食うことと同じくらい、なんのために生きるのか、というのは大事な問いです。150年以上も続けられるブランドの在り方も、同じように重要です。社会における存在理由を明示する必要があるのです。ーー「Advertising Week Asia2021」のアドバイザリーカウンシルを務める音部大輔氏による寄稿。
本記事は、「パーパス・ドリブン・マーケティング」をビジョンに掲げた「Advertising Week Asia2021」のアドバイザリーカウンシル4名によるリレー寄稿企画。1本目となる今回の著者は、クー・マーケティング・カンパニー代表取締役を務める音部大輔氏です。
パーパスという言葉は2008年頃にはオフィスで会話にのぼっていたと記憶しています。日本ではまだ耳に新しいですが、グローバルではすでに15年以上も前に唱導されはじめている風雪を経た概念です。日本語では、掲げるべき「大義」であるとか、社会におけるブランドや組織の「存在理由」などと説明できます。最近のスタートアップ企業では、創業者が感じている課題の解決をパーパスとして、その実現を目指していることが少なくありません。大きな企業では創業の理念などに反映されていることでしょう。
パーパスの提唱者であるジム・ステンゲル氏がP&GのCMOだったころ、わたしは本社のセントラルチームにいて、破壊的イノベーションのプロジェクトを主導していました。パーパスとは無関係でしたが、隣りのチームがパーパスを研究していました。どちらもCMO麾下のチームでしたし、パーパスのリーダーだったマット・カルシエーリ氏と近かったこともあって、カジュアルに話を聞くこともできました。彼はのちにパーパスに関する書籍をあらわすほど、熱心な探求者でした。
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私を含め、当時のマーケターたちにとって、パーパスはすぐに理解できる考え方ではありませんでした。シェアを伸ばし、売り上げと利益目標を達成して、TSR(株主総利回り)を上げることこそが腕の立つマーケターがすべきことだと固く信じていたからです。もちろん、これらはすべて大事なことですが、実は最終的な目的ではありません。利益を出さないとブランドへの投資が止まり、ブランドの長期的な存続を危うくしてしまいます。社員として会社の役に立つためにも、目標の利益は出すべきです。でも、今期の利益を出せればあとはどうでもよし、ということではありません。むしろ、利益は最低限の責務とも思われます。
概念の存在であるブランドには、製品や技術のようなライフサイクルがありません。うまく管理すれば人よりも長生きします。そうしたブランドを長らえるためには、利益も今期今月ではなく、持続する必要があります。加えて、社会における明確な存在理由が必要です。人間は生きるために食わねばなりませんが、食うためだけに生きているのではありません。ブランドも、存続のためには利益を出さねばなりませんが、利益のためだけではいずれ存続が危うくなります。食うことと同じくらい、なんのために生きるのか、というのは大事な問いです。150年以上も続けられるブランドの在り方も、同じように重要です。社会における存在理由を明示する必要があるのです。
大河ドラマでのパーパス
明智光秀を主人公とする、2020年のNHK大河ドラマ『麒麟がくる』にも、パーパスに関わるくだりがありました。医者の東庵先生と助手の駒、という架空の人物が物語に奥行きを出しましたが、駒がつくる万能薬が京で評判になる、という挿話がありました。盗賊に身ぐるみもっていかれてお金が必要だったこともあり、寺社からの依頼を受けてその薬を少し売ります。いずれ追加の発注がきますが、彼女は受注を躊躇します。そもそも儲けるためではなく、困っている人を助けるために作っている薬だからです。そこで仲介者にいいます。「味噌も買いました、米も買いました。もう十分です」。仲介したのは古くから駒によくしてくれる古い知人です。「何言ってるの。困ってる人を助けたいって言ったのは駒ちゃんじゃない。どんどん作って、助けなさいよ」。僧侶も宮司も、そうした困った人に渡すために発注しいるというのです。いささかの事情が絡みつつも、大義を掲げていることに違いはありません。さしずめ駒のパーパスは「医者にかかれず困っている人を助けるために、手製の万能薬を提供する」といったものになるのでしょう。実現の手段として、寺社に薬を卸し、配ってもらうのです。結果的にたくさん売れ、利益も出ましたが、たくさんの人を助けました。
パーパスによる市場創造
2020年には、日経BtoBデジタルマーケティングアワードという、秀逸なBtoBマーケティング活動を称える賞もはじまりました。私も審査員を務めていますが、今年も日経BtoBマーケティングアワードとして継続されます。第1回の受賞企業のひとつはBtoB通販サービスのASKUL(アスクル)です。そして、「仕事場と暮らしと地球の明日に『うれしい』を届け続ける。」というパーパスを掲げています。受賞対象となったのは、新型コロナの第1波感染拡大の最中、買い占めなどによる衛生用品の需給バランスの悪化を防ぐためのプロジェクトです。過去のデータを分析することで、各顧客企業の必要量を推計し、受注量や配送量などをコントロールして買い占めを回避しました。その結果、衛生用品を必要とする事業所や医療機関のライフラインとして、うまく機能することができたのです。品切れ必至の環境下で、立ち居振る舞いを正しくするための行動指針としてパーパスがうまく機能したといえます。
このプロジェクトが素晴らしかったのは、需給を最適化し、そうした姿勢によって顧客からの信頼を強めた、というだけではありません。特筆すべきことは「いいEC」の定義を変えたという点です。マーケティングの原義ともいえる「市場創造」や再創造がおこるときは、「いい商品」の定義が更新されるときです。ASKULはこのプロジェクトを通してBtoBの通販市場を再創造しました。困難な環境では変化を要求されることが多く、ピンチをチャンスに、などと言われることもあります。パーパスを高く強く掲げ続けたことで、困難な環境下で市場創造を実現した好例であると言えるでしょう。
世界最大級のマーケティング・コミュニケーションのプレミアイベント 「Advertising Week Asia2021」は、5月27日(木)からオンライン開催されます。そのビジョンは、「Making an Impact With Purpose Driven Marketing. – How We Can Redefine Business & Drive Social Changes.(パーパス・ドリブン・マーケティングでインパクトを:社会変革の推進とビジネスをいかに再定義できるか?)」。オンライン視聴の期限は6月25日(火)です。
Written by 音部大輔
※DIGIDAY[日本版]は、Advertising Week Asia2021のメディアパートナーです。