FOUR PRINCIPLES OF BRANDING IN THE DIGITAL ERA

レイ・イナモト の『デジタル時代のブランド構築 4つの法則』 : その2.「独自の売り」から「独自の視点」へ

本記事は、ニューヨークを拠点に世界で活躍するクリエイティブ・ディレクターであり、ビジネスインベンションファーム「I&CO(アイ・アンド・コー)」共同創業者のレイ・イナモト氏による寄稿となります。

◆ ◆ ◆

「ある銀行から、ワインのコレクションを〇億円で買わないかって売り込みがあったんだよね」。こんな話を最近、お付き合いがあるワインコレクターから聞いた。コロナで世界中が大打撃を受けているなか、そんな景気のいい話もあるものかと最初は少し驚いたが、背景を聞いてみるとコロナ禍ならではの文脈だった。

2020年、コロナでダメージを受けている業界は数限りなくあるが、そのなかでももっとも大きなダメージを受けているのがレストランビジネスだ。デリバリーでなんとか凌いでいるレストランもあるが、もともと利益が少ないレストラン経営はただでさえ難しく、多数のレストランが倒産に追いやられている。何十年も経営してきた老舗や高級レストランでさえも閉店に追いやられている状態だ。ニューヨーク市ではなんと、約50%にあたる4500店以上のレストランが閉業してしまっているらしい。

冒頭のワインの話はそこに繋がる。1950年代に東京で開業しミシュラン星もあった某フレンチの名店が、2020年10月に60年以上の幕を閉じてしまった。それに伴いそのレストランが所有していたワインコレクションが、ひっそりと売りに出ていたそうなのだ。レストラン営業とテイクアウトはまったく異なる業態であり、特に高級レストランはテイクアウトやデリバリーには向いていない。この老舗の名店が何億という財産を抱えながらも60年以上続けた経営を諦める選択をした事実から、コロナの影響がいかにも深刻なのかが伺える。

「独自の売り」というゴールデンルール

一方このような厳しい状況でも、生き延びているどころか新しいビジネスに挑戦をしている高級レストランがある。「NARISAWA/ナリサワ」がそのいい例だ。1990年代に8年間ヨーロッパ各国で研鑽を積んだシェフの成澤由浩氏が2003年に東京・青山で開店し、「世界のベスト・レストラン50」への入賞や、「ミシュランガイド東京」など有名ガイドブックでも高い評価を受ける日本を代表するレストランのひとつだ。

narisawa01

引用:NARISAWA

成澤シェフはさまざまなテクニックを駆使し、日本の食文化を新しい方法で美味しく楽しめる美食を長年提供してきている。マーケティング業界では「USP(Unique Selling Proposition)=独自の売り」という言葉を使うが、まさに成澤シェフのテクニックが彼の強さであり、売りなのだ。

この「USP=独自の売り」という言葉は、ロサー・リーブス(Rosser Reeves)という1940年代アメリカ広告業界の先駆者が作り出したものである。そして半世紀以上、アメリカのマーケティングの専門家のあいだではゴールデンルールとして使われてきた。

「パクリ」というデジタル時代の痛い常識

ただ、21世紀に突入し、世の中のデジタルが進むにつれて、ブランドが「独自の売り」を守るのはどんどん難しくなっている。特にデジタルの世界ではそれが顕著だ。

たとえば今や日本でも知らない人はいないインスタグラム。そのアプリのなかに「インスタグラムストーリーズ」という機能がある。投稿が24時間で消えるという機能であり、2016年のローンチから3年弱で一気に5億人以上のユーザー数にまで成長した。だがこの機能、ストレートにいえば実は完全にパクリである。

「インスタグラムストーリーズ」の登場から遡ること3年前の2013年、当時もうひとつ人気の高いソーシャルメディアだったSnapchatが、まったく同じ機能をローンチしていた。それから2016年までの3年間、毎年30%〜50%の成長率を出していたSnapchatなのだが、インスタグラムにこの機能を真似されてからは成長率が82%も下がったという。Snapchatの独自の売りであったはずの機能をインスタグラムが真似し、それが爆発的な成長に繋がり、1年もしないうちにユーザー数もSnapchatを追い越してしまったのだ。

