数カ月前、エッジウェルによる、男性向けカミソリD2Cブランド買収案を差止めた。P&Gによる女性向けカミソリスタートアップの買収計画も危うい。市場が寡占状態になることを懸念したためだと思われるが、投資家たちはD2Cスタートアップの買収案件が終息してしまうようなことはないだろうと声を揃えている。
オンラインの売上が記録的なものとなり、D2Cブランドの創業者たちにとって2020年は非常によい1年だった。ただし、カミソリ業界のスタートアップだけは例外だ。
数カ月前、米連邦取引委員会(FTC)は大手パーソナルケアブランドのエッジウェル(Edgewell)による、男性向けカミソリD2Cブランドのハリーズ(Harry’s)買収案を差止めした。これとは別に、2020年2月に発表されたP&Gによる女性向けカミソリスタートアップのビリー(Billie)の買収計画についても、FTCが差止めする可能性がある旨が発表されている。
今回の決定の発表直後の反応を見ても、FTCの決定にショックを受けたD2Cスタートアップは少なくない。合計10億ドル(約1040億円)どころか、数億ドル規模のエグジットすら少ない業界にあって、大手ブランドによる買収は大きな希望だからだ。しかし、カミソリ業界は現在、統合が積極的に繰り広げられており、差止めされたふたつの買収案件によって、消費財のコングロマリット企業による、ほかのD2Cスタートアップの買収案件が終息してしまうようなことはないだろうと、米DIGIDAYの姉妹サイトであるモダンリテール(Modern Reatil)がインタビューをおこなった創業者や投資家は声を揃えている。
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一方で、消費財業界のなかでも、すでにすみ分けができ上がっている分野においてスタートアップ参入しようとしている創業者にとっては、ハリーズ(そして今回のビリー)のケースは注目に値する。勢力図が定まっている業界で新たなブランドを立ち上げるにあたり、創業者が独占禁止法に関する憂いをなくすためのひとつの方法が、その分野においてハイエンドで高級な商品を展開することかもしれないのだ。
FTCは何を懸念しているのか
FTCで競争管理局長を務めるイアン・コナー氏は、P&Gの買収に関するプレスリリースのなかで、「もしP&Gがビリーの急伸している競争力を押さえつけることになれば、製品の販売価格の高騰を引き起こす恐れがある」と述べている。P&Gが現在も買収を目論んでいるか否かは不明だ。同社の広報担当は、モダンリテールに向けたメッセージのなかで、「FTCの決定には失望した。今回の決定を受けて、今後の選択肢について検討を進めており、現時点ではそれ以上のコメントはできない」と回答している。ビリーの広報担当もまた、米DIGIDAYからの問い合わせに対し、コメントを控えている。
「エッジウェルやハリーズに起きたことを考えれば、FTCがP&Gによるビリーの買収を阻止したことには驚かない」と語るのが、アーリーシードステージ投資会社のカラー(Color)の共同創業者で、2017年にユニリーバ(Unilever)に買収されたデオドラントブランド、シュミッツ・ナチュラルズ(Schmidt’s Naturals)でマーケティング担当役員を務めたクリス・カウンティーノ氏だ。同氏は、「P&Gのジレットブランドでの女性向けカミソリ市場シェアは58%に上るのに対し、エッジウェルの男性向けカミソリのシェアは10%に過ぎない。もしP&Gが女性向けのカミソリブランドの買収調査を始めているのであれば、FTCからより厳しい監視を受けるのは避けられない」と指摘する。
しかし、投資家のあいだでは創業からわずか2年のビリー買収に対する、今回のFTCの決定には驚かされたという声も少なくない。なおハリーズの創業は2012年で、ビリーよりも「企業」として整備されていると言える。
「ビリーはまだ小売チャネルも確立していない。P&Gは同社がまだ創業から間もない段階で買収に踏み切ることで、FTCが問題視しないと考えたのではないか」と語るのが、ハウス(Haus)やバーブ・エナジー(Verb Energy)といった消費財のスタートアップに投資してきたセルバ・パートナーズ(Selva Partners)の共同創業者、キバ・ディキンソン氏だ。「それでも、FTCが何を懸念しているのかを考えれば今回の決定は納得がいくものだ。競合が5社から4社、4社から3社へと減り、そしてその3社が有力な競合他社を買収するとなれば問題視されるのも当然だろう」。
ほかのカテゴリーへの影響は?
モダンリテールがインタビューをおこなった投資家や創設者の大半は、カミソリが消費財分野のなかでもすみ分けがかなり進んでいるカテゴリーであると見なしている。しかし、ハリーズやビリーに関するものと同じようなFTCの決定が、ほかの業界にも起きるのではないか心配する必要はないという意見が多く聞かれた。あるD2Cブランドの創業者は、匿名を条件に「たとえばナイキ(Nike)がオールバーズ(Allbirds)の買収を検討したとしても、差止めを命じられることはないだろう」と述べている(明らかに例外となっているのが、洗濯用洗剤だ。この分野で5年前にP&Gは、米国全体における売上の60%を占めていた )。
ハリーズとビリーに関する今回の決定から得られた最大の教訓のひとつが、「消費者への利益」という視点だ。FTCはプレスリリースで、P&Gによる買収案では「ビリーが予定していた実店舗への拡張が止まる」ため、消費者にとっての不利益になると指摘している。ビリーはこれまで、低い価格設定をもうけることを戦略的な中核に据えてきた。同社は女性向け製品を割高に設定する、いわゆる「ピンク税」の排除も打ち出している。
ただし、消費者への利益という視点で考えた場合、たとえば、あるD2Cブランドが「中間業者が排除できていれば製品コストを削減できた」と公表した場合、その企業に対してFTCが、中間業者を多く抱える業界大手企業の傘下へ入るよう通達や行政指導をする可能性があるとも見なせる。つまり、FTCに懸念を抱かせることなく、カミソリ業界のような勢力図の明確な分野でD2Cスタートアップを売却したいのであれば、あえてハイエンドな高価格帯の商品を展開すればいよいかもしれない。
さっさと売却するのが正解か
今回のFTCによる決定で、消費財のスタートアップ企業が売却や戦略的買収を一切できなくなるということはない。消費財スタートアップをメインの提携先として事業を展開するフィンテックのサークルアップ(CircleUp)でマネージングディレクターを務めるカレン・ハウランド氏は、「ハリーズやビリーは低価格市場で展開してきた。たとえばタンポン市場におけるイノベーションは、オーガニックのタンポンといったより高価な製品へとシフトするケースが多い。ただし製品価格は高くなったとしても、それが『消費者に対する価格面のデメリットとなる』ということにすぐさまつながるということはない」と指摘する。
その考えが適切か否かは別にして、やはりほかのスタートアップの創業者が恐れを抱く可能性は否定できない。また、投資家が投資に見合うリターンを得るための選択肢が限られていると考えるようになれば、スタートアップの資金調達はより困難になる。あるD2Cの創業者は匿名を条件に次のように述べている。「心配なのは、FTCに目をつけられないため、まだ企業として小さく、自分たちが望むより早い段階で売却しなければならないと考えるようになることだ」。
[原文:A cautionary tale What the FTC’s attempt to block P&G’s Billie acquisition means for CPG startups]
ANNA HENSEL(翻訳:SI Japan、編集:分島 翔平)