ウォルマート(Walmart)やターゲットなどの小売業者が掲げてきた「毎日安売り」という謳い文句は、いまや死語になりつつある。価格決定アルゴリズムを利用し、時間帯、需要、場所、競合の状況、顧客の購入パターンといった要素に基づいて、値札の数字を頻繁に変える業者が増えているからだ。
買い物をする人は、オンラインストアでも実店舗でも、商品の価格が同じであることを期待するだろう。だが現実には、チャネルによって価格は異なる。米大手量販店ターゲット(Target)のアプリで買い物をしている人は、同じ商品が異なる価格で売られていることを知るためだけに実店舗に来るかもしれない。ターゲットのオンラインストアで買い物をすれば、eコマース利用者向けの特別なディスカウントを受けられることもあるのだ。
ウォルマート(Walmart)やターゲットなどの小売業者が掲げてきた「毎日安売り」という謳い文句は、いまや死語になりつつある。価格決定アルゴリズムを利用し、時間帯、需要、場所、競合の状況、顧客の購入パターンといった要素に基づいて、値札の数字を頻繁に変える業者が増えているからだ。
こうした動的価格設定(ダイナミックプライシング:Dynamic pricing)は、実店舗がオンライン業者に苦しめられている時代を象徴する存在だ。ターゲット、ウォルマート、コールズ(Kohl’s)などの小売業者は、競争力を維持するため、主にオンラインストアとモバイルアプリで商品の価格を定期的に調整している。
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時代の先鞭をつけたのは、もちろんAmazonだ。同社のアルゴリズムは、需要に応じて1日に何度も価格を変更するといわれている。Amazonのウェブサイトによれば、顧客が「カートに入れる」ボタンをクリックしたあとに商品の価格が変わることさえあるという。Amazonは、プロモーションの一環として価格を引き下げるだけでなく、同じ商品をAmazonより安く販売している小売業者の価格に合わせて、さらに価格を引き下げることができるのだ。いくつかの報道によれば、Amazonの価格に影響を与える要素としては、需要、顧客の購入意思、ほかの小売業者の価格設定パターンなどがある。Amazonの説明によると、同社が価格の変更を行うのは、社内会議で決定されたときやほかの小売業者の最安価格に対抗するときで、価格は1日を通して変動するという。また、販売業者はAmazonのポリシーに従って独自に価格を設定しており、Amazon自身がサージ・プライシング(需要が急増すると価格を上げるシステム)を導入したり、地域や配達場所に基づいて価格を決定したりすることはないと述べている。
エンゲージ3(Engage3)、プロフェクタス・グループ(Profectus Group)、レブトラックス(RevTrax)など、小売ブランドの価格戦略を支援しているベンダーによれば、業界の複数の大手企業が動的価格設定の実験を行っているという(ただし、米DIGIDAYがこの件について10社あまりの小売業者に尋ねたところ、半数の企業がコメントを拒否した)。
こうした取り組みの原動力となっているのは、すべてのチャネルで価格を統一していては、競合するeコマース業者に後れをとる可能性があるという危機感だ。オンライン企業は、サイト訪問者の購入意思や行動に基づいて価格を変更することで、見込み客を巧妙に狙い撃ちできる。小売業者の実験では、顧客の獲得と維持、競合からの顧客の奪取など、さまざまな目的で動的価格設定が行われている。
「1970年代には、ほとんどの小売業者が全国で価格を統一していた」と、エンゲージ3でCEOを務めるケン・ウイメット氏はいう。同社は、小売企業の価格戦略を支援するソフトウェア企業だ。「いまでは、価格設定ははるかにローカライズされている。動的価格設定のおかげで、時間によるセグメント分けができるからだ。それに、価格設定を動的に変えることだけでなく、パーソナライズすることが重要なのだ。これからは、買う人によって価格が変わり、ディスカウント率も変わるようになるだろう」。
「負け戦」
ウイメット氏によれば、動的価格設定の導入状況は、ブランドによって大きな違いがあるという。最近の報道によれば、ターゲットは自社のアプリで、顧客の居場所(実店舗の中にいるか外にいるか)に基づいて価格を変えているという。一方、ウォルマートは自社が所有するJet.com(ジェット・ドットコム)サイトで、たくさん商品を買うほど価格が下がる「リアルタイム割引エンジン」を導入している。
「Amazonに対抗するために同社の動きを注視している小売各社は、ゲームのルールが変わったことに気づいている。価格は15分も経てば古くなる可能性があり、競合の状況に応じて決定されている」と、ウイメット氏はいう。「価格設定のローカライズ化、リアルタイム化、パーソナライズ化が進んでいる現状に抗うことはできない。5〜10年後には、買うものすべてがパーソナライズされた価格で提供されるようになるだろう」。
