[ DIGIDAY+ 限定記事 ]大手トレーニングジムのエキノックス(Equinox)など、社会的に物議を醸したことで、大衆から「キャンセル」を宣告されたブランドや人物は多い。これらはキャンセルカルチャーと呼ばれているが、しっかり定義づけるのは難しい。Netflixに代表されるサブスクリプション時代におけるキャンセルの性質が、ここにある。
[ DIGIDAY+ 限定記事 ]大手トレーニングジムであるエキノックス(Equinox)。そのマンハッタン92丁目西ロケーションでは、8月に事務建物正面の歩道にチョークでいくつもの批判の言葉が書かれていた。「子どもを檻に入れるな」「行為を改めろ」といった言葉に続いて、「エキノックスはキャンセルされた」と書かれていた(この批判の理由は後述する)。
社会的に物議を醸したことで「キャンセル」を宣告されたブランドや人物は、ほかにもたくさんある。ルイ・CK、ラクロワ(LaCroix)、カマラ・ハリス、ジョー・バイデン、そしてもちろんドナルド・トランプなどだ。民主党からの大統領候補はほぼ全員、何らかの理由で誰からから「キャンセル」宣告されているし、テイラー・スウィフト、しまいにはワカモレやイン・アンド・アウト(In & Out)のフライドポテト、にまで至る。
もちろん、大衆からキャンセルされるに値するように思われる事例も存在している。有名人が極めて人種差別的な言動を見せた場合は、彼/彼女の仕事が失われる(キャンセルされる)のは妥当だ、という考えもあるだろう。しかし上に挙げた例を見てみると分かるが、「〜はキャンセルされるべき」という認定は実に容易に行われている(「キャンセルされる」という表現自体が、もはや「キャンセル」されるかもしれない)。
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これらはキャンセルカルチャーとして人々が話題にするようになったが、これをしっかりと定義づけるのは難しい。エージェンシーのTBWA/シャイアット/デイ(TBWA/Chiat/Day)では、バックスラッシュ(Blackslash)という名のチームが、広告、マーケティング、そしてメディアに影響を与えるカルチャー面での大きな変化を研究している。キャンセル・カルチャーは今年の大きな変化のひとつだ、とグローバル戦略ディレクターであるサラ・ラビア氏は言う。彼女は、「キャンセル」という単語自体にも興味を持っている。「キャンセルという言葉は非常にビジネス的だ。『サブスクリプションをキャンセルする』という概念を人間やブランドに適応しているようだ」と、彼女は語った。
しかし基本的には、カルチャーな現象である。失敗を犯した人物、フレーズ、ブランド、企業、もしくはコンセプトに対する経済的なボイコット、と読み取ることもできる。2019年において、この失敗は大きいものでも小さいものでもキャンセルの可能性はある。実際に行われた失敗の場合もあるし、他人から認定される形での「キャンセル」という場合もある。そして、ラビア氏が言うように、これはただ、それぞれ個人が抱えるカルチャー的な資源、つまり注意を、キャンセルの対象に払わなくなる、というだけの場合もある。
エキノックスの例で言うと、キャンセルは少なくともソーシャルメディア上で確認できた。親会社であるリレイテッド・カンパニーズ(Related Companies)のチェアマン、スティーブン・ロス氏がトランプ大統領のためのファンドレイザー・パーティを開こうとしている、というニュースがきっかけだ。これがトランプ大統領による政治と意見を異にする消費者たちの反感を買った。特にエキノックスの利用者たちは主に民主党の多い大都市に集中している。そして、この影響は続いた。ロス氏はマンハッタン中にさまざまなビジネスを持っていたからだ。そこにはモモフク(Momofuku)、ハドソンヤード(Hudson Yards)といった企業が含まれる。これらすべてが、一部の人々によってキャンセルを宣告されたのだ。
集団が決めるルール
いくつかの点では、キャンセルカルチャーは積極的な動きというよりは、受動的なものだ。ラビア氏は、この問題は人々がどれほど「攻撃された」と感じる程度に集約される、と解説する。「人々は、自分が敵対する側が勝ってしまうことに恐怖を持つため、素早く意見を声に出し、集団を形成して批判しようとする」。
