現在、「オリジン(Origin)」と命名された、効果的なクロスメディア測定を実現できるプラットフォームのプロトタイプが開発中で、来年中の試験運用開始をめざしている。ちなみに、この計画はオープンソース化されている。したがって、英米以外の市場もコードにアクセスし、各地域のニーズに合わせて構築することができる。
多少時間はかかったが、ようやく、オンライン動画とテレビで広告を見た人と、テレビだけで広告を見た人の比率が分かるようになる。
ただし、これからの数カ月間、効果的なクロスメディア測定を実現しようという広告業界をあげての取り組みが、計画通りに進めばの話だが。現在、「オリジン(Origin)」と命名されたこのプラットフォームのプロトタイプが開発中で、来年中の試験運用開始をめざしている。
このプロジェクトは英国広告主協会(ISBA)と全米広告主協会(ANA)が主導するもので、両団体がそれまで個別に行っていたクロスメディア測定に関する取り組みを統合した。
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この共同開発は、データの標準化やプライバシーの保護など、世界広告主連盟(WFA)がまとめたクロスメディア測定に求める広告主側の諸要件、およびこれら要件を満たすための原則に基づいて進められる。インプレッションデータの収集については、先ごろ更新されたMRCの世界標準を採用する予定という。
通常、このような構想は、ひと握りの関係者によって管理され、情報共有も限られた範囲で行われる。だが今回、オリジン計画はオープンソース化されている。したがって、英米以外の市場もオリジンのコードにアクセスし、各地域のニーズに合わせて独自のバージョンを構築することができる。また、コードは誰でも自由にアクセスできるため、透明性も担保される。
WFAでグローバルメディアサービスの責任者を務めるマット・グリーン氏はこう説明する。「現在開発中のコードはオープンソースとして業界に開放される。コードの所有権はISBAとANAにあるが、開発の音頭を取るのはWFAだ。コードの実用化は英国と米国を想定しているが、両国以外の業界団体もアクセス可能で、世界のどの国でもライセンスフリーで使用できる。たとえるなら[サッカーの観戦席でよく見る]ウェーブのように、この技術を多くの市場に次々と普及させていきたい」。
主要なプラットフォームも参加
開発のペースは加速している。測定を担うベンダー探しも始まった。選定されたベンダーは、広告が複数のプラットフォームをまたいで視聴されているか、どのようなオーディエンスに視聴されているかを計測するほか、パブリッシャーやプラットフォーマーからもたらされるファーストパーティデータの検証や修正も担当する。
一見、これまでに行われてきたクロスメディア測定の取り組みと、さしたる違いは見られない。
しかし、オリジン計画が過去の試みと大きく異なる点は、Google、Amazon、Facebook、Snapchat、TikTokを含め、主要なオンラインプラットフォームがこぞって参加していることだ。どのプラットフォームも、プライバシーに配慮するという条件のもとに、各自のエコシステム内において、一部広告の追跡を認めることに原則合意している。
どの程度のデータを共有するかについては、いまも詰めの協議が行われている。しかし、最終的な結論の如何に関わらず、各メディアが提供すると決めたキャンペーンのインプレッションデータは、確率的マッチングと呼ばれるプロセスを用いて、オリジンのテクノロジーが生成するバーチャルIDと照合される。これにより、オリジンは複数のIDにまたがるリーチとフリクエンシーの重複を排除して、同じ人が同じキャンペーンを異なるメディアで見たケースを判断できるようになる。
バーチャルIDと照合するデータは、オリジンが保有するシングルソースのパネルデータに基づくもので、このパネルはプロトタイプの開発に適した英国の社会・人口構成を反映している。
個人を特定する情報は未使用
データの照合を通じて個人を特定するプロセスは、ときに「フィンガープリンティング」とも呼ばれるが、この呼称には否定的な意味合いがあるため、企業は得てして使いたがらない。こうした懸念を払拭するために、バーチャルIDとパブリッシャーIDはすでに匿名化されてはいるが、オリジンではフィンガープリンティングとは異なるプライバシー保護技術を用いてユーザーの特定を阻止するという。
このプロセスでは、個人を特定する確実な情報(電子メールアドレスや顧客IDなど)を使用しないため、正確性には欠ける一方、同じ理由で規模は確保できる。
