7月以来、キム・カーダシアン氏が自分のブランド、スキン・バイ・キム(SKKN by Kim)をコティ(Coty, Inc)から買い戻す交渉をしているという噂が流れている。そして、8月には異母妹のカイリー・ジェンナー氏もカ […]
7月以来、キム・カーダシアン氏が自分のブランド、スキン・バイ・キム(SKKN by Kim)をコティ(Coty, Inc)から買い戻す交渉をしているという噂が流れている。そして、8月には異母妹のカイリー・ジェンナー氏もカイリーコスメティクス(Kylie Cosmetics)の買い戻しを検討していると報じられた。
キム・カーダシアン氏のニュースはウォール・ストリート・ジャーナル紙に最初に報じられ、売却価格は未定で、最終的な合意も保証されたものではないと記されていた。コティは2021年にスキン・バイ・キムの株式20%を2億ドル(約297億円)で取得し、スキン・バイ・キムの評価額は10億ドル(約1484億円)となった。当時、同ブランドはカニエ・ウェスト氏と結婚していたカーダシアン氏のイニシャルを表す「KKW」として知られていた。2021年にKKWは再ローンチのために廃止され、2022年6月にスキン・バイ・キムとして生まれ変わった。カイリーコスメティクスも2021年に数カ月間休止していたが、同年、アップグレードした処方とパッケージの新製品で再ローンチした。ウォール・ストリート・ジャーナル紙の情報筋は、カーダシアン氏が買い戻したい具体的な理由には言及しておらず、スキン・バイ・キムからコメントのリクエストに対する返事はなかった。一方、ブルームバーグは、カイリー・ジェンナー氏が自分のブランドに対するコティの経営に不満を抱いていると報じている。カイリーコスメティクスからコメントは得られなかった。コティは2020年にカイリーコスメティクスの51%を6億ドル(約890億円)で購入、カイリーコスメティクスの評価額は12億ドル(約1781億円)となった。
カイリー・コスメティクスの蜜月期間は短かった。楽天インテリジェンス(Rakuten Intelligence)の2019年のデータによると、カイリーコスメティクスの売上は2018年から14%減少し、ピークだった2016年からは62%減少したという。さらに、購入客の60%がカイリーコスメティクスから1度しか購入していなかった。一方、ユーロモニター(Euromonitor)とジェフリーズ(Jefferies)のデータによると、2019年の小売売上高は最高の2億7380万ドル(約406億円)であったが、2020年には1億8530万ドル(約275億円)まで急落していることが示されている。2022年の時点でカイリーコスメティクスの小売売上高は2億2180万ドル(約329億円)で、2019年からは20%の減少だ。一方、ジェフリーズのアナリスト、アシュリー・ヘルガンス氏は、KKWブランドの停止により2022年のスキン・バイ・キムの売上高は2021年に比べて減少すると予想している。両ブランドに対する検索数も減少した。Googleトレンドによると、KKWへの検索インタレストは2021年7月から2022年5月にかけて着実に減少したが、2022年6月にスキン・バイ・キムとして再ローンチした際には大幅に増加。その後、検索数は急激に減少し、2022年8月から2023年6月までの間、スキン・バイ・キムの検索インタレストはKKWよりもさらに低かった。2023年5月までのGoogleトレンドのデータによると、カイリーコスメティクスもローンチ時には検索インタレストが高かったが、その後は絶えず減少している。
Advertisement
ヘルガンス氏は次のように語っている。「今年の初め以来、コティはオルヴェーダ(Orveda)やランカスター(Lancaster)などの自社ブランドの構築に注力してきた。これは、ケリング(Kering)が自社の美容ビジネスの構築を検討していることに対する反応といえる。カーダシアン氏らの2ブランドはコティが所有しているが、そのナラティブはこの2ブランドから離れつつあり、新しい可能性に移行しているように感じた」。
8月のコティの最新決算によると、カイリーコスメティクスの売上高は、流通の拡大とエキサイティングな新発売により第4四半期と2023会計年度の両方で世界的に「強力な」2桁の割合で成長したという。カイリーコスメティクスは最近、メイシーズ(Macy’s)に進出し、ドバイ市場に参入し、新作マスカラを発売している。コティは特定のブランドの売上高を公表しておらず、最新決算ではスキン・バイ・キムについての言及はなかった。コティはコメントのリクエストには応じなかった。
2010年代:過ぎ去った時代
