世界的なサッカークラブのFCバルセロナは現在、D2C事業に本格的に取り組んでおり、配信サービスとしてバルサTV+(Barça TV+)や会員プログラム、チケット販売、グッズ販売など、さまざまなサービスを提供している。この長期的なD2C戦略を策定、評価するうえで同クラブが重視している指標がARPUだ。
コンテンツホルダーによるD2C的なアプローチにおいて、しばしばオーディエンスの成長率が注目される。しかし、D2C戦略がどこに向かっているのか、コンテンツがユーザーにどのように受け入れられ、収益を生んでいるのかを把握するため、それ以外の数値にも目を光らせておく必要がある。
そこで重要になるのが、1ユーザーあたりから得ている収益の平均値、ARPU(Average Revenue Per Use)だ。
恰好の例となるのが、世界的なサッカークラブのFCバルセロナ(FC Barcelona、以下バルセロナ)である。同クラブは現在、D2C事業に本格的に取り組んでおり、配信サービスとしてバルサTV+(Barça TV+)や会員プログラム、チケット販売、グッズ販売など、さまざまなサービスを提供している。
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収益多様化戦略の一環
各種サービスはこの夏にローンチしたばかりということもあり、進捗状況についてクラブは公開していない。というよりも、このような取り組みは長期戦になることが必至で、同クラブはまだ第一歩を踏み出したに過ぎない。
実際、サブスクライバーや各種販売をいかに伸ばすかは、少なくとも当初の段階では優先度として高くないだろう。ただし、その重要度を低くしていいというわけではない。D2Cモデルによる直接的な消費者との関係が、どれほどの価値を有するか現時点で明確ではないためだ。バルセロナにとっての大局的な戦略は、放映権への過度な依存からの脱却にある。現在、スポーツビジネスにおける放映権収益はピークに達しているという見解がある。その状況下でオンライン収益源の価値や、どれだけ投資する意義があるかを分析するにあたって役立つ指標がARPUだ。
バルセロナでデジタル部門を率いるエンリク・ロパート氏は「ファンデータを取得し、よりパーソナライズされた体験を提供することで、価値を高めてつながりを深める。それが我々の狙いだ」と語る。
同クラブの戦略において、とりわけ重要なのが配信サービスだろう。バルセロナはインハウスのコンテンツスタジオに、かなりの時間とリソースを投資してきた。同スタジオはバルサTV+限定のオリジナル番組の制作をおこなっている。バルサTV+には有料版と無料版の2種類が用意されており、前者では選手に関するドキュメンタリーや社内チームが制作したアーカイブ映像といった、オリジナルコンテンツにアクセスできるのが特徴だ。
同サービスの真の狙いは、クラブのコアなファンとの距離を縮めると同時に、配信サービスにおけるオリジナルコンテンツやサービスを中心として収益化を進めることにある。
収益化が唯一のゴールではない
スポーツマーケティングエージェンシーのツー・サークルズ(Two Circles)でマーケティング統括責任者を務めるトム・マクジェネット氏は、「現在、市場全体で収益源の多様化が模索されている。そしてオーナーたちは事業が成功するか否か、そのカギとなるのがARPUだとして注目している」と語る。「ファンを獲得することの価値、ファンの現在、そして5年後の価値などをARPUを使って算出しようという動きが各チームで起こっている」。
D2Cスタートアップにおいては、最初の数年間、ARPUが低迷するケースがほとんどだ。メディアが挑むD2C事業の構築も同様で、時間がかかる困難なタスクだと言える。そして長期的に持続可能かつ収益性の高い事業に成長させるため、ときには加入者の増加ペースといった短期的なメリットを犠牲にする必要がある場合も少なくない。では、バルセロナが収益化を即時の優先事項としないのはなぜか?
「3億7000万人のファンがいるとして、D2Cの仕組みを構築できれば、たとえばファンひとりひとりから1ドル得られれば合計で3億7000万ドルの収益となる。スポーツ業界にいると誰しもがそんな期待感を抱いてしまう」とロパート氏は語る。「だが、それはフィクションだ。我々が重視しているのは、この3億7000万人のファンひとりひとりについて理解し、クラブのコンテンツをなるべく多く届けることにある。最終的に収益化が達成できれば十分だ。しかし、それが唯一の目標というわけではない」。
実際、Facebookにおけるバルセロナファン用ページを見ても、ロパート氏の言うファンとコンテンツをつなぐ動きが見て取れる。ファンページへの登録には月額約2.50ドル(約260円)が必要になるが、すでに3600人のファンが登録しており、Facebook限定コンテンツや特典を受け取っている。同サービスのARPUは驚異的に高いわけではないが、毎月9000ドル(約94万円)をクラブにもたらしている。ARPUが非常に高くなくとも、同クラブはある程度の定期的な収益を確保できていることになる。
「D2Cが一層重要に」
新型コロナウイルスのパンデミック以前から、バルセロナのオンラインでの売上は5年で3倍という成長を見せている。同クラブのオンライン事業は、2025年までに年間収益3億ユーロ(約380億円)を目標としており、現時点では予定通りの成長曲線を描いている。ロパート氏も次のように語っている。「バルサTV+は、収益およびサブスクリプションの面でローンチから数カ月間での目標を達成しており、進捗は満足のいくものだ」。
将来的に、スポーツ業界では何らかの形でD2Cモデルがより増えていくだろう。そして、クラブは大規模な収益源を確保するため、バランスのよいARPUを見出すことに注力することになると思われる。ARPUは財務面の将来予測をするにあたり重要な指標となるが、クラブやスポーツごとに数値の持つ意味は変容することに注意することが肝要だ。特に重要なのが規模で、あるクラブにとってよい指標が、必ずしもほかのクラブにも当てはまるとは限らない。
スポーツ動画プラットフォームのグラブヨー(Grabyo)でグローバルマーケティング統括責任者を務めるアーロン・ダックマントン氏は、「サッカークラブが成長するには、今後D2Cが一層重要になるだろう。そしてD2C戦略の成否をわけるのがARPUといっても過言ではない」と分析する。「クラブが成功するには、サッカーをエンターテインメントとしての切り口から見直し、常に柔軟なサービスを低コストで提供していく必要がある」。
SEB JOSEPH(翻訳:SI Japan、編集:分島 翔平)