テレビやラジオなどの従来メディアについては、視聴率調査を行う業界共通の枠組みからオーディエンスデータを調達するという。たとえば英国の場合、テレビではBARB、ラジオではRAJARがこれに相当する。
オリジンはこのデータをもとに、リーチとフリクエンシーの評価モデルを構築する。そしてこのモデルを活用して、異なるメディアをまたぐ広告のリーチと、異なるオーディエンスによる広告への接触回数を推定する。
オリジンを支持する広告主
オリジンで使われるデータが、テレビ局から直接提供されることもありうる。なにしろ、BBCからITV、チャンネル4からスカイまで、英国の主要なテレビ局はすべて、2019年の立ち上げ当初からオリジン計画に参加している。いずれにしても、自社のメディアで購入された広告を、オリジンが独立して測定することに対しては、どのテレビ局もいまだ同意していない。
「メディアオーナーたちの参加は、もはや時間の問題だ」。そう話すのは、オリジン計画のディレクターを務めるリチャード・ホルトン氏だ。同氏は以前、デジタルテレビの合弁会社ユービュー(Youview)のCEOを務めていた。「しかし、メディアオーナーには知っておいてもらいたいのだが、各メディアの指標や標準はオリジンのシステムでも尊重される。それがテレビ局側の要望だ」。
オリジン計画が実現すれば、マーケターがプラットフォームに対して抱く根深い問題のいくつかは解決に向かうかもしれない。
ホルトン氏はこう説明する。「同じ広告が同じオーディエンスに繰り返し表示されているかもしれない状況で、広告主たちは毎年莫大な広告予算を使っている。いかにもばかげた状況だ。それはひどく効率が悪いだけでなく、何度も同じ広告を見せられる消費者にとっても不幸な話だ」。
オリジンを支持する広告主には、P&G、ユニリーバ(Unilever)、ペプシコ(PepsiCo)、テスコ(Tesco)、ロレアル(L’Oréal)、マース(Mars)、ディアジオ(Diageo)、ナショナルウェストミンスター銀行(Natwest)などが名を連ねる。
メディアオーナーのメリット
大手オンラインプラットフォーム以外のメディアオーナーにとってもメリットはある。
オリジンのような信頼できる唯一の情報源があれば、消費者が広告を見ている場所をより正確に把握できるため、追跡可能な場所にかぎらず、広告予算の投下先をいまよりも広範囲に広げられる。たとえば、パブリッシャーのサイトで販売するディスプレイ広告のうち、Chromeブラウザで表示される広告は、モバイルアプリやSafariブラウザに比べて、単価が大きく落ちることは珍しくない。同じオーディエンス、同じ広告ユニットでもしばしばこの傾向は見られ、パブリッシャーたちは、皆苦い思いをしてきた。
どれだけ強い関心を集めようとも、オリジンは出発点にすぎない。
あるエージェンシーのシニアバイヤーは、いま現在、クロスメディア測定が抱える最大の問題点について、「計測の目的が、広告がどのように配信されたか、つまりあるチャネルのリーチがどれだけ増えたかを把握することに終始していることだ」と述べている。自分たちの見解があまりに批判的と見られることを恐れて、匿名で取材に応じたこの人物は、こう続けた。「追加的なリーチやフリクエンシーを計測したいというより、オフラインチャネル向けにデジタル的な指標を作ろうという、いわば後ろ向きの競争に変化しているように見える」。
プラットフォーマーとの協調も
とはいえ、オリジンの将来的な発展を想定していないわけではない。
ホルトン氏は次のように述べている。「オリジン計画の最初の段階では、リーチとフリクエンシーに焦点を当てて、Facebook、YouTube、チャンネル4などで行うメディア投資の重複を解消することに注力する。長期的には、実質的な成果の測定にまで発展させたい。リーチやフリクエンシーの測定は、そこに至るために通らなければならない道だ」。
これが実現すれば、コンバージョンの計測を重視するプラットフォーマーとも協調できるかもしれない。彼らは広告が影響を与えたコンバージョンの総数を推計している。この推計を行うために、実際の比率を登録し、さらにアルゴリズムを用いて未知の数字を推測している。
オリジンが実用化されても、サードパーティCookieのような個人を追跡する技術の不在をすぐにも補うものとはならないだろう。それでも、いずれそうなる可能性は残されている。
[原文:Advertisers’ protracted pursuit of cross-media measurement is gathering pace]
SEB JOSEPH(翻訳:英じゅんこ、編集:長田真)
Illustration by IVY LIU