2019年以降、エスティ・ローダー(Estée Lauder)、プイグ(Puig)、コティ・インク(Coty Inc.)、ロクシタン(L’Occitane)はそれぞれ過半数の株式購入を行っている。独立ブランドと戦略的な買い手のあいだに新しい出口戦略が生まれつつある。
この記事は、DIGIDAY[日本版]のバーティカルサイト、ビューティ、ファッション業界の未来を探るメディア「Glossy+」の記事です。
独立ブランドと戦略的な買い手のあいだに新しい出口戦略が生まれつつある。
2019年以降、エスティ・ローダー(Estée Lauder)、プイグ(Puig)、コティ・インク(Coty Inc.)、ロクシタン(L’Occitane)はそれぞれ過半数の株式購入を行っている。コティは、2019年11月、カイリーコスメティックス(Kylie Cosmetics)の株式51%を6億ドル(約700億円)で獲得。エスティ・ローダー・カンパニーズは、2021年2月、デシエム(Deciem)への投資を約29%から約76%に増やすと発表。そして、3年後には残りの株式を購入するという合意にも至った。また、2021年6月にはプイグがシャーロットティルベリー(Charlotte Tilbury)の支配株を非公開の金額で購入している。先日、ロクシタンは、ヒーラ・ヤン氏が設立した(同氏はCEOでもある)ソル・デ・ジャネイロ(Sol de Janeiro)の過半数83%の株式取得を発表した。この取引で創業6年のソル・デ・ジャネイロは4億5000万ドル(約522億円)と評価された。
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ビューティ業界のブランドの株式取得の現状
特別買収目的会社(SPAC)やIPO、プライベートエクイティの買収と同様に、過半数の株式取得は創業者や所有者にとって出口アプローチのひとつとして機能する。過半数の株を所有することは、とくにリスクの軽減に役立つが、同時に、ブランドのライフサイクルの早い段階において大企業が関与する機会にもなる。複数のビューティ分野にわたる継続的な力強い成長と相まって新規ブランドやビジネスモデルが日々ローンチされており、買い手になる絶好の機会が存在している。しかし選択肢が多く、また消費者の習慣や経済状況は急変しているため、昔ほど容易な市場であるとは限らない。
「市場にはこのようなブランドの細分化があり、投資家が成功を収める投資先を特定して選ぶのはむずかしくなっている」と述べているのは、L.E.K.コンサルティングのマネージングディレクター兼パートナーであるマリア・スタインゴルツ氏だ。「(一部を所有するという構造は)目新しいものではないが、ツールとして存在し続けるだろう」。
ロクシタンとソル・デ・ジャネイロの関係
ヤン氏の目標はソル・デ・ジャネイロを10億ドル(約1153億円)規模のライフスタイルブランドに成長させることだ。ロクシタンには高品質の成分、サステナビリティやほかの研究開発が焦点化され、専門知識もあるため、ソル・デ・ジャネイロがその目標を達成する促進力になるだろうと同氏は述べている。また、ソル・デ・ジャネイロのような小規模なブランドにとってロクシタンは適切なサイズであり、ソル・デ・ジャネイロが大規模なポートフォリオのなかで埋もれる可能性は低いだろうとも語っている。ソル・デ・ジャネイロの2020年の純売上高は約6000万ドル(約69億円)であり、2021年には1億ドル(約115億円)に手が届くほどの成長ぶりだった。ソル・デ・ジャネイロには、2019年に投資を受けている外部パートナー、プレリュード・グロウス・パートナーズ(Prelude Growth Partners)がいた。ロクシタンはコメントを拒否している。
「ロクシタンは、必要なレベルの配慮とリソースをソル・デ・ジャネイロにつぎ込むために深く関与しなければならない。それがこの取得の背後にある考え方だった。プレリュードにとっても絶好の機会だった」とヤン氏は語っている。「ロクシタンとソル・デ・ジャネイロには似たような目標が多くある。私はこのパートナーシップに自信と満足を感じており、ワクワクしている」。
大企業の狙いと小規模ブランドへの影響
