多くのマーケターがブランドパーパスという新しい概念で盛り上がっている頃、私が書いた記事に対してとあるマーケティングの先生から「ブランドパーパスは嘘だからね」というコメントをいただいた。ーー「Advertising Week Asia2021」のアドバイザリーカウンシルを務める荻野英希氏による寄稿。
本記事は、「パーパス・ドリブン・マーケティング」をビジョンに掲げた「Advertising Week Asia2021」のアドバイザリーカウンシル4名によるリレー寄稿企画。4本目となる今回の著者は、株式会社エフアイシーシーで取締役会長を務める荻野英希氏です。
数年前、ジム・ステンゲル氏の来日とともに、多くのマーケターがブランドパーパスという新しい概念で盛り上がっている頃、私が書いた記事に対してとあるマーケティングの先生から「ブランドパーパスは嘘だからね」というコメントをいただいた。当時は「嘘にならないように誠実であるべき」という解釈をしていたが、これは誤りだった。事実、多くのブランドパーパスは嘘である。
ブランドは事業の資源であり、事業の目的は収益成長だ。収益を成長させられなければ、顧客にも、社会にも価値を提供できない。ただ社会への貢献を示し、収益を生まないパーパスなど、企業の嘘に過ぎない。パーパスであろうが、経営理念であろうが、ビジョンであろうが、言葉は何でも良い。要は「収益以外に存在する理由」だが、どんな企業にとっても、それが(真っ当な)収益成長に優先されることはない。それは嘘か、ただの綺麗事だ。
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「良いことを通じて、良い結果を」
最近リモート環境になったことで、米国企業のコンサルティングを行う機会が増えた。米国では日本よりも企業のガバナンスが厳しく、企業理念に基づく行動指針が徹底的にルール化されていることが多いように感じる。マーケティング施策に関しても、やる、やらない、を行動指針に基づいて判断しているケースが多い。企業責任と収益成長の両立が厳しく求められる米国の環境では、ブランドパーパスのような概念に対する理解も深い。
英語圏には「Doing well by doing good」という言葉がある。訳すと「良いことを通じて、良い結果を出す」という感じだろうか。決して、「良いことをして、良い結果を出す」ではない。収益成長に伴う活動自体が社会への貢献にならなければならないのだ。「Doing well by doing good」を実践している企業に務める人々は、胸を張って稼ぐことができる。収益を得ることが、社会のためになっているのであれば、何もためらう必要はない。
実際私がコンサルティングをしている企業はこのような理念が末端まで浸透しているため、競合とは比較にならないほど強力な営業チームを持っている。彼らはパーパスという言葉は使っていないが、社会と自社のビジネスに貢献する経営理念を持っており、それは決して嘘でも綺麗事でもない。間違いなく、ビジネスを推進する仕組みになっている。
この社会的意義を通じた収益成長の考え方は「啓発された自己利益」と呼ばれている。顧客だけでなく多くのステークホルダーに対して役立つことが、結果的に自社の収益成長に返ってくることを意味する。多くのブランドパーパスが嘘である理由は、この設計ができていないため、収益が優先されたときに化けの皮が剥がれてしまうからだ。
収益成長とパーパスは表裏一体
ほかにも、今までの活動との一貫性を保っていなかったり、伴わない活動が露呈することで嘘になることもある。しかし、一番大きな理由はパーパスが収益成長と表裏一体になっていないことだ。この収益と表裏一体なパーパスの事例で一番わかり易いのがP&GのPVP(Purpose, Values, Principles)だ。その意味を理解するために、起業の背景にあるストーリーを紹介しよう。
P&Gは1837年、内戦前のアメリカで大きな金融危機の時代に、義理の兄弟によって設立された。プロクター氏はロウソク会社を、ギャンブル氏は石鹸会社を営んでいたが、ふたりとも生産に必要な豚の脂を十分に確保できずにいた。暗く、不衛生なシンシナティの街を豊かにするために、貴重な資源を共有するために設立されたのがプロクター・アンド・ギャンブルだ。
消費者の生活が豊かになれば、より多くのロウソクと石鹸を買ってもらえる。この起業時の考え方に基づき、「世界の消費者の生活を向上させる製品とサービスを提供することで、世界をリードする売上高、収益、価値創造をもたらしてくれる」という内容の現在のP&Gのパーパスがある。収益成長とパーパスが表裏一体になっていることがわかるはずだ。
嘘にならないパーパスの条件
多くのパーパスが嘘になる、もうひとつの理由を説明しよう。パーパスの原動力は信頼である。消費者を含む社内外のさまざまなステークホルダーが、企業活動を信頼することにより、大きな勢いが生まれる。「啓発された自己利益」を用いて、信頼される収益成長の仕組みを設計できたとしても、大した成果が生まれなければ大きな不信感につながる。
『7つの習慣』で有名なスティーブン・コヴィー博士は著書の『スピード・オブ・トラスト』で、信頼の獲得には「人格」と「能力」が必要であることを説明している。パーパスがブランドの「人格」であるとすれば、「能力」は優れたマネジメントや営業、戦略的なマーケティング、先進的な技術開発といったところだろう。このような事業の基盤となる能力がなければ、パーパスは絵に描いた餅であり、いずれ人々を裏切る嘘になる。
この数年間でパーパスを掲げるブランドは大きく増えた。なかには顧客への価値提供だけにとどまり、ベネフィットと区別がつかないものや、事業との関連性が見えない「世界平和」のようなものもある。何が良いパーパスか、という問いは愚問であると思うが、事業の役に立ち、嘘にならないパーパスの条件はあると思う。
パーパスは、私たちマーケターに仕事のやりがいを与えてくれる概念であり、「Purpose is the New Digital」と言われるように、業界に成長をもたらすトレンドでもある。あれこれ難しく考えることよりも、しっかりと社会に貢献できるほどの能力を磨くことのほうがよっぽど重要なのかもしれない。そのような考えを踏まえて、大切なのは掲げたパーパスが嘘にならないことだと思う。
Written by 荻野英希
※DIGIDAY[日本版]は、Advertising Week Asia2021のメディアパートナーです。