どうやら大手の広告主は、広告を経費としてではなく投資として見ているようだ。インフレは、そんな彼らに本当に好きなものをもっと買ってもらうのに絶好のマーケティングチャンスになり得る。企業各社は今、やがてはこれが成長を促進くれることを願って、広告に投資している。
大きな声では言えないが(この不安定な経済のなかでは、いつまでも正しいことなど何ひとつないからだ)、どうやら大手の広告主は、広告を経費としてではなく投資として見ているようだ。
これは、この景気後退のさなかに、彼らは大金を投じるつもりになっているということではない。インフレと供給の制約を考えると、そんなはずはないからだ。だからといって、広告支出を徹底的に削減するということでもない。そこに生まれているのは、まさにジレンマだ。いくら値上げが受け入れられやすくなっているとはいえ、インフレは利潤を圧縮する。そんななかで支出を制限しすぎれば、時代に取り残されるというリスクが生じる。
広告業界にとっての現状は、いいとも悪いとも言い切れない複雑なものだ。値上げに備える消費者——突き詰めればインフレは、そんな彼らに、本当に好きなものをもっと買ってもらうのに絶好のマーケティングチャンスになり得る。企業各社はいま、やがてはこれが成長を促進くれることを願って広告に投資している。
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現在、業績を映し出す窓には、これだけのことがはっきりと表れている。
最大手の広告主たちも、概ね同じことをいっている——強力な自社ブランドを背景に、想定以上の値上げを押し通す必要があるため、広告の戦略的重要性がかつてないほどに増しているのだ。つまり、これら企業の財布のひもを握っている人々は、広告支出についての考え方を変えなければならないところまできている。
支出の行き先
P&Gの最高財務責任者であるアンドレ・シュルテン氏は、10月に行われた同社の決算報告で「プログラマティックで、よりターゲティング性が高く、リーチ達成点での精度もはるかに高いデジタルへと積極的に移している。メディアの充足性をドルで表現するのは難しい」と語っている。
インフレをきっかけに、P&Gはより明確なリーチ指標について考えるようになった。
「ノンターゲティングのリニアTVから、リーチの達成という点でターゲティング性と精度の高いプログラマティックやデジタルメディアへと、P&Gは広告支出の比重を移している」とシュルテン氏は語る。そのために同社のマーケターたちは、カテゴリーの年間支出に基づく予算案の作成よりも、ブランドのリーチ目標について考えなければならない。
「それからでないと、リーチ目標の達成には、どんなタイプのメディア露出が必要になるのかを予測できない」とシュルテン氏は述べる。これをうまくやれば、少なくとも理論上は、P&Gがこれまでに費やしてきたよりも少ない総広告費で必要なリーチを達成できるはずだ。
P&Gにとっては、この最後の部分が鍵を握っている。同業他社の多くと同じように、P&Gもまた、物価上昇への答えは、コストを削減して利益を増すことではなく、物価上昇分を消費者へ回して利益目標を達成することだという結論に達した。結局のところ、コストは下がる一方で、値上げはめったにない。消費者は、いたるところにインフレの影がちらついていることを認識しており、それを考えると、高い金を払わないと同じものを買えないと納得してもらう努力をするのに、いまほど絶好のタイミングはない。これまでのようにマーケティングに大金を投じることなく、それができればなおよい。その結果、マージンの永続的増加はさらに大きくなる。
いまが広告を打つ絶好のタイミングか
メディアマネジメント企業のイービクイティ(Ebiquity)が主催したイベントで、リバティ・スカイ・アドバイザーズ(Liberty Sky Advisors)の創業者でマーケットアナリストのイアン・ウィテカー氏は、次のように語った。
「消費者は明らかに、多くの企業が予想していた以上に価格の上昇を受け入れるようになってきている。だからこそ、それを押し進めるのに、今が広告を打つには絶好のタイミングなのだ。そしてこれは、ここで値上げを断行できるのであれば、その企業は自社の利益につながる値上げを今後も永続的に実施していくのだろうかという興味深い疑問も湧いてくる。もしそうであるならば、ブランド広告というものは、むしろ無形の資本的支出に近いものになる」。
このケースに間違いなく当てはまるといえそうなのが、エアビーアンドビー(Airbnb)だ。同社は過去最高となる売上を先の四半期に達成した。その額は29億ドル(約4055億円)で、前年同期比で29%の増加を記録。うち、純利益は12億1000万ドル(約1690億円)で、こちらは46%の増加だった。この利益の少なくとも一部は広告によるものだ。
より具体的にいうと、3年前に開始された検索広告からブランド広告へのシフトのおかげといえる。広告支出をカットしたにもかかわらず、これだけの利益を上げられたことに、同社の上級幹部陣が満足していることはいうまでもない。この結果は、現在の景況における動かぬ事実なのだ。
支出削減のタイミング
最大の課題は、ビジネスに悪影響が出始める前に、どこまで出稿を抑えればいいのかを見極めることだ。(少なくとも、今のところは)これができているといっていいのが、エアビーアンドビーだ。
「出稿に関するROIについていうと、マーケティング戦略に対する自社のこれまでのアプローチに大いに満足している。ブランドマーケティングが、高い収益率とともに、事業全体に素晴らしい結果をもたらしてくれている」と、エアビーアンドビーの最高財務責任者、デイブ・スティーブンソン氏は語る。