ローレン・レイブラント氏は、ビューティとウェルネスを担当するベアーズ・コンシューマー・インベストメント・バンキング・グループ(Baird’s Consumer Investment Banking group)のディレクターである。同氏は、より柔軟な取引構造、そして変わりつつある取引環境への対応が存在していると述べている。P&Gやロレアル(L’Oreal)のような戦略的な買い手は下流にシフトして小規模なブランドを購入することに慣れてきている。そのため、プライベートエクイティはより貪欲になり、戦略的な買い手に購入される前に小規模なブランドに投資したり、そのようなブランドを購入したりして、これまでよりも早い段階で関与するようになっている。この動きの結果として、小規模なブランドは市場に出てから様々な圧力に耐え自社の気概を証明するのに十分な期間を経験していないため、戦略的買い手には多くのリスクがある。実質的には過半数の株式取得は大企業の賭けをヘッジするための戦略となることが多い。
レイブラント氏は次のように述べている。「戦略として、新しいブランドを社内で開発してインキュベートするよりも、外部の新規ブランドや新製品を獲得するほうがはるかに簡単だ。新しさが優先されるために、狙っているブランドが確立されているという転換点に完全に到達していないというリスクを少し負うことになる。しかし、ブランドが5000万ドルから1億ドル(約58〜116億円)に急成長する可能性があるので、戦略家は下流に向かって快適に進むことができる。ブランドが大きくなりすぎて買収が困難になる前に、小規模なレベルで確実に購入したいと考えているのだ」。
ビューティ業界は、とくにこの2年間はコロナ禍による経済的圧力と市場の圧力下で失敗や挫折を経験してきた。2020年7月、ロレアルが所有するクラリソニック(Clarisonic)はコロナ禍で消えた最初の主要ブランドとなった。そのあとには、2021年4月にロディ・オリオ・ルッソ(Rodin Olio Lusso)が、2021年9月にベッカコスメティックス(Becca Cosmetics)が消滅した。どちらもエスティ・ローダー・カンパニーズの所有だった。しかし、2020年以前でも100%の大規模な株式取得が重荷になった例はいくつもあった。コティ・インクは、2016年、P&Gのビューティポートフォリオの買収を吸収するのに特に多大な困難を抱えた。また、小規模なブランドは、目立つ兄の後ろに隠れている地味な弟のごとく、大企業内で忘れられてしまうというリスクを負っている。
「あるブランドを獲得して、それぞれ1億ドル(約116億円)以上の収益のある複数のブランドを含むポートフォリオに組み込むことはとても難しい。1億ドル(約116億円)のブランドを管理するのと2500万ドル(約29億円)のブランドを管理するのでは大きく異なるからだ」とレイブラント氏は言う。
ヤン氏自身も、自分の役割を創設者やCEOだけではなく、ブランドの門番としても考えていると述べている。少数株主を維持することで、自分が財産管理人としてブランドを確実に繁栄させることができると言っている。
「買い手がいくらそのブランドを愛していても、創業者と同じようにブランドを理解しているわけではない」とヤン氏。
カイリーコスメティックスやシャーロットティルベリーのように有名な創業者が主導しているブランドの場合、持ち株を通じて創業者とブランドとの結びつきを維持することは、創業者によくある居心地のいい俸給制のクリエイティブディレクターの役割よりも優れた長期シナリオでもある。有名な創業者がブランドを離れるとき、顧客関係の観点やすでに獲得しているメディアバリューポジションから価値が奪われるリスクがある。
このようなブランドのなかには、12億ドル(約1387億円)のカイリーコスメティックスように非常に高い評価を受けているところもある。これが意味するのは、事業の100%を買収した場合にはそれを消化して正当化するのに困難が生じる可能性があるということだ。しかし、小さい規模でありながらも重要な株式を購入することにより、戦略的な買い手は買収に対してより慎重でコントロールを持つことができ、また将来的に大部分を獲得することができるかもしれない。スタインゴルツ氏は、キャッシュフローの状況と資金の利用可能性は、成長の可能性と人材・管理チームの保持とともに、戦略的買い手が考慮する要素の一部だと述べている。
「この方法では、創業者は事業を一気に現金化しないものの、将来の成長から利益を得ることができる」とスタインゴルツ氏。「買い手の観点からはこれは理にかなっている。なぜなら人材を保持することができるからだ。また、親会社に取り込まれるのではなく、(買収された)企業が独自のブランドとアイデンティティを維持することによって買収のリスクが軽減されることになる」。
EMMA SANDLER(翻訳:ぬえよしこ、編集:山岸祐加子)