カンヌライオンズでの複数のグランプリを含めたあらゆる賞を獲得した、「恐れを知らぬ少女(Fearless Girl)」の銅像。ダイバーシティを訴える、このキャンペーンのクライアントの親会社ステート・ストリート(State Street Corporation)がいま、ほかならぬ差別問題で揺れている。
いままで広告業界は、これほど気まずい思いをしたことがあるだろうか。10月4日、マッキャン・ワールドグループ(McCann Worldgroup)でシニアブランドジャーナリストを務めるアービンド・ラーマン氏は、自社が制作した「恐れを知らぬ少女(Fearless Girl)」を居並ぶブランドやエージェンシー幹部に誇らしげに見せた。フロリダ州オーランドで全米広告主協会(ANA:Association of National Advertisers)が主催したマーケティングについての懇談会での一幕だ。
次の日、このキャンペーンのクライアントの「親会社」であるステート・ストリート(State Street Corporation)が300人の女性社員と15人の黒人社員に対する合計で500万ドル(約5.6億円)の支払いに合意したとのニュースが発表された。アメリカでの連邦監査で、同社の経営幹部クラスの男性や白人とのあいだに給与格差が存在し、それが差別にあたると指摘されたためだ。同社はそのような意図はなかったとしている。
広告が内包する問題
「恐れを知らぬ少女」はナスダック(Nasdaq)のジェンダー多様性指標の普及を目的として、ウォール街の「チャージングブル(Charging Bull:巨大な雄牛の銅像)」と向き合うように建てられた。そしてカンヌライオンズでの複数のグランプリを含めたあらゆる賞を獲得し、ソーシャルメディアでも現代にふさわしい、常設すべきだ、大きな変革だ、と大々的に褒めそやされた。この像は、指導者的な地位におけるジェンダー多様性の促進を訴えている。だが同時に、広告における核心的な問題を象徴する像でもある。デイヴィッド・オグルヴィ氏の言うように「良い広告は悪い商品を駆逐する」とは限らない、という問題だ。
Advertisement
広告の大半は、問題を覆い隠してインプレッションを生み出している。それによって現実と齟齬が生まれる場合がある。皆デジタル広告の現状を嘆くが、とりわけ議論がやまないのがマーケティング部門のブランド内外での活動が、実際にビジネスの結果にどれほど貢献しているかというテーマだろう。これは特にカンヌライオンズに投げかけられることが多い疑問だ。過去数年、カンヌライオンズは「クリエイティブ」であることがビジネスの結果に実際に貢献しているという研究をもとに、クライアントに強く働きかけてきた。「恐れを知らぬ少女」は広告におけるフラウドの問題を象徴している。
「広告自体が確かなものや形のあるものを生み出すことはない。広告が生み出すのは象徴的なイメージであり、ライフスタイルや考え方だ」とするのはフォーダム大学マーケティング学部で、広告と広告業界人たちの人柄を幅広く研究しているティモシー・ドゥ・ワール・マレフィト准教授だ。結局のところ、マーケティングの大半はPRなのだ。だからこのような事態が起きてしまう。そしてすべての広告は、なんらかの形で「フラウド」なのだ。
これはエージェンシーにとって痛い点だろう。マッキャンからは今回の件について回答を断られた。「我々が成すべきことは、ブランドを作ることだ」と「恐れを知らぬ少女」に関わっていないとあるクリエイティブ担当者は語る。「その役割を我々は果たしてきた。だからこそ、我々の職で働いている人たちがこれだけいるんだ」。業界の掲示板の「フィッシュボウル(Fishbowl)」に、アラニス・モリセットの「Ironic(皮肉よね)」の次のような替え歌が投稿された。「まるで結婚式に降る雨/まるでクライアントが同一賃金を払わないカンヌライオンズのグランプリ」。
良すぎた広告の余波
10月第1週にかけて行われたアドバタイジングウィーク(Advertising Week)で、投資会社ステート・ストリート・グローバル・アドバイザーズのCMOを務めるステファン・ティスダル氏は、以下のように発言した。「多様な組織として、今回の件で我々自身もステート・ストリートとしてふるまうべきだったか? いや、それはリスキーだ。そうすれば大勢の皮肉屋が我々に向けて『ジェンダーの多様性? 自分自身ができていないじゃないか』と言っただろうし、それを聞いた大勢の人たちにとってもメッセージ自体が弱められてしまっただろう」。
今回の件で支払いを行ったステート・ストリートは、「恐れを知らぬ少女」を依頼したクライアントであるステート・ストリート・グローバル・アドバイザーズの「親会社」。つまりは別会社だ。両社のマーケティングチームも異なる。だが、両社を切り離して考えるのは難しい。マーケティングとしてこれほどの成功を収めた広告キャンペーンを行った副作用とも言えるだろう。我々は今回の騒動から学ばねばならない。
エージェンシーやマーケティング業界は、すでに被害の管理を進めている。クリエイティブディレクターの女性の地位向上を目指す「3%カンファレンス(3% Conference)」でCOOを務める米広告業界誌「アドエイジ(Ad Age)」のリーゼン・ストロムバーグ氏は、今回の件からは得たものの方が多いと語る。「ステート・ストリートとエージェンシーのマッキャンは、自らリスクを背負って『恐れを知らぬ少女』で現状に一石を投じた。そして、いまや彼女は作り主を超えた、ひとつのシンボルになった」。彼女は言う。「これは『恐れを知らぬ少女』の勝利」だと。
Shareen Pathak(原文 / 訳:SI Japan)