「エアビーアンドビーのトラフィックをけん引している最大の要因のひとつは、PRだと認識している。そして、ブランドマーケティングが本当に重要だ。実をいうと、我々はそれを、むしろプロダクトマーケティングに近いものと考えている。ユーザーには、エアビーアンドビーの新機能を伝えたいと思っているからだ」。
こうした考えは、必ずしも新しいものではない。実のところ、パフォーマンスマーケティングの中心には常に、その販売サイクルに合わせて、1ドルを明日、翌週、翌年取り戻すために、今日投じようという考えがあった。エアビーアンドビーがパフォーマンスマーケティングを駆使する狙いは、「大量の顧客を買うためではなく、需要と供給のバランスを取ることだ」とスティーブンソン氏は話し、これがマーケティングに対する「非常に効率的で、非常にダイナミックなアプローチを可能にし、その効率は年々向上していくはずだ」と語る。
P&Gによるリーチへのフォーカスと同じように、エアビーアンドビーの路線変更も経費削減推進への回帰だ。そこにもまた、広告のバルブを完全に閉めることへの影響がある。
eコマースマーケティングプラットフォームのビッドナミック(Bidnamic)でCEOを務めるリアム・パターソン氏は、次のように語る。「マーケターにとっては、適切な利益指標をキャンペーンに組み込むことが不可欠だ。成功しているオンラインビジネスは広告支出に精通し、自動化やAIなど、最適化の向上を実現してくれるさまざまな革新的技術の理解と実装に時間をかけるようになってきている。広告全体を削減してしまいたいという誘惑に負けないこと。この姿勢がブランドにとっては重要だ。そんなことをすれば、長期的にはブランド認知度の低下を招く結果につながってしまうからだ」。
広告がけん引する成長
直近の四半期にこの恩恵に預かったのが、ペプシコ(PepsiCo)だ。
同社のCEO兼会長であるラモン・ラグアルタ氏は、10月に行われた決算報告で次のように語った。「ペプシコ傘下のブランド各社はプライスポイントを上げざるえないところにきているが、ヨーロッパをはじめとする世界各地域の消費者はそれを支持してくれている。その意味では、過去数年にわたって自社ブランドに行ってきた投資は、実を結びつつあるといえるだろう」
広告がなければ、消費者に値上げを転嫁するのはもっと困難だっただろう。広告が成長を促進したのだ。これを裏付ける数字もある。ヨーロッパにおける同四半期の売上は、前年の36億ドル(約5030億円)から増加して、37億ドル(約5170億円)に達した。営業利益も28%増加して、5億6400万ドル(約790億円)に達した。
「ペプシコは、顧客の成長の原動力になることを目指している」とラグアルタ氏は前述の決算報告で述べ、「顧客と我々との数多くの会話に目を向けると、我々がどのようにカテゴリーを発展させ、消費者をそのカテゴリーに呼び込むか、また、そのカテゴリーに新たな機会をもたらし続けるかといったような、成長に関するものが中心になる。それこそが顧客に対するペプシコの役割であり、長期的なペプシコの価値創造につながるのだ」とした。
ユニリーバ(Unilever)傘下のブランドの多くは、(ここまでのところ)それほど大きな傷を負うことなく、景気の低迷を切り抜けてきた。同社CEOのアラン・ジョープ氏によれば、その80%はシェアを保持・獲得できているという。
「ユニリーバはマーケットシェアの獲得に成功している。ひとえにブランド各社の健全性のおかげであり、広告だけでなく製品の品質向上に対しても行ってきた我々の投資のおかげだ」と同氏は語り、「値上げを受け入れるのは容易ではない。ユニリーバは、消費者が圧力を受けているということを常に意識している」とした。
重要性を増す「広告」
ただし、すべての広告幹部がこのように考えているわけではない。そのなかのひとりが、エージェンシーホールディンググループ、S4キャピタル(S4 Capital)の創業者でエグゼクティブチェアマンのマーティン・ソレル氏だ。アドエクスチェンジャー(Adexchanger)によれば、11月上旬にリスボンで開かれたカンファレンス、ウェブ・サミット(Web Summit)で、近い将来にブランド広告もカットされることになるだろうと、ソレル氏は発言したという。
多くの点で、この見方は正しい。P&Gやエアビーアンドビー、ユニリーバをはじめとして、ここ最近はどこも厳しい予算でやりくりしている。とはいえ、その削減にも限度はある。そしてまた、こうした削減がこれからもずっとパフォーマンスメディアのプラスになるとは限らない。広告主がパフォーマンスメディアの有効性について考え直しつつあるときや、プラットフォームを可能な限り利用して、最適化に取り組んでいる場合などがそうだ。
これらの企業は、景気が安定したときにその努力が実ることを願って、いまできる投資を計画的に行うようになっている。
「広告主は、ブランド広告に対してストップ&スタートアプローチを取れば、長期的にはコストを上昇させる結果にしかならないことを知っている。工場の営業と閉鎖を繰り返す場合と同じだ。そこには必ず、追加のコストが生じる」と、ウィテカー氏は語る。また、「一部でいわれているように、多くの企業が戦略的なレベルで、広告が構造的な重要性を増しつつあることを認識するようになっている」とした。
[原文:Procter & Gamble, Airbnb, other larger advertisers, see marketing opportunity amid inflation pricing]
Seb Joseph(翻訳:ガリレオ、編集:島田涼平)