これは、その他多くの不安や懸念の塊に反応している形でもある。たとえば、政府が自分たちの面倒を見てくれていない、という大きな不安であったり、民主主義的な社会を発展させるはずであったテックプラットフォームが多くのプライバシーやデータの問題を発生させていること、といった具合だ。「人々は自分たちが無力であるような感覚を持っている。これがキャンセルカルチャーに燃料を注いでいる。人々から力を奪うと、彼らは激しく反撃する」。
Twitterでの集団による批判。表面上では攻撃のように感じられるものの、実際は攻撃というよりも防御のための行為だというわけだ。
巻き込まれたブランドたちにとっては、もちろん大問題となる。エラスティック・パス(Elastic Path)の戦略担当であるダーリン・アーチャー氏はブランドをクライアントに抱える。アーチャー氏によると、最初に抗議が行われる、という傾向はあるとのことだ。「ブランドについて怒りの声を挙げる人々が、自分のビジネスにとって重要かどうか、ブランドは判断する必要がある」と語った。
またキャンセルされたものが、実際にキャンセルの目にあっているかどうかも不明瞭だ。エキノックスはまだ、問題なく営業を続けている。テイラー・スウィフトからユーチューバーのローガン・ポールに至るまで、大きな人気を保っている。ルイ・CKですら、カムバックを果たしている。こういった抗議の怒りにはサイクルがあり、すぐに次のターゲットへと移る。キャンセルがビジネスに影響を与えていない場合、対象となったブランドや人々は嵐が過ぎ去るのを待つほうが、はるかに容易だ。
「コアな顧客、ブランドのコアな価値が何かを知っているかどうか、が重要だ」と、アーチャー氏は指摘する。たとえば、ディックス・スポーティング・グッズ(Dick’s Sporting Goods)がアサルト系銃の店舗販売を停止したとき、人々はこのブランドが「キャンセルされた」と宣告したが、いまのところ同社には経済的な影響は出ていない。「常に便利な体験を提供すれば、顧客は顧客で有り続けてくれる可能性は高い」と、アーチャー氏は言う。
キャンセルそのものに注意を払いすぎていると考える人々もいる。AI企業のフォーメーション(Formation)のプロダクト担当であるヤービン・チュー氏は「(顧客の)獲得」というモチベーションがキャンセルカルチャーを増長しているという。しかし、企業や人々、組織は「(顧客の)維持」にフォーカスする方が良いと語る。「顧客の維持においては多面的で複雑なブランド関係性こそが重要であるため、こちらの方が難しい」と、チュー氏は言う。
バランスを求める気持ち
キャンセルカルチャー、コールアウト(問題点を指摘・批判すること)カルチャー、そして怒りの抗議サイクルと相性が良いのが、アクティビズム(行動主義)だ。むしろ、エンターテイメントとしてのアクティビズムと述べたほうが適切かもしれない。
「ムーブメントに参加するのは楽しい。レインボーフィルターや、ハッシュタグのミーム、これらはすべて意見の表明だ。すべて同じだ。誰かをキャンセルできたとき、すぐに満足が得られる。ソーシャルメディアで何かを起こすことができる」と、ラビア氏は説明する。
こういったことで大きな変化が引き起こされることもある。アクティビストのシャノン・コールター氏が2016年10月に設立した#GrabYourWallet(財布を握れ)といったムーブメントは、ノードストローム(Nordstrom)といったブランドに、トランプ関連の製品の取り扱いを停止させるに至った。
その一方で、何も変化を生まず、参加した人々がただのネット嫌がらせをしただけ、という結果になることもある。Netflix(ネットフリックス)に代表されるサブスクリプション時代におけるキャンセルの性質が、ここにある。
「微妙なニュアンス、という感覚を我々は失ってしまった。直接の責任がないことに対して、キャンセルを受けてしまう。もちろん、エグゼクティブが人種差別的発言、性差別的発言をした、といったほかの例の場合はどうしようもないけれども。よい意図で行われたこともキャンセルされてしまう。ビジネス的で有りすぎて、突然すぎる」と、取材に応じた大手ブランドのPRエグゼクティブのひとりは匿名で語ってくれた。
シニカルな性質も持っていると、ラビア氏は指摘する。「これはシャーデンフロイデ(他人が不幸になったときに感じる喜び)の要素も少しある。エキノックスに通うグローバルな健康関連のエリートであったり、セクハラの疑念を暴露される有名俳優が白人男性である場合であったり、エリート層に対する懲罰としてこのキャンセル行為が機能している。バランスを保とうとする気持ちが働いている」。
Shareen Pathak(原文 / 訳:塚本 紺)