NCAA(全米大学体育協会)は先ごろ、大学生アスリートに自分の名前、画像、肖像権(NIL:name、image、likeness)の収益化を認める方針を採択した。マーケターたちは、新たなインフルエンサーの誕生に期待を寄せている。
NCAA(全米大学体育協会)は先ごろ、大学生アスリートに自分の名前、画像、肖像権(NIL:name、image、likeness)の収益化を認める方針を採択した。マーケターたちは、新たなインフルエンサーの誕生に期待を寄せている。
長らく待ち望まれたこの決断は、大学生アスリートが自分の影響力で金を稼げるようになることを意味している。企業はすでに大金を積む用意ができているようだ。
ルール変更から1週間で、すでにユニリーバ(Unilever)、ペットスマート(PetSmart)、ブーストモバイル(Boost Mobile)など、多くの企業が全米有数の人気大学生アスリートたちに契約金を支払った。
Advertisement
この繰越需要には背景がある。企業にしてみれば、プロスポーツ選手と高額な契約を結ばずとも、待ちに待った青田買いの解禁により、大学生アスリートたちがプロスポーツ界で名を上げる前に、彼ら彼女らと契約することが可能になった。また、プロチームが不在の地域で活躍する大学生アスリートもいる。Z世代をはじめとする若年層にアピールしたい広告主にとって、学生アスリートはコスト効率の良いマーケティングパートナーなのだ。
栄養補助食品を展開するイオベート・ヘルス・サイエンシズ(Iovate Health Sciences)で、マーケティング部門とデジタル部門の最高責任者を兼任するジャロッド・ジョーダン氏は、米DIGIDAYのメール取材で以下のように述べる。「大学スポーツ業界にとっては、1972年に成立した教育改正法第9編、いわゆるタイトルナイン以来のビッグニュースだ。なにしろ、特定の地域、特定の大学で活躍するスポーツ選手と連携することにより、訴求対象を極端に絞り込んだハイパーターゲティングが可能になるのだから」。
ユニリーバは500万ドルを投じる予定
確かにユニリーバやブーストモバイルのような企業が、後援する学校の勝利だけでなく、もっと実質的なリターンを求めるなら、ターゲット顧客につながる個々のアスリートと契約すればよいということだ。なお、多くの場合、アスリートの発掘には、ソーシャルメディアがひと役買うことになりそうだ。
ユニリーバのケースを見てみよう。ユニリーバは、デオドラントブランドのディグリー(Degree)のキャンペーンとして、大学生アスリートを応援する「#BreakingLimits(限界を打ち破れ)」を、7月中旬に展開した。
北米ユニリーバでメディアおよびデジタルエンゲージメント担当バイスプレジデントを務めるロブ・マスター氏はこう語る。「私たちにとって重要だったのは、スター選手やドラフト指名選手ではなく、むしろ、自分の『限界を打ち破ろう』と頑張る人々に、自らの人生をかけて勇気を与えるような、語られざるストーリーや知られざるストーリーを持つ大学生アスリートを発掘することだった。私たちのパートナーとなる大学生アスリートがソーシャルメディアで大勢のフォロワーを持っているとしても、それは私たちの活動をさらに拡散させるための付加価値でしかない。主眼はあくまでも、魅力的なストーリーを持つアスリートを探し出すことだった」。
ユニリーバは今後5年間で、この活動に500万ドル(約5億5175万円)を拠出し、アスリートマーケティングプラットフォームのオープンドース(Opendorse)を活用して、大学生アスリートを発掘し、契約を結ぶという。同社はこれまでに、14人のアスリートと契約を結んでいる。
将来のスターへの先行投資にも
インフルエンサーマーケティングエージェンシーのキャプティベイト(Captiv8)で、ブランドパートナーシップの責任者を務めるブライス・アダムズ氏はこう語る。「ある種のバタフライ効果、あるいは波及効果として、現在はアスリートとして活躍している次世代のクリエイターと、いまからつながりをつくることができる。ブランド、アスリート、ビジネス全体に、多層的な恩恵がもたらされるだろう」。
また、アダムズ氏以下のように付け加える。「大学生アスリートがプロとして成功すれば、先行投資をしたブランドは優位に立てる」。
また今後は、インフルエンサーといわれる人々の幅も、ライフスタイル系のブロガーから大学生アスリートへと広がることが見込まれる。将来的には、大学生アスリートとして活躍するインフルエンサーたちが、大きな役割を担うことになるかもしれない。
「学生たちはかつてないほど前向き」
学生アスリートたちは、ソーシャルメディアを通じて自分たちの経歴に箔付けする術をすでに心得ている。というのも、彼ら彼女らの世代は、憧れの有名人がソーシャルメディアで成功する姿を見て育っているからだ。たとえば最近、デューク大学の男子バスケットボールチーム、デュークブルーデビルズの選手たちのあいだで、これを裏づけるような出来事が起きた。