ウォルマートは、Amazonへの対抗策として動的価格設定を導入するにあたり、毎日安売りという「宗教から改宗する」必要があったとウイメット氏は付け加えた。小売各社は、競争力を維持するためには動的価格設定が必要なことに気づいているが、価格のつり上げや差別化を行っていると思われ、顧客の信頼を損ねるリスクが伴う。ターゲットは最近、店舗での販売価格をアプリに表示される価格より高くしたことで反発を招いた。そのため、店舗の価格とオンラインの価格をアプリで比較できるようにしている。そればかりか、価格を頻繁に変更すれば、価格競争が「負け戦」状態に陥ってしまい、マージンが損なわれる可能性があるのだ。
そこで小売各社は、動的価格設定を導入しながら、そのために顧客の信頼を損なう事態を最小限に食い止める方法を探っている。シカゴを拠点に価格戦略ソリューションを手がけるプロフェクタスでCEOを務めるアローク・モンドカール氏は、Amazonの価格設定に対抗して価格を引き下げるという戦略では勝ち目がないと指摘する。その理由は、Amazonが従来型の小売店より安い価格を設定できる力をもっているからだ。かつてシアーズ(Sears)やベスト・バイ(Best Buy)、それにスーパーマーケットのウィン・ディキシー(Winn-Dixie)で価格アナリストを務めていた同氏は、ある小売業者と提携して、オンラインストアの価格を1日に何度も引き下げる実験を行ったことがあるという。だが、結果は失敗に終わった。Amazonがすぐにその業者より安い価格に変えてしまったからだ。
「我々は1000種類ほどの重要なSKU(在庫管理単位)を選び、価格を上げたり下げたりした」と、モンドカール氏は話す。「それでも、Amazonのほうが3%安かった。つまり、我々が行っていた価格競争は負け戦だったのだ」。この状況を回避する方法は、競合他社と同じ価格を消費者に保証し、小売業者を価格競争によるマージンプレッシャーから解放することだと同氏はいう。
さらに巧妙な戦略
動的価格設定を効果的な戦略にするには、動的価格設定を目的達成の手段と考える必要があるとモンドカール氏はいう。たとえば、来店客を増やす目的で店舗内の価格を引き下げたり、商品を買う可能性が高い顧客を狙ってディスカウントを提供したりするといった具合だ。
「小売業者はもっと戦略的に状況を眺めるべきだ。顧客が自分たちに何を望んでいるのか、戦略が顧客に進んで受け入れてもらえるものになっているか、自分たちが行っているビジネスに適しているのか考えなければならない」と、モンドカール氏は話す。
同氏によれば、ターゲットはその正反対の例だ。ターゲットは、顧客が店舗に入るとアプリに表示される価格が高くなるようにした。「なぜ店舗に来た人に対して価格をつり上げるのだろうか」と同氏はいう。「彼らを顧客にしたいのであれば、店内の価格を下げる必要がある」。
小売業者にとって、動的価格設定の導入は、マージンを確保しながら他社と競争し、しかも顧客からの信頼を維持するという綱渡り的な取り組みだ。しかも、多くの州が地域別の価格設定を法律で禁止しているため、価格差別の犠牲になったと考えた顧客から訴訟を起こされることもある。このような法解釈は「グレーゾーン」だが、消費者のあいだでブランド価値が損なわれるリスクのほうが大きいと、グローバルデータ・リテール(GlobalData Retail)でマネージングディレクターを務めるネイル・サンダース氏は指摘する。
「技術的に実現可能だからといって、それが社会的に望ましいとは限らない」と、サンダーズ氏はいう。「(動的価格設定が)うまくいくのは、それを行っていることを誰にも知られていない場合だ。誰かに見つかれば大変な騒ぎになる」。
訴訟よりさらに問題なのは、顧客の利益を最大限に守ってくれているという信頼感が失われるような事態だ。したがって、競合店と同じ価格を保証すれば、顧客に安心感を与えることができる。だが、ターゲットが行っているように、実店舗で買った商品の価格よりオンラインストアのほうが安いことを発見した顧客に差額を返金するという同一価格保証は、消費者に余計な苦労を強いるものだとサンダーズ氏はいう。
小売業者が顧客からの信頼を損なわないようにするもうひとつの方法は、動的なディスカウントだ。具体的には、ブランドがもっている顧客情報に基づいて、顧客に合わせたディスカウントを提供する。
「これは心理的に大きく異なる方法だ。我々はいまも商売をしているのだ」と、小売業のクライアントに価格分析を提供するレブタックス(Revtrax)のCEO、ジョナサン・トレイベール氏はいう。「(製品をいままで)買ったことがない人に、よりお得なディスカウントを提供できる。マーケターなら、できるだけ少ない額の割引を、できる限り多くの人に提供したいと思うものだ」。
Suman Bhattacharyya(原文 / 訳:ガリレオ)