コティがカイリーコスメティクスとKKWを買収する意向をそれぞれ2019年と2020年に発表して以来、美容界とカーダシアン一家は変貌を遂げた。最初に登場したのは2014年創業のカイリーコスメティクスだった。これは、ジェンナー氏が唇をふっくらさせるリッププランピングの注射を受けたかどうかというちょっとしたスキャンダルを人気のリキッドリップスティックブランドに再現したものだった。KKWは、カーダシアン氏がシンボル的存在だったビューティルックのコントアメイクアップをベースにしたブランドとして2017年に生まれた。歴史的にプレステージメイクアップとスキンケアの人気は4~5年ごとに変化するため、この時期はプレステージメイクアップの売上が全盛期だった。当時のNPDデータ(現在のサーカナ、Circana)によると、メイクの鈍化は2017年に始まり、2020年にはメイクが回復するとの期待があった。デジタルネイティブの美容インフルエンサーとカーダシアン&ジェンナー一族の台頭により、ソーシャルメディアはメイクアップのブームの大きなきっかけになった。KKWとカイリーコスメティクスの両方が売りに出されているという数カ月にわたる噂の後、コティによる両ブランドの買収は美容業界内で最高のモーメントと見なされた。苦境にあった巨大企業コティがデジタルファーストで若々しいブランドにとって依然として魅力的であることが示されたのだ。KKWとカイリーコスメティクスはコティの至宝になると思われた。
しかし、振り返ってみると、驚くべきことではないが、2020年に始まった新型コロナウイルス感染症により、世界の機能についてのあらゆる期待、予測、概念が覆された。人々が自宅隔離している間、スキンケアはさらに注目されるようになった。一方、台頭してきたZ世代はもっとナチュラルなメイクアップを好み、健康な肌と美的な欠点にフォーカスしていることが判明。2020年のフォーブス誌の報道によると、特にカイリーコスメティクスは、ジェンナー&カーダシアン家が何カ月も費やしてコティと消費者に信じさせたよりも、規模は小さく、利益も少ないことが示された。
さらに、カーダシアン&ジェンナー一家にも変化があった。カーダシアン氏は2021年にカニエ・ウェスト氏と離婚したが、結婚当時よりも離婚後はさらにパワフルでビジネス指向になった。直近では、カーダシアン氏は、投資会社カーライルグループ(Carlyle Group)の元パートナー、ジェイ・サモンズ氏と2022年にプライベートエクイティ会社スカイパートナーズ(Skky Partners)を設立した。同社はまだ最初の投資を行っていないが、ペルミラ(Permira)、ブラックストーン(Blackstone)、L・キャタルトン(L. Catterton)などのプライベートエクイティ会社から人材を引き抜き、活発に採用を行っている。スカイパートナーズの代表者にスカイパートナーズがスキン・バイ・キムを買収する可能性について尋ねたが、コメントはなかった。
そして、ジェンナー氏とカーダシアン氏が持っていたかつての独自の美学は消え去った。彼女たちはブランド本来の美学を超えて進化しており、ブランドはその変化のスピードに追いついていない。カーダシアン氏は、2022年5月のメットガラの数週間前に体重を7キロほど落として、1962年のケネディ大統領の誕生日祝いにマリリン・モンロー氏が着用したドレスに体を滑らせ、すらりとした体型を見せつけた。彼女のブランドがメイクアップからスキンケアブランドへと変更したことは、カーダシアン氏の現在の立ち位置と、どのように注目を集めて自分の美学を公に反映しているかを示す注目すべき指標だといえる。スキン・バイ・キムのパッケージはヌードとグレーで、石やコンクリートを彷彿とさせる。カーダシアン氏の家のようだ。メイクに対するスキンケアへの注力も、彼女のもっとシリアスな面を反映しているとも言える。なぜなら、9ステップのスキンケアルーティンは中途半端なやる気しかない人向けではないからだ。スキン・バイ・キムのローンチ時、カーダシアン氏は自分が受けた極端な美容トリートメントについて、そして若く見えるためにどれだけの努力をしてきたかを語った。一方、ジェンナー氏は服装も変化し、白と黒の衣装、シャネル(Chanel)のスリングバック、コンサバティブな仕立てというクリーンガールとクワイエットラグジュアリーが融合したルックに移行した。これは、カルティエ(Cartier)のブレスレット、ネオン色のウィッグ、カラフルなボディコンドレスといった以前の外見からの脱却である。
創業者の視点
創業者が自分のブランドを買い戻すことは頻繁にはないものの、珍しいことではない。その理由は、新オーナーの経営陣への不満から、自分のリーダーシップの下でブランドの価値が高められるなどさまざまである。
クラークス・ボタニカルズ(Clark’s Botanicals)の創業者兼CEO、フランチェスコ・クラーク氏がその例だ。同氏は、2016年、グランサオル (Glansaol)という新しいポートフォリオ美容会社の一部として、クラークス・ボタニカルズをプライベートエクイティ会社、ウォーバーグ・ピンカス(Warburg Pincus)に売却した。クラーク氏は、当時、同ブランドにとって最善のことをして、その成長を推進するために売却したと語った。グランサオル(Glansaol)が破産した2018年に同ブランドを買い戻したときも同じ考えだったと述べている。現在はクラーク氏が唯一のオーナーである。
「他人に会社を買収されて、我々がようやくまとめた素晴らしいチームが解雇されるのは望まなかった。どんな点でもブランドの品質を落としたくはなかった」とクラーク氏は語っている。
ウォールバーグ・ピンカスとグランサオルのオーナーシップの下での経験はポジティブなものだった、とクラーク氏は言う。クラークス・ボタニカルズの売却後もクラーク氏はCEOとして留まり、指揮統制を維持できたのは救いだった。同ブランドはプラスのEBITDA成長があり、過去4年間で収益が前年比2.5倍に成長した。
