望みがないということだ」と、サンダース氏は述べている。
2023年に株式を公開したいくつかの企業の結果は悲喜こもごもだ。インスタカート(Instacart)は、IPOで得られた分のほとんどを2日目の取引で失った。クラビヨ(Klayvio)の株式は当初2ケタ上昇したものの、それ以降に下落した。英国のチップ設計企業であるアーム(Arm)は、順調なIPOにより、企業の評価額は679億ドル(約10兆2000億円)に達した。
今後は長期間にわたって非公開のままでいる企業が増えるかもしれないと、スワーツ氏は語る。「企業は良好な評価によって民間金融を受けてきたため、これまでのように株式を公開する動機が薄れた」と、同氏は述べる。たとえばシーインは2022年4月に1000億ドル(約15兆円)に評価されたが、そのあとで評価額が660億ドル(約9兆9000億円)に下落した。
「非公開企業として評価額が1000億ドルなら、資金がある限りは株式を公開する理由はないと、企業は考えるだろう」と、スワーツ氏は述べている。
投資家もまた、利率が再度上昇した場合に備えて、ビルケンシュトックへの投資を思いとどまってきたと、リムカレッジ(Lim College)のファッションマーチャンダイジングおよびマーケティングの準教授を務めるマーラ・グリーン氏は米モダンリテールに語った。2022年3月以来、連邦準備制度(Federal Reserve)は短期標準金利を11回も引き上げた。
正しい方向への一歩
ビルケンシュトックは、公開株式市場への上場で苦境に立たされているが、それでも企業として依然堅実な地位にあるとも言われている。
まず、この分野で株式を公開したほかの企業と比べて、ビルケンシュトックは年間の収益が大きい。オールバーズもIPOが多くの注目を浴びたが、上場企業として獲得した利益をほぼすべて失った(上場後に同社の株価は96%下落した)。ドクターマーチン(Dr. Martens)も高い評価額を獲得して株式を公開したが、「実績に関しては少し期待外れだった」と、サンダース氏は述べる。同社は最近になって年間収益がはじめて10億ドル(約1500億円)を突破したものの、株価は上場以降75%下落した。
ビルケンシュトックは、商品の強さと、顧客層の大きさに恩恵を受けていると、英国を拠点とするコンサルタンシーのザ・ショー・コンサルタント(The Shoe Consultant)のディレクター、スザンナ・ダブダ氏は米モダンリテールに語った。ビルケンシュトックはF-1において、米国における同社の消費者の約70%が最低2足のビルケンシュトックの靴を保有していると述べている。また同社は、ディオール(Dior)やマノロブラニク(Manolo Blahnik)などとのコラボレーションでも注目を浴びた。
「ビルケンシュトックに必要なのは、株価の下落に惑わされたり、落胆したりせず、これまでの路線を維持することだ。過去と将来の両方の顧客とつながり、優れた品質の商品を作り、顧客が共感するようなコラボレーションやインフルエンサーパートナーシップによって売上を促進することに再集中すべきだ」と、ダブダ氏はメールで語った。
また、ビルケンシュトックは250年近い歴史を持つ企業だが、株式の上場はまだはじまったばかりだと、スワーツ氏は指摘している。株価は今後上がることも、下がることも考えられる。
「肝心なのは、6カ月、1年、2年後の株価だ。IPOが注目を集めたとしても、上場が成功するとは限らない。逆に、最初が低調だったとしても、失敗になるとは限らない」と、同氏は述べている。
[原文:Birkenstock’s lackluster IPO could be a warning sign to other brands]
Julia Waldow(翻訳:ジェスコーポレーション、編集:戸田美子)
Image via Birkenstock