同大学のバスケットボールチームでクリエイティブディレクターを務めるデヴィッド・ブラッドリー氏は、その経緯について次のように述べている。「つい最近、選手たち自らが撮影したTikTok動画が、50万回以上の再生回数を記録したことがあった。我々がいまともに仕事をしているアスリートたちは、自分たちのブランド力と、それに伴うソーシャルメディアでの存在感が、いわば店先のショーウィンドウの役割を果たすものだとよく理解している」。
本取材を進めるうえで、ブラッドリー氏ほどコメントを求める相手としてふさわしい人物はいなかった。同氏は2018年以来、チームの選手たちに、ソーシャルメディアの使い方などについて継続的に助言してきた。また当時からブラッドリー氏は、大学内において、ソーシャルメディアの知見を体系化するべきだと考えていたという。現在デューク大学では、クリエイティブプロセスの管理ツールのエア(Air)を活用して、年間10万件近くのデジタルアセットを制作している。ブラッドリー氏は、この活動の一環として、毎週1時間、1年生の選手たちを集めて、さまざまなトピックについて議論しているという。
「学生たちはかつてないほど前向きだ。私たちは、彼らが市場について理解を深める手助けをしたい」。
大学と学生の力関係も変化
NCAAの方針転換は、アスリートと所属する大学との力関係にも変化を及ぼしている。以前は、大学側が「アスリートの人気は大学のブランドのおかげだ」と主張することができた。それがいまでは、アスリートたちは大勢のオーディエンスを自ら開拓し、キャンパスに通う以前から、自分たちおよび所属する大学を宣伝する準備ができている。
「デイル・カーネギーがその著書『人を動かす(How To Win Friends and Influence People)』を2021年に書いていたら、その内容はTikTokとインスタグラムでエンゲージメントを高める方法に終始することだろう」。そう話すのは、主にスポーツおよびメディアビジネスを扱うベンチャーキャピタル、ターン2エクイティパートナーズ(Turn2 Equity Partners)の共同創業者、ジャレット・シムズ氏だ。「いまやソーシャルメディアに精通していることは、スポンサー企業の商品を推奨・使用するエンドースメント契約を勝ち取るうえで、必要不可欠な要素だ。もちろん、何万、何十万規模のフォロワーが必要だという意味では必ずしもないが」。
当然のことながら、これら学生アスリートのエンドースメント契約は、広告主とインフルエンサーが交わす契約に近いものとなりつつある。
スポーツ、およびエンタテインメント業界の契約案件を扱う法律事務所フォーリー・アンド・ラードナー(Foley & Lardner LLP)のパートナー弁護士であるジョン・イズラエル氏はこう説明する。「NIL契約はもとより、従来的なエンドースメント契約にさえ、(ソーシャルメディア限定の契約でなくとも)ソーシャルメディアに関する条項がある。だからといって、ソーシャルメディアに積極的でない学生アスリートが除外されるわけではない。従来的な契約の機会は残されている。しかし、アスリートの知名度や価値がソーシャルメディアでのプレゼンスによって強化されるのは事実なのだ」。
市場開拓を図るエージェンシー
こうした状況を受け、前述のキャプティベイトは最近、アーカンソー大学である講座を開設した。広告主と大学生アスリートのあいだに、新しい市場を開拓するための講座だ。内容は、起業の基礎、NILに関する法令、インフルエンサーマーケティング、パーソナルブランディング、自分を売り込む方法、ビジネスの基礎知識など、多岐にわたる。
キャプティベイトはゆくゆくは、学生アスリートと連携してデータや知見を集め、それらをブランドに還元したいと考えているようだ。
「学生アスリートが金銭的な利益を得られ、ブランドが安心して学生アスリートと連携したいと思えるような形で、両者を仲介できるように努力している」と、キャプティベイトのアダムズ氏は述べている。
アダムズ氏によると、このような取り組みを通じて、「ブランドが[NILに関するNCAAの決断を]企業として憂いなく受け入れられるように、支援していきたい」という。
まったくの新領域
NCAAのNILポリシーは開拓時代の西部に喩えられるほどの新領域だ。その理由はふたつある。第一に、学生相手の仕事は一般的なインフルエンサーマーケティングとの連携とはまったくの別物であること。第二に、NCAAのNILルールが州ごとに異なることが挙げられる。
それでも、マーケターは傍観者を決め込むべきではない。市場が開放されれば、そこには先行者利益がある。
マーケティング・アカウンタビリティ・スタンダード・ボード(Marketing Accountability Standards Board:MASB)のプレジデントを務めるトニー・ペイス氏はこう話す。「正確な結果が見通せないというのは少なからず不安だろう。それでも、学生たちに創造力を発揮してもらおう。その覚悟ができたなら、相当におもしろいことができると思う」。
[原文:As NIL era arrives, marketers find an influencer playbook]
KIMEKO MCCOY and SEB JOSEPH(翻訳:英じゅんこ、編集:村上莞)
Illustration by IVY LIU