「会社を買い戻すのには、我々が費やしたすべての仕事を取り返す大きな機会と、クラークズ・ボタニカルズが開花するのを見届けるという大きな機会もあった。スタートアップモードにまた戻ってしまったが」とクラーク氏。
カイリーコスメティクスは、買収されて以来、クリストフ・オネフェルダー氏、シモナ・カッタネオ氏、クリス・ジェンナー氏、アンドリュー・スタンライク氏、アンナ・フォン・バイエルン氏が交代でリーダーシップを執ってきた。カーダシアン氏はスキン・バイ・キムのCEOである。両ブランドは、コティの最高プレステージブランド責任者であるコンスタンティン・スクラヴェニティス氏の直属となっている。
フレデリック・フェッカイ氏もブランド買い戻しの経験には精通している。2018年に自身の名を冠したヘアケアブランドのフェッカイ(Fekkai)を買い戻しているのだ。フェッカイ氏と彼のファンドのミストラルキャピタルパートナーズ(Mistral Capital Partners)は、民間投資会社のコーネルキャピタル(Cornell Capital)と提携して、ディレシュ・メータ氏とトニー・バジャジ氏からフェッカイを買い戻した。メータ氏とバジャジ氏は2015年にフェッカイをP&Gから買収した。当時、フェッカイ氏は買い戻しに関心があったものの資金を確保できなかった。
フェッカイ氏はシャネルとの合弁事業の一環として1995年に自分の名をつけフェッカイをローンチ、その後2005年頃にキャタルトンパートナーズ(Catterton Partners)に売却された。キャタルトンパートナーズは2008年にフェッカイをプロクター・アンド・ギャンブルに売却。フェッカイ氏はこの期間にはコンサルタントとして同ブランドに留まったが、2010年頃までにはブランドはもはや自分が認識していたものではなくなったと述べている。フェッカイ氏がブランドの指揮を執っていたとき、販売パートナーにはセフォラ(Sephora)、ニーマン・マーカス(Neiman Marcus)、セルフリッジズ(Selfridges)といった高級・ラグジュアリー小売業者が含まれていたが、P&Gの傘下では流通は食料品店、ドラッグストア、マスチャネルに注力されていた。
フェッカイの創業者で、フェッカイとバスティード(Bastide)を所有する持ち株会社のブルーミストラル(Blue Mistral)のCEO、フレデリック・フェカイ氏は次のように述べている。「企業が(創業者の)ストーリーを社内に十分に伝えて浸透させずに、そのストーリーを宣伝せずに製品だけを売り込む場合、矛盾が生じる。自分が思い描いていた方向にブランドが進んでいないのを見たとき、悲しくなり、会社を取り戻すことはできるのだろうかと思った」。
同氏は、2012年、ジュネーブでのP&Gの幹部との会議中にそれに気づいた瞬間があったという。ある女性幹部との会話のなかで、フェッカイ氏は、フェッカイが食料品店やドラッグストア、量販店で販売されるのは問題ないが、競争力を高めるためには異なる価格設定や製品サイズ、マーケティングが必要だと言った。その幹部からは、P&Gにはすでにそのようなブランドがあるいう答えが返ってきた。
「食料品店・ドラッグストア・量販店で製品を販売するというのは、コモディティを販売するということ。セフォラ(Sephora)、アルタビューティ(Ulta Beauty)、ブルーマーキュリー(Blue Mercury)などの環境で製品を販売するのは、ブランドやストーリーを売るということだ」とフェッカイ氏。「(食料品店などで販売する戦略は)顧客の満足のためではなかった。P&Gのポートフォリオを満たすためだった」。
コティのメリットは何か
ヘルガンス氏は、カイリーコスメティクスの現在の収益を1億5000万〜2億ドル(約223億〜297億円)の範囲だと仮定し、市場に適した約4.5倍の倍率を使うと、ジェンナー氏は51%の株式を買い戻すために3億5000万ドルから4億5000万ドル(約520億〜668億円)を支払う可能性が高いと述べている。また、スキン・バイ・キムの現在の売上高は、買収時点の推定年間売上高1億~1億5000万ドル(約148億円〜223億)の「わずかな割合」であり、おそらく3000万ドル(約45億円)ほどだと思われる。
「有名ブランドでもっとも難しいのは、その製品を使い続けるように誰かを説得しなければならないので、リピート購入率が従来のブランドよりも低いことだ」とヘルガンス氏。「通常、最初は盛り上がるのだが、長期的な忠誠心を得るのはもっと難しい」。
コティにとって、両ブランドを売却する切実な理由は、39億ドル(約5788億円)に上る同社の負債を返済する機会となる点だろう。純負債と調整後EBITDAの比率は4:1であるが、コティはこれを2023年末までに3:1に、2025年までに2:1に引き下げる計画だ。
「ブランドが衰退していて多額の投資が必要になっており、…そして(コティにとって)懸念しなければならないブランドが2つ減る場合、売却しない理由はないと思う。特にコティはレバレッジ目標を達成することに注力しているのだから」とヘルガンス氏は述べた。
EMMA SANDLER(翻訳:ぬえよしこ、編集:山岸祐加子)