Instagram Stories vs. Snapchat Stories

引用:Instagram Stories vs. Snapchat Stories

ただ、これは現代だけの問題ではない。今や世界最高水準の時価総額企業となったAppleも、そのインターフェイスをマイクロソフトに真似をされ、90年代には瀕死状態にまで追いやられた。その後、90年代後半に創始者の一人であったスティーブ・ジョブズがApple社に舞い戻り、世界一時価総額の高いブランドへの回復を果たしたのはご存知のとおりだ。

生き延びる原動力となる「独自の視点」

「独自の売り」すらも真似されてしまうシビアなビジネスの世界で、末長く生き残るためにに本当に必要なことは何だろうか? Apple、そしてNarisawaに共通している、生き延びる原動力とは何だろうか?

それは「独自の視点」である。英語で言うと「POV(Point of View)」だ。

成澤シェフの場合、もちろんシェフとして非常に高度なテクニックを持ち合わせていることも重要だが、それ以前に彼にははっきりとした不変の理念、そして視点がある。「自然を器に蘇らせる」という理念の基に彼が唱える、「イノベーティブ里山キュイジーヌ(Innovative Satoyama Cuisine)」という「独自の視点」だ。

先ほども述べたが、高級美食はテイクアウトには向いていない。だが長年にわたり美食と環境問題を同じ文脈でとらえてきた成澤シェフの独自の視点は、パンデミックになっても揺らがなかった。「イノベーティブ里山キュイジーヌ」という彼自身の「独自の視点」に基づき、成澤シェフならではの高級テイクアウト、そして質の高いメニューを通販でもオーダーできるように開発し、新しいビジネスの展開につなげている。

narisawa02

引用:NARISAWA

逆にAppleの場合、「独自の売り」を真似されたスティーブ・ジョブズは会社から追い出されてしまい、1980年代後半から90年代後半までの約10年迷走してしまっていた。だがAppleに舞い戻った最初の年に彼は、商品ラインアップをドラスティックに削り、アップルの最初の大ヒット商品であったパーソナルコンピューターを1997年に「iMac」としてリニューアルし、「Think Different」という、商品がまったく現れないブランドキャンペーンを打ち出した。

apple_imac

apple_think_difference

引用:Apple

会社の理念とパーパスをあらためて問いただし、商品そしてコミュニケーションを「独自の視点」で考え直したApple。それだけが理由で成功した訳ではないかもしれないが、ジョブズそしてAppleのはっきりした視点なくしては、この成功には導けなかっただろう。

時代は変わる。技術も変わる。そしてテクニックも変わる。そんななか「独自の売り」をずっと保ち続けるのは不可能と言っていいだろう。それどころかすべてがほぼデジタル化している今、模倣されるのは時間の問題である。

「独自の売り」から「独自の視点」へ

もちろん、「独自の視点」が真似される可能もある。しかしそれは、真似した側にとって本質的に意味がない。ひと昔前は広告という表面的なコミュニケーションである程度のごまかしは出来た。しかし情報が一気に広まる現代では、そのごまかしは効かなくなっている。そして逆に真似されやすいデジタルの時代だからこそ、「独自の視点」が今後さらに重要になって来る。

コロナの煽りで60年の幕を閉じたフレンチの名店。それに対し、コロナにも関わらず新しい事業を編み出したNARISAWA。

もちろん閉店したフレンチレストランも「独自の売り」なしでは60年以上も経営し続けられることはなかったはずだし、「視点」も持っていただろう。60年も経営を続けたことは十分な偉業だ。だが、1世紀に1度あるかないかのパンデミックの状況下で、特に利益の少ないレストラン業や中小企業が生き延びるのは、相当ハードルが高い。

「独自の売り(USP)」から「独自の視点(POV)」へ。「独自の売り」だけに頼らず「独自の視点」を持ち続け、それに基づいて前回の記事に書いた「スピード(Functional Speed)」を使い分けることができれば、苦境を乗り越え今後の成功と成長に繋がることだろう。

「デジタル時代のブランド構築、4つの法則」の第3回は『「ケーススタディ(Case Study)」から「ビジネスケース(Business Case)」へ』について考えてみたいと思う。

 

 

Written by レイ・イナモト
Image from I&CO(アイ・アンド・コー)